第454話 午前の食卓

 次の日の朝、僕は出立の前の食事中、

 僕達五人以外にも団長も食事の場に居合わせていた。


 四人座れるテーブルで二組に分かれながら、隣同士で座って食事をしている。ちなみに、港町らしく食事はやっぱり魚料理、それに味付けされたパンとスープだ。


 全員揃っているので、僕は昨日の事を食事しながら話すことにした。


「昨日、魔軍将のアカメさんと話をしたよ」

 僕は何気なくそれを口にした。


「ぶほっっっっっ」

 すると、どういうわけか、

 隣のテーブルで食事をしていた団長が口からスープを噴出した。


「うわ、団長きったなーい!!」

 団長の隣に座っていたサクラちゃんは、椅子をずらして団長から少し距離をとって座り直す。


「ごほっ!げほ、ごほ、ごほ、す、すまねえ。

 ……って、そうじゃねーよ! 今お前なんつった、魔軍将とか言ったか!?」


 団長はこちらを見て叫ぶ。

 その前に、まず口にべったり付いたスープを拭ってほしい。


「言いましたけど」

「そんなやべぇ情報、朝の食卓で話し出すんじゃねーよ!!」


 言いだしたタイミングを間違えたのかもしれない。僕の発言に、団長だけじゃなくて、パーティメンバーの皆も唖然とした表情を浮かべていた。


「ちょ、レイくん、それ本当なの!?」


「魔軍将、アカメが、この街に来ていたという事ですか!?」


「……なんでこのタイミングでそんな爆弾発言を……」


 姉さんとレベッカは驚き、エミリアは頭を抱え、

 サクラちゃんは頭にクエスチョンマークを浮かべていた。


「アカメって誰です?」

 サクラちゃんは僕に質問する。


「え、そこから?」


「……サクラ、あの時の魔軍将ですよ。ほら、カレンが倒された時にいたあの赤眼の女です」


 エミリアは呆れてサクラちゃんに言った。

 そして、サクラちゃんは少しだけ間を置いてから―――


「………えぇー!? あの時の敵!?」


 サクラちゃんは椅子から立ち上がりテーブルにダンッと手を突いて驚く。


「サクラ様、少々反応が遅いかと……」


「だ、だって、あの時、わたしは色々怒ってて相手の名前を覚える余裕もなかったから……!!」


 どうやらサクラちゃんは怒りで周囲が見えなくなるタイプらしい。


「……あの、本題に入りたいんだけど、いいかな?」

「あ、ごめん、どうぞ」


 サクラちゃんは、一旦気を静めて座り直す。


「それで、レイ様、アカメはなんと?」


「戦いを挑まれたってわけじゃないんですよね? アカメ相手に無傷で倒すのは流石に無理でしょうし」


 エミリアの疑問はもっともだ。

 僕は「違うよ」と返事をして、続けてレベッカの質問に答える。


「簡単に言うと、『僕達に魔王軍と敵対するのは止めてほしい』って話。条件を受け入れてくれれば、僕と僕の仲間にはもう手を出さない様に魔王軍に呼びかけるってさ」


「……それを、お前はどう答えたんだ?」

 口元に付いたスープをハンカチで拭いながら、団長は僕の目をジッと見て質問する。


「断りましたよ」


「……だろうな。そんな話を受け入れるくらいならそもそも俺達の所に来ないだろうし」


「……はい。正直、彼女の話はまだ信用しきれませんから」


 僕は一言で述べる。

 彼女の話は僕達に配慮した提案だったのは認める。だが一方的すぎた。


『人間の国を滅ぼすけど、あなたは特別だから逃がしてあげる』と言われて素直に従う人間がどれだけいるだろうか。少なくとも僕は従わない自信がある。


「しかし、降伏勧告というやつですか……前回、戦いに負けたというのに随分と傲慢ですね」


 エミリアは、アカメに対して嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てるように言った。


「……まぁ、高圧的に言われたわけじゃないけどね」


 周囲に仲間を連れてきていた様子も無かったし、

 断ったからって即襲い掛かるような真似もしなかった。


「……しかし、前回はこちらから手を出したとはいえ、躊躇なく攻撃を仕掛けてきましたが、レイ様に対しては、何故交渉という形を選んだのでしょうか?」


「……どうも、彼女は、僕に何かしてほしかったようだけどね」


 昨日の様子だと、彼女は僕に生きていて欲しかったらしい。それは僕に利用価値があるのか、それとも、敵対してるけど純粋に僕の事を慕ってくれてたのかは分からない。


 流石に、後者では無いと思うけど……。


「では。アカメの目的は?」


「……さあ、彼女が何を考えてるかなんて想像つかないよ。

 彼女は結局、自分の事を何も語らなかったから……」

 

 僕達の会話を聞いて黙っていたサクラちゃんは言った。


「……考える必要ないじゃないですか。

 アカメは私達の大事な人カレン先輩を傷付けました。

 その事実だけで十分です。わたしはあいつを許しません」


 サクラちゃんは力強く断言した。その意見に、団長や仲間も同意する。


「……だな、話を聞いてる限り、仮にお前が提案を呑んでいたとしても、そいつは国家への侵略を止めるつもりはなかったんだろ?」


「はい、あくまで僕と僕の仲間だけを避難させて、黙って見ててくれって話だったので」


「――はっ、交渉としては論外だな」


 アルフォンス団長は鼻で笑う。


「どうせ、レイが勇者だから脅威と看做みなして遠ざけようとしたんだろうさ。仲間って事だからサクラ、お前も入ってるんだろう。良かったな、敵の幹部様に脅威だと思われてるぞ」


「うわーい、嬉しくないー!」

 団長の皮肉に、サクラちゃんは苦笑いを浮かべた。


「ま、とにかく、魔軍将の件は俺達に任せておけ。

 この街にも人員を割いた方がいいだろうな、近くで見張ってる可能性がある。

 街の近くに軍を配備させておくように陛下に進言してみる」


 食事を終えた団長は椅子から立ち上がる。


「ありがとうございます」


「お前らも食事を終えて準備整ったら王都に帰るぞ」


 そう言いながら団長は、部屋のドアに向かって歩きドアノブに手を掛ける。

 が、そこで姉さんが団長に言った。


「……あ、そうだ団長さん。質問いい?」


「ん、どうしました、ベルフラウさん?

 ………はっ!? も、もしかしてデートのお誘いですか!? 喜んで!!」


「いえ、誰もそんな事言ってませんけど……。

 そうではなくて、あの魔導研究所で保護したお爺さんの事です。

 姿が見えませんが、どうしているんです?」


 すると、団長はガッカリした様子で答える。


「あ、あのジジイ……ご年配様ですか。

 どうも長い監禁生活で身体が弱っていたみたいで、今は大人しく休んでますよ」


「あら、そうなのね」


「ええ、王都に連れて帰るつもりでしたがしばらくこの港町で療養してもらうつもりです。

 一応、魔王軍のスパイの可能性も否定できませんからね。老人の今後の対応も含めて陛下と相談するつもりです。それまでは、こっちの人間に任せておきますよ」


「なるほど、分かりました。

 教えていただいて、ありがとうございます、団長さん」


「いえいえ、ベルフラウさんの頼みならばこの程度の事、では先に出ています」


 そして、今度こそ部屋を出て行った。


「団長、行っちゃいましたね」

「うん、僕達も早く準備しないと」


 少し会話に集中し過ぎてた。まずは早く食事を済ませないと。

 僕達は、少しペースを上げて食事を済ます。


「……やっぱり疑われてるのね、あの人」

 姉さんはため息を吐きながら、湯呑のお茶を啜る。


「当然でしょう。なんせ魔物の企みに加担していたのです。

 私だったら縄で縛って身動き取れなくしてから連れていきますよ」


 エミリアは中々に辛辣な物言いだ。


「エミリア様、お気持ちはわかりますが、もう少し言葉を選んでくださいまし……」

 レベッカはエミリアに注意する。


「なんですか、レベッカ。

 レベッカだってあの老人のことは怪しいと思っているのでしょう?」


「確かに、わたくしも思う所はありますが、あのご老体の境遇を考えるのであれば同情してしまいます……。

 洗脳などを受けずに、数十年魔物に脅されながら仕事をしていたと考えるなら、とても辛い日々を送ってきたのではないかと……」


「……まぁ、確かにそれはそうですね。

 しかし、だからこそ怪しい。何かしら情報を持っているかもしれません。

 しばらくは監視を付けておくべきでしょうね」


 エミリアはレベッカの言葉に同意するも、それでも疑っている様子。


「(これは、しばらくあの人の疑いは晴れないかも……)」

 ただ囚われていたというだけなら被害者の一言で済んだだろう。厄介なのは、あの人が魔道製造機を設計と維持を任されていたことだ。


 魔物の指示があったとはいえ、魔物を作り出すなんていう禁忌の行いをしていた事は変わらない。完全に魔物との関係を断ち切ったことを証明しないと信頼は得られないだろう。


 記憶が戻ればもっとスムーズに行きそうな気がしないでもないが……。


「……ひとまず、僕達も一度王都に帰ろう。……カレンさんの事もあるし」

「……ですね、私達としてはそっちの方が重要事項です」


 そして、僕達は食事を終えて荷物を整えた。最後に老人に挨拶をしに行ったのだが、老人は疲れて眠っていたようで宿の主に伝言を残して宿を出た。

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