第864話 レイ達のその後③
「……アカメ」
「……レイ……お兄ちゃん、久しぶり……」
月明かりの夜、あの時に別れたアカメとレイは再び邂逅を果たした。そんな二人の様子をルナは口を出さずに静かに見守っていた。
「……」「……」
一言だけ言葉を交わした兄妹は互いを見つめ合ったまま言葉が出ない。運命によって生き別れた二人は面識もないまま数十年間別の場所で壮絶な人生を歩んでいた。
話したいことは沢山あるのだろうが、いざ目の前にすると何から話せばいいのか分からず、言葉が出ないのだろう。特にアカメは元々自分達と敵対していた罪悪感もあって、彼と積極的に言葉を交わすのを遠慮している節がある。
そんな彼女の心情をレイは自然と察したのだろう。まだ何を話そうか決めかねていた彼は言葉ではなく行動で示すことにした。
レイは無言で彼女に近付き、彼女の身体をそっと抱きしめた。
『(わ、わぁーっ! サクライくん、大胆!!)』
二人の様子を見守っていたルナは、レイの大胆な行動に驚きながらも、二人の邪魔をしないように意識的に口を閉ざして成り行きを見守っていた。一方のアカメも、最初は困惑していたが、やがて彼の抱擁に身を委ねる様に力を抜いて彼に身体を預けた。
「……アカメ、会いたかった……」
「……私も……」
レイに抱きしめられながら、アカメは小声でそう答える。
「……もうキミを一人にしない……これから僕達と一緒に暮らそう……」
「……それは……」
レイの言葉にアカメは困ったように言葉を詰まらせる。そして、数秒時間を置いてから彼女は小さく首を横に振る。
「……それは出来ない……ごめんなさい……」
「……理由を聞かせて?」
レイは彼女に拒絶されたと思ったのかもしれない。少しだけショックを受けた表情をしたが、すぐに彼女に優しく問いかける。するとアカメは言った。
「……私の姿はあなた達とは違う。どちらといえば人間に恐怖を与える魔物の姿に近い……。もし、あなたと一緒に暮らすことになった場合、きっと周りの人間は私を怖がってしまう」
「僕がちゃんと説明するよ。この子は僕の妹だって。誰にも文句を言わせたりしない」
「気持ちは嬉しい……。でも、私は一度、この王都に攻め込んで国王の命を狙った身よ……? そんな私を庇えば、あなたの立場だって悪くなってしまう」
「それでも構わない」
レイはアカメを真っ直ぐ見つめながらそう答える。その答えにアカメはまたも困った表情を浮かべる。
「レイ……あなたは、この国では魔王を打ち倒した英雄でしょう? そんなあなたが元魔王軍の私を庇うような事をしてしまえば、失望されて他の人間に迫害されてしまうに違いない……あなたの仲間にだって迷惑が掛かってしまう……」
「もしそうなったら、僕は国を出るよ」
「……っ」
「!!」
レイの言葉に話を聞いていたルナは息を呑む。同時に、アカメもレイの言葉を聞いて言葉を詰まらせる。そんな二人の様子を見てルナは思わず口を挟んでしまう。
「あ、あの……」
「……ルナ?」
「アカメちゃんも、すぐに答えを出せないみたいだし、今日はその……家に泊まってもらうのはどう……かな?」
「……」
ルナの提案にレイは無言で考え込んでいる。
アカメは突然の申し出に困惑した様子で、縋るような瞳でレイを見つめ、彼の意向を待っている。ルナはその彼女の様子を見て、アカメが自身の感情を抑え込んでる事を確信する。
そして、レイは今までの真剣な表情から満面の笑顔に変わり、明るい声で言った。
「うん、そうしよう」
そう言いながらレイはアカメの手を取る。
「アカメ僕達が貸し切ってる宿に招待するよ」
「……でもこの姿では」
「大丈夫、宿主さんにはなんとか誤魔化すし、仲間はアカメの事を知ってるから驚くかもしれないけど歓迎されるよ」
「…………」
「ルナ、お願いしてもいいかな」
「うん。じゃあまたドラゴンに変身するね」
レイの言葉に従ってルナは竜の姿に再び変化する。その様子を見てアカメは驚きの表情を浮かべた。
「人間が……ドラゴンに……?」
「ルナはちょっと特別なんだよ。詳しい事は、宿に戻ってからゆっくり話そう」
「……うん」
レイが差し出した手を、アカメは戸惑いながらも握り返す。そしてルナに再び跨ったレイとアカメは夜空を飛行して、レイ達が生活する宿へと向かった。
◆◇◆
宿に到着すると、レイとアカメはルナの背中から降り立って周囲に人の気配がないことを確認する。
レイは二人に「ちょっとだけ待って」と言って、自分だけ先に宿の中に入っていった。
「ただいまですー」
レイは普段と同じように宿の中に入り、カウンターで帳簿をつけていた宿主の男性に声を掛けた。
「おや、レイさん。今日はお帰りが遅かったですね」
「ちょっと仕事が遅くなってしまいまして……姉さん達はどうしてます?」
「ベルフラウさん達ならキッチンで調理を行った後、食堂に行かれました。おそらく、レイさんの帰りを待っているのかと。……おや、そういえばルナさんが迎えに行ったと思っていたのですが、お会いになりませんでしたか?」
「ちゃんと迎えに来てくれましたよ。……ところで、宿主さん」
レイは意味深に宿主に近付きながら言った。
「な、なんですか?」
「……今から”悪魔風の衣装の仮装をした女の子”が来ます」
「は?」
レイの謎の発言に宿主は首を傾げる。
「実は僕の故郷には”ハロウィン”というイベントがありまして。小さな子供達が普段見られないような衣服や装飾を纏って、近所の家を渡り歩くんですよ。それで、仮装をした子供達は家主の人にこう言うんです。『トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!!』……って」
「は……はぁ……なるほど、中々に独創的な文化でありますな」
「ええ、それで家主の人はその子供達にお菓子をあげる、というのが一連の流れになっているんです。この国ではそういう文化が無いみたいなので困惑されるかもですが、サプライズとして仲間達を驚かせてあげたいので協力してくれませんか?」
「それは面白い。協力させて頂きましょう。お菓子は何でもいいのですか?」
「お菓子は……そうですね、家主さんが時々振る舞ってくれる甘いパンケーキなどを食後に振る舞ってくださると凄く喜ぶと思います。あと、出来れば飴なども用意して頂けると……」
「分かりました。では、どうぞ連れてきてください」
「ありがとうございます! じゃあ少しだけ待ってくださいね!」
レイは宿主さんにお礼を言って、宿の外で待つアカメとルナの所に戻っていった。
――そして、彼女達に事の次第を説明する。
「は、ハロウィン……?」
「考えたねサクライくん! 確かにハロウィンならアカメちゃんの見た目がちょっと違ってても問題ないもんね」
「うん、それでルナに頼みがあるんだけど。アカメだけが目立たない様にルナもちょっとだけ仮装してくれないかな? ほら、竜化の魔法でドラゴンの翼だけ変化させるとか出来ない?」
「うーんと……こうかな?」
レイのアイデアにルナが応えると、彼女の翼の部分が竜の翼に変化して大きく広がり、鱗も綺麗な光沢を帯びる。
「おお、凄い! ちゃんと背中に羽が生えてる!」
「えへへ……結構練習したからね」
そんな二人のやり取りを聞いていたアカメが口を開く。
「……私は、どうすればいい?」
アカメの言葉にレイとルナは顔を見合わせる。そして二人は彼女に言った。
「アカメはそのままで大丈夫だよ。宿主さんの前に言ったら、さっき教えた通りの言葉をお願いね?」
「……は、恥ずかしいのだけど……それに、すぐバレてしまうんじゃ……」
「大丈夫大丈夫」
レイはアカメの頭を人撫でしてからアカメとルナに手を差し出す。
「さぁ行こう、二人とも。楽しい”ハロウィン”の始まりだ」
「……うん」
そして、レイ達は堂々と宿に入っていく。アカメと初対面の宿主さんも、僕の言葉を信じてくれたお陰でニコニコとした笑顔で出迎えてくれた。
「おやおや、可愛らしいお客さんですね。今日はどうされたのですか?」
「え、……ええと……」
自分が全く疑われていないことに、アカメは困惑しながらレイの方をチラ見する。
「ほら、さっき教えた魔法の言葉があるでしょ?」
「う……わ、分かった……」
「と、トリック・オア・トリート…………」
消え入りそうな声で、しかしはっきりとした口調で彼女はハロウィンのお決まりの言葉を述べた。
「……と、トリック・オア・トリート……! お、お菓子をくれないとイタズラをしてしまうぞ………っ!!」
アカメは顔を真っ赤にして宿主さんにそう叫び、同じように僕とルナも彼女と同じ言葉を復唱する。
すると、宿主さんは満足そうな表情を浮かべて、後ろの棚に置かれていた小さなバスケットを手に取る。そのバスケットの中には、赤、黄色、青、白、などの宝石の様に煌びやかな飴玉が沢山詰まっていた。
「ははは、ではこれをどうぞ。可愛らしい悪魔のお嬢さん」
「あ、ありがとう……ございます……」
アカメはそのバスケットを大事そうに持ちながら、宿主さんに向かって小さくお辞儀をする。
「宿主さん、僕達はこのまま姉さん達の居る食堂に向かいますね」
「はい、どうぞ。後でパンケーキを差し入れさせていただきますので、楽しみにしていてください」
「本当にありがとうございます。……じゃ、二人とも、行こう?」
そう言ってレイは飴玉の入ったバスケットをがっちり手で掴んだまま固まっているアカメの背中を軽く押す。
硬直が解けて動き出したアカメを僕が先導して歩き出すと、ルナが宿主さんに「ありがとうございますっ!」と元気よく挨拶して、僕の隣を歩き出した。
そして廊下の方まで歩いて宿主さんが見えない位置まで移動すると、僕達はホッと一息つく。
「……上手くいったね」
「うん、宿主さん全然疑ってないよ。”ハロウィン作戦”大成功だね」
「……まさか、こんな方法で身なりを誤魔化す方法があったなんて……」
僕とルナがハイタッチをしてる一方で、アカメは未だに信じられないといった表情を浮かべている。
「うん、本当に上手くいって良かったね、アカメちゃん!」
「これで少なくとも今日の間はアカメはこの宿の中なら自由に動き回れるよ。他のお客さんが入ってきても、宿主さんがちゃんと説明してくれると思う」
「……なるほど、流石お兄ちゃん……勇者として選ばれるだけの事はある……」
「いや、その理屈はおかしい」
僕は半笑いでそう指摘するが、アカメは感心した様子で僕を見る。
「よし、それじゃあこのまま食堂に向かおう」
「……彼女達は、私を受け入れてくれるだろうか……?」
「絶対大丈夫だよ。皆は、家族に対して優しいから」
「……家族? 私が?」
「うん、だってアカメは僕の大切な家族だもん。なら、皆にとっても家族だよ」
「……私が」
アカメはそれでも不安そうにルナの方を見る。彼女と視線の合ったルナは笑顔で「うん」と頷き、僕の言葉を肯定してくれた。
……そして、食堂の扉をノックして僕達三人は食堂の中に入る。すると、予想通りのメンバーが集まっていた。
姉さん、エミリア、レベッカ、ノルンの四人だ。ちなみにカレンさんとサクラちゃんは自分達の家があるので普段はこっちには居ない。
「あ、レイくん、遅いよー! 門限過ぎてるよー」
「……門限なんていつ決めたのかしら? お帰りなさい、レイ」
「お仕事、遅くまでお疲れ様でございます、レイ様。夕食の準備の方、出来ておりますよ」
「学校の先生は大変ですねー……って、あれ……? 迎えに行ったルナはともかく……そこの女の子って、もしかして……」
「……」
エミリアの言葉で、仲間達の視線がアカメに集中する。そして……。
「アカメちゃん!?」
「アカメ様!?」
「アカメ……!」
「……久しぶりね、アカメ」
それぞれ三者三様(四人だけど)の反応を示す。やはりというか、突然のアカメの来訪で驚いているようだ。
「……レイ、やはり歓迎されていないように思える」
アカメは不安そうに僕の後ろに隠れる。ルナはその様子を見てクスリと笑っていた。
「そんな事無いよ。……皆、今日は僕の”妹”が遊びに来てくれたんだよ。歓迎してくれる?」
僕がそう言うと、仲間達は戸惑いの表情を浮かべながらも「もちろん」と口を揃えて言ってくれた。
「アカメ様、歓迎いたします。ようこそ、わたくし達の宿に」
「ちょっと驚きましたが、私も歓迎しますよ。あ、でもここに来たからには私たちのルールに従ってくださいね?」
「よろしくね、アカメちゃん」
順番にレベッカ、エミリア、姉さんが彼女の歓迎する言葉を掛ける。
続いていつも通りノルンが冷静な口調で言った。
「アカメ、私も歓迎するわ。……それにしてもどうやって誤魔化したの?」
「あ、実はね―――」
ルナが先程宿の宿主さんに話した内容を伝えると、ノルンはすぐに納得したように頷いた。
「なるほど……確かにその方法ならアカメを宿に入れることも出来るわね。機転を利かせたわね、レイ」
「あはは、アドリブだったけど何とか上手くいったよ」
「アカメちゃん、こっちに座って。あなたの分の食事もすぐに準備出来るわ」
「……あ……」
姉さんの言葉に、アカメは借りてきた猫のように大人しく従い、案内された席に座った。
「アカメちゃんは何が好きなの? 簡単な物ならお姉ちゃん、すぐに作れるわよ?」
「え……ええと……」
「ふむ、少々興味がございますね。魔王軍ではどのような食事を摂っていたのでございますか?」
「しょ、食事……携帯栄養食とか……」
「あー、あれあんまり美味しくないですよね。昔、私もカロリーメ○トが大好物だったんですが、今食べるとパサパサしてて正直微妙でした」
「携帯食品は栄養素こそあるように見えるけど、実際はあまり美味しくないわよね」
「そ、そう……」
「ところで、今日は泊まっていかないの? 部屋はまだ空いてるわよ」
「え、泊まる……?」
「ふむ、しかしアカメ様も一人では不安かと思います。誰かと一緒の部屋の方が良いかと」
「そうね……じゃあレイの部屋はどう? 兄妹だし問題ないでしょう?」
「「んなっ!?」」
「……ベルフラウとレベッカがやたら動揺しましたけど、ノルンのアイデアで別に良いんじゃないですか?」
「あ、あの……」
「ノルンちゃん、いくら妹でもいきなり男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて!」
「物事には順番があると思うのでございます!」
「いやその発言、ベルフラウとレベッカには完全にブーメランだと思うのですが……特に、レベッカ」
「う!」
「……流石はエミリア様、わたくしの矛盾した批判をこうも易々と跳ね除けてしまうとは……」
「……」
「ほら、あなた達が変な会話をするせいでアカメが完全に置いてきぼりになってるわよ?」
「も、申し訳ございません、アカメ様」
「私たちのテンションって真面目な時以外は大体こんな感じなので今の間に慣れておいた方が良いですよ、アカメ?」
「……お、覚えておく」
……と、仲間達とそんなやり取りをして、アカメは少しずつ打ち解けていった。
「……ふぅ」
「これならすぐに仲良くなれそうだね」
「うん」
そんな様子を見て、僕とルナは陰で安堵するのだった。
その後、姉さんがアカメに喜ばれそうな食事を何品か用意してくれて、その後、皆で騒ぎながら食事を終えた。そして、食事が終わるタイミングで、家主さんが頼んだパンケーキをトレイに乗せて持ってきてテーブルに全員分用意してくれた。
「どうぞ、デザートのパンケーキです」
「うわぁ……美味しそう!」
ルナが目をキラキラさせながらトレイに載せられたパンケーキをマジマジと見つめる。
「それでは、引き続きパーティをお楽しみください」
宿主さんは笑顔でそう言って、空になった皿をトレイに回収してから部屋を出ていった。
そしてノルンの提案通り、アカメは僕の部屋で泊まることになった。
そうして、僕達の賑やかな夜は更けていく―――
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