第392話 魔物の少女

【視点:エミリア】

 同時刻、王都の前線基地にて―――


 王都の守る人間達と魔物達の戦いは激化の一途を辿っていた。エミリア達、それに闘技大会で名を馳せた冒険者達の加勢により、一時的に私たちは魔物の軍勢を押している。


「アンデッドの群れはあれ以上増えていないようですが……」

 エミリアは、飛翔の魔法で高所に浮き上がりながら地上の魔物達に火球と雷の魔法を使用しつつ、魔物の軍勢を焼き払う。こちらも増援のおかげで前線は徐々に押してきている。


「……しかし、その割には敵の数が全然減りませんね」

 地上ではレベッカをはじめとして、騎士達や冒険者達が魔物と交戦を続けている。魔物は確かに強いが、彼らの奮闘も中々のもので、戦いが始まって時間が経つがかなりの魔物を撃破しているはずだ。


 なのに、相対的な魔物の数はまるで減った様子が無い。


 理由は明白だ。

 レイが魔軍将ロドクを抑えていることで召喚魔法による増援は防いでいる。しかしそれとは別に、魔物達が海の外や森を抜けてこの大陸に次々と集まってきていた。


「まさか、ロドクが操っているのか……?」

 エミリアは、目を瞑って集中する。


 彼女が使用する魔法は索敵サーチの魔法。ここより南東二十キロ地点で戦っていると思われるレイと魔軍将ロドクの魔力を探る。


 本来なら私の実力を以ってしてもこれほどの距離を探ることは難しい。しかし今はレイと魔力を共有していることで、彼が感じ取っている情報を僅かに共有することが出来るようになっていた。


「(……レイはまだ無事のようですね)」

 彼は私の魔力を時々消費しながら、強大な敵を戦い続けている。

 当然、その相手は魔軍将ロドクに他ならない。そのロドクも、彼との戦いに集中しておりこちらに手出しをしている気配はない。奴が設置していた召喚用の魔法陣も機能停止している。


「……では、何故?」

 現在、指令系統が存在しない魔王軍だが、

 それでもなおこれだけの数の魔物が続々と集まってくる理由とは一体。


 その時、王都の上空からこちらの方角に向かって何かが飛んでくる。


「……あれは?」

 エミリアは、飛んできた何かを目で追う。それは最初、鳥か何かかと思ったが、よくよく見ると人のような姿をしていた。しかし、頭の部分に何か突起物があり、背中には翼が生えていた。


「(人間、いや……)」

 いくら世界が広いとはいえ、翼の生えた人間など見たことが無い。

 それに、まるで、レッサーデーモンやアークデーモンのような悪魔の翼だ。


「ということは、魔物?」

 飛来してきた何者かが魔物である可能性が高いと判断したエミリアは、

 前方に立ち塞がり、杖を構えてけん制する。


「止まりなさい!」

 私が叫ぶとその魔物はゆっくりと速度を落としその場で静止する。


「あなたは……」

 その魔物は、頭にツノと背中に翼こそ生えているが、顔立ちや体格は人間の少女と殆ど差異が無かった。もしツノや翼が無ければ人間にしか見えないだろう。


 私は、目の前の少女のような魔物に声を掛ける。

「……何者ですか? 人間、それとも魔物?」

「……」

 少女は何も答えない。


「聞こえないならもう一度。何者で、ここで何をしているのですか?

 さきほど王都の方から飛んできましたね。魔物が王都に入り込んだという話を聞いています。手引きしたのはアナタですか?」

「………」

 それでも、少女は何も喋らない。


「……何も答えないなら、考えがあります」

 私は、彼女に向けていた杖に魔力を込めて、魔法を展開し始める。

 杖の中心から魔法陣を発現させ、紅の光が杖の先端に灯っていく。


「……もう一度聞きます。―――何をしていた?

 答えなければ、このまま魔法の炎で焼かれることになりますよ」

 そう言い放つと私の意思に反応するように、魔法陣の光が強くなっていく。


 手加減はしない。

 もし何も喋らないならこのまま攻撃魔法を解き放つ。

 そして、彼女を焦らすように私はカウントを口にする。


「5」

「……」

「4」

「……」

「3」

「……ふっ!」

 カウントが進む中、それまで沈黙を保っていた少女は小さく息を吐くと、突然両手を前に突き出す。その瞬間、私は凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされる。


「っ!?」

 咄嗟に、吹き飛ばされた逆の方向に、風魔法を展開。

 その衝撃を緩和し、杖に込めていた炎の魔法を目の前の少女に発動させる。


 しかし、目の前の少女は、それを赤い眼で睨み付けると―――

 私の放った魔法は一瞬にしてかき消されてしまう。


「なに……?」

 今、確かに私の魔法はかき消された。 

 何かに相殺されたというよりは、強引に魔法の展開を止められた。


 だが、今のは魔法では無い。

 彼女から魔法の発動を一切感知できなかった。


「(今のは一体……? どうやって私の魔法を無効に?)」

 予備動作らしいものは見た感じなかったように思える。

 

 だが、私の魔法を無効化したことには変わりない。

 強敵には間違いないだろう。


「私に攻撃した。……貴女は私の敵?」

 ここで、目の前の魔物少女は、初めて反応した。

 その声は、か細い小さな声で少女そのものと言えた。


「敵なら……」

 その少女は、こちらに手を向ける。

 おそらく反撃をしようとしているのだろう。


 だけど、その前に―――


「―――レベッカ!!」「!?」


 私は、大声で叫ぶ。

 突然の私の叫びで、目の前の少女は困惑した表情を見せるが、

 次の瞬間、彼女の真横から弓矢が飛来する。


「―――!!」

 魔物少女は、一瞬緊迫した表情を見せて、間一髪で身を躱す。そして、ギリギリ彼女の頬を掠めて、矢は通り過ぎていった。

 彼女は弓矢が飛んできた方向を目で追うと、100メートル離れた高台から弓を構えて自身に狙いを付けるレベッカの姿があった。

 

「―――侮った」

 そう言いながら、魔物少女は遠くのレベッカに目を向ける。

 そして、魔物少女はこの場から離脱しようと翼を広げるが……。


「ええ、そして今も油断しましたねっ!!」

「――!」

 しかし彼女を逃がすつもりはない。

 私は、杖を振りかぶって次の魔法を発動させる。


<上級氷魔法>コールドエンド!!」

 魔物少女の中心から氷の魔力が発生し、彼女の中心から徐々に凍り付いていく。


「しまった……!」

 魔物少女は必死に抵抗しているが、身体の中心から凍り付いていくため身動きが殆ど取れない。しかし、一矢報いようとしたのかこちらに向けて火球の魔法を放つ。


「無駄ですよっ!」

 私は即座に高度を落として、火球の直撃を避ける。

 火球の魔法はそのまま上空に飛んでいき、見えなくなってしまった。


 魔物少女は完全に凍結して身動きが取れなくなり、

 彼女を分厚い氷の塊の中に閉じ込めることに成功する。


「……ふぅ、意外と簡単に倒せましたね」

 油断していたのか奇襲で心を乱されたのか、また変な能力を使われることなく隙を突くことが出来た。しかし、魔物少女ごと凍結した氷の塊は、空に落ちることなく浮上したままだ。


「(翼で飛行しているのかと思いましたが、

 魔力で飛んでいたようですね。それにしても何故落ちない?)」


 氷の中の彼女の意識が眠っていれば飛翔の魔法は解除されてしまう。

 落ちないということは、まだ意識があるということだ。


「(下手に藪を突くのは危険か、このまま様子を見た方がいいかもしれませんね)」

 この魔物少女の正体は不明だが、おそらく魔王軍の一味のものだろう。

 能力を考えると普通の魔物では無い。


 地上の様子を見ると、騎士達と冒険者達が前線を押し上げて少しずつこちらが押しているようだ。魔物達は数は多いが直接指示できるリーダー格の存在が居ないことと、後から増援に来た魔物達が入り乱れているせいか連携が崩れ始めている。


 対して、こちらは王宮騎士団のガダール団長は騎士達を、

 自由騎士団のアルフォンス団長は冒険者や闘技場の猛者たちを率いて魔物達と戦っている。

 どちらも本人に技量もさることながら連携も取れている。


 戦況は再び優勢になりつつあるようだ。

 私が少しホッとしているとレベッカが高台から降りてきて、

 急いでこちらに向かってくる。


「エミリア様!!」

 地上から空に浮かんでいる私にレベッカが声を掛けてくる。

 私は何故か必死に声を掛けてくるレベッカに手を振って、返事をする。


「レベッカ、さっきは助かりましたよ。ありがとうございます」

「エミリア様、今はそんな場合ではございません、上!! 上を見てくださいまし!!」

「え、上?」


 レベッカの言葉に、私は素直に上を見る。すると……


「……って、うわっ!!」

 なんと、上空から大きな炎の奔流が降り注ぐ。私は咄嗟だったので盾の魔法が間に合わず、降り注ぐ一部の炎の中に呑まれてしまう。


「ぐああっ!!」

 凄まじい衝撃と熱気を受けて、飛翔の魔法を維持できず地上へ落下する。炎をまともに受ける寸前で強引に自身に氷魔法を使ったことで威力を多少軽減出来たものの、ダメージそのものは大きい。

 

「う、うう……」

 魔法使い故に、並の人間よりは魔法の耐性はある。

 私は、なんとか起き上がると、上空には―――


「―――成功」

 なんと、さっき氷漬けにした魔物少女が復活していた。

 魔物少女は赤い眼で、地上にいる私達を無表情で見つけていた。


「エミリア様、無事ですか!?」

 こちらに向かってレベッカが必死な顔をして私を立たせてくれた。自分を介抱しに傍に駆けつけてくれたレベッカにお礼を言いたかったが、それよりも目の前で何が起こったのか気になった。


「レベッカ、一体何が……?」

 私がそう質問をすると、レベッカは答えた。


「……どうやら、奴がエミリア様に放った火球の魔法が上空から降り注いできたようです。あの魔物の攻撃対象は対象はエミリア様ではなく、自分自身を対象にした自爆攻撃だったのかと。

 エミリア様の氷魔法を解除するために、あんな強引な方法を使うとは……」


 私は近くにいたため、効果範囲に入って流れ弾を受けたということか。


「く、迂闊でした……」

 様子見は失敗だった。氷ごと彼女を砕いていれば……。

 人の姿をしていたため、攻撃を制限してしまったかもしれない。


「エミリア様、動けますか?」

「……すみません、動きたいところなのですが……」

 炎のダメージが想像以上に大きかったのか、身体が上手く動かない。

 これだと満足に戦えないどころか、足手まといになってしまう。


「誰か! 誰か、近くにおりませんか!?」

 レベッカは周囲に大声で叫ぶと、負傷して後ろに下がっていた騎士がこちらに向かってくる。彼も腕に怪我を負っているようで、腕の鎧を外して包帯を巻いているようだった。


「どうした!? ……って、なんだ、あいつ? 人間……?」

 騎士は、空に浮かぶ魔物少女に戸惑っているが、構わずレベッカは声を掛ける。


「騎士様、驚いているところ申し訳ないのですが、エミリア様が負傷しております。彼女を安全な場所か、回復魔法が使える方の元へ運んで頂けませんでしょうか?」


「わ、分かった。俺に任せろ。……おいお前、乗れ!」

「……お願いします」


 私はレベッカに肩を借りて、

 負傷した身体を動かしながら、彼の背中に乗せてもらう。

 ゴツゴツした鎧のせいでちょっと痛いけど我慢だ。


「ほら、しっかり掴まれよ」

「め、面目ないです……」


 私は彼の背中におぶさり首に手を回す。

 回復魔法か回復アイテムを使えれば良かったのだが、私は回復魔法を使用できず所持していたアイテムは前線基地に全て提供してしまっていた。そこまで戻らないと治療手段が無いだろう。


「(残っていた万能ポーションはレイに渡してしまいましたし……自分の分を忘れてしまいましたね)」

 心の中で自分の失態を嘆いていたが、今はそれを悔やんでも仕方がない。


「レベッカ、あなたも一度こちらへ」

 私はそうレベッカに声を掛けるが、彼女は首を横に振る。

 

「いえ、彼女を放置はできません」

 レベッカは、空に浮かぶ魔物少女を鋭い眼で睨み付ける。


「………」

 魔物少女は、こちらの妨害をするでもなく私達を無言で見つめていた。


「(不味いですね、レベッカは飛翔の魔法が使えない……)」

 前線に出ている騎士達は離れていて、彼女の事に気付いていない。 


 魔物少女と対峙できるのは私かレベッカくらいだ。だけど、レベッカは空を飛べない。私がここで離脱すれば、彼女は一人であの魔物少女と戦うことになる。


「しかし、レベッカ……単独では……」

 私は、彼女に警告をする。

 さっきの謎の能力といい、あの魔物少女は油断できない。


「分かっています。ですが、ここは引くわけには参りません。

 私の事は心配なさらず、上空にいる魔物との戦いは心得ておりますので」


 そう言いながら、レベッカは<限定転移>で弓と矢を取り出す。


「……!!」

 魔物少女がレベッカの今の魔法を見て一瞬驚いたような気がした。


「(魔物少女の反応はよく分かりませんが……

 この場で、彼女と正面からやり合えるのはレベッカしか居ませんね)」


 下手に他の騎士が助けに来ても実力差で足手まといになりかねない。

 レベッカに任せるしかなさそうだ。


「……分かりました。騎士さん、基地までお願いします!」

「分かった!」


 私は、騎士の男性に担がれて急いで前線基地に戻ることにした。

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