第869話 妹の為に①

 帰りの場所でレイが宿に戻った後の話。


「ただいまー、帰ったよー」


 宿に戻ったレイはすぐに仲間達に声を掛けてから、一旦自分の部屋に向かう。すると、アカメが僕のベッドに腰を下ろしていた。


 彼女は帰ってきた僕を見て、膝に乗せていた本を横にズラして立ち上がる。


「アカメ、ただいま」

「……おかえり、お兄ちゃん」


 自室に入ったレイは、本を読んでいる妹の姿を確認してホッと胸を撫で下ろす。どうやら読書に没頭していた様だ。 


 しかし、何の本を読んでいたのだろう?


 彼女はあまり人間の文化に触れる機会が無かったはずなので、そんな彼女が何の興味を持っているのか少し興味が湧いた。


「何の本を読んでいるの?」

「……これ」

「ん?」


 レイはアカメが差し出した本を受け取ると、その表紙を見て見覚えがあった。


「これって……王立図書館においてあった子供向けの本だね……童話?」


「……うん、ルナに頼んで借りてきてもらった……」


「 題名は……『ゆうしゃさまのでんせつ』……これ、どういう話?」


「多分、実話を元にした話。昔の勇者と魔王が戦った話の記録を子供向けにアレンジした内容……」


「アカメはこういう話が好きなの?」


「……そういうわけじゃない。ただ、この本には勇者と魔王の戦いがどういうものか、その顛末が描かれてる」


「戦いについて?」


「……うん。……ほら、これ……」


 そう言ってアカメは、レイに開いたページを見せる。そこには勇者が魔王に向けて剣を構えている挿絵が描かれている。その絵を指差してアカメは言う。


「……魔王の周囲に、沢山の人魂の様な物が浮かんでる……多分、これが神が言ってた”魂”の事を指している」


「……! 童話にそんな情報が描かれているとは思わなかったよ……」


「無理もない。この絵を描いた人物がその事を知っていたかは定かではないけど、事前情報がなければただの飾りにしか見えなかったと思う」

「……」


 何も知らなければ、アカメの言った通りヒントにもならない。

 だが、この挿絵を描いた人物は、魔王のその事実を知っていたのだろうか。



「……と、そうだ。アカメに言わないといけないことがあるんだった」

「?」


 僕がそういうとアカメは軽く首を傾げる。


「さっき、姉さんに昼食の準備を頼んだからすぐに出来上がると思う。アカメも一緒に食べよう」


「……朝食も食べさせてもらっておいて今更だけど、良いの?」


「何が?」


「……私、特に何かの役に立っているわけじゃない。ロクに事情も説明せずに周りの好意に甘えている状態。……あの女神には色々思う所があるけど……それでも少しは申し訳なく感じる」


「それは気にしなくて大丈夫だよ。アカメは僕の家族でこれからは一緒に暮らすことになるんだし」


 僕が彼女の質問にそう答えると、アカメは少し顔を暗くする。


「……その気持ちは嬉しいけど、昨日言った通り……私は……」


「その件についてもアカメと話があるんだ。とりあえず、下に行こう。もう食事の準備も出来てると思うから」


「……」


 アカメはそれ以上何も言わず、僕の後を付いていく。


 二人で下の階に降りて食堂に向かうと、姉さんとルナが忙しそうに皿を並べていた。


 ノルンも眠そうな表情をしながらも彼女達の手伝いを行っている。


 どうやら、ちょっと来るタイミングが早かったらしい。


 すると、こちらに気付いたノルンが手に持った両手の皿をテーブルに置いてからこちらに歩いてきた。


「もうちょっと待ってて、すぐに準備するから」


「ごめんね。急かす様な真似しちゃって」


「良いのよ。二人は先に席に着いてゆっくりしてて」


 ノルンはそう言ってから、キッチンの方に戻っていく。僕達はルナに案内されてテーブル席に座り、大人しく待つことにした。


 しばらくして、姉さんが食事を運んできたので食事が始まった。


「アカメちゃん、口に合うかしら」

「……悪くない」


 アカメは姉が作った料理を口にして感想を述べると、彼女は他の料理にも手を伸ばす。悪くないと言いつつすぐに別の料理に手を付ける辺り、気に入っているようだ。


「良かった。またアカメちゃんに雑に扱われたらどうしようかと……」


「姉さん、前に言われたこと気にしてたんだね……」


「……あの時は口が悪すぎた……謝罪……」


 アカメも姉さんに対しての態度が悪すぎた事を反省しているのだろう。少し頭を下げて謝罪をする。


「良いのよ、アカメちゃん。代わりにこれからは私の事を『お姉ちゃん♪』って呼んでくれるだけで私はもうずっとハッピーハッピーなのよ」


「それは断る」


「そんなぁ……」


 姉さんが目に見えて落胆する。アカメの素っ気ない態度も仕方ないとは思うけれど……。


「あ、姉さん。食事が終わった後、アカメを連れて外に行くつもりだから」


「えっ……そうなの? ……でもその姿だと……」


「サクライくん。宿の中だと、アカメちゃんの衣装はハロウィン衣装って事で誤魔化せてるけど、外に行くとバレてしまうんじゃ……?」


 姉さんとルナはアカメの身なりを気にして僕に心配そうに問いかける。そんな視線を受けて、アカメは少し居心地悪そうに表情を曇らせた。


「いや、大丈夫。目的があるのは街の外だから」


「そうなの? 何処に行くつもり?」


「ん……えーっと……」


「??? もしかして、お姉ちゃんに言えない事なの?」


「……あはは」


 僕は笑って誤魔化す。

 隠し事をするわけじゃないが、言ってしまうとアカメが嫌がる可能性がある。

 なのでギリギリまで言わずにおきたい。


「お姉ちゃんに隠し事は酷くない?」


「後でちゃんと話すよ。今は食事の後で外に出るって話」


「もう、分かったわよ。早く食べちゃいましょ」


「うん」


 姉さんは不承不承に納得してくれたようで食事に戻る。ルナもこちらに視線を向けて首を傾げたが、彼女も食事に戻る事にしたようだ。ノルンも特に言及する事無く食事をする事にしたらしい。


 隣に座るアカメの様子を確認してみると……。


「………」


 一心不乱に昼食を食べていた。そんなに姉さんの料理が気に入ったのだろうか。

 これなら、姉さんとの関係性はもう心配いらないかもしれない。


 それから三十分後、食事を終えた僕とアカメは宿を出て、人目が付かない道を選んで兵士に見つからない様に出口の門から離れた城壁の近くまで移動する。


「……お兄ちゃん、ここからなら飛行魔法で外に出れそう」

「ん、じゃあこっから出ようか」


 僕は飛行魔法で空を飛び、アカメは自身の悪魔の翼を広げて空を飛んだ。そして、街の外まで出た僕達は、飛行魔法を解除して地面に降り立つ。


「……それで、何処に向かうの?」


「王都から少し離れた場所の丘の麓に、ひび割れた洞窟があるんだ。そこに行こう」


「……」


 アカメは僕が詳しい事を語らないのを疑わしそうに見ていたが、黙って僕に付いてくる。そうして歩く事、一時間後。目的地の丘の麓まで辿り着いた僕達は、その洞窟の中を進む。


「ここは……」

「……迷わない様に僕に付いて来てね」

「……うん」


 アカメは僕の手を握って、暗い洞窟の中を歩く。しばらく奥に進むと、祭壇と女神像の姿を現す。


「! ……この気配……」

「……この辺で良いかな……。……ミリク様、聞こえますか!!」


 僕は女神像に向けて声を掛ける。


「……その名前……まさか……」


 アカメは僕が叫んだ名前を聞いて顔を強張らせる。


 だが、次の瞬間――


 ――うむ、よくぞ来たの、儂の愛おしい勇者よ。

 ――さぁ、次元の門への道を作ってやろう!


「っ!」

「ありがとうございます、ミリク様」


 女神ミリク様の声が僕達の脳内に響く。僕がお礼を言うと、目の前の空間が歪んで、僕達の意識が少しずつ朦朧としていく。


「今の声……それに、次元の門って……!」

「……っ」


 そして僕達は、ミリク様の手によって神の領域へとその身を転送された。

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