第917話 修羅場に巻き込まれる女神様達

 一方その頃、ベルフラウとノルンは……。


「ねぇ、ベルフラウ?」


「何、ノルンちゃん?」


「……前から言いたかったのだけど。私にちゃん付けは要らないわ。神として過ごした時間を換算しても、多分こっちが年上だと思うから……それより……」


 ノルンは周囲の何の目印のない枯れ果てた荒野を見渡して、虚ろな目でベルフラウに質問をする。


「……ここ、何処?」


「……さぁ……ちょーっと空間転移の場所失敗しちゃったかも……?」


「…………」


 レイ達のピンチの予感がしてゼロタウンを飛び出した二人だったが、その勢いに任せて適当に空間転移してしまい、よく分からない場所までやって来てしまったようだった。


「どうするのよ、これ……」


「どうしましょうか……愛しい愛しいレイくんの為にピンチに駆けつけようとしただけなのに、これじゃあ私たちの方が遭難者になっちゃう!」


「それ、かなりピンチの状況よね……!? むしろレイ達も私達に気付いていないから、本当にピンチなんじゃ……?」


「……い、一回戻ろうかな?」


「戻れるの?」


「……た、多分」


「……」


 ベルフラウはノルンの返答を聞いて頭を抱えてため息を吐く。


 そして、彼女は自身の能力である<空間転移>を使って元居た場所に戻ろうとしたのだが……。


「あ、あら……?」


「どうしたの?」


「長距離の空間転移をしちゃったせいで、神力が足りないかも……あと数日は空間転移使えないかも……?」


「……なるほど、これが反面女神様ね。私も見習い神様としてこうはならないようにしないと」


「反面教師みたいな言い方しないで!?」


「じゃあ、どうするのよ。このままじゃ本当にレイ達を助けられないどころか私達が行方不明扱いになっちゃうわよ? もしレイ達が無事に戻ってきたとしても、私たちが居ない事に気付いたら大変な事になってしまうわ」


「そ、そうね……船も明後日には出航だし、どうにか間に合わせないと……」


「はぁ……」


「そ、そうだ。ノルンちゃんだって神様だし私が空間転移教えてあげるから、それでどうにか帰れないかしら!?」


「”空間転移”って確か権能の中でも相当高位の能力って聞いてるのだけど……」


「だ、大丈夫よ。ほら、ノルンちゃん。大魔法を使うイメージで魔力の代わりに今まで集まった神気を身体に集めるの。それから、身体がふわーってなる感覚がしたら場所をイメージして力を解放するのよ」


「本当にやる気……? まぁ仕方ないわね……ええと、大魔法を使うイメージ……大昔に天候操作した時のような感じで良いのかしら……その後に身体に浮遊感が来たらイメージするのね……」


 ノルンはベルフラウの若干雑な解説にも真面目に聞きながら言われた通りにイメージし、呼吸を整えて能力を使う準備を整える。


 そして、数秒後―――二人の姿がその場から音も無く搔き消えた。


 ベルフラウの読み通り、ノルンの空間転移は無事に成功した。


 うん、成功したのは良いのだが……。


『GAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』


 ノルンとベルフラウの前には、この世にモノとは思えない形容しがたいグロデスクなナニカが、奇怪な悲鳴を上げていた。


「………」「………」


 予想外の光景に、さしもの見習い神様と元神様も唖然としてしまう。


 そして、次の瞬間には―――


「きゃあああああああああああああああ!!!!!????」


「ば、ば、ば、化け物……!?」


 2人共同時に悲鳴を上げながらその場から飛び退く。しかし彼女達のすぐ後ろから焦ったような三人の声が聞こえた。


「ちょっ、姉さん!?」


「ノルンも一緒じゃない!? 一体何処から現れたの!?」


「お二人とも事情は分かりませんが、そこは危険でございます!! 早くこちらへ!!」


 その三人の声に聞き覚えがあったベルフラウとノルンは驚いて後ろを振り向く。そこには、彼女達二人がよく知るレイと大切な仲間達が居た。


「れ、レイくん!?」


「く、空間転移はちゃんと成功したみたいね……だ、だけど……!?」


「 早くこっちに!!」


 2人のすぐ後ろには、化け物の魔の手が迫っていた。


 驚き戸惑っている彼女達では回避に間に合わないと思ったレイは、二人の手を咄嗟に引っ張って飛行魔法で後方に大きく飛び退く。


 そして若干遅れてレイと一緒に敵を警戒していたカレンとレベッカも飛び退く。


 次の瞬間には、ベルフラウ達が居た場所に、人間の腸のような色合いの触手が数十本と何十本と荒波のように襲い掛かってくる。


 間一髪躱したことでベルフラウ達は無傷で済んだのだが、彼女達が数秒前まで立っていた場所は、まるで爆心地のように小さなクレーターが出来ており、化け物自身の赤い血肉が巨大な花火のように周囲一帯に飛び散っていた。


 もしレイ達がベルフラウ達を助けずにそのまま飛行魔法で上空に逃げていたら、今頃はベルフラウ達は化け物の餌になっていただろう。


「ひ、ひぇぇぇ……お姉ちゃん、危うくハンバーグになるところだった……」


「助かったわ、レイ……」


 ベルフラウとノルンはレイの両手に掴まったままホッと一息つく。


「二人とも何処から現れたの? いきなり魔物の前に現れたから肝が冷えたよ……」


 レイは冷や汗を掻きながら、化け物から離れた場所まで飛行魔法で移動して、彼女達を地上に降ろす。

 その間、ベルフラウ達が安全に非難するまでの間、レベッカとアカメが遠距離攻撃で化け物の意識を逸らし、上空からドラゴンに変身したルナが化け物に対して炎の攻撃魔法で攻撃する。


 三人の連携の取れた攻撃にも化け物は怯まなかったが、カレンが自身の聖剣を鞘から解き放って気を集中させる。


 そして――


「――聖剣解放120%――<聖爆裂波>ホーリーブラスト!!!」


 彼女の言葉と同時に振り上げた剣を振り下ろすと、凄まじい衝撃と共に化け物の方へ光の波動が解き放たれる。


 周囲の草木が空気を激しく振動させながら、地上に居る化け物に向かって光の波動が襲い掛かる。


  化け物は毒々しい触手でその攻撃を防ぐが、その威力に耐えきれず、化け物は周囲に肉片を撒き散らしながらその身を消失させた。


「や、やったの……?」


「流石、カレン。相変わらずとんでもない強さね……」


 ベルフラウとノルンは今のカレンの一撃で化け物がミンチになった姿を見て、ガクッと膝を地に降ろす。


 今の技はカレンが最も得意とする<聖剣技>だ。


 その威力は上級魔法はおろか極大魔法に迫る。何十もの魔物達を一瞬で消し炭にしてしまうほどだ。

 並の魔物どころか魔王軍幹部級の魔物ですら直撃すればただでは済まない。二人は今の攻撃で先程の得体のしれない化け物が完全に死んだと確信する。


 しかし、二人の傍で真剣な目で戦場を俯瞰していたレイは小さく呟く。


「……まだ終わってない」

「えっ?」


 その言葉に一瞬反応した後、レイの言葉の真意に気が付く。


 ミンチになって霧散していた化け物の肉片が一斉に浮遊しだして結合し始めた。そして赤い液体からどろどろとした血の塊が次々と再形成されていく。


「な……」

「ちょ、アレ……!? レイくん……!?」


 尋常ではない再生力を目撃したベルフラウとノルンはその異常な光景を見て言葉を詰まらせる。


 魔物が人間とは別の生命体だと分かっていてもあれは異質過ぎる。回復魔法なんていう生易しいものでは説明できない。まるで時間を逆再生に巻き戻したかのような再生。


 あれでは自己修復というよりは完全蘇生だ。あんな魔物今まで見た事が無い。それこそ以前に戦った魔王ですらそんな能力は持ち得ていなかった。


「――皆、一旦撤退するよ!!」


 レイは仲間達に向けて全力で叫ぶ。彼の叫び声を聞いた仲間達は迷いなく撤退を始めて、化け物から距離を取る。


「姉さんとノルンも皆と一緒に撤退して! 僕も用事を済ませたらすぐ向かうから!!」


「え、用事って?」


 その質問にレイは引きつった笑みを浮かべてからすぐに化け物に視線を戻して真剣な目を向ける。そして彼は魔力を大幅に高めながら詠唱を開始する。


「――天よ、我の言霊を聞き届けたまえ。我は汝を統べるもの。我は天の代行者なり、故に告げる」


 レイの詠唱を聞いて二人は顔を青ざめる。


 彼が使おうとしている魔法は、攻撃魔法の極致とも言える極大魔法の一つ。凄まじい威力の攻撃魔法で殆どの魔物はこれ一撃で瞬殺するほどの威力ではあるが彼は滅多に使わない。


 あまりにも威力が高すぎるのと魔力の消耗が大きいのが理由だが、そんな彼が躊躇せずにこの魔法を選択するということは……。


「(それほどあの化け物が危険ということ……!?)」


 ベルフラウはノルンの手を掴んでレイから離れる。


「ノルンちゃん、私たちも逃げましょう!」


「で、でもレイが……」


「レイくんは私たちを無事に逃がすためにあの魔法を選択したのよ! それだけ危険な相手ってこと!」


「!」


 ベルフラウの必死な言葉にノルンはレイの方を見る。レイは両手を前に差し出して、かつてない魔力を放出させながら詠唱を続けている。


 そして、化け物はカレンに倒される前と全く同じ状態まで再生しており、こちらに気付いて背中から内臓を翼のように伸ばして、こちらに向かって襲い掛かってくる。


「二人とも、早く!!」


 レイは詠唱しながらも後ろの二人に強い口調で叫ぶ。


 彼には珍しい語気の強い言葉を聞いた二人は、背中を押されるようにレイ達から離れていった。彼女達が離脱するまで時間を稼いだレイは一息で残りの詠唱文を言い放つ。


「雷鳴よ轟け稲妻よ、その力を解放し敵を討つ剣となれ。全てを浄化する神聖なる雷よ」


 詠唱を終えた時、化け物は既にレイの目の前に迫っていた。


 その瞬間、レイの極大魔法が発動する。


<神の雷>インディグネイト


 直後、化け物の上空から雷の柱が降り注いで化け物の巨体に直撃する。

 光が一瞬晴れた後、轟音と共に稲妻の柱が空に伸びていた。

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