第394話 逆転
【視点:レベッカ】
アカメは素の能力で私と同等の速度でこちらを翻弄しながら動く。
その動きは洗練されており、無駄が無い。
「(速い!)」
彼女ほどではないけど、私は動体視力に関してはそれなりに自信がある。
そんな私でも彼女の動きを完全に捉えることは難しい。
「(……ですが、彼女と私では私が勝る点が一つだけある)」
それは武器の差だ。私の武器は槍、彼女は短剣。
リーチが長い分、懐に入られなければ問題はない。
「(問題は、彼女が私の想像以上の実力者であること)」
単純な速度も技量も私を上回る彼女は、私の槍を掻い潜り、瞬時に懐に入り込んでくるだろう。
もし、接近されれば、心臓か喉を一突きされて、そこで終わってしまう。
「ならば……」
私は目を瞑る。
それは、この状況において致命的な隙としか思えないだろう。
私と相対するアカメもそう考えたようで―――
「――愚か、勝てないと思って命を捨てたか」
私に侮蔑と、僅かに感じる落胆の感情を吐露し、明確な殺意を以って私に急接近してくる。
「(やはり、効果ありですね)」
僅かだが彼女の動きが悪い意味で乱れている。
その理由は、私の行動に対しての【怒り】の感情だろう。
「(姿は見えませんが、感情で起伏で‟音”が大きくなりました)」
音とは、彼女から発せられる足音や息遣いだ。
彼女は私の背後を取り、背中から心臓を貫こうと短剣を突き刺そうとする。先ほどまでの彼女なら通用しなかったが、今は感情が乱れたことでその動きに粗が出来てしまっている。
――瞬間、私は目を見開く。
その一撃を彼女の背面に回りながら回避する。
「――!?」
「はぁぁぁぁ!!」
隙だらけだった私に一撃を回避された彼女は、動揺で私への反応が僅かに遅れる。そのせいで、背面から繰り出された私の槍の一撃が彼女の脇腹を捉える。
「ぐぅ――――っ!!」
一瞬彼女が焦るが、なんとか身を逸らして致命傷をギリギリ躱す。しかし、致命傷では無かったとはいえ、彼女の右脇腹を一文字にやや深く切り裂き、彼女から血が迸る。
だが、当然私の攻撃はここで終わらない。
槍の予備動作を極限まで抑えた突きの連打、手数で押すような連撃を繰り出していく。
「く、あ……!」
しかし、彼女も負けてはいない。
私の突きを、手に持つ短剣で数度受け止め、あえて正面から受けて力負けすることで、私の槍の射程距離から遠ざかる。逆に言えば、彼女の短剣の射程距離から私は、目論み通りに逃れることが出来た。
「精霊様、私に力をお貸しください!」
槍を構えたまま、私は地属性の魔法をほぼ無詠唱で発動させる。
私の周囲の瓦礫が宙に浮きあがり、弾丸のような速度で幾度も襲い掛かる。
その数は十や二十では利かないほどの量だ。
だけど、彼女はこの程度、全て避けてみせる。が、彼女の脇腹の傷は決して軽くはなく、彼女が軽快に動こうとするたびに彼女は表情を歪める。
「(先程の一撃は深手を負わせていた。このまま押し切れるはず!)」
彼女は間違いなく強い。
正面からやり合えば、私に勝ち目など無い。
だけど彼女は私と一度戦ったことで、
『自身の方が強い』という慢心が生まれてしまった。
それこそが私の付け入る隙、そして、突破口となる。
「くっ……!! この程度の魔法で!!」
アカメは、痛みを抑えながら何かしらの魔法を発動させる。
すると、彼女に向かっていた瓦礫は、勢いを無くし、地面に落ちていく。
その瓦礫は、何故か地面に激しく叩き落とされ、地面に埋没した。
「(今のは……?)」
単に無効化した、というわけではない。瓦礫は彼女の魔法で地面に落ちた時、明らかに重量を増して地面に叩き落とされたように思えた。
「(まさか、重力操作?)」
重力を操作する魔法と言えば、私にも覚えがある。
だけど、何故彼女があの魔法を……?
疑問は尽きないが、今はそれを考えている余裕はない。
「怪我を負ったのは意外……だけど、形勢は変わらない」
彼女はそう言いながら自身の傷を負った脇腹に手を当てる。
すると、そこから光が溢れて彼女の傷が閉じていく。
「回復魔法……」
「これで振り出し、次は本気の速度で行く」
彼女は、言いながら後方に大きく跳び更に距離を10メートルほど離す。
そして姿勢を低くして、足をバネのように構える。
「さっきは、あなたの目を閉じるという挑発に乗ってしまった。
だけど、もう私は油断しない。今度は一瞬で殺す」
彼女は、先ほどまでと違ってまた無表情に戻り、私への攻撃のタイミングを伺う。
「(なるほど……本気というのは事実のようです)」
先ほどまでとは違い、実力差で圧倒するという立ち回りには見えない。彼女の言った通り、油断や慢心などなく、ただただ、目の前の敵を屠るために集中をしているようだ。
「――精霊よ、わたくしに、更なる真価を……
私は、一つの魔法を発動させ自身を強化する。
この魔法で、自身の能力を最大限に引き出すことに集中する。
「(ここが、勝負所ですね)」
正真正銘の真剣勝負。
私は、自身の限界を超えて彼女を打倒する。
そして、私は再び目を閉じる。
目を閉じて暗闇の世界になった私に向かって彼女は言った。
「その手はもう通じない。だけど、暗い世界が望みなら―――」
そう言いながら、彼女の内包された殺気が私に向けられる。
「(――来る!)」
「――そんな世界が好きなら、死んで永遠に闇の世界を彷徨え」
その瞬間、地面を抉るような音と共に、
彼女は更に早い速度で一直線に私の心臓を突き刺そうと疾走する。
視界を閉じているため、私は彼女の姿を一切見ることが出来ない。
私が今感じてるのは、彼女の溢れんばかりの殺気だけだ。
だが、その殺気こそ、彼女の存在を私に知らせてくれる。
私は、自身の両手を動かし、手に持つ槍を正面に向けて、時を待つ。
「死ね――」
彼女の鋭い言葉が、私のすぐ目の前から響き渡る。あと0.2秒、いやそれよりも早く私の心臓に彼女の短剣が突き立つのを予測できる。
だけど、その前に―――
「―――っ!」
私は両手に力を込める。
彼女の位置は完全に把握できている。そして、彼女の短剣の位置も。
「なっ!?」
私の槍と彼女の短剣がぶつかり合う音が響く。
そして、私の槍が彼女の短剣を押し返す。
「何故……!」
彼女の困惑の声が響く。だけど、これは必然。目で見ていなくても、私は彼女の動きを完全に捉えている。いや、捉えられるようになった。そして、押し合いになった状態で更に魔法を発動させる。
「
魔法により爆発的に力が増加した私は、彼女の体を一気に押し飛ばす。
そして、目を瞑ったまま一歩前に出て、勢いで仰け反った彼女に目掛けて槍の穂先を彼女の心臓目掛けて突く。だが、彼女は咄嗟に両手を交差させ自身の胸を庇う。
「ぐ……うぅ……!」
私の攻撃は彼女の胸には届かず、両手を犠牲にして私の槍をなんとか防ぐ。その勢いまでは殺せずに、彼女は数メートル吹き飛ばされ、地面に転がる音が聞こえる。
「はぁ、はあ……はあっ……」
彼女が息を整えようと必死になっているのが分かる。
「……」
そこで私は、ようやく目を開ける。目を開けると、両手の腕を血だらけにしながら地面に座り込み、こちらを睨みつけるアカメの姿があった。
「……何故、目を瞑って私の攻撃を見切れた?」
「月並みですが……気配というものを私は暗闇の中で探っておりました。
アカメ様、あなたは私と比べて殺気が強かった。そのお陰で、目で見ずとも貴女が何をするか判断出来たのです」
「……何故、あなたは私より弱かったはず」
「ええ、その通りです。
貴女との戦いを経て、私は自分の未熟さを痛感しました。だからこそ、私は視界を自ら奪い、精神を研ぎ澄ませることで、新たな能力に目覚めたのです」
私が目覚めたのは<心眼・改>という能力。
視覚情報に頼らず気配と殺気をより強く感じ取り、次の敵の行動を把握する。
心眼の完成形といえる技能だ。
ただし、制約も多い。
対象となる相手が一人に限られるため、敵が単独でないと使えない。
また、敵味方の判別が今のところ難しく、
周囲に人が多いとノイズが混じり上手く作動出来ないだろう。
レイ様が心眼の派生として、目覚めた<心眼看破>とは別物だ。あちらは、如何なる状況にも冷静に対応して活路を切り開く、いわば心の強さによって発動できるもの。
それに対してこちらは、強敵相手の戦闘に特化した形だ。
私は彼女に槍を向けて言った。
「勝負は付きました。死にたくなければ降伏してください」
『武人として命だけは取らない』という意味では無い。
彼女は私達が知りえない魔王軍の情報を持っているはず。故に、こちらが優勢なら力を削いだ上で捕らえて情報を吐かせるという手段を取る。
「(殺したくない、という感情も少なからずありますが……)」
お優しいレイ様なら彼女を手に掛けるような事はしないだろう。私も少なからず共感する部分はあるが、レイ様ほど躊躇は無い。
仮に彼女が抵抗するならこの場で―――
だが、彼女は小さく一言呟く。
「―――やはり、あなたは愚か」
そして、次の瞬間―――
私の身体がいきなり鉛のように重くなった。
同時に、私の周囲の地面が陥没し始め、少しずつ沈んでいく。
「く……こ、これは……!!」
地面だけでは無い。私の身体も身動き取れず地面に沈んでいく。
「
彼女は、魔法を発動しながらゆっくりこちらに向かってくる。
「(ま、不味い……この状況では)」
新しい技能に目覚めたとはいえ、動けなければどうしようもない。
この魔法を一度受けてしまうと自力で脱出は困難だ。
彼女は自身の腕に回復魔法を掛けながら短剣を構える。
「あなたの負け。……死になさい」
残酷な言葉を吐いたアカメは、短剣を上に向けて私に近付いてくる。
至近距離まで近づいて、私の動脈を抉ろうとしているのだろう。
「く……申し訳ありません。
レイ様、エミリア様、ベルフラウ様、カレン様……!!」
私は、死を覚悟した。
――その瞬間、私の背後から声が聞こえた。
「―――そんなこと、させるわけないでしょ!!!」
「!?」
突如、私の後方から声と共に、
私を庇うように誰かが立ちはだかり彼女の短剣を剣で受け止める。
その人物とは―――
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