第407話 頑張るレイくん

 魔王軍との戦いから一週間後の話。

 僕達は騎士団や戦士たちと協力し魔王軍の手から王都を守り切ることが出来た。避難していた住民たちも王都に無事帰還し、しばらくは戦後の後処理と復興作業に追われていた。


 ボク達も王都の復興作業を手伝い、

 忙しい毎日を送っていたが、それもようやく落ち着いてきた頃。


 今日は、魔王軍に勝利したことを祝う戦勝祭が開かれていた。

 王都の広場には屋台が立ち並び、大勢の人達が祭りを楽しんでいる。僕達もお祭りに参加しようと、屋台で買った食べ物を持って、待ち合わせ場所である噴水の前にやってきた。


「レイ、こっちですよー!!」

 僕の姿を見て、こちらに手を振るとんがり帽子を被った女の子の姿があった。

 ボクの仲間のエミリアだ。


「ごめんね、ちょっと病院に寄ってたから遅れちゃった」

 僕が待ち合わせ場所に向かうと他の仲間達は既に全員揃っていた。

 ベルフラウ姉さん、エミリア、レベッカ、サクラちゃんの4人だ。


「大丈夫ですよ、レイ様。わたくし達も今来たところですので」

 そう言いながら、僕を気遣うレベッカは微笑む。


「ありがと、レベッカ。レベッカはもう体の方は大丈夫なの?」

「ええ、問題ありません。ご心配事を増やしてしまい申し訳ありませんでした」

 レベッカは、僕達に頭を下げてから柔らかく微笑んだ。


 彼女は一週間前の戦いで、自身の能力を大きく超えた極大魔法を使用したことで、身動きが出来ず寝たきりになっていたのだが、先日ようやく動けるようになり、今は普通に歩けるようになっていた。


「魔力の方は大丈夫?」

「完全ではありませんが、歩き回るくらいは問題ありません」

 そう言って、彼女は元気よく歩いて見せる。


「とはいえ、まだ戦闘は厳しいでしょうけどね」

「ご迷惑おかけします、エミリア様……」

「まぁまぁ、私達がいるから大丈夫よ。レベッカちゃんは安心して休んでて」


「ありがとうございます、ベルフラウ様」

 レベッカは、姉さんに礼を言う。


「それより、早く行きましょう! 今日は戦勝祭なんだから!」

「そうだね、行こうか」

「はい!」

 レベッカは笑顔で返事をする。三人はレベッカを真ん中に、二人が彼女をサポートするように手を握って歩き出す。僕はその様子を微笑ましく見ていたのだが、一人だけその輪に入れない人物が居た。


 僕は彼女の方を振り返る。


「……」

「サクラちゃん、行こう?」

 僕は歩き出そうとしないサクラちゃんに声を掛ける。


「……あ、はい」

 彼女は、僕の声に間を置いて反応し、少し無理して笑顔を浮かべる。


「……大丈夫?」

「はい……。あの、レイさんは病院に寄っていたんですよね。

 どうでした……? 先輩、目を覚ましていましたか?」


「……ううん」

 僕は首を横に振る。サクラちゃんは僕がどう答えるか薄々分かっていたようで、「そうですか……」と小さく呟き、残念そうな表情をした。


 サクラちゃんのいう先輩とは、カレンさんの事だ。

 一週間前、僕がロドクとの戦いを終えて王都に帰還した時、エミリアからカレンさんが巨大な魔物によって酷い怪我を負ったことを聞かされた。

 僕が来た時には、姉さんが彼女の看病をしており、外傷は姉さんの魔法でほぼ完治していたのだが、意識を失っていて、以降ずっと目を覚ましていない。

 

 姉さんが言うには、『彼女は自身の魔力を限界以上に放出することで、命だけは助かったんだけど、マナが殆ど回復する様子が無くて、今の状態だといつ目を醒ますか分からないわ』

 ……とのことで、医者にも原因不明の昏睡状態と診断された。

 それからというもの、サクラちゃんは毎日のようにカレンさんのお見舞いに行っていた。サクラちゃんが居ない時は、リーサさんが彼女の傍でお世話をしているようだ。

 

「……先輩」「……」

 サクラちゃんはカレンさんと幼馴染で幼少の頃から仲が良かったと聞いた。その分、彼女の事を強く慕っており、彼女が倒れた時は酷く動揺していたらしい。


「……すみません」

「サクラちゃんが悪いわけじゃないよ」

「でも、私がもっと強ければこんな事にはならなかったかもしれなくて――」


 僕は、俯く彼女に優しく語り掛ける。

「大丈夫だよ。カレンさんは誰よりも強いんだから、すぐに目を覚ましてまた一緒に冒険できる。だからそんな顔しちゃダメだよ」

 僕の言葉を聞いて、

 サクラちゃんはゆっくりと顔を上げてこちらを見る。


「……はい」

「ほら、行こう」

 僕が手を差し伸べると、彼女は僕の手を握り返す。


「ありがとうございます……」

 そして、僕達は三人の後を追って、戦勝祭を楽しむことにした。

 戦勝祭は、ありがちな出店や催し物もあるが、基本的な屋台や出し物が並んでいるだけのシンプルなものだったが、祭りというだけで心躍るもので僕達は楽しんでいた。


「(……カレンさんと一緒に回りたかったな)」

 彼女が居てくれたら、詳しく案内してくれて出店の内容をこっそり教えてくれたり、途中で暴れる人を成敗して取り締まったり、騒がしくも今よりも楽しい一日になったに違いない。


 ふと、そんなことを思ってしまう。

 付き合いこそまだ長くはないけど、今はかけがえのない大切な人だ。

 それは僕だけじゃなく前を歩く三人も同じ想いなのだと思う。


「(……それにしても)」

 僕はサクラちゃんと手を握ってる自分の手に視線を向ける。


「(よく自然にこんなことできるようになったなぁ……)」

 元の世界では引きこもりで、女の子とこうやって手を繋ぐなんて事は想像も出来なかった。それなのに今では手を握ることに抵抗を感じないどころか、寧ろ落ち着くくらいになっていた。


「……どうかしましたか?」

 僕がじっと見つめているのに気付いたのか、

 彼女はこちらを見上げて不思議そうに小首を傾げる。


「何でもない」

「……そーですか」

 普段の彼女ならもっと揶揄ってくるのだけど……。

 今の彼女は祭りを楽しむほど余裕が無さそうだ。


「(何とかして元気を取り戻させなきゃ……)」

 しかし、どうすればいいのか。

 考えてみると、僕はサクラちゃんとそこまで親しくない。彼女がどういう話が好きかとか、何をすれば喜ぶとか、好きな話題は何かとか、全然知らない。


 彼女と話すときは、大体カレンさんを交えてだった。

 直接二人きりで話すのは、初めて出会った時くらいのものだ。


「(カレンさんにもっと聞いておけばよかった……)」

 以前にカレンさんとお茶会という名の女子会に参加した時、サクラちゃんの事を聞く機会があったのだけど、あの時は他に考えることがあったから聞かなかった。


「そ、そうだ! サクラちゃんはどうして勇者になったの?」

 何も思いつかなかったので、適当に質問することにした。


「え? えっと……別に勇者になりたかったわけじゃないんですが……。

 仲間と一緒に、ダンジョンを攻略してたら、何故かそこに神様っぽい人がいまして成り行きで……」


「へ、へぇ~、僕と同じだね。仲間っていうのは……?」

「レイさんは以前に会ったと思いますけど、アリスとミーシャの二人です。アリスはダンジョン探索の途中で出会ってから意気投合しまして、ミーシャはアリスが誘ったんです」


「あ、そうだったね」 

「――――あと、他に……カレン先輩も……」

 彼女は少し寂しそうな表情をする。

 しまった。逆にカレン先輩の事を意識させてしまった。


「……えっと」

「……ごめんなさい、暗い雰囲気にしちゃって。

 私、空気読めないって時々言われちゃうんですよね……。

 こんなだとカレン先輩にまた怒られちゃう……」


「あはは……」

 僕は何も言えず苦笑する。


 あはは、じゃないだよ、僕!

 励まそうとしたのに、落ち込ませてどうするんだ!!


「(は! そうだ、こういう時こそ仲間に頼らないと!!)」

 僕の仲間は全員女の子だ!

 一人年齢詐称疑惑のある女神様がいるけど、

 サクラちゃんと歳も近いし話も合うはず!!


 そう思い、僕は顔を上げて仲間達に声を掛けようとするのだが――


「……あれー?」

 沢山の人で賑わっている大通りだが、仲間の姿がいつの間にか消えている。さっきまで、屋台で買った焼きそばみたいな麺類を食べながらキャッキャしてたのに……!! 


「し、しまった、逸れちゃった!!」

「あー……本当だ。エミリアさん達何処に行ったんでしょうか」

 サクラちゃんは周囲を見回しながら呟く。


「こ、こうなったら……!!」

「こうなったら?」

 何を言おうかと思ったが、もう流れに任せて言う。


「ふ、二人で楽しむしかないね!!」

 僕の発言に、サクラちゃんはぽかんとした顔で言った。


「デートです?」

「デ、デー――!?」

 僕は彼女の言葉に顔を真っ赤にして硬直してしまう。


「ち、違うよ! これはただサクラちゃんを元気付けようと思って……!」

「……ふふ、分かってますよ。ありがとうございます」

 彼女は表情を柔らかくして、悪戯っぽく微笑む。


「皆さんを探しながら歩きましょう。ちょっとしたデートって事で」

 サクラちゃんはそう言いながら、僕の手を引いてウィンクする。

 僕とサクラちゃんは二人で街を散策することなった。

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