第561話 休日8
僕達が川魚を抱えてキャンプ地に戻ると、既に姉さん達はキャンプの準備を終えていて、料理の下準備をしていた。既にお肉や野菜も綺麗に捌いており、あとは焼くのを待つのみだ。
「おかえりなさい、二人共」
「レイ様、エミリア様、お帰りなさいませ」
姉さんとレベッカの二人が僕達に気付いて笑顔で声を掛けてくれた。
「ただいまー」
「川魚を獲ってきたのでこれもお願いします、ベルフラウ」
そう言いながら、エミリアは袋に入れた魚を姉さんに手渡す。
「あら、お魚さん?」
「どこに行ったのかと思ってたけど、魚釣りしてたのね」
カレンさんはちょっと驚いたように言った。
姉さんはそれを受け取り、箱の中に水を入れて魚を泳がせる。
「ありがとう二人とも。準備が出来たら呼ぶから、それまでゆっくりしててね」
「何か手伝う事は?」
「んー、ここまで来ると私とカレンさんだけでも大丈夫だしねー。お腹空かせる為に散歩でもしてたらどうかしら、ね、カレンさん?」
「そうねー、お姉さん二人に任せときなさい。レベッカちゃんとサクラももう休憩していいわよ」
「では、失礼して……お任せいたします」
「やったー、じゃあ休憩入りまーす」
そう言って二人はテントの中に戻っていった。
僕とエミリアも続いて入っていく。
◆◆◆
用意したテントは二つ。
一つは四人くらいなら問題ない幅のある大きめのテントと、もう一つは詰めても二人くらいしか入れない小さめのテントだ。僕達四人は大きめのテントで待機していた。
「で、で、テントの中でなにしますかー、レイさん♪」
「トランプでもして暇つぶししてます?」
「ふむ、レイ様の人格者ぶりを再認識するために、レイ様の良いところ縛りでしりとりなどをするのは如何でしょうか」
「あ、楽しそうですね、それは」
「エミリア、レベッカの変な提案に乗らないで」
それを聞かされた僕はどういう反応をすればいいんだよ。
「チッ」「舌打ち!?」
エミリアの唐突な舌打ちに過敏に反応してしまう。
「褒め殺ししつつ後半はダメな部分を連呼して凹まそうと思ったんですが」
「僕そんな駄目な所いっぱいあるの!?」
「マザコンなところとか」
「ゴメン、許して」
僕は即答した。自覚があるだけに否定できない。
「そういえばレイさん、マザコンでしたね」
「やめてサクラちゃん」
「確かに、レイ様は言葉の端々から母上の事をとても大事に愛おしく想われてる事が伺えます」
「レベッカ、話を広げようとするのやめてくれる?」
このままだと次はロリコンだのファザコンだとか罵られて、良いところじゃなくて悪いところを延々と語られてしまいそうだ。それだけは阻止せねば。
「大丈夫ですってレイさん、マザコンなのは分かってますが、仮にロリコンだとしても良い部分はありますから!」
「無理矢理褒められてもなんにも嬉しくないからね! っていうか、ロリコン確定させるのやめて!!」
「え? 違うんですか?」
エミリアまで乗ってきたし。
「違うよ!!」
「じゃあレベッカの事はどう思います」
「かわいい」
「レイさんレイさん、わたし、サクラの事はどう思います」
「うん、まぁ可愛いとは思う……」
「じゃあ私は?」
エミリアは自分を指差して言った。
「…………可愛いんじゃない?」
「おい、私だけ反応が鈍いぞ」
そもそも、普通は、本人を前に「可愛い」なんて言いづらいよ。
気心知れてるからまだ大丈夫だけど、この子達は男心ってものを分かってない。
「いや、待ってください。年齢的に一番年上の私にだけ反応が遅れるという事は、やはりレイがロリコンである証明になるのでは?」
「もうこの話やめない?」
正直、ここから逃げたくなってきた。よし、今すぐ逃げよう。
僕はその場で中腰になって出口の方へ振り向く。
「僕、ちょっと外で外の空気を吸ってくるね」
僕はそう言いながらテントを出ることにした。
「あ、逃げましたね」
エミリアの言葉をスルーして、僕はテントの中から出る。
外に出ると、まだ日が高く心地よい陽気を感じた。
「……ふぅ」
……全く、毎回、僕が弄られ役になるのは何が理由なのか。
レベッカやサクラちゃんにもちょっと弄られたけど、エミリアには毎回揶揄われてる気がする。しかも大体合ってるから言い返せないという。
「(……でも、それがイヤというわけじゃないのが悲しい……)」
彼女達の言葉には嫌味が無い。
むしろ好意を持って接してくれてるのが伝わってくる。
だけど、その分、恥ずかしさが先に来るのだ。
「……んー」
僕は大きく伸びをする。少し歩きたい気分だった。
◆◆◆
【視点:エミリア】
―――レイがテントを出ていった直後。
「……ちょっと言い過ぎたかもしれませんね」
「エミリア様が必要以上に揶揄うからですよ。レイ様が不機嫌になったらどうするんですか」
「ですです、もうちょっと皆で色々お喋りしたかったのにー」
二人は、私が悪いと言わんばかりに責めてきます。
「二人だってノリノリで便乗してきた癖に……」
「そ、それは……レイ様の反応が可愛らしくて、つい色々な表情を見たくて……」
「あははー、愛されてますね、レイさんってば」
サクラは笑って話す。この子も、基本悪気の無い子なんですよね。
「でも、エミリアさんも素直になれないからああやってレイさんに絡むんですよね。ツンデレさんですね♪」
「なっ―――!?」
サクラは笑顔でとんでもない事を言い出した。
「べ、別に私はレイに対してそんな感情なんて抱いてなんか……!」
「え、違うんです?」
「違いませんよね、エミリア様」
「ま、まぁ……嫌いって事はないですけど」
「ほほう?」
サクラは私の言葉にキラーンと目を光らせます。
なんだか、嫌な流れになってきましたね……。
私の額に汗が流れてきました。
「ふむ、エミリア様の感情を言い当ててみましょうか、サクラ様」
「いいですねー♪」
いや、私で遊ばないでください。
というかこの流れは、完全にレイが私に置き換わっただけじゃないですか。
二人は楽しそうに私を見つめて、まずはレベッカが口を開いた。
「こほん……まずは……そうですね、レイ様と一緒に居ると楽しいですか?」
「まぁ、嫌では無いですね」
「ふむふむ……『レイと一緒に居ると、迷惑掛けられることもありますが、可愛くて構ってあげたくなるんですよねー』……で、合ってますか?」
「………」
レベッカの言葉に開いた口がふさがらなくなってしまいます。
何なの、この親友。私の心が読めるんですかね。
「レベッカさん凄い! エミリアさん、顔が強張ってますよ」
「ふふふ、エミリア様やレイ様とは二年近くの付き合いでございますから♪」
「じゃあ次はわたしだねー。エミリアさん、先輩のことどう思います?」
「先輩……カレンの事ですか?」「はい♪」
ふむ……レイの事を訊かれるかと思ったのですが……ううむ……。
「まぁ、気が合う良い友人だと思います。
私と同じ大人の女性って感じがしますから話しやすいですし」
「なるほどー」
サクラは「うん、うん」と頷く。
「この質問が何か?」
「えーっとですね、簡単な心理テストみたいなものです。
エミリアさんは先輩の事を良い友人だと言いました。これはある程度の距離感を持って接して友好関係を築いているという事です。
気が合うということは趣味などで共感を得る部分があるという事ですね。両方繋げて考えると、エミリアさんは先輩に対して敬意を持っているとも言えます」
「……
カレンに対して敬意を持ってるのは事実ですが。
しかし、普段のんびりした彼女にしては中々の洞察力ですね。
「で……一番大事なのは『私と同じ大人の女性』という部分です」
「というと?」
「『大人の女性』という褒め言葉に『私と同じ』という前提が付いてます。
これは、暗にエミリアさんは、『先輩と自分は同格である』と意識してると言えなくもないです。つまるところ、先輩をライバル視してるのかな?」
「―――っ!」
……す、鋭い、この子。どっちかというとおバカ寄りの子だと思っていたのですが、私の一言だけでここまで感情を推測されてしまうとは。
「エミリアさん、分かりやすいくらい動揺しましたね。図星ですか?」
「……ええ」
私は正直に答える。嘘をついても意味が無いでしょうし。
しかし、このまま言われっぱなしだと面白くありませんね。
「ふふ、エミリアさんも乙女なんですねー」
「サクラ様。エミリア様をあまり揶揄わないであげてくださいまし、そろそろ限界が来て『二人はどうなんですか』と言って、私達に話を逸らそうとするタイミングです」
「(読まれてる!?)」
「あ、エミリアさんがまた動揺しましたよ♪」
「ふふ、エミリア様はクールでございますが、意外と負けず嫌いでございまして、一度優位に立つと嬉しくなって相手を弄り始める傾向がありますからね」
「(全部お見通し!?)」
「さて、そろそろ止めないとエミリア様の機嫌が悪くなりそうですし、この辺にしておきましょう」
「ぐ……ぐ……」
こ、ここまで私が翻弄されるとは……。
「……レベッカ、サクラ。後で覚えておいてください……」
私はやや低い声で二人に恨みの感情を込めて言う。
「きゃー、怖いー……でございます(棒読みしつつ笑顔)」
「エミリアさん、そんなに怒らないで……って、レベッカさん全く動揺してない……」
「エミリア様は、ただ言い合いに負けた程度で怒るような心の狭い方ではございませんので♪」
「うー……」
ぐうの音も出なかった。
何となく、レイの気持ちが分かった気がしました……。
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