第558話 休日5
僕達6人は馬車を街の外へと走らせて、森の中へ入っていく。
目的はキャンプとついでに魔物討伐と薬草採取である。この辺の森は比較的魔物は大人しいのだが、薬草の群生地は奥地にあるため、なるべく早く森の奥へと進まなくてはならず、民間人も訪れるために魔物の討伐が必要なのだ。
「よし、到着!」
しばらく進むと開けた場所に出た。まずはこの辺で一度馬車を休ませる。この一帯は薬草の群生地の一つであり、民間人は冒険者を雇って採取を頼んでいるらしい。
「では、ここをキャンプ地としましょう」
「エミリア、ひとまず薬草採取を任せていいかな」
「はい、任されました」
エミリアは荷物の中から籠を取り出して、早速作業を始めた。
「じゃあ、僕とカレンさんはテントの設営をするとして……姉さんはどうする?」
「私はエミリアちゃんと一緒に薬草を摘むわ」
「では、わたくしレベッカとサクラ様は、周囲の警戒をいたしましょう」
「はーい、レベッカさん」
それぞれの役割が決まったところで僕はカレンさんに声を掛ける。
「じゃあ、行こうかカレンさん」
「えぇ」
僕とカレンさんはテントを組み立て始めた。
◆◆◆
「ところでカレンさん」
「んー、なにー?」
作業中、暇なので二人で話をしながらテントを設営する。
こうして街の外で寝泊まりするのも久しぶりだ。
「さっき、街の外に出る前にカレンさん、サクラちゃんに何か言われてなかった?」
「ギクッ」
カレンさんは肩を震わせて作業の手を止める。
「何その反応」
「な、何でもないのよ。それより、レイ君はどうして急にみんなでピクニックに行く気になったのかしら?」
「今、露骨に話を逸らしたような……。んー、特に深い意味は無いけど……たまには皆で遠出してみたいなって思ったんだよね。学校で子供達と接するのは楽しいけど、僕にとって皆と一緒に居るのが一番だから……」
「レイ君、本当、皆が好きよね……」
「うん、大好きだよ」
僕は笑顔で答えた。
すると、何故か少し顔を赤くしてこちらを見つめてくるカレンさん。
「レイ君、天然タラシよね……」
「えっ、そんな事、初めて言われたよ……?」
「前はもうちょっと子供っぽかった気がするんだけど、素直になっちゃって。やっぱり魔王を討伐して一段落付いたお陰で、気を張る必要が無くなったのが理由かしら……以前よりも大人っぽくなったわよね」
「そ、そうかな?」
僕は自分の体を見下ろす。
……やっぱり身長はあんまり成長してない気がするなぁ。
「身体じゃないわよ、心が大人になったと思うわ。聞いたわよ~、魔法学校でも生徒からも慕われているみたいじゃない」
「あはは、照れる……」
「あと、知り合いの貴族の人に聞いたんだけど、エルデ家の次女に告白されたとか……」
「リリエルちゃんのこと、そんなに噂になってたの?」
「本人が両親や周囲に言いまわってるのが理由っぽいわよ」
「……リリエルちゃん……あの子は、もう……」
僕は乾いた笑いを浮かべる。
リリエルちゃんは僕に対して好意を持ってくれているのは間違いない。
だけど、それは恋愛感情なのかと言われると違うような気はしている。
多分、彼女が僕に抱いてる感情は『憧れ』なのだろう。露骨には出さないけど、彼女の友人であるコレットちゃんにも似た様な想いを抱かれてる気がした。
「その辺りの割り切り方も大人っぽく感じるわね。私としては、最近あんまり甘えてくれなくなったのが寂しいところだわ」
「今でも僕は子供だよ。疲れた時は皆に甘えたくなることも多いし、勿論カレンさんにもね」
「ふぅん? 本当にそう思ってるなら、もっと甘えても良いのよ?」
「うーん……そうだね、機会があればそうさせて貰おうかな」
僕は苦笑いしながら答える。
「機会があれば? 誰も見てないんだから、今甘えてもいいのよ?」
「え、いや、それは……」
僕が戸惑っているとカレンさんが僕にそっと近づいてくる。
カレンさんの長い綺麗な青い髪が僕の頬に触れそうな距離まで近づく。
「ほら、言ってごらんなさい『カレンお姉ちゃん』って」
「カレンさん、今はちょっと……」
と、僕は流石に恥ずかしくて拒否をするのだが、カレンさんはそのまま更に僕に近付いて僕の身体を正面からそっと抱きしめる。
「―――っっ!!」
「もう、いいじゃない。私と貴方の仲なんだから。……ほら、言って、『カレンお姉ちゃん』って、ね?」
耳元で囁かれるカレンさんの甘い声。カレンさんの顔は見えないが、きっといつもの意地悪な笑みを浮かべていることだろう。
「か、勘弁して下さい……」
「あら、残念」
パッと手を離すカレンさん。
「全く、カレンさん、酷いよ……」
今のは流石にくらりと来そうだった。あんな風に言われると大人の雰囲気天…のカレンさんはとても抗えなくなってしまう。多分、僕の今の顔は真っ赤だろう。
「うふふ、ごめんね。でも、私はあなたよりもお姉さんなんだからもっと甘えてほしいのは本当よ?お姉ちゃんって最近言ってくれなくなったのも不満なんだから」
「……言いづらくもなるよ。僕が勇者って事が王都で伝わってから妙に注目されて、以前みたいに気楽に街を歩けなくなったもん……」
「……なるほど、実はこうやって王都から離れて皆を遊びに誘ったのも、レイ君なりの息抜きという訳なのね?」
「うん。最近は不慣れな事も多くて疲れちゃってさ……だから、たまにはこういう時間を過ごしたいなと思って」
「ふふ、レイ君ってば素直なんだから、やっぱり可愛い……」
そう言いながら、カレンさんは僕を優しく抱き寄せてきた。
「ちょっ……」
「レイ君の本音を聞いたら余計に甘えてほしくなっちゃった。……ね、お姉ちゃんのさっきのお願い聞いてくれる?」
さっきのというと……。
「……か、カレンお姉ちゃん……」
「んー! やっぱりレイ君の事好きだわっ」
「わぷっ」
カレンさんは僕に胸を押し当てて、抱き締めてくる。
「カレンさん、苦しいよ……」
「良いじゃない、誰も見てないんだから、しばらくはゆっくりしてましょ、ね、ね?」
「……う、うん」
そうして、僕はしばらくカレンさん……。
もとい、カレンお姉ちゃんにされるがままにしていたのであった。
◆◆◆
【視点:レベッカ】
「――などと、二人の世界に入ってらっしゃるお二方ですが、サクラ様、どう思われます?」
「むー、わたしもカレン先輩にぎゅーってしたいのにぃ」
「……わたくしもレイ様にぎゅーっとしたい気持ちを抑えております」
わたくしとサクラ様は周囲の警戒を任されておりますが、今のところ特に魔物の姿が見つからず、暇で暇で仕方ありません。
なので、キャンプの準備を手伝おうと少し様子を見に来たのですが、まさかのレイ様とカレン様が熱烈なハグをされている場面に遭遇してしまいました。
流石に声を掛けるのはお二人に悪いと思い、隠れて様子を見ていたのですが……。
「……やはり、カレン様はレイ様の事を想われているのですね……あんなに積極的に……」
「カレン先輩は元々女性に対しては距離感近すぎるくらいだったけど、男の人には全然そんな事なかったんですけど……やっぱりレイさんは特別って感じですね。……はやく告白しちゃえばいいのにって思いますよ、ホント」
「(カレン様とレイ様が結ばれてしまうと、わたくしも困ってしまうのですが……むむむ……)」
わたくしもレイ様にずっと想いを寄せている一人でもあります。レイ様には是非、わたくしの生まれ故郷に来て頂き、わたくしはレイ様の生涯の伴侶として過ごしたい。
……ですがカレン様の幸せを願うのであれば、やはりレイ様と結ばれるのが一番な気もします。
「(……困ってしまいました。エミリア様の事もありますし、やはりわたくしの故郷に皆に来ていただく以外に方法が無さそうです)」
わたくしの故郷は、北の国の僻地にあるため訪れる旅人もおりません。故に、外来からの知識を得る機会が殆ど無く、そういった意味では、わたくしの故郷の文化は遅れています。
何より、このままでは血が絶えてしまいます。だからこそ、一人の男性に対して複数の女性が妻となる一夫多妻の制度を取り入れようと試みてきました。ですが、それも限界が近い状態。
「(……もし、レイ様がわたくしの故郷に訪れて下されば、きっと……)」
更に、レイ様だけでなく、カレン様やエミリア様一緒に来ていただいて、レイ様と婚姻の儀を行えたなら……それはとても幸せな事でしょう。
「レベッカさん。 さっきからコロコロ表情が変わってるけど、どうかしたの?」
「―――はっ!? い、いえ、何でもございません。……少々、一人の世界に入り込んでしまったようです」
「レベッカさんがこんな妄想癖の強い子だったなんて……」
「……そういえば、一度サクラ様に聞きたいことがあったのですが、聞いてもよろしいですか?」
「え、なになに?」
「サクラ様はレイ様の事をどう思ってるのですか?」
「えーっと………わたしが迷惑をかけても許してくれる優しい人?」
「……それだけでしょうか?」
「え、えーと……えーと……そ、そう! わたしが困ってる時に助けてくれる頼れる人!」
「……恋愛感情などは」
「うーん……そもそもわたし、男の人にそういう感情持ったことがないから……」
「……そ、そうでしたか」
ある意味、ライバルが増えずに安心しました。
しかし、色んな意味でサクラ様が心配になってしまいました。
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