第691話 見守り隊

 僕達はある程度の方針を決めてから、オーガ達が隠れ潜む廃村に向かった。


 竜化したルナの背中に乗って僕は上空から地上を眺める。人が立ち寄らない湿原、その先に古びた建物や朽ちたバリケードが目に入った。どの建物もオーガが荒らし回ったせいか、遠くから眺めても随分と朽ちてしまっていることが分かった。


「……ええと、この辺りで合ってるのかな」


 僕は地図を取り出して現在地を確認する。うん、ここで間違いないようだ。


「ルナ、少し離れた場所で降りてくれる?」

『うん』


 ルナはドラゴンの頭をコクリと下げるとスピードを落としてゆっくりと降下する。地上に降りると僕達は一か所に集まって、ルナも竜化を解除してから僕達の元へ走ってくる。


「早速、中に入ろう……と言いたいところなんだけど……」


 僕は後ろを振り向いて廃村の方角を眺める。


「あれ、すぐに向かわないの?」


 アリスちゃんが不思議そうに僕に声を掛けてくる。僕は振り向いて彼女の質問に答えた。


「うん、もしかしたら侵入者を見張っているオーガが居るかもしれないと思って……」


 戦力的にオーガたちを殲滅するのはさほど難しくはない。しかし奴らはそれなりに知恵があるため頭が回る。慎重に作戦を練って動いた方が良い。


「なるほど、確かにオーガが見張りをしてる可能性は高いわね」


 カレンさんは僕の意見に賛成してくれた。


「でも、どうするんですか?」

 ミーシャちゃんが僕に質問する。

「慎重に行くならルナの力を借りて空から偵察かな。双眼鏡で敵の位置を把握できていれば、レベッカの弓の狙撃で事前に撃破可能だし、迂回して見つからずに進むことも出来る。ただ、どうしても時間が掛かるからどうしようかなって……」


 今日受ける依頼はここ一つではない。この後にいくつか周辺の依頼を遂行する予定なので、不必要に体力を消耗させるのは控えたい。


「ふむ、しかしレイ様。あちら側に竜化したルナ様の姿を捉えられてしまうと逆に警戒されてしまう恐れもあります」


「……レベッカちゃんの意見も一利あるかもね。見張りが仮にホイッスルのような大きな音で仲間を呼び起こしてしまうと面倒事になるし、目立つ方法は逆効果かもしれないわ」


 カレンさんがレベッカの言葉にうんうんと頷いて言った。


「うーん、ならどうする?」


「時間が掛かるのが避けたいなら正面突破もアリだと思うわよ、レイ君?」


 カレンさんはそう言う。


「……いや、まぁ僕達だけならそれでもいいんだけど……」


 僕はルナの方に視線を向ける。


「あ、そっか。戦闘に不慣れなルナちゃんを気遣ってるのね。でも大丈夫よ、私は後列に居るから彼女に何かあればすぐに助けに行けるわ」


「わ、私も少しは頑張れると思うから……大丈夫だよ、サクライくん」


 カレンさんの言葉にルナはちょっと慌てたように言う。

 すると隣にいたアリスちゃんがルナの手を掴んで言った。


「レイさん、アリスも隣に居るから大丈夫だよっ」

「アリスちゃん……」


 彼女の言葉にルナは頬を緩ませる。


「そっか、じゃあ今回は正面突破で行こう」


 いつもとメンバーが違うので少し警戒を強め過ぎていたようだ。カレンさんやアリスちゃんがルナを見ていてくれるなら安心だ。


「では、わたくしはカレン様の分まで周囲の警戒を強めておきます」


「うん、お願い」


 レベッカの提案に僕は頷く。


「それじゃあ最初に決めた隊列通り、僕とミーシャちゃんが前列、ルナとアリスちゃんが中列、カレンさんとレベッカが後列で行くよ。距離の間隔は詰め過ぎず空け過ぎず、敵が奇襲してきたらすぐに対応できるようにしておくこと」


 僕は全員に指示を飛ばす。


「うん、分かった」「了解!」と、みんなはそれぞれ頷いてくれる。


 そして、僕達は廃村の中に足を踏み入れる。廃村の中は数年放置されていたせいでとてもボロボロで、あちこちに瓦礫が散らばっていた。


 そして、早速一匹目のオーガを発見する。オーガは廃墟となった小屋の前で棍棒を両手に持ってボーっと立っていた。


 僕達はしゃがんで声を小さくして話し合う。


「多分、見張りだね」

「小屋の前を見張ってるって事は、あの中に何かあるって事かしら?」


 小屋の入り口をよく見ると、扉の部分が外れており周囲の部分も強引に破られている。オーガの巨体では扉が邪魔だったのだろう。


「レイさん、どうするんです?」とミーシャちゃんが話しかけてくる。


「あの見張りをこちらに引き付けて手早く仕留める。その後に、あの小屋の中に敵が居ないか確認するってのが無難だけど……」


 僕は足元に転がっていた手の平に収まる良い感じの大きさの石を拾う。


「ミーシャちゃん、<狂戦士化>無しでも行ける?」

「!!」


 僕は静かに問いかける。ミーシャちゃんは少し迷った表情をするが、首を左右に振って最後に縦に頷く。


「……はい!」


「……よし、じゃあ近寄ってきたオーガを仕留めるのはミーシャちゃんの役目」


「え、ミーシャ、魔法無しで大丈夫なの?」


 アリスちゃんが心配そうに問いかけるが、ミーシャちゃんは無言で頷く。僕はそのやり取りを確認すると、手に持った石を見張りのオーガの足元に投げつける。


 小石はカランと音を立てて、見張りのオーガは音のした方を向いて警戒する。こちらは物陰に隠れているため見えないだろうが、見張りのオーガは石が飛んできたこちらに近付いてくる。


 そしてある程度小屋から離れたところを見計らって、ミーシャちゃんが飛び出して一気に距離を詰める。


「てやぁぁぁぁ!!」

「!!」


 突然剣を持って飛び掛かってきたミーシャちゃんに驚き、オーガは棍棒を振り上げるがそれよりも先にミーシャちゃんの剣が振り下ろされる。


「せやぁぁ!!」


 オーガの右肩にミーシャちゃんが振り下ろした剣が刺さると、そのまま振り上げて首を斬り飛ばす。オーガは血を流しながらその場に倒れた。


 僕はそれを見て小さく息を吐く。すると、ミーシャちゃんが駆け寄って来て興奮した様子で話しかけてきた。


「今の見てましたか!? ミーシャやりましたよ!!」


「うん、頑張った。でも、敵が気付くかもしれないから今は静かにしてようね」


「あうう……そうでした……」


 ミーシャちゃんは僕にそう注意されて肩を落とす。


「でも、本当にミーシャ一人で倒しちゃった……」


「ミーシャちゃん凄いねぇ」


 普段の彼女を知ってるアリスちゃんは少し驚いた様子。ルナは純粋に褒めているようだ。


「……でも、何も出て来ないわね」


「ちょっと僕が小屋の中を調べてくるよ」


 僕は鞘から剣を抜いて小屋の前まで走って行き、こっそりと中を覗いてみる。中には他のオーガの姿は無い。代わりに、錆びた鉄製の武器や農具などが粗雑に置かれていた。どうやらここはオーガの武器庫らしい。


「中に魔物は居ないね、武器庫みたいだ」

 僕は仲間達にそう言うと皆がこちらに近付いてくる。


「なぁんだ、ハズレか」


「武器庫って事は、オーガ達にとってそれなりに重要な場所かしら……何か仕掛けておく?」


 カレンさんは悩まし気にそう問いかけてくる。


「アリス、良い手を思い付いた! この小屋を魔法で燃やしちゃおう!」


「さすがアリス、天才!!」


 ミーシャちゃんとアリスちゃんはそんなやり取りをしている。しかし、カレンさんとレベッカは二人の作戦に渋い表情をしている。


「燃やすってどうするの?」


「だからね、この小屋を燃やせば、オーガ達も『何事だ!』って思って集まってくるんじゃない?」


「ふむ……そこで一網打尽にするという作戦でございますか?」


 レベッカは腕を組んで唸る。彼女はアリスちゃんの作戦にはあまり乗り気ではないようだ。


「……まぁ、燃やすのは止めておこうか」

「えー」


 アリスちゃんが不満そうな顔をする。


「確かに、燃やせばオーガは集まってくるかもだけど、僕達も侵入もばれるからね。警戒されてるとこっちも攻め辛くなるし、その案は止めておこう」


 僕はアリスちゃんの意見を却下する。


「なら、このまま突撃?」


「勿論何も考えず突撃ってわけじゃないけどね、あくまで正攻法で行くよ」


 今回の依頼はミーシャちゃんとアリスちゃんが成長するには丁度良い。


 普段の彼女達は低ランクの依頼しか受けないみたいだけど、彼女ならこの依頼は十分に達成できるはずだ。自信を付けてもらうために絡め手は避けたい。


「というわけで、この小屋は無視して進もう」

「分かった」


 ミーシャちゃんは僕の提案に頷いてくれた。


 それから、廃村の中を歩く。オーガ達は廃村の中を歩き回っており時々戦闘になったが、敢えて僕達は手を出さずにミーシャちゃんとアリスちゃんに主軸になって動いてもらっていた。また、ルナも彼女達をサポートしてもらい経験を積んでもらう。


 彼女達は単独相手なら苦戦することなく敵を打倒していく。数匹相手の時だけは僕とレベッカがサポートしながら戦い、カレンさんは守りの要として防戦に回る。


 何度も戦いを繰り返して、彼女達は敵の動きに慣れてどんどんスムーズに敵を処理できるようになっていった。そうして順調進んでいくと、前方から複数のオーガがこちらに向かってくる姿が見えた。


「これは、気付かれたかな……」


 僕は少し緊張した様子で呟く。


「ちぃ、気付かれたんならしょうがないわ! 迎え撃つわよ!」


 カレンさんは剣を抜いて臨戦態勢に入る。ミーシャちゃん達もそれぞれ武器を手に取り構える。


「(でもオーガロードは居ないな……)」


 向かってくるオーガの数は5体ほど、正面からやり合うとどのみち大変ではあるが対処できない数では無い。カレンさんの言うように迎え撃つか、それとも増援を警戒してこの場で撤退するか……。


 少し考えて、僕は仲間全員に向けて言った。


「ここは迎え撃つ! 僕とカレンさんでオーガ三体受け持つから、他の皆は残り二体をお願い」


「分かったわ」


「はい!」


「了解ですっ!!」


 カレンさんとミーシャちゃんの返事を皮切りに、オーガ達が一気に距離を詰めて襲い掛かってくる。


「レベッカ、敵を分断して!」

「お任せくださいまし!」


 僕が指示を出すとレベッカが魔法を詠唱し、オーガ達の目の前に複数の石を壁を出現させる。石の壁はそれぞれ左右のオーガ達を分断させ、僕とカレンさんは右側の三体に狙いを付けて一気に斬り掛かる。


「カレンさん、行くよ!」

「ええ、こっちはさっさと済ませましょう!」


 互いに声を掛け合って付かず離れずの距離でオーガ達三体と向き合う。オーガ達はこちらを見て鬼のような形相で棍棒を振りかざして攻撃を仕掛けてくるが、素早く身を引いて躱す。


 そして攻撃の後隙を狙ってまず1体に狙いを付ける。


「レイ君は後ろね、私は前!」

「オッケー!」


 短い言葉でお互いの狙いを伝えると、僕は背後に回り込んで後ろから不意打ちで首を狙う。オーガは側面に回ろうとする僕に気付かないまま正面のカレンさんに棍棒を振り降ろしてくる。


「っと! 力任せね!!」

 が、カレンさんはその攻撃を容易くガードする。そして、その間に僕がオーガの背後に回り込んでその首を斬り落とす。ズバッと肉を切る音と同時にオーガの首の断面から血が迸る。


「これで一匹!!」

「あと二匹ね!!」


 僕とカレンさんは一旦下がって残り二匹を迎え撃つ。


「(……予想してたけど、こっちは余裕だな……向こうはどうかな……)」


 僕は壁の向こうで奮戦してるはずの仲間達の事を考える。あちらのオーガの数は二匹だから数は少ないが、前衛はミーシャちゃんだけだ。


 レベッカがサポートすればそこまで苦戦しないはずだけど……。


「レイ君、心配なのは分かるけどまずはこっちよ」

「そうだね……」


 僕は意識を切り替えて残ったオーガ二匹を見据える。


「オーガロードがまだ出てきてないわ。増援として来ないうちにさっさと処理しましょ」


「うん、時間を掛けると面倒だからね」


 僕達はそう言って頷き合い、残るオーガに向かっていった。


 ―――一方、ミーシャちゃん達の方は……。


「とわぁぁぁぁ!!!」

 ミーシャは必死になってオーガ達の攻撃を盾でガードする。


 いくら鍛えているといっても目の前の魔物は2メートルを超える巨体だ。身体の小さい彼女では流石にまともに打ち合えない。かといって彼女の背後で奮戦するアリス達は全員鎧を付けておらず守りが弱い。故にミーシャは勇気を振り絞ってオーガ達の前に立つ。


 だが、オーガ達二匹同時相手では今のミーシャでは太刀打ちできない。


「この! この!! このぉ!!」

 オーガが棍棒で攻撃してくるとミーシャはそれを必死に盾で受け止める。しかし、その衝撃までは殺せず足が地面にめり込んでいく。


「ぐっ……!」


 ミーシャは剣を捨てて顔顰めながら両手で盾を構えて耐える。

 だが、防戦一方というわけでもない。


「―――はっ!!」

 レベッカが離れた場所からミーシャに攻撃を仕掛けるオーガに弓矢で狙い撃つ。その矢はオーガの背中に突き刺さり、敵の意識をミーシャからレベッカに向けさせる。


「……<眠りの魔法>スリープマジック!!」


 この中では戦力として乏しいルナも自分なりに出来ることを模索してオーガ達に魔法を掛ける。彼女の<眠りの魔法>はオーガの意識を一瞬だけ遠のかせる程度で大した効力は無いが、一瞬の隙は作れた。


 そこに詠唱を終えたアリスの大魔法が炸裂する。


<水泡放電>アクアスパーク!!!」


 放たれた水飛沫が霧状にオーガ2体を同時に覆い尽くす。そしてその霧から青白いスパークが放たれて一気に感電させる。

 その一撃を受けたオーガ達は全身を激しく痙攣させてその場に倒れ伏し、動かなくなった。


「やった、倒せた!!」

 自身が放った魔法でオーガ達が倒れたことでアリスは思わず跳びはねて喜ぶ。


「お、終わった……?」

 緊張が解けたことで、ミーシャは膝を崩して息を整える。


「アリスちゃん、凄い魔法だね! ミーシャちゃんもあんな大きな魔物相手に怯まず戦えて凄いね!」


「お二人とも、素晴らしい戦いぶりでございました」


 ルナとレベッカは二人の戦いに惜しみない称賛を送る。


「あ、ありがとうございます」


 ミーシャは照れながらそう礼を言うと、アリスがミーシャに近寄ってその身体を支える。


「ミーシャやったね、アリス達の勝利だよ!! サクラやカレンさんが居なくても戦えた!!」


「う、うん! ……ボクも魔法の力なしで立ち向かえた……!」


 二人は思わず抱き合って勝利の余韻を味わうのだった。


「終わったみたいだね」と、そこにレイとカレンが敵を倒して戻ってくる。


「さっさと倒して助けに行ってあげようと思ったけど、その必要は無かったみたいね」


 カレンはミーシャとアリスに視線を向けて苦笑する。


「カレンさん、心配だったんですか?」


「そ、そんなわけないでしょ!」


 ミーシャの問いにカレンは顔を真っ赤にして反論する。


「とにかく! もう周囲に敵の気配はしないし先に進みましょう」


 そう言い訳のように言ってレイ達に出発するよう促す。


「うん、それじゃあ進もうか」


 そしてレイ達は廃村の中を更に奥へと進んでいくのだった。

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