第552話 学校23

【視点:レベッカ】


「そろそろ準備できましたか?」

「大丈夫だよ。それじゃあ二人とも、行ってくるねー」


 魔王を討伐してからはや数ヶ月後の平穏な朝の一コマ。

 レイ様とエミリア様は朝食を召し上がった後、魔法学校へ出勤いたします。


「はい、いってらっしゃいませ」

「気を付けてねー」


 わたくしレベッカとベルフラウ様は、学び舎に向かうお二人のお背中を見送ってから後片付けを始めます。


「~~♪」

 片付け中のベルフラウ様は鼻歌を歌いながら食器を洗います。ベルフラウ様は最近お弁当を作ることに凝っているようで、魔法学校へ向かうレイ様とエミリア様の為に朝起きして毎日作っています。今日もご機嫌な様子です。


「……おや?」

 しかし、どうしたことでしょう。

 ベルフラウ様がお二人の為に用意したお弁当二つが、テーブルの上に置いたままではございませんか。もしかして、忘れていってしまったのでしょうか?


「ベルフラウ様、テーブルにお弁当が置かれたままなのですが……」

「え、本当!?」


 ベルフラウ様は、後片付けを中断して手を拭いてこちらに向かってきます。


「本当……2人とも忘れちゃったみたいね……どうしましょう~?」

 と、ベルフラウ様は言いながら困ったような表情を浮かべます。ならばと思い、わたくしはベルフラウ様にこう提案いたしました。


「ベルフラウ様、わたくしが魔法に学校に届けに行って参ります」


「いいの? レベッカちゃん?」


「ええ、わたくしが今から行ってくれば、お二人が登校される前に間に合うでしょう。それに、せっかくベルフラウ様が丹精込めて作ったお弁当を無駄にするわけにはいきませんし」


「ありがとうレベッカちゃん、助かるよー!」


 ベルフラウ様は嬉しそうにそう言いました。

 わたくしもその表情を見て、同じように彼女に微笑みかけます。


「では行って参ります、ベルフラウ様」

 わたくしは腰に巻いたエプロンを外し、外出を準備の為に弁当を鞄に詰めて宿を出ました。


「さて、間に合うと良いのですが……」

 わたくしは朝の陽気の中、早足で街を歩き、魔法学校へ向かいました。



 ―――しかし。



「困りました、道が分かりません……」


 考えてみればわたくしは魔法学校へ向かう道をよく知りません。当てずっぽうで探してみたのですが、この広い王都では数時間彷徨っても目的の場所に辿り着けそうありません。


「……仕方ありません、人に尋ねてみましょう」


 幸い、ここは街の大通り。

 人通りも多く、誰かしらに尋ねることができるでしょう。


「そこのお爺様、道をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ん? なんだい、お嬢ちゃん」


 わたくしは近くを散歩していたお爺様に声を掛けます。


「魔法学校の道を知りたいのですが、ご存知ないでしょうか?」

「ああ、知っとるよ」


 お爺様は懐から地図を取り出し、わたくしに詳しく道順を教えて下さりました。


「ありがとうございます、助かりました」

 わたくしはお爺様にぺこりと頭を下げてお礼を言う。


 お爺様と別れてからわたくしは教えられた順路を辿り、魔法学校へ向かいます。学校からの距離が近くなってくると、魔法学校へ向かうと思われる馬車がいくつか公道を通っていきます。


「ふむ、あの馬車を辿れば問題なさそうですね」

 わたくしは少し早足になって馬車の後を追う事にいたしました。



 ◆◆◆



 それから馬車を追って数十分。

 わたくしは魔法学校の入り口にたどり着くことができました。


「ここが魔法学校ですか……初めて来ました」

 魔法学校は、王国でも有名な学校だけあってとても立派な造りをしております。


「確かレイ様達は、この敷地内の別館の校舎で働いておられると……」

 考えても仕方ないので、早速中に入ってみることにします。


「失礼致します」

 入り口から入ってすぐの受付で用件を伝えると、事務員の方がわたくしの話を聞いてくださり、レイ様達の居る校舎まで案内して下さいました。


「では、私はここで」

「ご案内頂き感謝いたします」

 事務員の方にお礼を言って別れると、わたくしはお二人が労働に励む校舎を眺めます。


「(ふむ、流石に本校と比較すると小さな建物でございますね)」


 レイ様が仰るには現時点では職員三名、生徒数は10名という状態なのだとか。


 本来の魔法学校の生徒は12歳以上、かつ厳しい試験を残り越えることで入学できるとお聞きしております。


 今回の国王陛下の施策は、その厳しい制限を大幅に緩和し、更に対象年齢を大幅に下げることで、幼少の頃からエリート教育を施して未来を担う有能な人材を育成しようという試みだそうです。


「(この小さな学び舎から、沢山の偉人たちが生まれるのでしょうか)」

 そう思うと、お二人はそんな素晴らしい方々を育てる一端を担っているのだと感慨深くなると同時に、お二人と寝食を共にしてるわたくしは誇らしい気持ちとなり、心が温かくなります。


「……いけません、こんな所で立ち止まっていては」

 わたくしは、気を取り直してお仕事中のレイ様達を探す事にしました。


「それでは失礼して……と」

 わたくしはそんな学び舎の中にこっそりと足を踏み入れます。隠れる必要は無いのですが、普段来ない場所なため、わたしくも些か緊張しているようです。


「(いえ、違うような気がします)」


 自分でも不思議な感情でございました。

 しかし、すぐに自身の本心に気付くことが出来ました。


「(お二人のこの学び舎での立ち振る舞いに興味がございます)」

 ここは幼少の子供達しか居ない学び舎。ともすれば、きっと苦労なさっているに違いありません。ですが、優しいお二人はきっと子供達を相手に大変ながらも充実した毎日を過ごしているのでしょう。


「(ふふっ、想像しただけで微笑ましい……ぜひ拝見したいものです♪)」


 わたくしは、わくわくしながらレイ様達のいる教室を探します。今は見つけてもすぐに声を掛けずにその様子を温かく見守ってさしあげたい。そう思い、わたくしは誰にも見つからないように学び舎の内部を探索するのでした。


 そして気配を消して歩くこと1分程経過した時に人の気配を感じ取りました。


「(ふむ、あのお部屋でございますね)」

 わたくしは、さささと壁を背にしながらそーっと部屋の中を覗き込みます。

 すると、そこには二人の女性の姿がございました。


 一人は金髪で長身の美しい大人の女性。立ち振る舞いを見るかぎり、彼女こそこの学び舎の統括を任された学長であることが理解できました。

 もう一人は黒髪の見慣れた少女、エミリア様でございました。


「(ふむ、どうやらお二人は何かお話しているようですが……)」

 お二人は職員用の机を挟んで、何かしらの書類を読みながら会話を交わしているようです。しかし、扉は締まっており、部屋の外は子供達と思われる声がして騒がしくて、お二人の声を聴き取ることが出来ませんでした。


 わたくしは窓から覗き込み、彼女達二人の顔を伺います。気配を消しているためレイ様ならいざ知らず、魔法使いであるエミリア様なら魔法を使われない限り看破されることはないでしょう。


 そして、更に彼女達の口元を注視します。


「(……ええと、まずは金髪の女性から……)」



 ※ここからはレベッカの読唇術で読み取った会話となります。



金髪女性「ですからエミリア先生。あなたは子供達に対して態度が固すぎる」


エミリア「そんなことはない思いますが」


金髪女性「子供達相手だといつも仏頂面じゃないですか、笑えば可愛らしい顔立ちだというのに、話しかけられるとすぐに無表情になって。前にレイ先生との思い出を子供達に語ってた時は目を輝かせていましたよ」


エミリア「あ、あれはその……思い出に花を咲かせて浮かれちゃっただけで……」


金髪女性「子供達の前でもその表情で話せばいいのですよ、隠すことなんてありません」


エミリア「……ですが、今の私は生徒達を指導する立場です。毅然とした態度を取らねば……」


金髪女性「……エミリア・カトレット、子供達は意外にも鋭いのです。貴女のそうした態度が、子供達には不自然なものだと看破されてしまいます……私が貴女に何が言いたいのか、分かりますか?」


エミリア「……」


金髪女性「貴女は子供達に心を開いていない。……いえ、子供達を警戒してると言い換えてもいい。それでは子供達の信頼を得ることが出来ない」


エミリア「……ハイネリア先生」


金髪女性「レイさんを見なさい。彼は常に子供達の事を考えながらも自身の心のままに接している。子供が間違ったことをすれば叱り、子供が成長すれば彼は自分の事のように心から喜ぶ。だからこそ子供達は彼を慕うのです」


エミリア「それは……わたしだって……」


金髪女性「あなたが頑張ってる事は分かります。ですが彼を見習えば、聡明な貴女は自分に何が足りないのかすぐに気付けるはず……もっと大人になりなさい、エミリア・カトレット」


エミリア「……はい、ハイネリア先生」


 ……お二人は、そんな会話をしておりました。


「(……エミリア様は子供達と接するのに苦戦しているご様子)」


 しかし、意外なお話を聞いてしまいました。

 エミリア様と言えば、いつも冷静沈着、かと思えば天真爛漫なところもあり様々な顔を持つ方です。そんな彼女が、まさか子供達相手に警戒していたとは。


「(これは……聴かなかったことにした方が良さそうです)」


 わたくしはそっとその場を離れることにしました。

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