第560話 休日7

 僕達が魔物を討伐し、キャンプに必要な物資を集めてキャンプ地に戻ると、

 エミリア達は薬草採取を終えて、周辺に魔法による防御結界を敷いているところだった。

 僕達が戻ると姉さん達が声を掛けてきた。


「レイくん、お疲れー」


「ただいま姉さん、そっちの要件は終わった?」


「うん、採取も終わったし、あとはエミリアちゃんに結界を張ってもらって安全を確保。その後、私達はキャンプの準備だよ」


「そっか」


「買っておいたお野菜とお肉もあるからバーベキューの準備もバッチリよ♪」


「おぉー、それはいいね」


「わたくしも、料理手伝いますね」


「あら、レベッカちゃんありがとう。助かるわ~」


 レベッカは張り切って、姉さんと一緒に調理へ向かう。


「わたしも行きますねー、レイさん、お料理楽しみにしててくださいっ♪」


「あ、うん、楽しみにしてるよ」


 僕はサクラちゃんを笑顔で見送る。


「(暇になっちゃった……)」

 皆、料理が得意みたいだけど僕は料理は殆どできない。

 以前に、干し肉の作り方とかドライフルーツの作り方くらいは教わってるけど、自分が何かする前に仲間が全部やってくれるし、こうなると手持ち無沙汰だ。


「カレンさんは……」

 折角なので、また甘えようかなと思って周囲を見渡すのだが、彼女も調理の準備へ向かったようだ。あとは結界を張ってるエミリアくらいしか残っていない。


「んんー、あれ? 皆は何処行ったんですか、レイ」

 と、僕が考えていたところ、後ろから足音が聞こえてきて僕に声が掛かる。

 丁度エミリアが結界の構築を終えて戻ってきたようだ。


「エミリア、結界の構築は終わったの?」


「終わりましたよ。頑丈な防御結界なのでこの辺りの魔物はもう入ってこれないはず。……で、戻って来たらレイ以外居ないし、みんな何処行ったんです?」


「キャンプの準備だってさ、みんな料理が得意だから僕はやることないや」


「そうなんですか、まぁ私も料理出来ないので助かりますけど」


「……あれ、エミリアって料理出来なかったっけ?」


 僕が転生した頃、エミリアにおかゆを作ってもらった記憶があるんだけど。


「私が作れるのは精々ハーブティーや紅茶とかを入れる事くらいです。米を洗って炊くくらいなら出来ますけど、それ以外は全然ダメですね。私、根本的に女子力足りないので」


「最初に会った時は、面倒見よくて女子力のある子って印象だったんだけど」


「残念でしたね、可愛い以外は当てはまらなくて」


「(可愛いって自覚はあるのか)」

 そして、誰も今は可愛いと言ってない。否定もしないけど。


「ま、それならそれで結界の外にでも行って野生動物でも狩ってきますか。うちには育ち盛りの子が何人も居ますし、持ち寄った食材だけでは足りないでしょうからね」


「いや、お母さんか」


「誰がお母さんですか! まだ15歳ですよ!?」


「ごめんなさい」


「よろしい。レイも本物のママに会えないからって他所の女の子をママにしようなんて考えない方がいいですよ」


「考えてません」


 僕は即答する。どこのアニメの話だよ。


「……まぁ、狩りに行くなら僕も付き合うよ。どうせ暇だし」


「ですか……あ、森の外に川がありましたし、そこの魚を釣るのも良いですね」


「お、良いかも」


「決まり。では早速向かいましょう」

「うん」


 こうして僕とエミリアは飛行魔法でキャンプ地を出て、森の外にある川辺へと向かった。



 ◆◆◆


 ―――のだが、


<中級雷撃魔法>サンダーボルト!」

「ちょっ―――」


 飛行魔法で森を出て、川辺まで近寄った瞬間、エミリアがいきなり川に魔法を放ちはじめた。


「エミリア、何やってんの!?」


「え、電撃漁法ですが」


「そんな漁業聞いたこと無いよ!!」


 僕は慌てて魔法を止める。


「むぅ、いい案だと思ったのですが」


「普通に釣りで良くない?」


「道具がありません。やっぱり魔法が全てを解決するのです。さ、早く魔法で魚を獲りましょう」

「ダメだよ、止めなさい!!」


 結局、僕が川の中に入って魚を素手で捕まえることにした。


「―――っと!」

 僕は手近に泳いでいた魚を腕と手で掬い上げてエミリアの方に飛ばしていく。エミリアは空中に浮かんだ状態で、僕が投げ飛ばした魚をキャッチしてそのまま袋の中に入れていった。


「次お願いします」「了解っと」

 再びエミリアの浮いてる場所に掬い上げた魚を投げ飛ばす。

 エミリアが袋に入れた魚の数を数えている間に、僕達は次の魚を拾っていく。


「それにしても器用ですね。前からそんな事出来ましたっけ?」

「んー、なんでだろうね」


 自分でも分からないけど、以前に比べて格段に動体視力と反射神経が上がっている。川の中で動く魚の動きを予測出来れば、足元に寄ってきた魚を捕まえる事も容易い。


「勇者の能力ってやつですか、なんかズルいですよそれ」

「自分でもそう思うけど、それがないと魔王なんか倒せないよ」


 エミリアと会話しつつ、僕は次々と足元に寄ってくる小魚を掬い上げてエミリアの方に放り上げる。


「―――っていうか、前から聞きたかったんですが……」

「?」


「勇者の力、返還しないんですか? 力を返還すれば今までの功績次第で、女神が願いを叶えてくれるって話、覚えてますよね?」

「うん、覚えてる」


「もう勇者の力は要らないと思いますが……。学んだ剣の技術や戦闘経験が無くなるわけじゃないですし、仮に冒険者に戻ってもやっていけるでしょう?」

「……そうだけど」


「叶えたい願い、無いんですか?」

「……」


 そう質問されて、僕は手を止める。


「……あるには、あるよ」


「へぇ、どんな願いなんです? 私に出来る範囲であれば協力しますが」

「…………」


 僕は少し黙り込む。


「……今だよ」

「え?」


「今……僕は、この何事もない平和な時がずっと続けばいいと思ってる」


「……今が自分にとって最良だから、願いを叶える必要がないと?」


「そう」


「前に言ったかもしれませんが、魔物を全て消滅させるという芸当も可能なはずですよ。それはやらないんですか?」


「魔物は、この世界にマナが満ちているかぎり、無からでも生まれてくる。

 もし、魔物を完全に消そうとするなら、この世界から【マナ】を完全に消滅させた上で、今この世界にいる魔物を全て討伐しないといけなくなる」


「確かに、その通りですね」


「そうなるとさ、魔物以外にも悪影響が出ると思う。例えば植物とか動物とか。そして、人間も【マナ】を利用した魔法という技術で暮らしを成り立たせている。魔法が無くなったら文明が崩壊して、人類が滅びてしまうかもしれない」


「……でしょうね、だからその選択は取れないと」


「うん、エミリアが以前に言っていた『マナを一か所に集めて魔物を生まれなくする』方法、覚えてる?」


「随分と懐かしい話ですね。あの時、私が自慢げに話した内容、今思うと恥ずかしくて、顔を背けたくなるんですが……」


 ……おい。


「自分で言ってて、どう考えても都合が良すぎたので、私的には黒歴史だったんですが」


「……その黒歴史、僕、魔王を倒した後にグラン陛下に相談したんだけど」


「私のどや顔で語った黒歴史を国王陛下に大真面目に相談したんですか!?」


 エミリアの方を向くと、彼女は顔を真っ青にして驚いていた。

 彼女にとっては本当に黒歴史だったらしい。


「相談したら、大笑いされた後に真剣に考えてたよ」

「……マジですか」


 エミリアの顔色がどんどん青ざめていく。


「結論から言うと『不可能』だっていわれた。今の王都の技術だと、マナをある程度集めることは出来るけどそれは街の中だけで精一杯。

 街の外のマナを吸収して取り込むのはまず不可能で、仮に出来たとしても、マナを取り込んだ街の中の魔道具が過負荷オーバーロードを起こして暴走するか、吸収しきれずに街の中が魔物だらけになる。そうなれば王都は御終いだってさ」


 僕は淡々と語りながら足元を通り過ぎる魚たちを眺める。


「うわぁ……やっぱりあの時、言うんじゃなかったです……」

 エミリアは今度は顔を手で隠して項垂れる。僕はそんな彼女に苦笑して言葉を続ける。


「歴代の勇者達もきっと悩んだんだと思う。悩んだ結果、文明の崩壊を避けるために、この勇者と魔王が戦い続ける世界を黙認しているんじゃないかな」


「……そうですか」


「あ、ごめんね。こんな暗い話をするつもりは無かったのに」

 僕は慌てて謝った。エミリアを落ち込ませてしまったかな。


「いえ、分かりきってた話ではあったので……と言う事は、私達は今後ずっと冒険者業確定ですね。トレジャーハンターになる第二の人生は永遠に来ないと」


「あれ冗談じゃなかったのか……別に魔物が居てもトレジャーハンターにはなれると思うよ」


 某最終幻想の泥棒ことトレジャーハンターも魔物の世界でやってたわけだし。


「仮に、魔物を消すとしたら、その時は僕が戦える状態じゃなくなった時だよ。魔物を消したとしても平和が続く時間はせいぜい1~2年が限界だし、勇者の力を返還した後に、魔王が復活したり魔王軍が動き始めたら、それこそ終わりだ」


 僕一人、勇者の力を失うならまだ希望はある。だけど返還する場合、もう一人の勇者であるサクラちゃんも勇者の力を失う事になる。僕達が普通の人間に戻った後に魔王が復活してしまったら、今度はきっと勝てない。


 あの時、魔王に見せられた夢の世界地獄が現実のものになるだろう。

 そんな絶望的な未来は絶対に避けないといけない。


「……つまり、レイは勇者を止めるつもりはないと」

「そういう事になるかな」


 僕の答えを聞いたエミリアは何とも言えない表情で僕を見つめる。


「……仕方ないですねぇ」


 エミリアは、「はぁ」とため息を吐きながら言った。


「え?」


「私も最後まで付き合ってあげますよ、あなたの勇者としての戦いに」


「……エミリア」


「そもそも、私はあなたとパーティを組んでいるわけで、今後も一緒に冒険者稼業を続けます。それに……私も、今の生活は気に入っていますので」


「そっか、助かる」


 僕は彼女にお礼を言って笑い掛ける。


 本当は、「申し訳ない」とか、「エミリアを巻き込めない」、とか言うべきなのだろう。


 だけど僕はそれを言わなかった。

 僕自身、彼女と冒険する事が楽しいと感じているから。


「よし、この話はこれで終わり! 次の魚探すよ!」


「了解ですよ、勇者様♪」


「エミリアに様付けされると気持ち悪いんだけど」


「おい、喧嘩売ってんなら買いますよ、勇者様」


 そう言って、僕とエミリアは喧嘩という名のじゃれ合いを始める。

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