第567話 休日14
【視点:レイ】
【二戦目】レイ VS レベッカ
10分程度の休憩を挟んだのち、僕とレベッカは軽く柔軟を行う。
そして、準備が十分に終わってから、僕とレベッカは距離を取って対峙する。
今度の審判はサクラちゃんだ。
「二人とも、準備はオッケーですか?」
「うん」
「構いません。……レイ様、そういえば以前のように制約は設けないのですか?」
僕はレベッカに質問される。以前、エミリアとレベッカが手合わせした時、過保護なほど制約を付けた事を気にしているのだろう。
「……特には付けないかな。勿論、卑怯な行為とか反則行為はダメだけど、僕達がそんな事するわけないし」
「それはその通りでございますね。ですが、以前のように安全を考慮して防御魔法などは使わないので?」
「それも止めておくよ。あれをすると本来なら勝負が付いた場面が無駄に長引いちゃうし」
これは、エミリアとレベッカの手合わせの時の僕の反省だ。
本来ならすぐ勝負が付いたはずなのに、過剰な防備をしてしまった結果、二人の戦いは長引いてしまい、辛い思いをさせてしまった。
また、過干渉の結果、どちらかに極端に有利になってしまう場合もある。
なので、今回は余計な事は行わない。
「了解でございます。では、小細工なしの己の実力だけの勝負という形で」
「うん……僕も二人を失望させないように頑張るよ」
「???」
僕は苦笑して答える。
だけど、レベッカは何を言っているか分からないようだった。
「頑張ってください、二人とも!わたしは応援しますよ♪」
サクラちゃんは元気よく手を振ってエールを送ってくれる。
僕とレベッカは笑顔で返す。
そして、僕とレベッカは互いに視線を向ける。
「では、レイ様、いざ尋常に―――」
「――うん、お互い正々堂々と戦おう」
レベッカの言葉に続いて僕も宣言する。だが、僕の言葉は震えていた。
「始めっ!!!」
そして、サクラちゃんの合図と共に僕達は動き出す。
レベッカとこうやって正面から手合わせするのは三度目だ。
一度目は、サイドの街の訓練場で、二度目は、王都の闘技大会の時。
一度目は引き分け、二度目はレベッカの降参による僕の勝利だった。
だが、今回は―――
「たああああ!!!!」「やあああああ!!」
僕とレベッカは互いの勢いに押されないように気迫を込めて急接近して武器を振るう。互いの武器がぶつかり合い、その後は剣と槍の長所を活かした連続攻撃へと移っていく。
僕はレベッカの槍を弾きながら懐に入り込もうとするが、レベッカはそれを許さず、上手く距離を保ちつつ槍のリーチを活かしてこちらに攻撃を繰り出してくる。
「―――っ!!」「……!」
僕もレベッカも互いに全く油断は無い。
特にレベッカは、これまで僕相手に勝利を収めたことが一度も無い状態だ。
油断などあろうはずもない。
だがその実、押されているのは、僕の方だった。
「(レベッカの動きに全く隙が無い……!!)」
僕の動きは経験済みのせいか、レベッカは的確に槍で迎撃してくる。しかも、ただ闇雲に攻撃を仕掛けているのではなく、常に冷静な判断で最適な行動を行っている。そのおかげで、僕は主導権を握ることが出来ずにいた。
普段であれば<心眼看破>の技能を用いて彼女の動きを読み、最適解を導くことが出来る。だけど、今の僕は何故かそれが出来ない。
「(……なんで、僕はいつものように……!)」
「どうされました、レイ様。 随分と焦っておられるようですが……!」
「――ッ!?」
まるで僕の心の内を読んだかのようにレベッカの声が掛かる。挑発されているわけでは無い。彼女は以前の僕との戦いから、僕の本来のペースを知っているためだ。
故に、顔に出さないようにしていたのに、僕の動きが急いていることを読まれてしまっていた。
「……流石、レベッカ」
僕は半歩後ろに下がってから剣を横に薙ぐ。
レベッカは僕のその剣の軌道を読んで軽く上半身を仰け反ることで回避、その後、僕の隙を突いて槍を放ってくるが、僕はそれに合わせて身体を回転させて剣を戻して的確な位置でガードを行う。
ガキンッと金属のぶつかり合いが起こったと同時に、僕は剣を右手に持ち替え、左手で風魔法をレベッカを対象に発動。
爆風を放つことで、レベッカを風で押し込む。彼女は、その風魔法の直撃を受けることなく自ら後方に跳んだ。
「……はぁ……はぁ」
「……」
今の風魔法は回避されてしまったが、元々レベッカから距離を取るための手段だったため結果的には問題ない。だが、今の打ち合いで想像以上に僕の体力が削られてしまっていた。
「(……ダメだ、想像以上に僕の体力が落ちている)」
ここしばらく仕事が忙しいせいで自身の鍛錬をサボっていたのが原因だろう。反面、レベッカは多少呼吸が深くなった程度で乱れていない。現状、明らかに僕の方が不利だ。
「……レイ様、随分と普段と比べてペースが……。もしかして体調が……?」
戦いの最中、レベッカは僕を気遣う心配した表情で声を掛けてくる。
違うんだよレベッカ、そうじゃないんだ。
「……そういうわけじゃないよ。そうしないとレベッカとまともに戦えないくらい僕が弱いだけなんだよ」
隠しても仕方がない。僕は正直にレベッカに自分の心情を述べる。
だが、僕の言葉を聞いたレベッカは不思議そうな顔をする。
「……それは何かの作戦でしょうか? わたくしには、今のレイ様は本気で戦っているようには思えません。むしろ、自らペースを乱すことで、わたくしをかく乱する作戦ではないかと……」
「……そんな作戦なんか無いよ、今だって僕はただ、全力で……」
僕はレベッカのその疑問に、顔を伏せて返事を返す。
しかし、レベッカは言った。
「いえ、違いますね。今のレイ様は、全力どころか戦いに集中出来ているように思えません」
「……どうして、そんな事が言えるのさ」
「それは、今のレイ様が、わたくしを見てくれていないからでございます」
「……」
その言葉に、僕は返事を返すことが出来なかった。
確かに僕は、先ほどからずっと自分自身の事ばかり考えていた。
それこそ彼女の事を一切気遣う余裕が無いほどに。
「以前のレイ様は、どんな相手であっても真剣に向き合っておりました。
例え相手が自分よりも格上の存在であったとしても、決して目を逸らさずに戦っておられた。なのに、今のレイ様は何か考え事をしながら戦っている。剣を振いながらも対戦相手のわたくしの事を見てくれていない」
レベッカは目を瞑って言葉を一旦区切る。
「……」
「先程、レイ様は『自分が弱いから』と仰いました。ですが、わたくしにはそう思えません。確かに、レイ様は以前と比べて戦闘する機会が減りました。騎士や学校のお仕事で多忙な時間を過ごされて鍛錬をする暇もないのも承知しています。ですが―――」
レベッカは深呼吸し、瞑っていた目を開く。
そして、真っすぐ僕を見つめて言った。
「レイ様の強さの本質は、鍛錬の長さや戦闘経験ではありません。
常に相手の事を気遣いながらも、決して自身の信念を曲げず、心で相手と向かい合うその『精神』と『優しさ』でございます。今のレイ様に欠けているものがあるとするなら、それなのです!」
「……!」
その瞬間、僕は思わず息を呑んでしまった。
まさか、レベッカにここまで言われるとは思ってもいなかったからだ。
「レイ様、わたくしを見てくださいまし。貴方に追いつくために、わたくしは休まず鍛錬を続けました。貴方の家族として相応しくなるために、いつだって自身を高めてきました。だからレイ様、以前のようにわたくしを見て、心の迷いを打ち払ってください!」
「……!!」
心の、迷いを……。
レベッカのその一言で、僕が焦っていた本当の理由に気付いた。
僕は、単純に鍛錬が足りないからレベッカに押されていたわけじゃなかった。
実力が足りないからという理由でもない。
ただ、心のどこかで、戦う事の逃避があったのだ。もう平和だから戦う必要なんて無い。これ以上強くなっても意味なんかない。
そんな感情が心の片隅にあったのかもしれない。それが僕自身の限界を作って僕自身を弱くしていた。
「………ごめん、レベッカ。僕らしくなかったよね」
「―――レイ様!」
「ありがとう、僕に気付かせてくれて、僕をいつも見てくれていて」
僕は、改めてレベッカを見る。
「(……何故忘れてたのか、僕が強くなれた理由を)」
僕は心の中で自身の答えを見つけ出す。
『でもね、強くなったとしても心は変わっちゃいけないと思うんだ。強くなりたいと思ったその時の気持ちは忘れずに、その時に感じた想いは未来の自分の原動力になる。』
僕自身が子供達に言った言葉だ。僕は、自分で答えを言っていたんだ。
「(僕は、大切な家族を守りたいから、頑張っていたんだ。なら、今だって僕は強くなれるはず……)」
なら、こんなところで迷っていられない。
さぁ、剣を取ろう、僕を鼓舞してくれたレベッカを見よう。
彼女の期待に応えるために、大切な家族を守るために。
「レイ様、やっと、心の迷いが晴れたようでございますね」
「……うん、レベッカのおかげでね」
僕は剣を構え直す。
「……レイ様、わたくしは嬉しいです。レイ様とこうしていられることが」
「僕もだよ、レベッカ……心配させてごめんね」
僕は以前のようにレベッカに微笑みかける。
もう、今の彼女達に劣等感を感じることも無い。
今の僕は、以前の僕と同じだ。
「……レベッカ、悪いけど、今回も勝たせてもらうよ」
「……ふふ、レイ様に申し訳ありませんが、今度こそわたくしが勝ちます」
そう言って、お互い笑い合う。
そして、再び僕とレベッカは武器を構えて走り出す。
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