第559話 休日6

 なんやかんやでテントの設営を完了させた僕とカレンさん。


「ふぅ、終わった」

「お疲れ様ー、レイ君、この後どうする?」


 カレンさんに質問されて僕は答える。


「ひとまずキャンプに必要な物資を集めないとね。食料とか水は馬車に準備してあるけど、火を焚くための木材とかも必要だし……と、忘れてた。その前に魔物討伐の依頼をこなさないと……」


 今回の依頼は、薬草採取以外とこの森のゴブリン種のモンスターの掃討だ。どうもこの森の中の何処かにゴブリン達のねぐらがあるらしく、採取にやってきた新人冒険者達が集団で襲われたらしい。


 並の冒険者でもゴブリン程度ならどうにかなるけど、上位種のゴブリンが多数紛れていたので逃げるしか無かったとか。そういう理由もあってここの薬草採取の依頼も未達成のものが多数クエストボードに残されていた。


「じゃあ皆で討伐に行くのかしら?」


「折角準備したキャンプ道具を荒らされたら困るし、少人数で行くよ。カレンはエミリアと一緒に薬草採取を手伝ってあげて」


「分かった。ごめんね、力になれなくて」


「ううん、気にしないで」


 僕はカレンさんにそう返事を返す。

 彼女はまだ魔力が回復しきれてないために戦うことが出来ない。今はエミリアのお陰で日常生活を送れるようにはなっているけど、万一、何かあった時の為にエミリアが近くに居た方がいいだろう。


「(……さて、それなら誰を連れていこうか)」

 冒険者が単独で魔物の巣に挑むのは基本的に悪手だ。相手はゴブリンで多少なりとも知恵が回る相手だし、集団で襲い掛かってくる為、力量差を覆される可能性も十分ある。


 更にここは森の中。障害物が多く足場も悪いので、戦いづらい状況だ。

 何人かで警戒にあたりながら進んだ方がいいだろう。


「(レベッカとサクラちゃんに来てもらおうか)」

 彼女達は何処かで見張ってるはずなので、少し大声をあげて彼女達を呼ぶ。


「おーい、レベッカー、さくらちゃーん!!」

 すると、僕達がテントを設営していた場所のすぐ傍の草むらから、いきなり二人が飛び出してきた。


「はい、ここに!」ガサッ

「呼ばれましたー!!」ガサッ


「――!?」ビクッ

「近っ!?」ビクッ


 二人の突然の登場に驚く僕とカレンさん。


「ちょ、ちょっと、二人共びっくりさせないでよっ」

「二人とも、見張ってたはずじゃなかったの……なんでこんな近くに?」


「ええと、わたくし達が呼ばれそうな気がしたので……」

「精霊さんが近くに居たので……」


 二人は露骨に僕達から顔を背ける。


「……もしかして、さっきの見てた?」

「えっ……」

「な、何のことでしょうか……?」


 レベッカは誤魔化すように笑顔で言う。その反応は肯定してるのと一緒だよ。カレンさんにあんな至近距離でアレコレされてたところを見られてたとなると、かなり気まずい……。


「ま、まあいいか。今からゴブリン退治に行ってくるから、二人は一緒に来てもらってもいいかな?」


「わ、分かりました……」


「しっかり見て話を聞いてたので、ちゃんと準備出来てますよー」


 ………おい。


「いや、やっぱり見てたんじゃん!!!」


「あ、あわわ……つい目を引く行動だったので……申し訳ありませんっ」


「ご、ごめんなさいっ……」


 レベッカとサクラちゃんは頭を下げて謝る。


「はぁ、別にいいんだけどね……。

 というわけだから行ってくるよ、カレンさん。……カレンさん?」


 僕がカレンさんに視線を向けるとカレンさんは、その場で跪いて顔を両手で隠していた。その隙間から頬が真っ赤になってるのが見えた。


「うう、二人に見られてたなんて……もうお嫁に行けないわ……」

「(自分から抱き付いてきたのに……)」


 カレンさん、興味が無いって言ってたのに意識はしてたんだね……。

 僕達三人はカレンさんを慰めてから、後ろ惹かれる思いでその場を後にした。


 ◆◆◆


 三人で森の更に奥地に進んでいくと、徐々に木々の数が増えていき森の樹木が風で揺れてざわめき出す。

 キャンプにした場所と比較すると、ここは鬱蒼としたジャングルに近い環境だ。お陰で日も殆ど差さずに周囲も暗い。


「この辺りとなるとそろそろ魔物が出そうだね」


「周囲の警戒を強めましょうか」


「足元注意ですよー二人とも—、ゴブリンが何か変な罠を仕掛けてるかもですー」


 サクラちゃんの言葉に僕達は頷いて、僕は鞄からランタンを取り出して魔法で火を付ける。そして足元を気を付けながら歩いていると、僕達では無い足跡を発見した。その足跡は一つでは無く複数あり、大きさもバラバラだった。


「これは、ゴブリン達の足跡だね。どうやらここでキャンプを張ってたみたいだ」


 枯れ木を集めて焚火をしていたようで、地面の一部が焦げていた。周囲を散策すると、食べかけの木の実や野生の動物の遺体が転がっていた。


 どうやらゴブリン達は狩りもしてたようだ。


「ふむ、推察するにゴブリン達の住処はこの近くと思われます」


「見た感じ、大人のゴブリンと子供のゴブリンが入り混じってる感じかな……」


 サクラちゃんは、焚火跡近くに落ちていた折れた細い木の棒を拾う。


「粗雑ですけどこれはゴブリンお手製の木の矢ですね。

 多分、大人ゴブリンが子供ゴブリンに狩りの仕方を教えてたんでしょうねー」


「ゴブリンにはゴブリンの生活文化があるって事か……それにしてもサクラちゃん随分と詳しいね」


「ふふん、これでも元冒険者ギルドの職員さんと仲良しでしたから、わたし結構色々と詳しいですよー、えっへん♪」


 そう言いつつ、サクラちゃんは腰に手を当てて胸を張る。


「なるほど、流石だね。じゃあ質問だけど、ゴブリンはどのあたりの場所を根城にしてると思う?」


「んー、そーですねー」


 サクラちゃんは僕の質問に腕を組んで考え始める。


「最低限、雨を凌げるような洞窟、あるいは廃墟じゃないですかー?

 近くに矢で獲物を仕留めやすい開けた場所があったとして、そこを拠点にしてると予想します。住んでる場所は……その付近の洞穴か洞窟……かな?」


「良い線いってると思う。じゃあ、その場所を目指して進もう」


「はいー!」

「承知しました」


 僕達はゴブリン達が狩り場として使ってたと思われる場所を推測して探索する。すると数分後、いかにも場所が開けており遮蔽物の少ない場所に辿り着いた。


 そこには大きな岩が地面に幾つか転がっており、その下には横穴があった。僕達が近づくと、その横穴から複数の鳴き声が聞こえてきた。


「ギィ! ギィ!」

「ギャッ!! ギャッ!!」

「グゲェッ」


 僕達は場所を確認すると、一旦後退して近くの草むらで僕達は腰を下ろして作戦会議を始める。


「さて、どうする? 声の多さから数はそれなりみたいだけど……」


 僕がそう質問すると、レベッカが挙手する。


「レイ様、魔法で洞窟の入り口を破壊して生き埋めにするのはどうでしょうか?」


「結構えげつないこと考えるね、レベッカ」


 可愛らしい顔をしているレベッカは、意外にもゴブリン達を効率的に殲滅する容赦のない方法を提案する。


「そうでございますか?」


「レベッカさんの案も悪くないと思いますよ。戦闘せずに敵を倒すための手段を考えるのも、ベテラン冒険者としては必須なスキルですからー」


「……なるほど」

 レベッカの案も確かに有効な方法かもしれない。


「というわけでレイ様、ここは一つ、レイ様のド派手な魔法で一気に殲滅するのは如何でしょうか」


「わー♪ レイさんのちょっといいところ見てみたいー♪」


 二人はぱちぱちと手を鳴らして、まるでヒーローショーを見に来た子供のように、無邪気に僕へ期待の眼差しを向ける。


「もー、分かったよ。二人には色々アドバイスしてもらったし、今回、直接戦うのは僕だけでいいよ」


「流石レイ様、男の子でございます♪」

「きゃーきゃー、レイさんかっけー♪」


 二人は楽しそうに僕をはやし立てる。

 絡みがないと思ってたけど、この二人実は結構仲がいいのかな。


「……途中、見張りの魔物が戻ってくるかもしれないから、そっちは二人に任せるからね」

「お任せくださいまし♪」

「はーい♪」


 僕は溜息を吐きつつも立ち上がり、ランタンをレベッカに手渡して<点火>ライトの魔法を自身に纏わせてから洞窟へと近づいていく。


「(……まぁ、戦いの勘を取り戻す目的もあるから丁度良いんだけどね)」


 ここしばらく、僕は皆と比較して戦いの経験が少なくなっていた。

 レベッカやサクラちゃんは今でも現役の冒険者だけど、僕は騎士団の訓練こそ受けているが、ここしばらくは副団長の仕事や学校の先生の仕事など事務処理や頭を使う事が多かった。


 それは平和で良い事なんだけどこれからまた何が起こるか分からない。その時になって満足に剣も魔法も使えないのは困る。今回ついでに魔物討伐を受けた本当の理由は、鈍った身体を鍛え直すためだ。


「……さて、じゃあごめんねゴブリン達」

 僕は彼らに先に謝罪してから、鞘から剣を抜く。


「―――雷鳴よ、轟け」

 そして、僕は雷魔法を発動させて、自身の上空に雷を落として、その雷の魔力を剣へと流し込む。

 剣に付与された魔力は、バチバチと音を立てて発光する。


 僕の得意技の<魔法剣>だ。

 最近は滅多に使用してなかったけど、僕の勘を取り戻すには丁度良いだろう。

 僕は剣を両手に構えて、必殺技を放つ態勢を取る。


 ―――そして。


「<魔力解放バースト雷の暴発サンダーブレイド>」

 詠唱と共に、僕を中心に強烈な電撃が周囲を襲う。


 その電撃は瞬く間に周囲の木々を伝いながら広まり、それを再び僕の剣へと集束させる。

 そして、一旦静まり返ってから剣を上段に構える。


「―――ふぅ………はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 そして、僕は一呼吸置いて剣を大地に勢いよく振り下ろす。瞬間、圧縮された稲妻の破壊的な魔力が放出され、地面を切り裂いて周囲に拡散した。紫電の雷が周囲の草木や岩を容赦なく蹂躙しながらゴブリン達の住処の中の洞窟へと放たれる。


 洞窟の奥から響き渡る凄まじい轟音、そしてゴブリン達の悲痛な絶叫と断末魔の声が響き渡り、しばらくするとその騒がしい悲鳴の声も聞こえなくなった。


 僕は洞窟の中に入ってゴブリン達の様子を確認する。洞窟の中は、肉の焦げた匂いと煙が立ち込めていた。少し奥まで進んでみたのだが、洞窟の中に潜んでいたゴブリン達は全て息絶えており、全滅していた。


「―――よし、仕事終わり」

 僕は愛剣を鞘に納めて周囲の気配を探るが、やはり動く気配は全く無い。


「(思ったよりあっさり終わっちゃった)」

 魔法の一撃で数を減らしてから残党を接近戦で倒すつもりだったが、久しぶりのせいか威力の加減を間違えてしまった。


 あるいは、自分の想像以上に魔力が上がり過ぎていたのかもしれない。僕は自分の能力を再認識し反省してから倒したゴブリンの数をチェックして洞窟を出た。


 ◆


「ただいまー」


「レイ様、お帰りなさいませ」


「随分早く戻ってきましたけど、もう終わったんです?」


「うん、全部倒してきたよ」


「わー、流石レイさんだー」


 サクラちゃんはパチパチと拍手する。


「これで暫くの間はこの辺りも安全ですね。民間人の方々も安心してこられるでしょう」


「というわけで、これでお仕事完了! ここからはお楽しみのキャンプタイム♪」


「だね、それじゃあ戻りながら木の実とか焚き木たきぎを集めよっか」


「「はーい」」


 二人が返事をして、僕達は森を抜けながら素材集めを始めた。

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