第393話 赤眼
【視点:レベッカ】
エミリア様と騎士様が、戦線から離脱したのを見計らって、私は再び空を飛ぶ彼女に視線を向ける。
「―――お待たせしました。
仲間が離脱するのを妨害せずに見送っていただき感謝いたします」
この魔物少女、その気になれば背後からエミリア様達に攻撃を加えることが出来た。わたくしもそれを警戒していたのだが、彼女はそれをしなかった。だからこそ敬意を表して礼を言う。
「……」
彼女は、何も言わずに首を縦に動かす。
首を動かすと、彼女の美しい灰色の長い髪が揺れる。
人間の姿だけを注目すると、綺麗な赤い瞳と美しい灰色の髪を持つ綺麗な少女だ。見た目の年齢でいえば、わたくしとそう変わらないかもしれない。
「人間……のように、思えますが、貴女は一体何者でしょうか?」
「……私は人間ではない」
「では、魔物?」
「……どちらでも、ない」
魔物でも人間でもない……。
「……では、敵ではないということでしょうか?」
「……それも違う。私は、あなた達が【魔王軍】と呼称する集団の重要な立ち位置を担っている。私としては敵対する理由は無いけど、あなた達は【魔王軍】と敵対している。だから、私はあなた達と相対する」
なるほど。
さっき、彼女とエミリア様は交戦していたが、
それはエミリア様から手を出したから反撃に出た、と。
どうやら彼女なりの行動指針があるらしい。
「ですが、それは貴女がエミリア様の質問に答えなかったからでしょう。
エミリア様に代わって質問いたします。王都で何をしていたのですか?」
彼女は私の質問にしばらく無言だったが、
私も答えるまで黙っていると、ようやく彼女は答えた。
「……暗殺」
「……誰をですか?」
「……」
彼女は答えないが、大体予想は付く。だから私が予想して言葉にする。
「グラン・ウェルナード・ファストゲート……国王様でしょうか?」
「……肯定」
「何故、国王様を?」
「……必要だから」
彼女達にとって邪魔な存在という事でしょうか?
「成功はしたのですか?」
「……」
私の質問に、今度は首を横に振った。
どうやら失敗したようだ。
「諦めるつもりは……」
「ない」
今度は端的だが断言した。……仕方ないですね。
諦めない以上、彼女を野放しには出来ません。
そして、奇策とはいえエミリア様を打ち破った彼女に手加減など不可能。
こうなれば、全力で打ち倒すしか無さそうです。
「――お名前を聞かせていただけますか。
今から死合うというのに、互い名前も知らないのは些か寂しいと思います」
「……名前は無い。ただ、魔軍将の地位を貰い、魔王軍内では【
目の色でそのまま呼ばれていると。
わたくしも、赤色の瞳なのでその辺りは似てますね。
「では‟アカメ”と。では、わたくしの名は――」
「――名前は知ってる。名前は確か……レベッカ」
「……既にご存知でしたか」
私が、そう返事を返すと、彼女は数秒時間を置いて言った。
「彼女……否、……彼の仲間だから」
彼というのは、レイ様の事だろうか。
勇者である
「―――闘技大会で、彼のチームに紛れて参加していた」
「……ふむ」
チームということは、予選の時か。
確かに、あの時は人間に化けた魔王軍のスパイが何人も入り込んでいた。
彼女はそのうちの一人だったようです。
わたくしが一人で納得していると、魔物少女は地上に降りてきた。
「……何故降りてきたのですか?
空中なら貴女の方が有利だった可能性が高いというのに」
「あなたに興味があった。
私から質問、あなたはミリクの後継者で間違いない?」
「………? それは、どういう……」
彼女の言うことがよく分からず、困惑してしまう。
「――単刀直入に聞く。あなたは創造の女神ミリクの血を引き継いだ地の民、その末裔の巫女?」
「……ええ、その通りですが」
「なら間違いはない。
女神ミリクが仮に不在になった時、彼女の代わりとなる存在。
であるなら、あなたも将来的に敵となる可能性が高い」
そう言って、【アカメ】は何もない空間から短剣を取り出す。
彼女の短剣は、赤い刀身に染まっており、彼女の瞳と同じ色だった。
「(わたくしと同じ限定転移……)」
彼女が今行った、武器召喚は私と<限定転移>と同一のモノだ。
わたくしは弓と矢を消失させ、限定転移で自身の槍を取り出し構える。
「では、尋常に―――」
「――勝負」
わたくしと【アカメ】は同時に動き出す。
◆
先手を取ったのは、私の方。
初速によって加速力を増した速度でアカメの後ろに回り込み、
彼女の背後から槍の一突きを加える。
「(申し訳ありませんが、即座に終わらせていただきます)」
実力は未知数だが、彼女は仮にも魔軍将の地位に就いている。正面からやり合えば単独では不利な可能性が高い。万全の状況から即座に仕留めさせて頂く。
「っ!?」
だが、私の槍は空を切った。
アカメは背後に回った私の攻撃を後ろに目が付いているかの如く躱す。
「(なんという反射神経!)」
だけど、それで終わりではない。私はすぐさま次の攻撃を仕掛ける。しかし、彼女は今度はこちらに振り向き手に持つ短剣で、私の突きをことごとくはじき返す。
「……っ!!」
「……」
それから数度、突きと払いを繰り返す。
彼女は私の攻撃を危なげなく受け止め、次第に私の方が焦りが見えてくる。状況が不利と考え、私は距離を取るよう後ろに下がるが、その瞬間に懐に迫ってくる。
「(まずいっ!)」
このまま懐に入られれば負ける。
私は強引に彼女の動きを止めるために槍を薙いでけん制を掛ける。
だが、彼女にその攻撃は見切られており、
彼女の短剣が私の槍の穂先に引っ掛けるように上から抑えた瞬間、
私の槍が一切、微動だにしなくなった。
「なっ……!!」
たった一度、武器を合わせただけで、私の重心を抑え込まれてしまった。焦って私は彼女の短剣を振り払おうとするのだけど、穂先がカタカタ揺れるだけで彼女からの拘束を解くことが出来ない。
「あなたは強い、だけどその力を活かしきれてない。
だから簡単に抑え込まれる。この程度で私に見切られてしまう」
「なにを――!」
私は更に力を込めて押し込もうとするが、それでも動かない。
まるで身体の芯が固まってしまったかのような感覚に襲われる。
―――ゾクッ!
一瞬、私の身体に寒気が襲った。
次の瞬間、私の喉元近くに彼女の短剣に迫ってきていた。
「ぐっ―――!!」
体がまるで動かないが、一つだけ方法があった。私は、あえて脱力しそのまま倒れ込む。そうすることで態勢を大きく崩すが、何とか拘束から逃れることに成功した。
「――っ!」
そして、彼女の短剣が動きを止めた瞬間に、
槍を軸にして再び立ち上がり、彼女の腹を蹴り飛ばす。
「ぐ……」
一瞬だけアカメは声を上げて吹き飛ぶが、素早く着地する。
こちらも態勢を整え、槍で彼女をけん制しつつ後ろに下がっていく。
「(……今のは、危なかった……!!)」
彼女が私の喉を切り裂こうとする瞬間、身体が凍えるほどの殺意を感じた。幼少の時から五感を研ぎ澄ませる訓練をしていたおかげで避けられたが、下手をすれば全て終わっていただろう。
アカメは、腹を蹴った痛みが消えたのか再び短剣を構える。
そして、こう言った。
「あなたは強いけど私よりも弱い。次に斬り合えば私が勝つ」
「……」
それは、私を格下と侮るような言葉ではあるが真実でもあった。彼女は私の動きを完全に見切っていた。もし、次にさっきのように絡め取られてしまえば今度は逃げられないだろう。
「(失態……でございますね。侮られるのも致し方ありません)」
事実、私は彼女よりも実力が劣っている。
その上、本来、装備を使い分ける戦い方が得意なはずの私が、接近戦ばかりで戦っている。彼女の言う通り、自身の力を活かしきれていない。
私は、改めて目の前の強敵、アカメを観察する。
「(彼女は身体能力、技術、共にわたくしを上回る)」
先程、私が彼女に抑え込まれてしまったのは、純粋な能力差だ。技能に頼る私達と違い、彼女は技能などでは無く自身の戦闘勘だけで私を捉えてきている。
その動きは速く、鋭い上に隙がない。
おまけに限定転移まで使えるのだから、まさに彼女は完成された戦士といえる。
しかし、そんな彼女を前にして、私の気持ちは高揚していた。
「(……何故でしょうね。心が躍ってしまいます)」
きっと、これほどの相手と巡り合えたのが私を高揚させているのだろう。エミリア様も私のライバルであるけど魔法を得意とする彼女と、武芸を得意とする私では土俵が違う。
むしろ、彼女はライバルというよりは私にとっては憧れの対象だ。
だけど、今私の前に立つ彼女は違う。
同じ土俵で、純粋に腕試しができる機会など早々ない。
「……何故、笑う?」
「……?」
気が付くと、私は笑っていた。
「……人間は不可解」
「そうかもしれませんね……」
私は、今度は意識的に笑う。
命の取り合いだというのに、楽しんでいた自分に対して笑っているのだ。
だけど、彼女の方からすれば、挑発に思えたようで……。
「笑っているのも今のうち、あなたに勝ち目はない」
「―――さて、どうでしょうか」
私は、彼女の言葉に不敵に笑って見せる。
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