第453話 目的

「―――私は、魔王軍の中では魔軍将という立ち位置になる。

 ……名前はないが、貴方の仲間は私の事を【アカメ】と呼称していた」


「……な、魔王軍!? それに、その名前……!」

 僕は驚きで、後ろに一歩下がる。


 アカメ。


 その名前は、レベッカから聞いている。

 悪魔のようなツノとツバサを持った深紅の眼をした少女。

 先の戦いにおいて、レベッカやエミリアと激戦を繰り広げたという話だ。


「……僕を倒しに来たの?」


 僕は警戒しながら右手で鞘に収まってる剣の柄を握る。

 相手は魔軍将、僕単独ではまず勝ち目がない。この場を凌いで仲間と合流しなければ。それに、今は夜で人は少ないけどここは港町の中だ。本格的な戦いになれば一般人を巻き込んでしまう。


 逃げに徹して仲間と合流し、その後、目の前の彼女を外に誘導しないと……。


 僕はそう考えていた。

 しかし、彼女は意外な事を言った。


「勘違いしないで、貴方と戦うためにここで待ってたわけじゃない」


 彼女は、深紅の瞳で真っすぐこちらを見つめながら、そう言った。


「……本当に?」


 彼女の言葉を聞いても、右手を剣の柄に添えたまま手を離さずに、彼女の様子を探る。確かに、今の彼女に敵意のような感情は感じない。


 だけど、相手が相手だ。


「……それが本当なら何をしにきたの?」

 少女の姿といっても、僕は彼女を強く警戒していた。

 レベッカ達の話によると、巨人の魔物を召喚したのは目の前の人物だという。


 そのせいでカレンさんが重傷を負い、今も病院で目を醒まさない。

 僕にとって目の前の存在が何を言おうが信用できない。


 ―――だが、彼女は意外な事を口にした。


「――勇者レイ、戦いから手を引いてほしい。私は、貴方と戦いたくない」

「………」


 それは予想外の提案だった。

 僕の考えでは、問答無用で襲い掛かってくると思っていた。

 しかし、予想外にも彼女は僕に降伏勧告をしてきたのだ。


 僕はその意図を考えるが……。

 

「……別に僕も好きで戦ってるわけじゃない。

 だけど魔王軍のせいで不幸になった人達を知っている。

 そう簡単に剣を捨てる気にはなれない。……それに君も信用できない」

 

 自分にしては随分棘のある言い方になってしまった。

 だが今までの事を思えば、どうしても言わずにはいられなかった。


「……それは、私達が倒したあの聖剣使いのこと?」

「……」


「あなた達だって、私達の手下を沢山倒した。お互い様だと思うけど」


「……一方的に攻めてきて、お互いさまというのは随分と勝手な言い草だね」

「……」


「君達はどうして人間を襲う?」


 こんなことを聞いても無駄だろうと思った。

 だが、意外にも彼女はすんなりと答えてくれた。


「魔物の支配域が増えるほど魔王は力を増す。そのため、人間の支配領域を奪い取るのが最も効率的だから、私達は人間の国家を侵攻している」


 僕は、素直に喋った彼女に一瞬、油断しかけた。

 だけど、すぐに首を振って彼女の言葉に返事を返す。


「それが、王都に攻め込んだ理由?」


「そう、あの王が守護する王都はこのファストゲート大陸の要。

 王都さえ落としてしまえば、人間の軍事力は激減し、魔物の支配が容易になる。先の戦いは数ヶ月前から攻め込むことが予定されていた。結果、私達はあの王に尻尾を掴まれ、あなた達に敗北してしまったけど」


 目の前の少女、アカメはため息を吐く。


「もっとも……は………第一……の話…けど……」

「……?」

 最後に彼女は何かボソリと言ったが、僕には聞き取れなかった。

 

「僕に手を引けと言うのは?」


「……魔王軍は、あなたともう一人の勇者、サクラを亡き者にしたいと画策している」

「……!!」


 その言葉の内容に、僕は背筋が震えた。

 だけど、内容の物騒さと裏腹に彼女は次のように言葉を発した。


「……だけど、私は魔王軍とは別の意思で動いている。

 前回は私も作戦に組み込まれていたから、魔王軍の先兵として戦いに参加した。

 でも、今回は違う。私の意思でここにいる」


「……君の意思?」


「貴方を戦いに巻き込みたくない。もし、ここで貴方が戦いを放棄するなら、私は魔王と軍にあなた達を攻撃しないように進言する。

 ……例えば、前回私に手傷を負わせた貴方の仲間達にも手を出させない。それでも完全にとはいかないでしょうけど……」


 あまりにも意外な提案だ。

 これは降伏勧告というよりはこちらを気遣ってくれているようだ。

 もし、彼女が本気でそうしてくれるなら、僕も戦う理由はない。


 だが、その言葉には『僕達』しか安全を保障してくれていない。


「……それじゃあ、王都は?」


「そちらは私の知るところでは無い。

 あなた達は王都から離れて速やかに何処か人里離れた場所に移動してほしい。

 そうすればあなた達は戦う理由は無くなるはず」


 彼女は淡々と話す。

 つまり王都に攻め込むのは止めてくれないということだ。


「……人間の国を滅ぼすことは止めないって事?」


「肯定、私は貴方たちの身の安全を保障するだけ。

 人間の国に攻め込むのは魔王軍としての責務であり、必要な事」


 彼女の言葉はおそらく嘘は言っていない。

 僕がここで返事をすれば、そのまま魔王軍に持ち帰って進言するだろう。


 その後、僕達は彼女の言う通り、

 人のいない場所に避難すれば、本当に戦わずに済むかもしれない。


 ……だが、それは人間の世界が破滅する様を見届けろということだ。


 別に僕は特別正義感があるわけじゃない。

 人を傷付けたりするのは嫌だし、仲間が悲しむ姿を見たくないだけ。


 だけど、他の人達を見殺しにする提案を受け入れるわけにはいかない。


 それ以外にも疑問がある。


「……アカメ、君自身の目的を聞いてなかった」


「―――私の、目的?」


「うん。僕を戦いから遠ざける理由。それは君に何か目的があるからじゃないのかな」


 これは勘だ。

 彼女は魔王軍ではなく自分の意思でここに来たと言っていた。


 勿論、僕やサクラちゃんを遠ざけて魔王軍の侵攻を楽にするという副次的な目的もあるのだろう。だけど、それだけの為に部下も連れずに説得という形で出向いてくるだろうか?


 例えば、彼女以外に沢山魔物を連れてきて、

『この街の人間を殺されたくなかったら、私達の命令に従ってもらう』とか言えば済む話なのだ。わざわざ僕の前に現れなくても、魔王軍にとって都合の良い条件を並べれば良い。


「……それは」


「歩み寄ってくれた事は礼を言うよ。僕自身、話をする前はカレンさんの事が頭にあって君に敵意しか抱いてなかった。

 ……だけど会話の中で、君の目的が僕達の安全の確保だけでないと感じた」


「……」


「君の口から聞かせてくれないか。君の目的は何?」


 僕は右手を剣の柄に添えたまま、彼女に問いかける。


「……私は……あなたに…………」

 彼女は何かを言いかけた後、俯いてしまう。


「……今は言えない」

「……そっか」


 僕は目を閉じて心の中で考える。

 この子は敵なのか味方なのかと。

 目の前の少女がどんな存在で何を考えているのか分からない。

 その言葉を鵜呑みにして行動することはできない。


 それに、彼女の言葉が誠意あるものだとして、別の意思で動く魔王軍が果たして止まるだろうか?


 彼女は僕の仲間に手を出させないようにすると言った。

 しかし、それは彼女の権限あってのものだ。彼女の目の留まらない場所で、僕の仲間が傷付けられてしまう可能性も十分考えられるし、万一彼女の立場が危うくなればその約束も反故されて無意味にものになる。


 その時になって、僕達は人々を見捨てた事を後悔しても遅いのだ。


「……私の言葉は信用できない?」


「君自身だけの問題じゃない。

 仮に君が信用に値する人物だとしても、魔王軍そのものが信用できない。

 君の言葉に従うような組織に思えない」


「……」


「……以前、僕は君とは別の魔軍将とこういう話をしたことがある。その魔将軍は『魔王軍は力に魅せられた寄せ集めの集団』だって言っていた」


「………」


「……つまり、君が何を言っても聞き入れてくれるほど、魔王軍全体が一枚岩とは限らないんじゃないかな?」


 僕の問いにアカメは何も答えず黙ったまま。

 否定しないということは、図星だったのかもしれない。

 魔王軍について詳しく知らない僕でも、そんな気がする。


「……だから、僕は『うん』と頷くことは出来ない。それに、やっぱり僕は、仲間が助かるからって他の全てを見捨てるなんて事は出来ない」


「………そう」

 アカメは、寂しそうな表情を浮かべた。


「……また、会いましょう、レイ。

 約束できないならあなたの安全は保障は出来ないけど……死なないでほしい。

 少なくとも、私自身の目的の為に、貴方は生きていてほしいのだから」


「……善処するよ」

 僕は苦笑して答える。


 そして、彼女はフードを脱ぐ。彼女のフードの下に付けていた衣装は、どちらかといえば人間の軽戦士のような身軽さを重視した鎧のような恰好だった。


 ただし、一点違うのは、背中に悪魔のような翼を生やしていたことだ。

 そして彼女は翼を広げて空へと飛び立つ。


「……」


 彼女が去っていく姿を見送りながら、僕は大きく息を吐いた。

 結局、彼女は僕に何をしてほしかったのだろう。

 それが分からないと彼女に協力することは出来ない。


 目的はどうあれ、話を出来たことに意味はあったと思う。

 彼女がこれからも僕に接触を試みてくれるなら魔王軍の素性を知れるチャンスだ。

 未だに僕達の前に現れない【魔王】の事ももしかしたら分かるかも。


「……敵って立場じゃないなら良かったのに」


 僕はポツリと呟いた。


 あの時……闘技大会で彼女と会った時、彼女が魔王軍のスパイじゃなくて、普通の人間だったなら僕はいくらでも力を貸しただろうに。


 そう思うと、残念で仕方がない。


「(でも、彼女は僕達の事を考えてくれたんだから、素直に感謝しよう)」


 僕はそう言い聞かせて、後ろを振り向く。

 そこには僕を心配してか、姉さんがこちらに向かってきていた。

 タタタッと、姉さんにしては随分俊敏にこちらに走ってきて、僕の傍まで駆け寄ってくると息をその場でしゃがんで乱れた息を整え始める。


「……姉さん、どうしたの?」


「はぁ……はぁ……、な、なんかね、嫌な予感がしたんだけど……。

 レイくん一人だったから安心したら力抜けちゃって……」


「心配してくれたんだ、ありがとう」


「えへへ~」

 僕が礼を言うと、姉さんは嬉しそうに笑う。


「もう遅いし、少し休んだら宿に戻ろう」


「……ふぅ……ふぅ……そうだね……。

 あ、でも、ここに来る時の通りに、美味しそうな魚の天ぷらと、魚出汁スープを出してくれる屋台を見つけたんだ……あと、甘酒も出してくれるんだってさ。帰りに寄ってかない?」


「……僕の心配をしてくれた割に、随分詳しいね」

「ぎくっ……」


「……まあいいけど。

 それならそのお店に皆へのお土産も用意してもらおうよ。

 それか、今から宿に戻って皆で食べに行くか」


「あ、いいね、それ!」


 姉さんは笑顔で言った。

 そして、僕達は宿に戻って皆を誘いに行くことにした。


「(……やれやれ)」

 さっきの事、話そうと思ったけど、そういう雰囲気じゃなくなった。

 だけど、今じゃなくて、落ち着いた時にでも言えばいいか。

 僕はそんな事を思いながら、宿に戻る道を歩き始めた。

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