第214話 躊躇
それから三十分後―――
盗賊団の捕縛を終えた僕達は、
ギルドのへの連絡を終わらせるまで彼等を見張っていた。
「ギルドへの連絡は終わったわ。
あとはここに縛り上げておけば、街の人間が引き取りに来るはずよ」
カレンさんが通信魔法で冒険者ギルドに連絡を入れてくれたおかげで、盗賊達を連れていかずに済んだ。もし僕達が連れていくとしたら馬車に括りつけて、街まで引き摺って行くところだった。
「ところで、盗賊のリーダーに質問があるんだけど」
地面に縄で簀巻きにされて転がってる盗賊のリーダーに僕は質問する。
「あ、なんだよ? 奪い取った金ならもう使い切ってるぜ」
「いや、それは僕達が関与する話じゃない。
聞きたいのは魔物を操る<隷属の指輪>のこと」
「……この指輪がどうかしたか?
言っとくが、これは一度付けたら外れることは無いぜ。
俺から奪い取るつもりなら残念だったな」
やっぱり外れないのか。僕の付けてる指輪と同じだ。
「レイ君、その指輪がどうかしたの?」
カレンさんに質問されたので、僕は正直に答える。
「僕の今左手に嵌めている指輪が、これにそっくりだったもんで……」
僕はカレンさんとみんなに左手の指輪を見せる。
「あ、それって前に何処かの謎の遺跡で拾った魔道具ですよね」
「うん、その時にうっかり付けちゃった指輪」
あの時は、エミリアにいざとなったら指を斬り落として回復魔法で復元させればいいとか言われたっけ。想像すると怖い。
「で、聞きたいんだけど、
盗賊さんはこれを外す方法を知らないんだよね?」
「知るわけねぇだろ、そもそも外す理由が見当たらねぇ」
個人的に、魔物を従えるなんてメリット全く感じないんだけど……。
「他にも、色々訊きたいんだけど……。
確認するけど、これは魔物を従えるアイテムなんだよね?」
「ん……? ああ、それは魔物を従えるアイテムだぜ」
その時、盗賊はニヤリと笑った。
僕はその笑みに気味の悪い物を感じたが、質問を続けた。
「じゃあ、この指輪はどうやって使ったの?」
「この指輪は、自分の血を垂らすことで正式に<隷属の指輪>として使えるようになる。そして、とある呪文を詠唱することで、『魔物』を意のままに操ることが出来るのさ」
―――自分が知りたかった話ではある。だけど、さっきまで反抗的な態度だったのに、急に素直になった盗賊のリーダーに疑問を感じる。
しかし、僕は油断をしてしまっていた。
この状況、勝ちは揺るがない。そう思い込んでいた。
「その呪文は?」
だから、僕はつい、それを聞いてしまった。
後から考えると、安易に聞いてしまったのは完全な失態だ。
僕のその言葉を聞いて男は急に黙った。
しかし、その後、笑いを堪えるかのように肩を震わせ、
急に男は顔を上げる。その顔は見た瞬間、怖気が走るほどだった。
僕達がその男の変貌に驚いていると、
男は突然、自分の腕に噛みついて、そこから流れ出た血液を指輪に垂らした。
「な、何を………!!」
「ひひひひひひひひひひひひひひ!!!!」
そして、盗賊の男は、顔を吊り上げて狂人のように笑い、
『我は汝に命ずる。我が下僕となり、その身を捧げよ!』
――ゾクリ
その瞬間、僕の背中に冷たい物が走るのが分かった。
「……ッ!? カレンさん!! 逃げて!!」
「えっ……きゃああっ!?」
その指輪が光り輝き、暗い光がカレンさんの周囲に纏わりついた。
「ははははははは!! 馬鹿が!! 騙されやがってよぉ!!? 『魔物』だけかと思ったか!! こいつは『人間』でも問題なく効果が発揮されるんだよ!! 」
僕は慌ててカレンさんに駆け寄るが、遅かった。
指輪から発せられる魔力の波動で、カレンさんは意識を失って倒れてしまう。
「カレン様!!」
「ど、どうしたんですか、カレン?」
「カレンさん! しっかりして!!」
僕はカレンさんを抱き起こし、声をかけるが返事がない。
しかし、数秒経ってカレンさんはゆっくりと起き上がった。
「良かった、カレンさん……カレンさん?」
様子がおかしい。僕が何を言っても反応が無い。
それに、カレンさんの目には生気が無くなっていた。
まるで人形のような表情で、焦点の合わない目で虚空を見つめている。
「ふははははははははははは!!!
これで俺は自由だぁ!! この女を使ってもっと稼いでやるぜ!
……さて、『カレン』って言ったか。
さっきからお仲間が散々呼んでやがるから覚えたぜ」
盗賊のリーダーは狂ったような笑みを浮かべながら言った。
「この<隷属の指輪>は使用者の血を垂らすのと呪文も必要だが、『名前』も必要でなぁ。俺が名前を呼んで命令することでようやく成立するのさ」
「お前……まさか、最初からこれが狙いだったのか!」
「言っただろ、こんな便利なもの外すわけねぇってよ。
さて、『カレン』……最初の命令だ。『こいつらを皆殺しにしろ』」
その言葉訊いた途端、カレンさんはピクリと動いた。
そして<隷属の指輪>の効果か、僕にゆっくり歩み寄ってきた。
僕は、それに何の対抗も出来ずに、カレンさんに詰め寄られる。
「や、やめてくれ!! カレンお姉ちゃん!!!」
操られたカレンさんは何故か聖剣を取り出さずに僕に掴みかかり、
凄い力で首を持ち上げる。
「くっ………!!」
操られているとはいえ、流石カレンさん……凄い力だ。
でも……何で剣を使わないんだ……?
さっき皆殺しにしろって言ってたのに……。
僕は首を絞められながらも、ふと感じた疑問が頭によぎる。
「か、カレン! 止めなさい、レイを殺す気ですか!?」
「レイ様! カレン様、おやめください!!」
エミリアとレベッカが叫んでいるが、カレンさんは全く止まらない。
しかし、首を絞められているというのに、自分は未だに呼吸が止まっていない。
何故……と思い、そこで気付いた。
「………ま、さ、か」
「……」
カレンさんは何も喋らない、喋らないが……。
よくカレンさんの口元を見ると、何か言葉を言っているように思えた。
僕は口元を凝視し、必死に何を言っているか考える。
……ま……か………せ………て……?
僕は、カレンさんの言葉を理解した瞬間、僕は気付いた。
そして、次の瞬間、カレンさんはぼくを横に投げ飛ばし、聖剣を引き抜いて、盗賊のリーダーに距離を詰め、何の躊躇もなく両手を切断した。
「な……馬鹿な、何故………。
あ、あ、あ、ああああああああああああああ!!!???」
盗賊のリーダーは自分の手がなくなったことに驚愕していた。
その両手から大量の血がシャワーのように吹き出し、辺りの地面を血で染めていく。
後ろで見ていた、盗賊の仲間たちはその光景に恐怖し、ガタガタと震えている。
そして、カレンさんはリーダーに詰め寄り、喉に刃を突き付けた。
「ぐぅううう!!! 貴様ぁあ!!
な、何故<隷属の指輪が>効いていないんだぁぁぁぁぁ!?」
男は激痛と恐怖と疑問でパニックになりながら問う。
「……答えは簡単よ。私は本来は別の名前だったの。
<カレン>は今の両親に引き取られた時の話、昔の私の名前は私自身記憶にない」
そう言いながら、カレンさんは男に突き付けていた刃を更に近づける。
「ひぃいい!! ば、化け物!! あ、悪魔!! あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!!!」
カレンさんは容赦なく男に刃を首に近付けて言った。
「よくも……よくも、私にレイ君たちを……
大事な仲間達を、殺させようとしてくれたわね―――!!!」
「ぎゃぁああああ!!!」
男の悲鳴が森の中に響き渡った。
同時に、その首が切断され、まるでボールのように転がっていった。
カレンさんは盗賊のリーダーの男を殺し、僕の方へ歩いてくる。
「――大丈夫、レイ君?」
「――は、はい。ありがとうございます、助かりました」
僕はカレンさんに立ち上がらせてもらう。
カレンさんの剣幕に驚いていたが、いつものカレンさんに戻っていた。
「……ごめんね、私としたことが」
「そんなことは、僕が油断したせいでカレンさんが……」
そう、僕のせいでカレンさんを失う所だった。
「本当に良かった……!」
その事を今になって実感し、僕はカレンさんを強く抱き締める。
「ちょっ、れ、レイ君……?
う、嬉しいけど、エミリアとレベッカちゃんが見てるわよ?」
「…………あっ」
つい、カレンさんが元に戻って嬉しくて、
そして、感極まって抱きしめてしまったけど……。
僕はそっとカレンさんから離れて、二人を見る。
「うぅ……良かったです、カレン……」
「カレン様、元に戻って良かったです……。レイ様も無事で良かった……」
二人とも、僕の同じ気持ちだったようだ。
エミリアは少し涙ぐんでたし、レベッカは体が震えていたが、カレンが戻ったおかげで安心したようだ。この場に、リーサさんは居ないが、リーサさんも居たら同じ気持ちだっただろう。
「さて……」
カレンさんは、盗賊のリーダーだった男の死体と、
その仲間の縛られたままの盗賊の仲間を睨みつける。
「ひっ……!?」
「お、お願いだから、殺さないで……!?」
どうやら、盗賊の仲間たちは今の光景で完全に恐怖してしまったようだ。
カレンさんは、ため息を吐いて、聖剣に付いた血を拭って鞘に仕舞った。
「つい怒りに任せて一人やっちゃったけど……
まぁこいつらが残ってたらギルドの人が回収してくれるでしょう」
「うん、大丈夫だと思う。
そもそも生け捕りにしようとしたのは、僕の考えだから。
本来は『生死を問わない』……だったし」
そうだ、今回の件は完全に僕が甘すぎた。
これで何度目だろう。判断を謝って自分や仲間を危険に晒すのは。
割り切らないといけない。
僕にとっての大切な家族と仲間、その人達を守るために。
……いつも思おうとしてるんだけど、最後の一線が越えられない。
元の世界と異世界は法律が違うから罪には問われない。カレンさんが盗賊を殺したことを責めるつもりはないし、きっと同じ事をされたら僕だってそうする。
だけど、法律が違ったとしても、人を殺して良いとも思わない。
きっと僕は甘すぎるのだろう。
僕も、いつか変わらなきゃいけないんだろうか。
そうすれば、こんな胸のモヤモヤなんて消え失せるのかもしれない。
「……ふぅ」
深呼吸をして息苦しさを少しでも抑える。
考えが纏まらないが、この場から立ち去りたいという気持ちは強い。
「……もう帰ろうか」
心の迷いを振り払うように僕は言った。
そして、みんなは頷いて立ち去ろうとするのだが、聞こえた。
―――パキンッ、と、
盗賊のリーダーだった死体から何かが砕けた音がした。
後ろを振り返るが、特に変わった様子はない。
だが、首のない死体に視線を合わせたときに違和感に気付いた。
切断された手にあった怪しく光り輝く指輪が無くなっていた。
「指輪が……」
僕は、思わず呟く。
男の指にあったはずの指輪を確認すると、既に砕け散っていた。
「……『自分の血を垂らすことで<隷属の指輪>として使える』って男は言ってたわよね。つまり、契約した男が死んだから、この指輪は役目を終えて砕け散ったということかしら」
カレンさんの推測だけど、多分合ってると思う。
壊れる理由は、多分再利用されることを防ぐためだろう。
もしかしたら上位階級の特権のような魔道具だったのかもしれない。
そう考えると、僕が左手に嵌めている指輪が危険なものだと感じた。
「とにかく……今はここから出よう。
もうここに居る意味はない」
「そうね」
僕は皆を連れて、盗賊たちのアジトの森から出た。
そして、外に出ると……。
「レイさん! カレン様!」
リーサさんが駆け寄ってきた。
「リーサ、待たせたわね。
もう仕事は終わったわ……何故、そこまで焦っているの?」
リーサさんは随分と汗だくだった。
かなり焦って必死に走ってきた事が伺える。
「いえ、何故か、言い様のない不安を感じてしまって、
居ても立っても居られなくなっておりました……」
リーサさんの言葉を聞いて、カレンさんは少し驚いた顔をした。
そして、表情を緩め、リーサさんの手を取る。
「大丈夫よ、リーサ、私はずっとここにいるから……」
カレンさんはリーサさんの両手を握りしめながら言った。
「カレンお嬢様――私は、」
「大丈夫、安心して……。
私には、レイ君もエミリアもいる、レベッカちゃんだってそうだし、それに、ここには居ないけどサクラも居るわ。何より、リーサが待ってくれているんだもの……何処にも居なくならないわ」
「……お嬢様、安心しました」
カレンさんの言葉を聞いて、リーサさんは緊張が解けたようだ。
「……それでは、レイ様、そろそろ」
「うん、次の場所へ向かおう。リーサさん、また馬車動かしてもらえますか」
僕がそう言うと、リーサさんは顔をハンカチで拭いて言った。
「畏まりました。では、次の依頼先へ向かいます。
ここより数十キロ先の草原地帯ですが、いくつか依頼が固まっているようです」
依頼数はまだ十は残っている。今日中に間に合えばいいんだけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます