第863話 その後のレイ達②

【視点:レイ】


 その後、生徒たちとお茶をしたレイは彼女達を家まで送った後、帰宅を急いでいた。


「帰るのかなり遅れちゃったなぁ……姉さんに怒られるかも……」


 生徒二人の家に送り届けるのにかなり時間が掛かってしまった。このままだと夕食どころか日を跨ぎかねない。だが、僕が急いで向かっていると夜空から何かがこちらに向かって飛んでくる。


 夜空を見上げると美しい月の様な光を放つドラゴンの姿……竜化したルナだった。


『サクライくーん!!』


 ルナがこちらに気付くとドラゴンの尻尾を軽く振って空から降りてくる。そして、地上に降り立つと変身を解除し人間の姿に戻ってこっちに走ってきた。


「ルナ、迎えに来てくれたの?」


「うん。いつもより帰るのが遅かったから、ベルフラウさんに迎えに行ってあげてーって言われて……でも、学校に居なかったから探し回ったよぉ。一体何処に行ってたの?」


「ちょっと生徒たちとカフェに……」


「学校の帰りに?」


「うん」


「魔法学校って帰宅時は速やかに家に帰れーって言われるんじゃないの?」


「いや、まぁ……色々あってね……」


 レイはルナに今日あったことを正直に話した。


「……先生って大変そうだね……。でも、シュークリーム美味しかったでしょ?」


「美味しかったよ」


「ベルフラウさんに寄り道しておやつまで食べたこと報告しておくねー」


「やめてよ!」


「ふふ」


 ルナは僕を揶揄うように小さく笑う。


「それじゃあ、帰ろう? ベルフラウさん、夕食を準備して待ってるよ」


「うん」


 僕が返事をすると、ルナは再びドラゴンの姿に変身する。


 <竜化>の魔法の錬度が上がったことで、ルナはある程度自分の思い通りのサイズのドラゴンに変身できるようになっていた。今回変身したのは大体3メートル弱程度のミニドラゴンだ。僕は彼女の背に跨って、家に向かって飛び立つのだった。


「それにしても、王都も随分と静かになったね」


『だねぇ……魔王討伐前は、暑苦しい冒険者さん達がひしめき合ってたけど、今は殆ど見なくなったよ』


「いざ彼らが居なくなるとちょっと寂しいね……アドレーさんやセレナさんも実家に帰ったみたいだし……」


『エミリアちゃんもお姉さんが居なくなってちょっと寂しそうだったよ。でも、私としては今の王都の方が好きかなぁ……夜も静かで夜景も綺麗だし』


「そっか……」


 魔王討伐を終えて以来、魔物の動きが沈静化したことで魔物の被害も日に日に減少している。主にモンスター討伐の依頼の仲介していた冒険者ギルドは運営が困難になってしまい、今は閑古鳥が鳴いている状態だ。


 そして冒険者達も、魔王討伐時のモンスターの討伐数に応じた報奨金が支払われた事で、皆王都から離れて行ってしまっている。その中には冒険者を引退して結婚して普通の仕事に転職したり、実家に戻って農業を手伝ったり人が多い。


 元々武芸に秀でていた人はその技術を活かして冒険者じゃなくても職にありつくことが出来たり、鍛冶師や細工師、術師は仕事の需要が安定しているからまだまだ成り手は幾らでもいる。大体の人は収まるところに収まったようだ。


 しかし魔物の数こそ減ったが、それでも魔物の被害が無いわけではない。それもあって、エミリアやレベッカやサクラちゃんは今でも『冒険者』として活動を続けている。冒険者ギルドとしても彼女達の様な優秀な冒険者が残ってくれているのはとても助かっているようで、特別待遇として通常の倍の報酬が払われているくらいである。

 

 そして、呪いが完全に解けたカレンさんも時々冒険者として活動している。しかし副団長のサクラちゃんがよく仕事から抜け出して冒険者活動を繰り返しているため、団長のアルフォンスさんからカレンさんに戻ってきてほしいと頼まれることが多くなった。


 カレンさんも自分がサクラちゃんを推薦した手前責任を感じており、時々騎士団の仕事を手伝いに行っている。とはいっても、カレンさんが副団長に復帰することは無いらしい。


 ここ数ヶ月で随分と平和になったが、それでもまだ不安要素はある。


 一つは魔王の事だ。僕達が魔王を討伐したことで魔王は完全に消滅した。だが、ミリク様とイリスティリア様の話によると、魔王の魂は今もこの世界の何処かで彷徨っているらしい。魔王は消滅しても魂さえ残っていれば数十年単位の歳月を掛けて再び姿を現す。


 その時、また魔物達の動きは活発化し、再び人間と魔物との戦争が始まるだろう。だがその頃には自分は既に戦えないくらい老いぼれているか、あるいはこの世を去っているだろう。きっとその時は新しい勇者が生まれて魔王との戦いを繰り広げられるのだろうが……。


「(……どうにか魔王が生まれないように出来ないかな)」


 二人の神様が言うには、魔王の魂にはいくつも人格が混ざり合っているとか。その魂の全てを浄化することで魔王が生まれることを無くすことが出来るらしい。だが、その方法が思い当たらない。


 ……そして、もう一つ悩みは……妹の事だ。


「(……アカメ、今、何処にいるんだろう……)」


 魔王との戦いで彼女の出生を知り、彼女が僕の実の妹として和解することが出来た。


 その後、彼女と一緒に魔王を打ち倒したのだが、元々魔王軍の兵士だった彼女と僕達と一緒に王都に戻ることは難しく、別れることになってしまったのだ。それ以降、彼女の姿を一度も見ていない。


「会いたいな……」

『え、いま何か言った?』


 僕を背に乗せて王都の空を駆けるルナが、僕の独り言が聞こえてしまったのかそう尋ねてくる。


「あ、聞こえちゃったか……妹の事だよ」


『アカメちゃんかぁ……あの時別れてから一度も見た事無いよね……』


「うん……」


 あの時、突然の事だったので彼女を引き留めることが出来なかった。せめて彼女と再会の約束をしていれば……と今更ながら僕は後悔していたのだ。


「……はぁ、会いたいなぁ……アカメ……」


『もう、そればっかり……昨日も夕食の時に同じ事言ってたよね』


「だって大事な妹だもん」


 寝る前に妹の事を想うと睡眠時間が1時間ほど短くなってしまうくらいには心配している。


「うーん、もう会えないのかなぁ……アカメ……」


『きっと会えるって……』


「……そうだね」


『……あ、宿が見えてきたよ。そろそろ降りよっか』


 ルナはそういって飛行速度を落とす。僕は返事もせずに夜空をぼんやり眺めていた……のだが。


「!!」


 一瞬、僕の視線に何か黒い影が横切り、僕はその影を目で追うと、そこには……。


「アカメ!?」『え?』


 そんな馬鹿なと自分でも思う。しかし僕が今見たのは、額にツノと背中から悪魔の翼を生やしている人の様なシルエットだ。そのシルエットはアカメに酷似していた。


 その影は、王都の門の方へ向かっていった。

 僕はそれがアカメだと確信してルナに聞こえる様に大きな声で叫んだ。


「ルナ、あの影を追って!!」


『う、うん……!!』


 ルナは突然の僕のお願いに困惑していたが、事情を察してくれたのか、僕の指示通りに影を追ってくれた。そして影は王都の門を飛び越して、王都の近くの夜景の見える丘へと降り立った。


「ルナ、僕達も降りよう」

『ほ、本当にアカメちゃんなのかな……?』


 ルナは半信半疑でその影を追っていった。


「……」


 そして、丘に着地した僕達が見たのは……。


『あ、アカメちゃんだ……』

「……!」


 間違いない、見間違えるはずもない。彼女がそこにいた。


「……アカメ」

「……レイ……お兄ちゃん、久しぶり……」


 こうして、僕は月明かりに照らされた丘の上で、妹との再会を果たした。

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