第307話 冷静に考えたら怖い話


「以前、お姉ちゃん……いえ、女神としてレイ君に接してた時、私がこういう話をしたことは覚えてる?」


 姉さんは僕がこの世界に転生した直後の話を僕に思い出させるように言った。


 僕が元の世界で今まさに生まれようとしていた時、

 母体であるお母さんの身体が耐えられなくなりそうな時に、誰でもいいから助けてくれって僕のお父さんが強く願った。その時に、たまたま末端の女神だった女神ベルフラウ様に声が届いた。


 その時の女神ベルフラウ様には大した力が無くて、精一杯天界から励ますだけしか出来なかった。


 それでも、女神様の声が届いたお父さんとお母さんは、それで力を貰えたのか僕を無事に出産し、命が危なかったお母さんの容態もみるみる回復していった。


「レイ君の過去にそんなことが……」

「難産だったのですね。レイ様のお母様もきっとレイ様の事を心から愛していたのでしょう」

「素晴らしいご両親ですわ」

「……愛されていたのですね」


 四人の女性たちはそれぞれ感慨深げに呟く。


「……うん、確かに聞いた気がする。でも、どうしてそれを?」


 僕は不思議に思って尋ねる。


「この話をしたとき、言ったと思うんだけどなー」

 女神ベルフラウ様は言った。


『そうして15年間、貴方たちを見守っているうちに、私は貴方の事が好きになってしまいました』


「……って」


 …………あ。


「………」


 言ってた。確かに言ってたよ。あの時は、女神様が元の場所に帰っちゃうんじゃないか。僕は一人取り残されちゃうんじゃないかって酷く取り乱してたと思う。だから、細かいことまで覚えてはいないけど、確かそんなことを言っていた。


「思い出した?」

「うん」


 昔の思い出話に思えるけどまだ一年半も経っていない話だ。


「って、ちょっと待って。……え、十五年?」


 僕はふと疑問を感じた。

 女神様は僕達家族を十五年間見守っていたと言った。

 しかし、僕達は女神様と出会っていない。

 

 そのはずなんだけど……。


「………うふ」


 女神様は怪しげな笑みを浮かべる。

 その笑顔に、僕はこの世界に来るまでに見た覚えがある。


「………まさか」


 外見的には今の女神様と全く違う。

 だけど、同じ雰囲気を纏って似たような笑顔の女性を何度か目にした覚えがあった。

 その人は黒髪で、普段長い髪を後ろで括っていた。


 遠くから見ただけだからあまり目立たなかったけど顔立ちは美人だったと思う。

 あれだけ綺麗な人だったのに何故か印象に残らなかった。


 僕が幼稚園に通ってた時、小学校に通ってた時、中学校……。


 入学式の時や運動会の時、家族団欒して写真を撮ったりお弁当を一緒に食べていた時に、僅かに感じていた視線があった。


 そして、視線に気付いて振り向くと、そこには長い髪を括った黒髪の女性が背を向けて去っていくのを何度か見ている。


 それだけじゃない。


 僕が家の中で引きこもり始めた時も、時々視線を感じたのだ。

 何だろうと思って、窓から外を覗くと、こちらを見上げる黒髪の女性の姿が。

 その女性は、何故かいつも同じ格好で見た目が全然変わっていなかった。


「………」

「………♪」


 あの時の黒髪女性の正体はつまり、この女神様という事になる。

 十五年間、見守っていたというのは本当に文字通りだったのだ。


「……思い出してくれた?」

「……あ、うん」


 僕は何とか返事をする。

 僕が思い出したことを悟ったのか、女神様は嬉しそうな顔をして、僕の手を両手で包んだ。


「嬉しいっ!!」

 女神様は目を輝かせて僕を見る。


 この人ヤバい。

 怖い。


 と、一瞬は思ったけど今は僕にとって大切な人だ。


 これくらいで女神様を嫌いになるなんてことは無い。

 文字通り見守ってくれてたのだから『ありがとう』って言うべきだと思う。


 ただ、僕を含めて後ろで見てた女性四人も軽く引いてて無言だった。


「(というか、ゲームやPCをやってるのすらバレてたってことは部屋を覗き込まれてたってこと!?)」

 そう考えると、急に恥ずかしさが込み上げてくる。同時に、二階のベランダに上がって僕の部屋を覗きこもうとするこの女神様の奇行を想像してしまう。


 まぁ、そんな事はしないと信じたい。

 もししてたら通報されててもおかしくなかったはずなんだけど、当時の僕はその女性を見ても何故か何の感想も抱かなかった。今思えば普通の人間じゃなくて女神様だったからなのだろう。


「……ベルフラウ、もしかして不審――」

「エミリア様、それ以上はいけません」


 エミリアはヤバい事に気付いたのか、ハッとした表情になり、言葉にしようとした瞬間にレベッカによって口を塞がれる。レベッカに口を塞がれたエミリアは何故かちょっと嬉しそうだった。


「それで、レイくんの好きな物……というよりは趣味の話かな。

 やっぱりああいうのが好きなの? 私はやったことないからどんなものか詳しく分からないんだけど」

「……うん」


 驚愕の事実で何の話をしてたか忘れてたけど、そんな話だったよ。


「その、二人で盛り上がってる所悪いのだけど……」

 カレンさんがちょっと困った表情をしながら言う。


「さっき名前が出てた、『てれびげーむ』と『ぱそこん』ってどういうものなの? 少なくとも、ここで買えるようなものじゃないのは話の流れで分かるけど」


 その言葉に、レベッカ、エミリア、リーサさんが頷く。


「えっと……説明が難しいのだけど」


 僕は端的に姉さんを除く四人に特徴を語った。

 テレビゲームというのは、映像をテレビに投影する装置でそれを自由に操作して遊ぶおもちゃだ。この世界で言えば、映像魔法などがそれに近いのかもしれない。


 パソコンは書物、周囲の風景、映像などの情報をいつでも閲覧できるものだ。準備さえあれば、別のパソコンとリンクさせて情報共有させることができたり、文字や絵を描くなども出来る。


 ……といっても、パソコンに関して言えば出来ることが多すぎて、これもあくまで一端の機能でしかない。とても説明できるようなものでは無かった。


 僕の話を聞いていた四人もテレビゲームは理解出来てたみたいだけど、パソコンに関しては全く理解が追いついてなかった。説明してる僕も理解できてないんだから当然かもしれない。


「う、うーん……極論言ってしまえば、凄く高性能な魔道具って感じでいいのかしら?」


「そんな認識で良いと思う」

 カレンさんの大雑把な解釈に僕は同意した。


「ぱそこん……の方はともかくとして、

 もう片方の室内で遊ぶ玩具という定義ならなんとかなるかも……」


 エミリアの呟きに、リーサさんが頷きながら言った。


「室内で遊べるものといえばこのようなものがございます。

 レイ様の好みに合うかどうかは分かりかねますが、大人でも遊べる知的な室内向けの遊び道具を私は知っております。少々複雑なので説明が長くなりますが……」


 という前置きをした上で、リーサさんは語る。

「都会の方で流行っていたもので、細かな文字と絵が描かれた大きめの紙と、それに駒を複数並べて、数字が刻まれたダイスを転がして進めていく遊びで、条件を満たすと勝利するという遊び道具があったと思います」


 リーサさんが記憶を探るように語っている。

 複雑な内容な為、一度見た程度ではすぐに把握できないのだろう。


「リーサ様、それはどのようにして遊ぶものなのですか?」


「複数人で遊ぶもので、それぞれ『戦士』『魔法使い』などの役割を持たせた駒を握り、それを大きめの区切りの線と文字を書いた紙の上に置きます。そして手の平で転がせるくらいのダイスを転がして、その数字の分だけ進ませます。

 私が見たのは、最終的に一番最初に設定された地点に到達すれば勝ちというルールでしたが、その過程で何を行ったかで結果が変わる要素などもあったと思います。

 また、詳細内容も自由に変更が可能なようでした。『設定された地点に到達すれば勝ち』はルールブックのサンプルにあったもので、他にも条件を満たすなどでも変えられるそうです」


「へぇー、面白そうですね!」

 エミリアさんが興味深げに聞く。


「(ボードゲームみたいなものかな)」


 僕が思ってたのと違ってクラシックなものだけど、確かにこれも立派なゲームだ。話を聞いてる限りは、所謂『すごろく』が近いだろうか。『人生ゲーム』にも似てる気がする。


 『戦士』『魔法使い』などの役割があるというのは、『TRPG』に通じるものがあるし、設定の自由が利くならそこにシナリオを挟むことで本格的なTRPGに出来るかもしれない。

 

 これなら、遊び相手がいるだけで十分に楽しめそうだ。


「(まぁ、僕に友達とか居なかったけど!!)」

 家で引きこもって学校も行かなくなったんだから当然かもしれない。


「でも、そういう娯楽用品ならまだ何とかなるかも……。

 レイ君、そんな感じの遊び道具なら貰って嬉しいかしら?」


「みんながそれを使って遊び相手になってくれるなら十分嬉しいよ」


「分かりました。では、その方向で探してみましょう」


「うん、ありがとう」


 こうして、高級魔道具店を訪れたかと思ったら、

 僕がみんなからプレゼントがもらえる流れになった。


 女神だった頃の姉さんがちょっと危ない人だったことも判明したけど、そんなことで今更姉さんを疑う様な事もないし、ちょっと可愛らしい部分があるんだなってくらいに思っておこう。


 こういうのは深く考えてはいけないのだ。

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