第637話 要約『謝ってくれるまで殴り続ける』
「っ――!?」
僕は、現実世界での目覚めと同時に、跳ね上がるように上半身を起こした。
そして、自分の体が動くことを確認すると安堵の溜め息を吐く。
「はぁー……何とかなった……」
僕は一言そう口にしてから周囲を見渡す。
そこには僕の傍でポカンと口を開けて唖然としてる姉さんとレベッカの姿。そして、奥の方にひび割れて今にも死に掛けている大きな大樹の上にちょこんと座ってるノルンの姿があった。エミリアとサクラとルナの三人の姿が見えないのが気になるが、どうやら窮地は乗り越えていたようだった。
「良かった。皆、無事だったか……」
再び僕は安堵のため息を吐く。だが、次の瞬間、僕の左頬と右頬がそれぞれ姉さんとレベッカにつねられる。
「い、痛い! 痛いよ二人とも!!」
僕は涙目で悲鳴を上げる。だけど二人とも無言でずっと僕の頬を引っ張っていた。
そして数秒後――。
「こんの……馬鹿ぁぁ!!」
「無事ではありません。こちらは涙から枯れるほど心配したのですよっ!!」
姉さんとレベッカがそう言いながら、僕の左右の頬を更に引っ張る。
「痛いって! 本当、ごめん二人とも……」
僕はそう言って何度も謝り、手で頬をグリグリされてようやく解放された。
「ああもう、頬が痛いよ……」
「ふーんだ、こんな可愛いお姉ちゃんを心配させた罰なんだから!」
「わたくしも……今回ばかりは本当にレイ様で死んでしまわれるかと……ですが、本当に良かったです……」
二人はそう言って、安堵の表情を浮かべる。
「悪かったって……次はもう大丈夫だから……。ところでここは何処? 相変わらず森の中みたいだけど……それに三人は何処行ったの?」
僕は立ち上がって周囲を眺めながら、エミリアとルナとサクラの姿が無いことを尋ねる。
「あー……えっとね……」
「闇ギルドの敵達を警戒して、今サクラ様は周囲を見回って頂いております」
「そっか、まだ僕達は追われてる状態なんだね……。それで、エミリアとルナは?」
「ルナちゃんも【竜化】して上空から見張っててもらってるわ。ほら、上を見て?」
姉さんは上空を指差す。僕は太陽の光が目に当たらないように木陰の下で上を見上げて、ルナの姿を探すと――。
「あ……」
僕は遠目に彼女の見つけた。上空で旋回する小さな影……その背中に生えた翼が太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。以前の雷龍の時のような威圧感は感じないが、今のルナの竜化した姿は何処か女性的な雰囲気があり美しかった。
「それで、エミリアは?」
僕は視線を戻して二人に質問する。しかし、二人は言い辛そうに僕から視線を逸らした。
「?」
何故そんな表情をするのかと、僕は問いかけようとした。
しかし、その前に背後からとてとてと小さく可愛らしい足音が聞こえる。
振り向くとノルンが僕の目の前に立っていた。
「ノルン」
「エミリアの事は私から説明するわ……。その前に、まずこの樹の事だけど……」
ノルンはそう言いながら、先程まで自分が腰を下ろしていた大樹を見上げる。
「この樹は?」
周囲の他の樹よりも二回りは大きな樹だ。
しかし、殆ど枯れ果てており幹もヒビだらけで今にも倒れそうだ。
「この樹があなた達が探していた【神依木】よ」
「……これが?」
「そうよ……以前の攻撃のせいで、悲惨な状態になってしまったの」
「……こんなに酷い状態になってたなんて……」
「で、話を戻すのだけど―――」
ルナはそう言いながら、ボロボロの神依木の元に歩いていき軽く手を当てる。
「エミリアはこの中よ。中には彼女の姉のセレナも一緒よ」
「え!?」
「……まぁ、驚くのも無理はないわね。樹と一体化する魔法なんて普通無いもの。セレナは私を助ける為に、私の代わりに神依木の中に入って魔力を送り続けてる。エミリアは、そんな彼女を心配して私の反対を押し切って、樹の中に入ったのよ」
ノルンはそう言って寂しそうに微笑む。
「反対を押し切って?」
「うん……少し喧嘩しちゃった……私ももうちょっと彼女の気持ちを考えてあげるべきだったわね」
ノルンはそう言って僕を見つめる。
その視線には、後悔の念が込められていた。
「……よく分からないけど、エミリアとセレナさんは出られるんだよね?」
「それは大丈夫よ。ただ、両方出てしまうと神依木に送られてる魔力の供給が途絶えてしまう。その前に、この樹をこんな状態にした【敵】を見つけ出さないと」
「それが、ノルンが僕達に頼みたかったことなんだね?」
「ええ……でもまず闇ギルドの連中の問題を片付けないとどうしようもないわね」
ノルンはそう言うと、空を見上げて顎でそれを指す。釣られて僕も空を見上げる。すると、さきほど空を旋回していたルナの身動きが止まり、ゆっくりとこちらに降りてくる最中だった。
「……何かあったのかしら?」
ノルンは訝し気にそう呟く。
すると、ほぼ同時に森の奥の方から何者かが素早く走ってくる。
一瞬警戒したが、その人物は見回りをしていたサクラちゃんだった。
「サクラちゃん?」
僕がそう声を掛けると、サクラちゃんは僕の方を向いて明るい声で話す。
「あ、レイさん!! 目覚めたんですねっ! もぉー心配したんですよー、身体の一部が炭化しちゃってて全然目を醒まさないんですもん!」
「僕、そんな酷い状態だったのか……」
どおりで夢の中であれほど身体が痛かったわけだ。今は、姉さん達の治療のお陰か、身体の火傷の後や、炭化した部分は回復していた。それでもまだ全身が痛いが、戦えないほどじゃない。
「って、そんな事言ってる場合じゃないですよ! 敵襲です、敵襲!!!」
「!!」
サクラちゃんのその言葉に、ここに居た全員が警戒態勢に入る。
同時に、地上に降り立ったルナは竜化を解いて人間の姿に戻ると、慌てたように叫んだ。
「皆、闇ギルドの人達がこっちに――——!! あ、サクライくん、無事でよかった……怪我は大丈夫なの!?」
「大丈夫、心配かけてごめん」
僕は彼女にそう告げて、姉さんとレベッカに声を掛ける。
「二人とも、聞いたよね。神依木を守るために、ここであいつらを全員倒すよっ!」
「ええ!」
「はいっ!!」
姉さんとレベッカは、強く頷いて答えてくれた。
そして僕も頷き返す。そして、僕の隣に立つノルンは口を開いた。
「皆、お願い……私は戦えないけど……せめて強化魔法を……」
ノルンはそう言いながら僕達に魔法を掛けようとするが、その小さな体がくらりと揺れる。
「ノルンっ!」
僕は倒れそうになった彼女の小さな身体を支える。
「ごめんなさい……」
「無理しないで……神依木がこんな状態ってことは、ノルン自身もかなり危ないんでしょ?」
「……でも、今の私はこれくらいしか出来ないから……」
ノルンはそう言いながら不安と苦痛の表情を浮かべる。おそらく、魔力が枯渇寸前なのだろう。それでも、彼女は無理して魔法を僕達に掛けようとしていた。
そんなノルンを僕は見て、胸が締めつけられる思いがした。
「ノルンは休んでて。その代わり、もしもの時はお願い」
僕はそう言うと、支えていたノルンの小さな身体を地面に下ろす。
「……皆、戦う前に聞いてほしいことがある」
僕はそう言って仲間の顔を見渡す。
「あの闇ギルドのリーダー、ロイドと一騎打ちをさせてほしいんだ」
僕はあの漆黒の鎧を纏い、自身を覇王と称した男の姿を思い浮かべて言った。
「レイ様、ですが……」
「……相手は、人間よ……?」
レベッカと姉さんは、心配そうに僕に言う。僕は彼女達に頷いて言葉を続ける。
「二人が心配する通り、僕は相手が人間だとどうしても命を奪うことが出来なくてそれが理由で無様に負けてしまった……。だけど、僕は二度とあんな奴に負けたくない……だから、今回は僕に任せてほしいんだ」
「……レイくん、それはあの男を……」
「……殺す覚悟が出来たということでしょうか?」
二人は僕の提案を複雑な表情で聞き、レベッカは質問する。
だけど、僕はその質問に「殺さない」と即答した。
「え……?」
ルナは僕の返事を不思議そうな表情で聞き返す。
「……殺さないって、どういう意味?」
姉さんも困惑した表情で僕に尋ねる。
僕はどう言えば理解してもらえるか少しだけ考えてから口を開いた。
「許すつもりはないけど、僕はあの男を殺す気はない。
でもあいつが僕達に敵対するなら、死なない程度に容赦なく潰しに行く。それで相手の心を完全に砕いて、僕達に謝罪させる」
「……え」
「……なんと、まぁ……」
「サクライくん……もしかしていじめられっ子からいじめっ子になるの?」
「いや、違うよ!?」
ルナの言葉に全力で否定する。
「……よ、要するに戦って実力差を見せつけてアイツの戦意を喪失させる作戦だよ。『ごめんなさい許してください、なんでもしますから!!』って言ってくるまでとりあえずやってみる」
「……」
「……」
「……」
「…………」
僕の発言に、何故か姉さんとレベッカ。
そしてノルンまでもが唖然とした表情で僕を見つめていた。
……いや、なんでそんな顔で僕を見るの?
「……とりあえず、ロイドはレイくんが倒すって事だね?」
やがて、いち早く復帰した姉さんは僕をジト目で見つめながら確認するように聞いてくる。ああもう、なんか凄い恥ずかしいんだけど……。
「うん、皆は僕がアイツと戦えるように取り巻きの敵の相手をお願い。多分、あいつは部下達に【死霊術】を使ってる。それなら、姉さんの【女神の権能】さえあれば再生を止められると思うんだ。……姉さん、出来るよね?」
僕は姉さんに目配せする。すると、姉さんは若干の間を置いて頷いてくれた。
「……やってみるわ」
「ありがとう、姉さん」
僕のそのお願いに、皆は力強く頷いてくれた。
しかし、レベッカは最後に僕に忠告を残した。
「レイ様、あのロイド・リベリオンという男、頭を槍で貫かれても死にませんでした」
「!」
僕はその事実に一瞬驚くが、すぐに冷静に頷く。
「……そっか。そうなると、どのみち簡単には勝てないって事だね」
「はい、あるいは既に人間ではなくなってる可能性も考えられます。レイ様、決して油断なさらぬよう」
「分かった」
僕は彼女の言葉に強く頷く。
そして、ここに居る仲間達全員に聴こえるように声を張り上げて言った。
「それじゃあ皆、行くよ!!」
僕の掛け声と共に、皆は一斉に行動を開始したのだった。
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