第513話 良心

「――もらった!!」

 僕は、その瞬間に、腕に力を込めて剣を掴む奴の手首を強引に切り落とした。


「ぐうっ!!」

 ナイアーラは顔を顰めて、僕に触手を差し向ける。咄嗟に僕は、剣で奴の触手をガードするが、その隙にナイアーラは周囲に炎魔法を発動させ姉さんの束縛を解き、僕の射程外に逃れて後ろへ下がる。


「――ああ、惜しい!! レイ、詰めが甘いですよ!!」

 上空から僕達の戦いを見ていたエミリアが叫ぶ。


「そんな事言われても……」


 僕は苦笑しながらエミリアに返事する。

 そのやり取りに、魔王ナイアーラは憎々し気に呟く。


「……そういう事か。勇者レイが本命と思わせて、

 背後から奇襲して私の隙を狙う作戦だったというわけだ」


 ナイアーラは上空で浮いているエミリアを睨み付ける。エミリアは、杖を構えた状態で魔王の背後に回って隙を伺っていた。今しがた背後から攻撃を仕掛けて隙を作ってくれたのも彼女だ。


 お陰でようやく一撃を当てることが出来た。


「特に示し合わせていたようには思えなかったが……」

 ナイアーラの呟きに、エミリアは自身満々に答える。


「私達はそれなりに長い間、旅をしてきました。

 即席で動きを合わせるなんて余裕で出来ます。ね、レイ?」


「左様、わたくし達は同じ釜の飯を食う間柄でございますよ」

 エミリアの言葉に、レベッカも同意して二人は僕を見る。


「そうだね」

 僕は苦笑いを浮かべながら、彼女達に同意する。


「なるほど……連携か。

 それは、我のような強者には思いつかない発想だな」


 ナイアーラは目を瞑って笑い、奴は切断された自分の腕に触手が巻き付かせる。そして、数秒後、自身に施した触手が奴の身体に溶け込み、新しい腕として再生していた。


「……まさか、今の一瞬で回復できるとは」

「……どうやら魔王というのは伊達ではないみたいですね」


 レベッカは冷や汗を流し、エミリアも厳しい表情になる。


 ナイアーラはその場で、再生させた腕の感触を弄って確かめる。


「ふむ……神から魔王へと堕ちた代価として得た能力としては優雅さに欠けるな。

 それに、思ったより身体が馴染んでおらぬ。……所詮、老婆の肉体では魔力で強化しても、この程度という事か」


 そう言いながら、ナイアーラは手に黒い球体を作り出す。


「……しかし、それならば、代価の肉体を調達すれば良い。……ふむ、そこの小娘の肉体なら、少なくともこの老人の肉体よりは使えるだろう」


 そう言いながら笑うナイアーラの視線の先には、身体を震わせて立っていたルビーの姿があった。


「え……?」

 ナイアーラの眼中に自分が入っていることに動揺するルビー。


「何をするつもりだ!!」


 僕は嫌な予感を覚えてナイアーラに叫ぶ。

 しかし、ナイアーラは僕を無視して彼女に言った。


「光栄に思え、お前のその肉体を我の身体として使ってやろう」


「――っ!」

 ルビーは、ナイアーラの言葉を聞いて即座に魔法を発動させる。

 ナイアーラを中心に、魔力で形成された黒檻が出現し、奴を閉じ込める。


「……ほう、珍しい魔法を使う。……しかし」

 だが、ナイアーラは軽く手で触れるだけで、ルビーの魔法が消失してしまう。


「あ……あ……」

「貴様のように、魔力だけは潤沢で精神が脆い人間は御しやすい。

 今、貴様の精神を消してその器を頂くとしよう、そこで大人しくしていろ」


「――っ!?」

 恐怖を感じたルビーは、半ば迫られるように目の前の存在に魔法を使用する。


 次の瞬間、ナイアーラの目の前に巨大な炎の塊が現れ、爆発する。しかし、避けもせず彼女の魔法を受けたナイアーラは殆ど無傷だった。


 しかし、攻撃を受けたナイアーラは怒るどころか笑っていた。


「……ほー、面白いな、小娘。

 さっきまで怯えていたというのに、恐怖で自己防衛機能が働いたのか反射的に動いて攻撃してきたではないか。このまま追い詰めてやれば、どのような反応をするのか興味が出てきたぞ」


「――っ!!」

 ナイアーラの言葉に、ルビーの顔が青ざめる。

 そんな彼女を庇うように、僕達はナイアーラの前に立つ。


「これ以上、貴方の好きにはさせない!!」


 姉さんが声を上げて、彼女の前に立つ。


「……ち、貴様の身体は乗っ取れそうにないな……。

 今、その女を置いてこの場から退くのであれば、見逃してやっても良いのだぞ」


「断るよ!!」

 僕は姉さんの代わりに即答する。


「――だろうな。ならば、仕方ない。先にお前達を蹴散らすとしようか」


 ナイアーラはそう言って、魔力を迸らせる。

 僕は、それを見て後ろで姉さんに庇われているルビーに声を掛ける。


「ルビー、聞いて。僕達がこいつを抑えるから、キミだけでも逃げてくれ。そして、王都にいる陛下に『魔王が現れた』と伝えてほしい。僕の名前を出せば王宮に入れるはずだ」


「……っ!!」

 僕の言葉に、彼女は黙ってそのまま背を向けて走り去っていった。


「……良かったのですか、レイ様」

 レベッカにそう問われて、僕は「うん」と頷く。


 しかし、エミリアは言った。

「……お人よしですね。あの女はエメシスに協力していた悪人ですよ。王都に行けば誘拐の容疑で捕縛されるでしょうし、きっとそのまま身を隠すのがオチですよ」


「分かってるよ。でも、そうならないかもしれない」


 僕は、ナイアーラを見据えて言う。


「僕は正義の味方じゃない。世界を救うなんて考えたことも無い。

 だけど、目の前で殺されそうになってる人を見捨てたりなんてしようと思わない。

 ……それにね、エミリア、一つ訂正したいことがあるんだけど」


「……なんです?」

「彼女は、きっと悪い子じゃない。自身の人生観が狂うほどの何かがあって、葛藤しながら苦渋の想いで今の選択をしたんだと思う。だけど今の彼女は、その選択を振り切って僕達を助けてくれた。なら僕は彼女の良心を信じるよ」


 僕の言葉に、エミリアは目を大きく見開いて驚いているようだった。


「……レイ。貴方は本当に馬鹿ですね」


「……うん、エミリアの言う通りだよ。

 ……ごめんね、皆を勝ち目のない戦いに巻き込んでしまったかもしれない」


 僕は皆に謝罪しながら言った。


「……ふふ、レイくん、まだ勝ち目ないと決まったわけじゃないわ」


「私達を侮り過ぎですよ、この程度の危機、今まで何度も乗り越えたでしょう?」


「わたくし達は最後までレイ様と共に戦いますよ」


 三人共、僕の謝辞に笑顔で答えてくれる。


「ありがとう」


 僕は彼女達に礼を言う。

 そして、改めて目の前の敵を見る。


 奴は、先程までの余裕のある表情ではなく、どこか険しい表情でこちらを見ていた。


「なるほど……勇者の器というのは伊達ではないようだな。こうして、本体で向き合ってみると想像以上に厄介な相手だ」


 ナイアーラはそう言って僕を強く睨む。


「……勇者レイ、お遊びは終わりだ。お前をここで始末しておかないと、我の覇道の障害となる。故に、今出せる全力を以って貴様を屠ろう」


 ……今までの奴の芝居掛かった態度と違う。

 奴の言葉通り、ここからはきっと全力で僕達を殺しに来る。

 だけど、こんなところで殺されるわけにはいかない!!


「……皆、絶対生き残るよ!!」

 僕は力強く宣言し、魔王ナイアーラに向かっていった。

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