第868話 レイ達のその後⑤
それから数時間後、午前中は魔法学校でハイネリアのクラスで彼女の手伝いをしていたレイだったが、今日の所は早めに切り上げたかったレイはハイネリアの許可を得て上がらせてもらうことになった。
「我儘を言ってごめんなさい。それではすみませんが、お先に失礼します」
「はい、お疲れ様でした」
職員室で他の先生方に挨拶して学校を出た後、レイは荷物を抱えて、通りかかった生徒たちに挨拶を交わしながら学び舎を出ていった。そんな様子をハイネリアが職員室の窓から眺めていると、同じく魔法学校の教員の男性に声を掛けられる。
「ハイネリア先生、彼……随分と急いでいたようですが、どうかしたんですか?」
「ああ、ザイク先生。……いえ、どうも外せない用事があるらしくて……今日の所はどうしても……と」
「なるほど……しかし意外ですなぁ」
ザイクの言葉に、若干の悪意を感じ取ったハイネリアは眼鏡を掛け直して鋭く彼を観察する。
「……意外、とは?」
「若者にしては熱心に子供達と向き合っているように見えたのですが、あんな風に私情を優先する人間とは思わなくてね。
巷では大英雄だの勇者様だのと言われていますが、ある意味、安心しましたよ。ああいえ、別に貶しているわけではありませんよ。私たちと一緒で普通の人間で安心したってだけです」
「……ザイク先生、随分と口がお上手ですね。彼……レイ先生は、最初から普通の人間ですよ。特別な事なんて何もないです」
「まぁそうなんでしょうねぇ。私達一般人と違ってただ力の強い人間ってだけで、教育者としては素人同然ですよねぇ。おっと、こんな事を本人の前で言ったらいけませんよ。大英雄さまを怒らせたら何をされるか分かりませんからねぇ」
「……」
「まぁ、我々のように正式な資格を得た私たち公務員と比較してしまうのはあまりにも酷ですね。彼は私たちからすれば一般人と何も変わらない。そんな彼がこの由緒ある職員室に堂々と居るのは少々不愉快ですが……」
「……失礼します」
「おっと、語り過ぎましたね。ええ、お疲れ様でした」
ハイネリアは軽く頭を下げると踵を返して職員室を後にした。
「……」
ハイネリアは廊下を歩きながら、先程のザイクの発言を反芻する。
「(全く、散々言ってくれるわね……彼の事を何も知らないくせに……)」
あくまで冷静な態度を装うハイネリアだが、内心ではかなり苛立っていた。
「(確かに、彼は多少未熟な面はあるけど、立派な優しい青年だ。勇者だとか大英雄だとか関係なく、彼は自分が未熟なのを理解して一生懸命勉学に励んでいる。それを何も知らず、ただの
ハイネリアは胸中の不満を表情に出さぬ様に注意しながら廊下を進む。すると、前方から見知った年上の女性が歩いてきたので足を止めて丁寧に挨拶を交わす。
「マゼラン先生、お疲れ様です」
「おや、ハイネリア先生。今から担当ですか?」
「ええ、C組の魔法基礎学の授業で……」
「そうですか、お疲れ様です。私はこれからB組の貴族社会のマナーのレッスンです。まだ幼い子供達ば
かりのこの学び舎ですが、どの子の素直で物覚えが良いですねえ」
「ええ、本当に……」
「ところでハイネリア先生……随分と気を荒くしている様子ですが……」
「……いえ、そんな事はありません」
「ふむ、気のせいでしたか。いつもの冷静で笑顔を絶やさない貴女にしては、珍しくお顔が強張っているように思えたのですが……」
マゼランにそう言われて、ハイネリアは自分が平静さを失っていたことに気付く。
「すみません……ちょっと、思うところがありまして……」
「なるほど、そうですか。……もしや、彼の事でしょうか。先程、帰宅されていたようですが……」
「……」
「何故、貴女が彼をそこまで肩入れしているのかは置いておきますが……。周りが彼の事をどう思おうが、言わせておけばいい」
「!」
「そうでしょう? 貴女だって見習いの頃は、周囲から散々陰口を言われていたじゃないですか。周りが何と思うかなんて、気にしている余裕など無かったはず」
「……」
ハイネリアはマゼランの言葉に目を見開く。そして数秒の沈黙の後、彼女は口を開く。
「……ええ、そうでしたね。若い頃の話なのですっかり抜け落ち居ていました」
「ええ、そうですとも。未熟なうちは誰しも通る道ですよ。それでも私たちは今ここにいる。それは私たちが周囲のやっかみや嫉妬にも耐え抜いてきたという確かな証です。大事なのは、今自分が何を成すべきか。そして、自分が生徒たちを通してどれだけのものが残せるのかです」
「そうですね……その通りです」
ハイネリアはマゼランの言葉に頷きながら思考を切り替えることにした。
「ありがとうございます、マゼラン先生」
「いえいえ……」
「……私もまだまだ未熟ですね」
ハイネリアはそう言って苦笑いを浮かべると、先程より落ち着いた様子で職員室を後にした。
◆◇◆
その頃、レイは宿への帰宅の為に馬車乗り場の前で次の馬車を待っていた。
そこにレイがよく知る人物が声を掛けてくる。
「あ、レイさーん!」
「ん?」
レイが振り向くと、そこには花が咲く様な愛らしい笑顔を浮かべたレイよりも少し年下の女の子。レイと共に魔王を討ち取ったサクラの姿があった。
「サクラちゃん」
「やっほーです! レイさん、お仕事の帰りですかー?」
「そうだよ。サクラちゃんは?」
「えへへ、実は昨日までギルドの依頼の為に、アリスとミーシャと一緒に隣町の東の森に潜んでた魔物達の討伐に出掛けてまして、今日帰ってきたばっかりなんですよぉ」
「そうだったんだ。……ん、隣町?」
「はい!」
「サクラちゃん、騎士団のお仕事は……?」
僕がそう質問すると、サクラちゃんが笑顔でかわいこぶった表情を浮かべる。
「……えへ♪」
サボってたんかい!
「もう、また団長とカレンさんちゃんに怒られるよ?」
「大丈夫ですよー。今回はちゃんと先輩に許可取って依頼に向かってましたしー」
「でも、あれでしょ? カレンさんに代わりに副団長の仕事やって貰ってたわけだし……」
「まぁそうなんですけど……。あ、でもねでもね、実は次の副団長の候補の話がでてましてー」
「副団長の候補って、サクラちゃんが副団長なんじゃ……」
「あ、私、騎士団辞めます!」
「えぇ……?」
「代わりに、ジュンさんが副団長になってくれるかもしれなくてー」
「ジュンさんが……?」
「私がサボってる時は、大体先輩かジュンさんにお世話になってたんですよ。だから、ジュンさんは私がやってた仕事の内容大体分かってますしー」
「ん……ジュンさん僕の時も面倒見良かったけど、サクラちゃんもお世話になってたんだ……」
あのニヒルな笑みを浮かべるジュンさんが、サクラちゃんが投げ出した仕事を代わりにやるなんて想像も出来ない。
「でも、なんで騎士団辞めちゃうの? 」
「世界も平和になって、騎士団の仕事も魔物討伐の任務が減って、今だと訓練ばっかりで暇なんですよねー。それよりも私は冒険者として伸び伸びとやっていきたいですしー」
「でも、冒険者も仕事が減ってきたって聞いてるよ?」
「ふっふっふ、レイさん。冒険者の事を分かっていませんねー♪」
「?」
サクラちゃんはニヤニヤと笑いながら、僕に顔を近付けてくる。
「冒険者は、文字通り『冒険』をすればいいんですよ!!
魔物退治だけじゃなくて、まだ見ぬ未開の地を開拓して採取の範囲を広げたり、隠された財宝を探しにダンジョンに潜ったり……冒険者は冒険のプロなんですよ! だから、任務が無い時こそチャンスなんです!」
「な、なるほど……」
「私は、冒険者がそんな風に変わってこれからも普及してほしいなーと思ってます」
「ただの願望だった!」
「というわけで、レイさんもどうですか、冒険!!」
「いや、僕学校の仕事あるし」
「じゃあ今から日帰りで冒険とか」
「そんな日帰り旅行みたいなノリで言われても……。大体、僕はこの後大事な用事があるし……」
「むー、可愛いわたしと冒険に行きたくないんですか?」
「……さ、サクラちゃんが、自分の容姿を最大限に活かして僕を釣ろうとしてる……」
今までの彼女には無かった発想だ……彼女の愛らしい要望ならば、男はこの誘いは断れないだろう。
「でも断る」
「えー!!」
今の僕にとって、唯一の実の妹であるアカメとの時間の方が未知への欲求にも勝るのだ。
「なんでですかー!!」
「色々事情があるんだよ……アカメの事とか……」
「……アカメ? もしかして、あのアカメさん?」
「うん、実はね……」
…………。
……………。
「……そんな事が」
「うん、それで、僕はこれからもずっと兄としてアカメと一緒に居られたらと思ってる」
「わたしもそれが一番良いと思うんですけど、今のアカメさんの姿だと……」
「……この街で一緒に暮らすのは難しいって言いたいんだよね」
「はい……。アカメさんは、以前の王都襲撃の際に、敵として戦ったことがありますし……民間人の殆どは事前に避難出来たから良いですけど、彼女と争った騎士や兵士の皆さんが彼女と鉢合わせしちゃうと色々不味いんじゃ……」
「……うん、それも含めて、僕も考えがあるんだ」
「と、いうと?」
それから僕は、馬車が来るまで彼女に自分の考えを伝えることにした。
「……どう思う?」
「う、うーん……確かに、今思い当たる手段だとその手しかない様に思えます」
「良かった……サクラちゃんでもそう思うんだね」
「でも良いんですか? レイさんにとって一度きりの権利だと思うんですけど」
「これでアカメが今よりも救われるなら、これ以上僕にとって嬉しい事は無いよ」
僕達が話していると、ようやく帰りの馬車が到着した。
「それじゃあ、僕はここで……サクラちゃんは?」
「わたしはギルドの報告に行ってから家に帰ります。アカメさんの件、先輩に話しても良いですか?」
「うん、伝えておいてほしい」
「りょうかいです。それじゃあレイさん、願いが叶うと良いですね」
「本当にね……それじゃあ、また」
彼女と別れの挨拶を交わして、僕は馬車に乗り込んだ。
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