第442話 恋愛脳レベッカ

 ――第十一階層にて。


 幻惑魔法で歪んだ階層の中、僕達は探索を行う。

 

 何度か落とし穴やギミックに苦戦しながらも、

 ようやく幻惑魔法の発生源と思われる魔道具を発見した。


「あったよ!」

 僕は右手を伸ばして指を差して方向を示す。

 仲間達は、僕の指を差した方向に全員視線を移す。


「ふむ……」

 その魔道具は見た目一メートル程度の大きさの黒い箱の姿をしていた。


「あれを破壊すればいいのかしら?」

 姉さんはそう言いながら、箱に近付こうとするのだが――――


 その瞬間、まるで突風のような強烈な風が吹いた。


「きゃあああ!!」

「姉さん!!」

 突然の突風で、姉さんの身体が浮いて飛ばされそうになったところを僕が腕を掴んで引き戻す。


「大丈夫?」

「あ、うん……ありがとう、レイくん」

 姉さんにお礼を言われて僕は頷く。

 しかし、おかしい。今まで幻惑によって地形などが分からなくなっていたが、こんな風に直接的に被害を受けることは無かった。


 仮に今のが魔物の攻撃だとしても近くにそれらしい姿は見当たらない。


「一体何が……?」


「……もしかして、あの装置が?」

 姉さんはそう呟く。

 僕達は再び黒い箱のような物体に視線を移す。


 すると、異質な魔力が放出され始める。


 同時に、さっきのような風が立ち込め始めて、今度は周囲が砂漠のような姿に変貌する。

 そして今度は黒い箱の中心から竜巻が発生し、周囲に砂嵐が吹き荒れ始めた。


「ぐ………!!」

 砂嵐だけではない。

 更に気温も上がり、砂嵐と共に熱風も吹き始めて身から汗が噴き出る。

 まるで本物の砂漠のようであり、肌が焼けるように熱い。


 砂埃のせいで僕達は顔を手で庇わないと息すら出来ず目も開けられなくなる。

 これは本当に幻惑なのだろうか?


 僕達は顔に砂埃が入らないように顔を両腕で庇いながら話す。


「これ、本当に幻惑なの……!?」


「本物の砂嵐にしか見えません……!」

 僕とサクラちゃんが泣き言を言うと、エミリアは帽子で顔を庇いながら言った。


「幻惑かもですが……発生源が近くにあるせいで、よりリアルになってるのかもしれませんね」


「これほどのリアルな幻惑とは……幻というのも侮れませんね……」


「……どうする? どうやって壊す?」


「……僕がやってみるよ」


 姉さんの質問に僕は即決して、剣を構える。

 この砂嵐のせいで近寄ることも出来ないが、所詮幻惑であるなら装置さえ止めれば収まるはず。


「―――っ!!」

 僕は覚悟を決めて飛び掛かる。

 前に出た瞬間、高熱を帯びた砂嵐が僕の全身を襲う。その勢いと口や目の中に入ってくる細かい粒が僕の集中力を削いでいき、まともに動けなくなる。


「レイ、無茶ですよ!!」

 エミリアにそう言われて一瞬躊躇するが……。


「(……いや違う、これは幻惑だ)」

 砂嵐も、全身に纏わりつく不快感も、焼け付くような熱さも全て幻だ。これが幻惑であるなら、現実は何も起きていない。視覚からの情報がリアル過ぎてそう思い込んでいるだけだ。

 

 これは幻惑であると意識を集中させる。

 目を閉じて意識的に心を閉ざして外界から情報を全て遮断する。


「………」

 それから十数秒、僕は沈黙を保つ。

 すると、自身の身体に圧し掛かる圧力が消えていき、僕の身体が羽になったかのように軽くなる。

 

 そして、再び目を開く。

 幻惑という名の呪縛が消えた僕は、そのまま走って魔道具に斬り掛かる。


「てえぇい!!」

 気合と共に放った一撃は、見事に魔道具に命中して真っ二つに切り裂いた。

 すると、今まで視界を遮っていた幻惑魔法が消え去り、辺りには静寂が訪れる。


 そして、荒野だった風景が、無機質な鉄の床と鉄の壁へと戻る。


「……はぁ、終わったか」

 さっきのまでの砂嵐と蒸し暑さが嘘のように消え、無機質な空間に戻ったことを安堵する。

 剣を鞘に納めてから、僕は後ろに振り返る。


「お見事です、レイ様」

「レイさん、カッコよかったです!!」

 そう言いながらレベッカとサクラちゃんが僕に駆け寄ってくる。


「え、そう?」

 レベッカは大体いつも褒めてくれるから気にならなかったけど、

 サクラちゃんのストレートな称賛は新鮮だったからちょっと照れてしまう。


「特に『てえぇい!!』って掛け声がカッコよかったですよ!

 私も掛け声出すことありますけど、あんな狙ったような声出せませんし」


「そこ!?」


「サクラ様、レイ様は時々とても凛々しい発言をされるのです。レイ様の一挙手一投足を常に見ていれば沢山発見がありますよ」


 僕はレベッカにいつも一挙手一投足見られているのだろうか。

 だんだん怖くなってきた。


「へぇー、そうなんですか?」


「はい、レイ様は自然体からして凛々しいお方なのです。わたくしも出会った当初から、そのお優しさと凛々しさに惹かれておりました」


「へ、へぇ……レベッカさんはレイさんにベタ惚れなんですね」


 レベッカの突然の昔語りにサクラちゃんがやや引いている。

 そして、目の前でそんな話をされている僕はどう反応すればいいの?


「べ、ベタ惚れだなんて、そんな……わたくしはただ、レイ様のありのままのお姿を……」


「レベッカ、褒めてくれるのは嬉しいけど、勘弁して……」


 称賛の度が過ぎてて、居た堪れない気分になってきた。

 これがグラン陛下とかに言われたのなら話は変わるのだけど……。


「むぅ……わたくしとしては、小説十巻程度はレイ様を語れてしまうのですが……」


「とんでもないレイさんガチ勢ですね」


「はい、ガチ勢です……ところでガチとは何ですか?」


「そこまで断言されると清々しく感じるよ。ありがとう、レベッカ」


「いえ、こちらこそ褒めていただいて光栄です……ところで、ガチとは?」


 ※真面目にって意味です。


 その後、また語ろうとし始めたレベッカを何とか抑えて、僕達は正常な状態に戻った十一階層を探索しながら最上階を目指すことにした。

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