第549話 学校20
――次の日。
今日も昨日に引き続いて選択科目の授業だ。
僕の科目に参加するメンバーはフゥリ、ネィル、グラット、コレット。
今日は実際に構えて剣での試合を行う事になる。
怪我をしないように子供達は胴着と兜を被り、木刀を構える。
最初の子供達の対戦相手は僕だ。
僕と対戦する場合のみ、子供達側には敢えてルールを設けず、魔法なども使用可能。試合が始まれば奇襲などもオッケーにしている。
ただし、明確に命を奪う行為や後遺症が残るほどの傷を与える攻撃は禁止。これは子供達の将来を考え、危険に対する判断力を養わせるためだ。
僕が子供達に課した課題は『試合中に僕に一撃を入れること』、そして子供達の敗北条件は、『僕に木刀で頭を打たれること』だ。
逆に頭以外はいくらダメージを受けてもいいけど、頭以外に攻撃するつもりはないから実質的には僕自身に掛けた制限でもある。
頭にした理由は、僕自身が最も加減しやすい箇所だからだ。他の箇所だと狙いづらい上に加減を間違えると、子供達に怪我させてしまうかもしれない。その点、兜で保護された頭はいくらか安全だ。
子供達にそう説明してから、僕は切り出す。
「じゃあ最初に僕に挑んでくれる子は―――」
僕がそう子供達に問いかけると、一人の男の子がすぐに反応した。
「オレだ、先生! オレがやりたい!」
男の子、フゥリ君は手を挙げて名乗り出た。
「やる気だね、フゥリ君」
「おうっ、先生の強さ知ってるからな。他のヤツに先越されたくないんだ」
フゥリ君はそう意気込んで、僕に向かって木刀を構えた。
「やろうぜ、先生」
「よし、それじゃあ始めようか」
僕とフゥリ君は互いに距離を取り向かい合う。
他の子達は巻き込まれないように、数歩下がって僕達を見守る。
「(……さて、フゥリ君はどう動くかな?)」
一見すると、この試合は日本の剣道に似てるけど違う。魔法なんていう攻撃手段も存在するし、剣を囮にして僕に殴りかかって一発当てるのも反則にならない。
日本の剣術とは違い、変則的な動きも許容される。
「……行くぞ、先生」
フゥリ君の体が一瞬ブレたように見えた。
その瞬間、彼は一気に僕との距離を詰めてくる。
「はあっ!!」
フゥリ君は上段から木刀を振り下ろす。
「(おっ、良い動き!)」
フゥリ君なりに全力で動いたのだろう。昨日の練習中だと無駄に力が入ってたけど、今日は木刀の動きがいくらか洗練されており、随分スムーズな動きになっている。教えた素振りを愚直に実践してた結果だろう。
――ただ、だからと言ってこの攻撃が通じるわけじゃない。
「――甘い」
彼の上段斬りに対して、僕は木刀を袈裟に構えて彼の木刀に叩きつける。
「うわっ!?」
フゥリ君の持つ木刀が宙を舞う。そしてそのまま地面に落下した。
「はい、終わり」
そのまま僕は彼の兜のてっぺんに木刀を軽く当てる。
「うぐ……」
「握りが甘かったね。しっかり両手で強く木刀を握って脇を絞めておけば、今みたいに一撃で吹き飛ぶことは無かったと思う。
ただ、吹き飛ばなかったとしても、いきなり全力投球は隙だらけになっちゃうから、その後の事も考えて余力を残して動いた方がいいよ」
「……くそぉ~……」
フゥリ君は悔しそうに顔を歪める。
「さてと、次は誰?」
僕は他の子供達に視線を向ける。
コレットちゃんとグラット君は今にもやりたそうな真剣な表情で僕を見ていた。
が、一人だけ、僕が視線を向けた瞬間に、目を逸らした男の子が一人。
「……おい、ネィル、逃げんなよ」「っ!?」
たった今、僕と試合をして負けたフゥリ君は、弟のネィル君の逃げ腰な姿を見て呆れた声を出す。
「先生、次はネィルとやってあげてくれよ」
「ちょっ!? フゥリ兄さん!!」
「だって、こうしないとお前絶対先生と戦わないじゃん」
「別にそんなこと……!」
「いいからやれって!」
「……く、わ、わかった」
ネィル君はしぶしぶ承諾する。ネィル君は木刀を構えて僕の前に立つ。
「………お願いします」
「ああ、よろしくね」
僕も同じように構える。しかし、試合が始まってもネィル君は一向に動いて来ない。よく見ると、彼の足腰が震えていた。どうやら完全にビビッてしまっているようだ。
「おい、ネィル、行けよ!」
「そうだよ、情けないぞっ!!」
ネィル君以外にもグラット君も野次を飛ばし、ネィル君を焚き付ける。
しかし、それでもネィル君は怖がって動こうとしない。
男の子達は、ネィル君に対して焚きつけようとするが、コレットちゃんだけはその様子を不憫に思ったのか、彼に同情の目を送りながら言った。
「レイ先生、怖がっているみたいですし、勘弁してあげたらどうですか?」
「……っ」
コレットちゃんの言葉に、ネィル君の肩が大きく揺れる。
「……コレットちゃんはそう言ってるけど、どうするネィルくん」
僕はネィル君に問いかける。
「……ボクは、その…………」
ネィル君は、言い掛けて暫く黙っていたのだけど、兄のフゥリ君が言った。
「……フゥリ、前に言ってたよな?
格式ある貴族の家に生まれたから、誇りこそあれど、恥じることなど無いって。だけどさ、先生に言われてオレ気付いたんだよ。
格式があるからこそ、自分が誇るべき人間にならないといけないって。順番が逆だったんだ、オレ達。貴族だからこそ、まずは自分自身が立派でなければならないんだって……だからさ」
フゥリ君はそこで一旦言葉を区切ると、ネィル君に向かって叫ぶ。
「お前も貴族だっていうなら、こんなことで逃げんじゃねえよ!!」
「に、兄さん……」
フゥリ君の熱意のある言葉は、燻っていたネィル君に心に届いたようだ。
ネィル君は頷いて、震えながらも剣を握り直して、僕と再び向かい合った。
「せ、先生……ボク、やります……ご指導、お願いします!!」
「……うん、よく言ってくれた」
ここ最近、僕とまともに視線を合わせてくれなかったネィル君だけど、今日はしっかりと僕を見て、そう宣言してくれた。それだけでも、この子にとっては大きな進歩だと思う。
「(……それに、フゥリ君も……)」
弟のネィル君の言葉に惑わされてルウ君をイジメてた時とは大違いだ。
以前の一件で、ネィル君だけじゃなくてフゥリ君の心も強く成長してくれた。
そんな彼らの姿を見れただけで、僕は、教鞭に立てた事を誇りに思う。
「……よし、じゃあネィル君、一切手は抜かないから覚悟してね!!」
「は、はい………!」
―――5分後。
「う、うぅ………勘弁してください、先生」
「まだまだだよっ! フゥリ君の言う通り、貴族として立派になるならこんなことで泣いちゃいけない!!」
「うわ~ん!!」
……結局、泣き出してしまったネィル君の頭を木刀で叩くのは、可哀想だったのでこれ以上は止めにしておいた。
「おー、頑張ったなネィル、えらいえらい」
「うぅ……もう二度とこんなのやるもんか……」
ネィル君は涙目になりながらフゥリ君に励まされて下がっていった。
僕もフゥリ君の言葉に感化されてしまったようだ。
端的に換言すれば、やり過ぎた。
◆
「……き、気を取り直して、次の子!」
ネィル君がようやく泣き止んでくれた5分後。
緩んだ雰囲気を振り払うように、僕は声を少し大きくして言った。
「次は俺だ!」
グラット君が手を挙げて、木刀を手に取って僕と向かい合う。
「よろしくね、グラット君」
「エミリア先生に聞いたんだけど、レイ先生って騎士団に入ってるんだよな?」
「うん、僕が所属してるのは自由騎士団の方だけど。グラット君は王宮騎士団に入りたいんだよね?」
「ああ、でも騎士には違いないだろ。だから先生、昨日より凄い稽古をつけてくれよ!」
グラット君はやる気満々といった様子だ。
「いいよ。それなら、ちょっと指導も厳しくするかもだけど……」
「望むところだよっ」
グラット君はそう言いながら剣を構える。
「(……お、これは……)」
昨日見た時よりも、足を地につけて体幹が安定している。
そして構えも様になっている。おそらく、自分で自主練していたのだろう。
「いくぜっ!!」
グラット君は僕に突進してくる。
「おおっ!!」
彼は木刀を振り上げて、僕の頭を狙ってくる。
「(動きも早いし、力強い動きだ、まだ子供なのに凄いな)」
僕は感心しながら、彼の攻撃を自分の木刀で防御する。
しかし、グラット君は後ろに一歩下がり、今度は横薙ぎに攻撃してきた。
「おっと」
それも僕の木刀が受け止めるが、そこで終わらず連続で攻撃を仕掛けてくる。
中々の怒涛の攻めだ。これならゴブリンくらいには勝てるかもしれない。
「せいやぁっ!」
上段からの振り下ろし、袈裟斬り、下段への突き、それらを何度も繰り返して僕に仕掛ける。
それらの攻撃を全て防御しながら僕は言った。
「凄いね、昨日僕が教えた動き、全部形になってるじゃないか!」
「当然、俺は騎士になるんだからっ!」
そう言いながらも、グラット君の表情からは余裕が感じられない。息が続くかぎり僕に攻め込もうとしてるのが原因だ。このままではすぐに体力切れを起こしてしまうだろう。
「(何度も試合して慣らしていけば、少しは戦いやすくなるかな?)」
頭で思考しながら、彼の攻撃を防ぎ続ける。
「……はぁ、はぁ……」
それから3分後、グラット君は予想通り体力が切れて肩で息をしていた。技術の吸収力はかなりのものだけど、肝心な基礎体力が足りていない。また、木刀を何度も強く振っていたせいで、グラット君は両腕が震えていた。
「ま、まだまだ……っ」
「うん、グラット君のその心意気は買うよ。だけど、まだ基礎的な能力が不足してるね。だから……」
僕は木刀を下から上に振り上げる。
「……へ? あっ!?」
突然の出来事に一瞬呆けた顔をしたグラット君だったけど、すぐに自分が木刀を弾き飛ばされたことに気付いたようだ。そして、彼の頭に軽く木刀の先を当てる。
「勝負あり、だね」
「くそぉ……あ、ありがとうございました」
「うん、頑張ったね」
僕は素直に負けを認めたグラット君の頭を撫でる。
「昨日、僕が教えた動きをうまく模倣出来てたね。
だけど、無理してそっくりに動こうとしているから必要以上に体力を使い過ぎてる。僕の剣技は、僕自身の能力に合わせたものだから、グラット君は完全に真似をするんじゃなくて、自分に見合うような動きに少しずつ変えていくといいよ。
あとはさっき言ったように体力と筋力を鍛えよう。大丈夫、このまま鍛えればキミはきっと強くなれるよ」
「……はい!!」
グラット君は元気良く返事をして、嬉しそうに笑った。
「(うーん、素直で可愛いなぁ……)」
あんまり意識してなかったけど、僕は子供が好きなのかもしれない。
いや、変な意味じゃなくて。
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