第566話 休日13

 前回までのあらすじ。

 朝活に付き合わされたレイは、サクラとレベッカと一緒に鍛錬に励むことに。

 そして、サクラの提案で手合わせをすることとなった。


【視点:レイ】

【一戦目】サクラ VS レベッカ


「よろしくお願いいたします、サクラ様」

「うん、よろしくね―、レベッカさん♪」


 二人は互いに距離を取って向かい合わせに対峙する。


 しかし、この二人。

 どちらもほんわかした雰囲気のため、緊張感がまるで感じられない。


 ……と、開始直前まで僕はそう思っていた。


「……それでは、始め」

 審判役を買って出た僕の合図と共に、サクラとレベッカの戦いが始まった。


 その瞬間、僕の視界から二人が搔き消えた。


「―――!!」


 本当に消えたわけでは無い。

 二人は、開始と同時に超スピードで相手に接近して、二人は急接近して姿を現す。

 そして、圧倒的な手数の剣戟を繰り出していた。


「はぁっ!」

「ふぅッ!」


 剣と槍が激しくぶつかり合う。


 ガキィィン! キン、カン、ガン、ガンガン、ギン、ドゴォン!!


 目にも止まらぬ速さで繰り広げられる激しい剣撃、そして、再び二人の姿が搔き消えたと思えば、別の場所に瞬間移動のように二人が現れて激しい攻防が繰り広げられる。


「(すごい、二人とも……!!)」


 並の人間では視認する事すら出来ない圧倒的な速度。

 そして、一瞬にして数多の剣閃が交差する。それはまさに神速の領域だった。


「(こ、こんなの……今の僕には……!!)」

 二人の姿は辛うじて見えるのだが、あまりの高速戦闘についていけない。


「(……っ!!!)」

 それでも僕は目を凝らして二人の戦いを目に焼き付ける。少なくとも一度は僕は彼女達と同じ領域で戦えていた。ならば、決して僕に見えないわけじゃないはずだ。


「(もっと、集中しろ……!)」


 僕は自分の中の魔力を練り上げる。今こそ、自身に眠る勇者に力を引き出し、僕は再びあの時の力を呼び起こそうと奮起する。


「(あの時の感覚を思い出すんだ……!)」

 僕は必死に二人の姿を追おうとする。そして……。


「(……見えた!!)」


 僕は何とか二人の動きを捉える事に成功する。

 最初は荒い残像のようにしか見えなかった二人の姿が少しずつ見えてくる。


「(―――これは)」

 僕は手に汗握って彼女達の戦いぶりを間近で観戦する。


 戦況は互角、二刀流の圧倒的な手数で押そうとするサクラに対し、レベッカは槍のリーチを活かして彼女を射程範囲に入れないように戦っている。


 サクラは右手の剣で攻撃しつつ、左手の剣で防御するスタイル。対して、レベッカは両手に持った一本の槍で、神経を研ぎ澄ましてその攻撃を全て防ぎきっている。


 サクラは攻めに集中し、レベッカは反対に防御に全神経を集中させている。

 まさに、静と動の戦いだ。


「―――っ!!」

 圧倒的な手数と速度で攻めるサクラだが、さしもレベッカのまるで古城の城塞を思わせるかのようなレベッカの圧倒的な防御力を前に、サクラの攻撃は決定打にならない。


「―――そこでございますっ!!」

「くっ!?」


 逆に、サクラの僅かな隙を狙って、レベッカの槍が動く。

 自身が攻めていた筈なのに、気が付けばサクラはレベッカのカウンター攻撃を受けてかすり傷を負ってしまう。


 サクラの表情が曇り始める。

 レベッカの想像以上の強さに、サクラは普段の余裕を失い始める。


 一方、レベッカの方は冷静に状況を見極めている。


 サクラの見るものを圧倒するその双剣技とパワーを完全に見極めて、僅かな隙を潜り抜けて彼女は動く。その姿は、幼いながらもまるで戦神のようなオーラを持ちあわせていた。


「(―――だめ、このままじゃ!)」

 サクラは、このまま戦っても勝てない事に気付き、一気に後方に跳躍する。


「―――っ!!」

 レベッカは、いきなり高く飛んだ彼女を警戒して、槍を構えつつ鋭い眼つきでサクラの動きを凝視する。サクラの人間離れした身体能力を以ってすれば、一度の跳躍で20メートルの距離を離すことすら造作ない。


 跳躍を終えたサクラは、重さを感じない羽のような動きで軽やかに着地する。


「(……2人とも、あの時よりも強い)」

 あの時とは、復活した魔王ナイアーラとの決戦の時の話だ。彼女達はあの戦いでは、魔王相手に劣勢を強いられていたというのに彼女達は以後も研鑽を続けて自身を磨き続けていたのだ。


 反面、自分はどうだろうか。


 戦いが終わり、前線を退いた僕は、騎士や学校の先生で平和な生活を満喫していた。勇者の役目を終えたと思って戦う事を止めた僕と、それでも冒険者を続けていた彼女達。僕は、そんな彼女達に無意識に劣等感を抱いていたのかもしれない。


「(だけど……!)」

 僕は再び拳を握る。


 今なら分かる。

 何故、彼女達が僕を認めてくれたのか。

 僕が勇者だから? 彼女達が僕を尊敬していた?


 ……全部違う!!


「(彼女達は、僕に追いつこうと必死で頑張っていたからだ……!!)」


 彼女達の目には自分達では届かない、その先にいた僕を見ているのだ。

 いつか、自身もその領域に届くと信じて、戦う事を止めなかった。


「(……負けたくない)」 

 ……だからこそ、僕は彼女達に失望されたくない、置いて行かれたくない。


 例え、それが無謀でも僕は彼女達の期待に応えたい!


「………負けたくない!!!」

 僕は、その心からの気持ちを口にする。

 ここにきて、僕は心の底から彼女達に負けたくないと思っていた。



 ◆◆◆



「――ふぅ」「……はぁ」

 レベッカとサクラは、深呼吸をして息を整え直す。


「……レベッカさん、凄いね。わたし、レベッカさんの強さにドキドキしてるよ……」


「サクラ様こそ、息をつかせぬほど斬撃の嵐、そして見惚れてしまうほどの美しさ、流石でございます」


 お互い、相手の実力を賞賛し合う二人。

 しかし、二人ともまだまだ余力を残しているように見える。


「……じゃあ、そろそろ決着つける?」

「……そうですね、サクラ様。わたくしも全力を賭して戦います」


 二人は再び構えを取る。


「サクラ様、参ります」「行くよ、レベッカさん」


 二人の声が重なる。


 同時に、二人から圧倒的な魔力が放出され、彼女達の能力がブーストされていく。


 二人が得意とする強化魔法だ。

 お互い、これ以上長期戦をするつもりはない。

 自身の最大の一撃で勝負を決めるつもりでいる。


「……はあああっ!!」「たあああああああっ!!」


 同時に地面を踏み込んで突進する。その速度は先程までよりも遥かに速い。

 二人の姿が一瞬にして消える。


 直後、轟音と共に二人がぶつかり合う。

 その瞬間、あらゆる音が消え去り、空が真っ白に染まったように感じた。


「――っ!!」「――ッ!?」


 そして、二人の動きが完全に止まる。


 ◆◆◆


「…………はぁ~、まいりました」


 最初に言葉を発したのはレベッカだった。彼女は、自分の敗北を認めるかのように槍を手放す。しかし、武器を手放したのはレベッカだけでは無かった。


「うぅ……わたしも、むりぃ……」


 サクラちゃんはガクンとその場で膝を崩して、しゃがみ込んだ。

 どうやら、彼女の方も限界のようだ。僕は慌てて彼女達に駆け寄る。


「大丈夫!?」


「……は、はい、なんとか……うぅ」

「レベッカさん強すぎだよぉ……疲れたぁ……」


 疲労困憊の二人に僕は苦笑し、彼女達に回復魔法を使用する。

 二人は回復魔法の光に包み込まれ、その怪我と疲労が緩和していく。


 僕は回復魔法を二人に使用しながら話す。


「二人とも、お疲れ様。本当に凄かったよ、魔王との戦いの時よりも全然強くなったね。僕、驚いちゃったよ」


「えへへー、レイさんにそこまで言われたなら嬉しいかもぉ」

「ありがとうございます、レイ様……」


 二人は緊張が解けたのだろう。

 先程までの覇気が消えて、いつもの可愛らしい表情で応えてくれた。


「……それで、レイさん」

「どちらが勝ったのでしょうか」


 二人が真剣な表情で聞いてくる。


「……うーん、引き分け―――」


「えぇー!?」


「―――って言いたいけど、先に武器を落としたレベッカの負け、かな」


 僕の答えを聞いてレベッカは残念そうな表情を浮かべ、サクラは反対に嬉しそうな表情を浮かべる。


「やったぁ!これでわたしの勝ちだよね、レベッカさん♪」


「くっ……!」


「……と言っても、本当に僅かな差だけどね」


 僕は少し悔しそうにしているレベッカの方を向いて言う。


「……うぅ、まだまだわたくしは未熟でございます」


「そんな事ないよ、レベッカさん!」


「うん、本当に凄かったよ」


 今回は一瞬早くレベッカが手放したからサクラちゃんが勝ちというだけの話だ。実力的には完全に拮抗しており、次に戦った時にどちらが勝つかなんてまるで予想が出来ない。


「二人とも、疲れたでしょ。一旦休憩しよう」


「ですねー。休憩終わったら次はレイさんとレベッカさんのバトルです♪」


「あはは……」


 僕は苦笑する。

 二人の強さを知った後だと、ちょっとやりたくないなーって思ってたんだけど……。


 とはいえ、今の戦いで少しだけ二人の事が分かった。

 相手が格上だと分かれば、もう僕は全力を出し切るしか方法が無い。

 これ以上無いほどにシンプルな結論だった。

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