エピローグ

第862話 その後のレイ達①

【視点:レイ】


 凱旋パレードから半年後の話……。


「「せんせー、ありがとうございましたーー!!」」


 勉強を教えてた可愛い生徒達が僕にお礼を言いながら頭を下げる。


「うん、帰ってからしっかり復習して明日のテスト頑張るんだよー」


「はーい!!」


「またねー、せんせー♪」


 生徒達は元気にそう言って、友達と一緒に帰って行った。


「……ふぅ」


 僕は眼鏡を外してそれをケースに収め、教員机に広げられたノートや教科書を鞄に閉まって帰り支度を整える。


 勇者としての役割を終えた僕は本格的に魔法学校の教員を目指すために、特別新生学科の教員を務めているハイネリア先生のクラスの副担任を仕事を手伝っていた。


 仕事といっても教員免許を持っていない僕が授業で何か教えることは殆ど無い。たまに簡単な魔法の授業や課外授業など、魔法や戦闘に関連する事に関しては少しだけ他の先生方と協力して授業に携わらせて貰っている。それ以外は基本的にハイネリア先生の授業でのサポートであり、残った時間は僕自身の勉強の為に充てている。


 子供達に勉強を教えているのは、子供達とのコミュニケーション築くことが主目的ではあるが、僕自身が何処まで学べているのかの確認も兼ねていたりする。


 自分で言うのも何だが、僕はそこまで物覚えが悪い方じゃない。この世界の基礎的な言語に関しては姉さんに教えてもらい、文法などはレベッカに時間を掛けて教わった。


 そして魔法に関してはエミリアに何日も重点的に教えてもらったおかげで低学年の子供達に教えられるくらいの知識はどうにか付いた。また、王宮内での立ち振る舞いや貴族間でのマナーもカレンさんに教わっており、多少ぎこちないが子供達に教える程度にはこなせるようになった。


 そうした経験を得て、僕は自分がどれ程この世界に適応できているのかも把握できた。


「お疲れ様、レイ先生。子供達にしっかり勉強を教えられましたか?」


「あっ、お疲れ様ですハイネリア先生。はい、自分なりに上手く指導できたつもりです」


 仕事を終えて帰路に就こうと職員室を出たところでハイネリア先生と鉢合わせた。彼女も荷物を持っているのでこれから帰るのだろう。


「そうでしたか。少しだけ話を聞いていましたが、生徒達に懐かれていて仲が良さそうでしたね」


「あはは……生徒達も好意的に話しかけてくれて助かってます」


「うふふ、以前にから知っている生徒たちは元より、新しく入学してきた生徒たちも、以前の凱旋パレードで貴方の事を広く認知したようです。今では子供達のヒーローの様な扱いですよ」


「あはは、そうだったんですね。……だけど、また実際の授業で勉強を教えることが出来ないのが自分でも情けないです」


「それは仕方ありませんわ。レイ先生はまだ教師への道を志したばかりでまだ卵の殻が取れたばかりのヒヨコのような状態です。これから経験を積んでいけばきっと立派な教師になれると私は確信していますが、まだまだ下積み期間は長いですよ?」


「うぅ……頑張ります……」


 僕はそう言って席を立つ。


「レイ先生も帰ったらお勉強の続きでしょう? 職員室の後片付けは私がしておきますから、レイ先生は先に帰ってくれても構いませんよ」


「え、でも……」


「私も早くレイ先生と同じ教師として学校に通うのが楽しみなんですよ。まるで仲の良い学友と一緒に学校生活を満喫したいという欲求に近い感情です。ふふ、いい大人だというのにおかしな話ですよね」


「先生……」


「ですからレイ先生には出来るだけ早く資格を取って貰いたいんです。期待してますよ、レイ先生?」


「……わかりました。それじゃあお言葉に甘えてお先に失礼します」


 僕はハイネリア先生に頭を下げてから職員室を出て帰路に就くのだった。



 ◆◇◆



 学校を出て、宿に戻るまでに夜道を歩いている時……。


「……ん?」


 通りを歩いていると、少し前まで勉強を教えていた生徒の女の子二人が、手に飲み物とお菓子を持って楽しそうにお喋りしながら通りを歩いていた。


「べんきょー、難しいよねー」


「うんうん、明日のテスト全然自信ないよー。レイ先生に教えてもらってなんとか方程式覚えたけど頭の中ごんがらがっちゃってー」


「わたしは国語の方がびみょーかな? ”この人物は、この時を何を考えていたでしょうか?”……って、そんなの分かるわけないじゃーん」


「あははは、わかるー。大体そんなの書いた人しか分かるわけないよねー」


「あーヤダヤダ、絶対明日の国語のテストに似たような問題出てくるよー」


 ……どうやら、明日のテストの事でお喋りしているようだ。


「(お喋りしながら帰るのは良いんだけど、買い食いは良くないなぁ……)」


 基本的に、魔法学校の生徒は皆お行儀のよい貴族の子達だ。だから、買い食いは殆どしないし、そもそも買い食いをするようなお金も持っていない子が多い。


 大体の場合は実家の従者さんの馬車に送迎されて帰宅するのだが、この子達の家柄は庶民に近いようで、普段からこんな風に学校から喋りしながら買い食いをしているようだ。


「(僕も見習い教師だし……一応、注意しとこうかな……?)」


 そう思うのだが、学校から帰宅したというのに、こんな所で先生に注意を受けるのは気分が良くないだろう。


 僕も昔、学校で嫌な目にあってヤケになって帰宅の途中に買い食いしたりゲーセンに寄って遊んでたことがあるのだけど、何故か主任の先生とゲーセンの中で遭遇して酷く説教された上に親まで呼ばれてしまった。


 あの時の気分は最悪で、それをネタにされたまた明日イジメられると考えたら学校に行くのも辛くなった。


 この子達にそんな思いをさせたくない。他の教員の方には子供が規律を乱す様な事をしていたら注意する様に言われてたけど……。


「(まぁ……今回は多めに見ようかな……でも……)」


 しかし……目の前でこうして買い食いしている生徒を放置して帰宅するというのもどうなのだろう。


 僕がここで見逃しても、次に他の先生に買い食いがバレて親御さんや先生に怒られたりでもしたら、きっとこの子達はショックを受けるに違いない。


「く……やっぱり、言わないとダメなのかな……」


 ハイネリア先生は言っていた。その時に厳しく指導して子供に嫌われてしまったとしても、いつかその子が立派になった時に、あの時叱ってくれたから今の自分が居るのだと理解してくれたなら、きっと後悔はしないと……。


 僕は意を決して前を歩いている生徒達に声を掛けた。


「きみた―――」


「それにしても、レイ先生超カッコ良かったよねー!!」


「!!」


 僕の呼びかけを遮るように、前の女の子二人は興奮した様に語り始めた。


「知ってる? あの人って、前に陛下と一緒に凱旋パレードに出てた凄い人なんだよ~?」


「あー、知ってるー。勇者様って呼ばれてたよねー?」


「ねー。魔王っていうとっても悪い奴を成敗した正義の味方なんだってー」


「そんな人がわたしたちに勉強教えてくれてるってすごくない?」


「すっごいよねー!ていうか、レイ先生ってグラン国王様直々の推薦で魔法学校のお仕事やってるんだってー」


「え、マジ? 国王様!?」


「しかもしかも!! その前は王宮の騎士様だったらしいよ!!」


「きゃー!! すっごーい!!」


 ………。


「(じょ、情報通な子が居るな……)」


 自分が勇者なのはバレバレなのは分かり切ってたのだけど、前職の事まで知られているなんて……。


 っていうか、急に僕の話をされたもんだから言い掛けた言葉忘れちゃったよ……。


「(や、やっぱり今日は止めとこう……)」


 僕の事をあんな楽しそうに話してくれている子供達に、『こらーキミ達、買い食いは良くないよー』なんて言えるわけない。


 っていうか彼女達の勇者像と明らかにかけ離れてるし、僕も子供達に褒められて滅茶苦茶嬉しいからもっと聞いていたい。


「(いやいや、生徒たちの話を盗み聞きだなんて何を考えてるんだよ、僕は……!)」


 このまま見なかったことにして遠回りして帰ろう。そう思い、僕は足を止めて踵を返そうとしたときだった。


「あ、せんせー!!」


「奇遇ですねー、お仕事終わったんですかー?」


「………」


 ……なんでバレちゃうかなぁ……。


 僕は諦めて、振り向いてそのまま彼女達に近付いて行く。


「あー、二人とも、お疲れ様ー」


 僕は何事も無かったように笑顔で生徒二人に挨拶を交わす。


「せんせーも買い食いですかー?」


「あ、うん。まーそんなところかなぁ……あははは」


 とりあえず話を合わせておく。実は彼女達に指導しようと思ってたとはとても言えない。


「やったー、先生も同じだったんですねー」


「じゃあ、私たちが駄弁りながらお菓子摘んでた事は内緒ですよー♪」


「あははは」


 ちくしょう、まんまと共犯にされてしまった。


「じゃあせんせー、じゃあこの後ヒマですかー?」


「私たち、この後お気に入りのカフェに寄ろうと思ってたんですけど、一緒に行きませんかー?」


「そこの新作で、中に粒々の果実の入ったシュークリームがすっごく美味しいんですよー!」


「そ……そうなんだ。じゃあ、僕も一緒に行こうかな」


 僕はそう言って彼女達と、本当はいけない行為をすることになった。


「(……まぁ……こうして生徒と仲良くなれるのは嬉しいし……)」


 ハイネリア先生、本当にごめんなさい。

 僕は勉強よりも生徒たちと遊ぶことを優先してしまいました。


「じゃ、せんせー、いきましょー」


「あ、そうだ。手を繋ぎませんかー。ちゃーんと私たちをエスコートしてくださいね、ゆうしゃさまー♪」


「さまー♪」


 そう言って女の子二人は僕に小さな手を差し出す。


「う、うん……じゃあ行こうか」


 僕は若干引きつった笑いになりながらも二人の可愛いお姫様の手を取って二人のエスコートに全力を尽くすことにした。


「(ゴメン皆……僕、色んな意味で駄目なのかもしれない……)」


 夜空に夜景に仲間達の呆れた顔を想像しながら、僕はこの可愛い生徒たちに心を動かされてしまったことを謝罪した。


 ――そんな感じで、レイは学校の先生になるために頑張るのだった。


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