第692話 破壊技

「……ここが最奥かな」


 廃村の中を探索して、ようやくこの廃村の最奥である広場までやってきた。広場の周りにはこの一帯に建てられていた家を解体したと思われる瓦礫がいくつも山のように積まれていた。


 僕達はその残骸の影に隠れて広場の様子を伺う。


 中央には人間が腰を掛けるには些か大きな玉座のようなものが置かれており、そこに異形の巨体がまるで人間のように座っている。その異形は座っているため正確な大きさが分からないが、今までのオーガよりも一回り大きな身体と紫のゴツゴツとした肌をしている。


 その左右には奴の武器と思われる金属の金棒と、両手斧が地面に突き立てられていた。


「……あれがオーガロード?」

「は、はい……」


 僕はミーシャちゃんに質問すると彼女は頷く。


「でもあんな大きいのはアリス達も見たことないかも……?」


 アリスちゃんが不安そうな顔をする。


「普通のオーガは4メートル程度くらいなんですけど、あれは4メートルくらいありそうな気がします……」


「ちょっと面倒そうな相手ではあるわね。まぁ想定の範囲内ではあるのだけど……」


 カレンさんはため息交じりで言いながら僕を見る。


「……で、どうする? このまま戦いに挑みに行く?」


「……あいつ以外にオーガの姿が見えないのが気になるんだけどね……」


 瓦礫の山からこっそり顔を出す。すると、この広場の端の方に紐で括りつけられた銅鑼のようなものがあることに気付いた。だが、それ以外はやはり敵の姿が見当たらないが、瓦礫の山の後ろに隠れている可能性も十分にあるだろう。


「……レベッカ、この距離から奴に気付かれずに矢で仕留められないかな?」


 僕は背後のレベッカに声を掛ける。しかし、レベッカは神妙な顔をして言った。


「……この距離ですと、近すぎて気付かれずに仕留めるのは飛距離が足りず、少々厳しいかと……けん制射撃は可能ですが」


「そっか……ならレベッカ、けん制でいいから奴に矢を放ってほしい。レベッカが矢を放ったと同時に一気に接近して斬り掛かるよ」


「了解でございます」


 レベッカは僕の指示を素直に受け入れる。


「というわけで、一気に攻めかかるよ。皆は大丈夫?」


「ボクは大丈夫!」


「わ、私も頑張る」


「アリスも!」


「……私も行くわ、早く倒さないといつ増援がくるか……」


 全員異論がないようだ。僕は頷いてレベッカの方に指示を送る。


「レベッカ」

「はい」


 レベッカは弓に矢を番えて瓦礫の山から顔を出す。その間に僕達は武器を取り出して瓦礫の山からいつでも飛び出せるように準備する。

 そして、レベッカは敵の姿を見据えながら静かに弦を離して矢を放つ。ヒュンっと風切り音がして、矢が一直線に飛んでいく。その矢は飛距離ぎりぎりでオーガロードの座っている玉座の背もたれに突き刺さった。


「ギィッ!?」


 するとオーガロードはその椅子を揺らしながら驚きの声を上げる。


「今だ!」


 僕が声を出すと同時にレベッカを除く全員が一気に駆け出してオーガロードに接近する。そして真っ先に僕は奴に斬り掛かる。しかし、オーガロードは見た目に反して俊敏な動きで横に立てていた金棒を掴み上げ、僕の剣を金棒で受け止めてきた。


「っ!?」

 僕は一度距離を取って奴の様子を見る。するとオーガロードは再び金棒を振り上げて大地に思い切り叩きつけた。


 その瞬間、大地が大きく揺れて後ろのアリスちゃんとルナが態勢を崩して尻餅をついてしまう。一方、僕とミーシャちゃん、それに後方のカレンさんとレベッカは上手くバランスをとって何とか転ばずに済んだ。


 だが、僕達が揺れの衝撃に手間取っていると、オーガロードはもう一つ地面に刺さっていた両手斧を片手で持ち上げ、背後の銅鑼に向かって投げ飛ばす。


 次の瞬間、奴が投げ飛ばした両手斧と銅鑼が接触し、周囲に甲高い金属音が鳴り響く。そのけたたましい金属音にアリスちゃんとルナが驚きのあまり耳を塞いだ。


「この音は……っ!?」


 その瞬間、オーガロードは金棒を薙ぎ払って衝撃波を放つ。ミーシャちゃんが咄嗟に前に盾を構えてそれを防御し、奴の攻撃を凌いで反撃を繰り出そうと僕が前に出ようとしたのだが、突然広場の外からドスドスと大きな音が響いてきて、それがどんどん近付いてくる。


「レイ様、敵が!」


 レベッカが焦った声で叫ぶ。僕達が慌てて広場の外へと視線を向ける。すると、そこには複数のオーガ達がこちらへと向かってきているのが見えた。


「さっきの意味不明な行動は仲間を呼ぶためのものか……!」


 あの銅鑼は何かあった時に鳴らして仲間を呼び寄せる為のものだったのだろう。


「ど、どうしよう。あんな数相手に出来ないよっ!!」


「あ、アリスはボクの後ろに!!」


 焦るアリスちゃんを守ろうとミーシャが彼女の背に回って剣を構える。だけど、その声も足も震えており、折角付いてきた自信も折れそうになっていた。


「(……これは僕の判断ミスだ……!!)」

 もう少し慎重に動いていれば、時間を掛けて偵察して敵の位置を把握していれば、増援を呼ばれる前に手下のモンスターを全て撃退出来ていただろう。今のように仲間達を危険に晒すことも無かった……。


「レイ君、迷ってる暇はないわよ。撤退するなら即座に動かないと!!」


「レイ様、ご決断を!!」


「……サクライくん」


 仲間達の声で僕はハッとする。


「(……いや、手はある……)」


 僕は今回の依頼、ミーシャちゃんとアリスちゃんに経験を積ませて自信を付けさせることも目的にしていた。その為、敢えて主力のカレンさんやレベッカをサポートに回して、僕自身も司令塔の役割に甘んじていた。その制限を解禁すれば、この状況の打開は可能だ。


「―――カレンさん。迫ってくるオーガ達を一時足止めして!」


「……!! ……良いの? 今回の依頼は……」


「時間が無い、早く……!」


「分かったわ……!!」


 カレンさんは僕の焦った言葉に頷き、踵を返して広場の外から向かってくるオーガの集団に駆けていく。そしてカレンさんの聖剣が煌めく。


「聖剣解放100%――<聖なる光の輝き>ディバインレイン!!」 


 カレンさんがそう叫んだ瞬間、オーガ達に向かって無数の光の雨が降り注ぐ。それはまるで光の雨のように、剣が振るわれる度に次々とオーガ達の身体に突き刺さっていった。


「ギェッ……!?」

「グボッ……!!」


 その威力に断末魔の叫びを上げながら何体ものオーガ達がその場に崩れ落ちていき、他のオーガ達に動揺が走る。だが、カレンさんが倒したのはあくまで数体のオーガだ。敵は他にも多数健在で、なにより、目の前のオーガロードを倒さなければ僕達は全滅してしまう。


「――蒼い星、一撃で終わらせるよ」

『……』


 僕は剣に一言告げて剣を構えてオーガロードに飛び掛かる。オーガロードはそんな僕を見てニタリと顔を歪めて手に持った棍棒を振り上げて僕に叩きつけようと振り上げる。


 次の瞬間、振り下ろした奴の金棒と僕の聖剣が激しくぶつかり合い共鳴する。そして、数秒置いて、ピキピキと何かがひび割れる音が僕の耳に聞こえてきた。


「グァァッ!!」


 オーガロードの悲鳴が上がる。奴の手元を見ると金棒が押し潰されたようにぺちゃんこになっており……。


「ギャアアアアアアアアアア!!!」


 そして何より、奴の金棒を持っていた腕がグチャグチャの肉片と化していた。


「グォッ……」


 そのまま僕は奴の懐に潜り込み、無防備な胴体目掛けて剣を突き立てる。聖剣は肉を抉って骨を断ち、その切っ先がオーガロードの内臓を貫く。


「……終わりだよ」

 僕の言葉と同時に聖剣から放たれた青白い光がオーガロードを内側から焼き尽くす。


 次の瞬間には奴の全身がミンチのように吹き飛んでいた。ドサッと大きな音を立ててオーガロードだったものが地面に崩れ落ちた。


 それと同時に辺りに響き渡っていた金属音が止む。気が付くと、地響きのように響いて迫ってきていたオーガ達の足音も聞こえなくなっていた。


 僕が振り返ると、まず「あわわ……」と腰を抜かしたように尻餅を付くミーシャちゃんとアリスちゃんの姿が目に入る。


 次に事態を冷静に把握し、僕を見つめていたレベッカと目が合う。聖剣を鞘に納めながらゆっくりと歩いて戻ってくるカレンさんの姿。


 ……そして、最後に。


 自分達のリーダーが殺されてしまい、動揺と恐怖で足を竦ませて僕を見つめていたオーガ達の滑稽な姿があった。僕は敵を見据えながら皆に指示を出す。


「皆、残りのオーガを倒して。ミーシャ、アリス、すぐに動ける?」


「え、あ、はい!!」


「あ……アリスも何とか……」


 僕の指示にミーシャちゃんとアリスちゃんが弾かれたように動き出す。しかし、何故だろう。二人が僕を見て何故か怯えてる気がする。


「ルナ、二人に応急処置ファーストエイドをしてあげて。腰を痛めたみたいだから」

「う、うん……」


 ルナもこちらを見て強張った顔をしていたが、僕の指示に素直に従い、二人の後ろに回って基礎的な回復魔法を使用する。


「カレンさんはミーシャちゃんとアリスちゃんに指示を出してあげて」


「……そ、分かったわ」


「レベッカは弓矢で皆のサポートお願い」


「……一つ宜しいですか、レイ様」


 レベッカが渋い顔をして僕に質問をする。


「何?」


「全身オーガの血肉で汚れて、皆様が怯えております。少し身なりを整えては如何でしょうか」


「……」


 レベッカの言葉に僕は自分の姿を確認する。全身オーガの血で染まっており、さらに地面に転がっている死体の肉片や臓物が血飛沫と共に僕の服にもこびり付いていた。


「(……三人が僕を見て変な顔をしてたのはこれが理由か)」


 僕はがっくりと肩を落とす。この数日で仲良くなれた気がしたのに、これのせいで嫌われたかもしれない。


「はぁ~……」


 僕は溜め息を吐きながら汚れた聖剣を布で拭いて鞘に納める。だが、ふと視線を感じてそちらに視線を向けると、ミーシャちゃんとアリスちゃんがじっとこちらを見つめていた。

 僕が目線を合わせると彼女達は慌てて僕から視線を外し、カレンさんの後を付いて行った。


「……ドンマイ、サクライくん」

 ルナは僕の方を向いて言いながら苦笑した。


 その後、カレンの指示の元、ミーシャとアリスはオーガ達の残党と戦った。

 自分達のリーダーを瞬殺されて怯えたオーガ達は明らかに狼狽していて逃げ腰だったため、殲滅は容易だった。


 オーガロードを撃破して10分も経過しないうちに、僕達は全てのオーガ達を倒し終えた。そして、討伐を終えて僕達はようやく一息つくことが出来たのだった。

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