第455話 見た目は子供

 翌日、僕達は王都に帰還し、王宮で待つグラン陛下の元へ向かう。


 今回陛下と謁見するのは、団長、僕、サクラちゃんの三人。

 他の仲間には今回は休んでもらっている。


 僕達は三人は、許可を得てから玉座の間に入る。玉座の間には、陛下以外にも二人の騎士が陛下を守護するかのように、玉座の両脇に控えていた。


「やぁ、待っていたよ。御苦労だったね」

 陛下は相変わらず青年の姿をしていた。


「では早速で悪いが、報告をお願いできるかな」

「はい」


 そして、僕達は一つずつ報告を済ませていく。


 最初にまず今作戦の戦果を報告する。

 その後、アルフォンス団長は港町で遭遇した【魔軍将アカメ】の捜索、

 それと、街の警護を強化するよう陛下に進言した。


 それ以外に、敵基地に囚われていた人々を解放したことを報告する。

 彼らの帰還の目途が立つまでは、王都の施設で彼らを預かる許可を貰った。


 報告を聞いた陛下は言った。 


「……しかし、敵基地に村人が囚われていたとは。

 ……だが、よく彼らを救ってくれた。先の戦いといい今回の作戦といい、全ては君達の活躍のおかげだ。民の代表として礼を言わせてもらおう、感謝する」


 そう言いながら、陛下は玉座から立ち、僕達に頭を下げた。


「あ、いや! そんなことなさらないでください」


 僕は慌てて陛下に言った。

 しかし、陛下は頭を下げたまま言った。


「……良いのだ、レイ君。国王という立場であってもね、その実は国の代表という意味合いでしかないと私は考えている。

 ……君達、勇者の活躍は公には伏せられている。そのせいで民衆は君達の活躍を知らない。だが、功労者である君達に対して申し訳ない。だからこそ、私が代わりに皆に感謝の意を伝えなければならないのだ」


 そう言って、再び深く頭を下げる。


「あ、えっと……」


 グラン陛下は、僕が思い描くような【国王】のイメージとは全然違う人だ。

 想像力の乏しい僕は、王といえば、傲慢で威張り散らすイメージしか湧かなかったけど、この人はそういったものとは真逆だ。グラン陛下は本当に国民のことを想っている。


 それを見ていた側近の騎士の一人が陛下に前に出て、跪く。


 そして陛下にこう進言をした。


「陛下、彼らの事を国民に公表しても良い頃だと思います。

 今期の勇者が現れた事を公表すれば、国の士気も上がりましょう」


「えっ?」

「わたし達、ついに勇者デビューするんです!?」


 困惑する僕とは正反対にサクラちゃんは弾んだ声で言った。

 正直なところ、僕は目立つのが好きじゃないから勘弁してほしい。


 騎士の進言を受けた陛下は、

 頭を下げるのを止めて騎士の方へ視線を移す。


 だが、サクラちゃんの期待と裏腹に陛下は目を瞑って首を横に振る。


「――いや、それは止めておこう」

「!?」


 騎士の提案は却下された。


「どうしてでしょうか?」


 騎士の質問に、陛下は苦笑し再び玉座に腰を下ろす。

 そして、僕達全員を視界に収めてから陛下は語り出した。


「君の言う通り、彼らを勇者として広めれば国の士気は上がろう。彼らの勇姿を見ようと、多くの人間が王都に集まり、活気に溢れることだろう。

 また、彼らに負けじと数多くの猛者も腕試しに集まって来るだろうな。それは魔王軍に対して強力なけん制にもなろう。猛者が集まれば王都を落とすのは更に難しくなるはずだ」


 そう推測する陛下は機嫌よく笑う。

 しかし、そんな陛下の様子に騎士は余計に困惑する。


「……そこまで分かっているのなら、何故?」


「……彼らが勇者だからといって、万能というわけではないからだ」


 陛下は僕の目を真っすぐ見て言った。


「……私が、元勇者だったこと、君は聞いているか?」

「……はい」


 僕の返答を聞くと、次にサクラちゃんに視線を移す。


「サクラ君も聞いているよね?」

「えっと……はい、先輩から聞いています」


「結構、話が早い。私……いや私達はかつて、魔王と戦い、勝利を収めた。

 しかし、私も仲間達も無事ではなかった。私と共に魔王討伐を志して一緒に旅をした仲間は皆倒れ、私は魔王の死に際に呪いを掛けられてしまった。

 そのせいで、私の身体に異常をきたし身動きが取れず、肉体が崩壊し始めて死の寸前まで追い込まれてしまった……」


 陛下は当時を思い返すように話す。


「……その時、私は死を覚悟した。

 しかし、そこに一人の女が現れて、私に魔法を掛けてくれた。……そのおかげで私は一命を取り留めた。代償として、私は普通の人間とは少々異なる存在になってしまったがな……」


 そこでサクラちゃんが手を挙げて質問する。


「一人の女って、誰です?」


「女神イリスティリア……私を勇者に選定した女神だ」


「え、女神様!?」

 サクラちゃんは驚く。僕も名前だけは知っている。


「あの、陛下、僕も質問いいですか?

 普通の人間とは異なるとはどういうことでしょうか?」


「簡単に言えば、魔力を使い過ぎると当時の姿に戻るが、それ以外の時は、子供の姿に戻ってしまうようになった」


 そう語る陛下の姿は、今は青年の姿をしている。


「この姿が気になるか? そうだ、これこそ私が魔王を斃した時の姿、そして、君と最初に出会った時の子供の姿が、私の平常時の姿という事になる。

 結果として、私の身体は蘇生した代わりに『老化』という概念が消失した。だからこうして、私は百年以上、この玉座に座る羽目になってしまったというわけだ」


 自嘲気味に笑いながら語った。


「(そういう事だったのか……)」

 以前に、魔軍将ロドクと交わした会話を思い出す。


 陛下は、こほんと咳払いをして言った。


「……今の話を踏まえて、私の言いたい事を纏めるとだな」

「……はい」


 僕達は陛下の次の言葉を待つ。


「君達を勇者として民衆に公表したとする。そうすれば、民衆はヒーローとして君達二人を迎え入れるだろう。だが、間違いなく魔王の討伐を期待されてしまう。

 ……いくら神の加護を得たとしても、勇者は無敵では無い。はっきり言ってしまえば、今、君達が魔王と戦う事になれば間違いなく命を落とす」


「…………」


 陛下の言葉を聞いて、僕は言葉を返せなかった。アルフォンス団長も同じだ。陛下の言葉が重くのしかかり、僕達は固唾を呑んで陛下の言葉を聞いている。


「まだ幼く成長の最中の君達の命を無駄に散らしたくない。

 勇者の存在を秘匿し、カレン君に捜索を急がせていた本当の理由はそれだ。

 ……ははは、甘いだろう? 自分でも自覚はしているさ」


 そこまで語って、陛下は表情を緩めて進言をした騎士に視線を移す。


「そういうわけだ。異論はあると思うが……」


「い、いえ……そこまでお考えでしたか。浅はかな考えで陛下に進言した自分が愚かしいです」


「そんなことはないさ、だが納得してくれたかい?」


「承知しました」

 騎士は自分の進言を撤回し、後ろに下がった。


「すまないな……さて、話が長くなってしまった」


 陛下は、こほんと咳払いをする。


「それで、アルフォンス君、例のご老体の話に移ろうか」

「はい」


 アルフォンス団長はこちらに視線を移す。

 僕は、その意図を察して前に一歩出る。


「ふむ、聞かせてくれ。

 そのご老体は魔王軍の基地で、魔物製造に手を貸していたそうだな」


「はい。僕達が作戦を完了し、脱出の際に彼の方から話しかけてきました。

 事情を聞いてみると、今から二十年ほど前に、魔物によって連れて来られたようです。それ以降、魔物達に無理矢理働かされていたようです」


「……ふむ、そのご老体の名は?」


 陛下の質問に、僕とサクラちゃんは互いに顔を見合わせる。

 そして、二人で陛下の方に視線を戻して言った。


「記憶喪失だそうです」

「名前も分かんないって言ってましたよー」


「……」

 僕達の言葉を聞いた瞬間、陛下の顔色が曇った。


「……どうされました?」


「あぁ、いや。少し気になることがあってね……」


「気になること?」


「……うむ、実は私はその人物に一人心当たりがある」


「!?」

「それ、本当ですか?」


「……まだ本人の姿を確認したわけではないが……。

 アルフォンス君、そのご老体は港町で療養しているという話だったね?」


「はい、体調が悪そうだったもので……」


「ご老体の体調が戻り次第、こちらに連れてきてほしい。私の方から彼に尋ねたいことがある」


「分かりました」


「それと、アルフォンス君、君にもう一つ頼みたい事がある」


「何でしょうか?」


「君の所属する自由騎士団に一人入団させたい者がいる。構わないかね?」


 陛下にそう問われ、団長は頷くが、陛下に質問をする。


「えぇ、構いませんが……しかし、何故俺に許可を?」


「何、少し訳アリの人物でな……。

 団長である君の意見を聞きたかったのだ……まぁ、続きは後で話そう」


 陛下は僕達に視線を移す。

 そして、真剣な表情をして言った。


「……最後になったが、よくぞ作戦をやり遂げてくれた。

 若き勇者と英雄たちよ。君達のお陰で敵の陰謀の一つを断ち切ることが出来た。

 君達は、我らの誇りだ。……これからもよろしく頼む」


 陛下がそう言うと、僕達は敬礼をする。


「では、今日は解散としよう。すまないがアルフォンス君だけこの場で残ってくれ」

「了解です」

  

 そして、僕達は団長より一足早く王城を後にした。

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