第441話 出オチ

 ――第十一階層にて。


 階段を登ったらそこの光景は今までと違い、荒野のような場所だった。

 僕達は、それを幻覚魔法のせいだと見破り、元の状態に戻すために探索することに。


「では、サクラも頑張りますよー!」

 そう言いながらサクラちゃんは元気に飛び跳ねて正面に向かって走っていく。

 しかし、20メートルくらい進んだところで……。


 ガンッ!!

 ……と、まるで壁にぶつかったかのように頭をぶつけてしまった。


「痛っつ~……」


「サクラちゃん、大丈夫?」


「うん、なんとか……」

 彼女は尻餅を付いて涙目になりながらも、頭を摩りつつ返事をする。

 サクラちゃんがぶつかった場所を手で触ると、固い壁のようなものがあった。


「ふむ……どうやら壁があるようでございますね。

 透明な壁なのでしょうか、それとも幻なのでございましょうか?

 あるいは、この先に何かあるのかもしれません」


 レベッカは冷静に分析しながら言う。

 彼女は手を当てたまま、すーっと横に動いて周囲が透明な壁に囲まれていることを確認する。

 そして、今度は後ろに振り返って階段の方を見る。


「階段も消えております。推測するに、わたくし達は今、やや広めの部屋にいるのでしょう。それを幻覚魔法によって、まるで広い荒野のように見せているということでございますね」


「サクラちゃんはそれに気付かず、普通の荒野だと思って壁に突撃しちゃったわけね……」

 姉さんは苦笑しながら、尻餅を付いたサクラちゃんの元へ歩いて彼女の頭を撫でる。


「うぅ……」

「あら、大きなたんこぶが……<応急処置>ファーストエイド


 姉さんは、サクラちゃんの頭を撫でながら回復魔法を発動させる。姉さんの手の平にに小さな光が灯り、サクラちゃんの腫れた頭にかざすと、光は吸い込まれるようにして消えて腫れも引いていった。


「あ、ありがとう……ベルフラウさん」


「ふふふ、気にしないで」

 姉さんがサクラちゃんを癒している間に、僕達三人は周囲の様子を確認していた。床などは幻覚魔法で荒野に見せているが、実際に触ってみると今まで通りの鉄板で出来た床と変わらなかった。


 踏みしめると砂のように埃が舞うが、土のような感触はない。


「これは、見た目だけだね」


「……ですね。私達に幻覚魔法が掛かっていたならもっと効果が強かったかもしれませんが……」

 エミリアは壁際に手を触れながら自身の考えを述べる。

 

「しかし、魔道具の姿も変化している可能性は?」

 レベッカの僕達二人に向けた質問だ。


「その可能性は……」


「あり得ますね……」

  

「……では、どうやって探しましょうか?」


「……うーん」


 エミリアは顎に手を当てて考える。

 しばらく考え込んだ後、彼女は言った。


「……よし、こういう時は手分けをして探しましょう。この部屋の広さは半径15メートルくらいです。さほど広くないですから、虱潰しに探せば見つかりますよ」

 

「でも、罠とか無いかな? わざわざ幻覚を見せてるわけだし、実は落とし穴があって落ちたら串刺し……なんて嫌だよ」


 この仕掛けの意図は分からないけど、十階層に人を閉じ込めていた事を考えると対人間用の罠の可能性が高い。魔物は人間の命を考慮しないだろうし、悪辣な仕掛けがあってもおかしくない。


 そう思い、僕は提案をする。


「エミリアの索敵の魔法が良いと思うんだけど、どうかな?

 あれなら敵の位置を察知するだけじゃなくて、周囲の構造の把握も可能でしょ?」


「ふむ、確かに」

 エミリアは僕の提案を聞いて少し考えた後に、了承してくれた。


「では、ちょっと集中しますね。

 ―――探索魔法、<索敵>サーチ発動、効果範囲は半径二十メートル弱、左右と上下の高低差を除外して……範囲縮小、対象は魔道具と思われる反応のみ……」

 エミリアが目を閉じて意識を集中させると、周囲に魔力が漂いだす。


「更に、<魔力発動>スタート

 同時に彼女から淡い光のオーラのようなものが現れる。

 それが彼女の足元から周囲の床に向かって拡散していく。


「…………」

 それから数秒の間を置いて、彼女は目を開いた。


「はい、終了です」


「どうだった?」


「魔道具の反応らしきものは見当たりませんでした。おそらくはこの部屋には無いと思われます」


「そうなんだ……」


「ですが……」

 彼女は南南東を指差す。


「あちらの方角だけ壁が無くて、多分部屋の出口があります。

 その先も幻覚魔法が働いているでしょうけど、行ってみなければ何とも言えませんね」


「ふむ……ならば行くしかありませんね」


「まぁ、そういうことだね」


 レベッカの言葉に同意しつつ、僕はサクラちゃんの方を向く。


「サクラちゃん、行ける?」

「うん、大丈夫!」

 サクラちゃんは話を聞いていたのか、元気に答えてエミリアが指差した方角へ歩いていく。


 ズボッ!


「え?」

 サクラちゃんは自分の足元で変な音がしたので下を見る。

 すると、足の付け根の部分が下に埋まっており、そのままどんどん沈んでいく。


「ちょっ!?」

 サクラちゃんは慌てて後ろを振り返り、こちらに助けを求める。


「こ、これ、たぶん、沼地みたいな場所が……!」

「そういう事か!!」

 僕はサクラちゃんの言葉で状況を理解して彼女の少し近くに駆け寄り手を伸ばす。


「掴まって、サクラちゃん」

「う、うん」

 サクラちゃんはその手を掴むと、僕は彼女を引っ張り上げる。


「た、助かった~……」

 サクラちゃんは僕の手を掴んだまま座り込んでしまう。


「お疲れさま」


「助かりました……うぅ、どうして私ばっかりこんな目に……よよよ……」


 よよよ……と口にするが、サクラちゃんは別に泣いていない。


 しかし、彼女の足元は泥のようなものに塗れていた。

 本当に沼のような場所に入ってしまったようだ。


「こんな調子だと歩いて進むのも難しそうだね」


「うーん、困ったわねぇ……」


「では、手を繋いで壁際に沿って進みましょう。そうすれば、何かあった時にすぐ気付けると思います」


「そうね、それで行きましょうか」


 僕達はエミリアの提案に従い、一列になって歩き出す。

 壁際に手を当てて、片方の手を繋いでエミリアの指示した方角を進む。

 すると、指示された場所の壁が途切れて、手探りで確認すると通路があることが分かった。


 しかし、その先から何かがこちらに向かってくる。

 見た目は小さなウサギのような生き物が三匹ほどだった。


「レイくん、どうしたの?」

「いや、前から何か可愛い生き物が迫ってくるんだけど……」


 そこまで言って、僕は違和感に気付く。

 見た目は膝下くらいしかない大きさなのにドタバタとした足音が大きく聞こえてきたのだ。しかもウサギは四足歩行で走ってきてるのに、足音は二足歩行で大股で走っているようなリズムだ。


 つまり、これは……。


「幻覚だ!!」

 僕は叫びながら、手を翳して風魔法を発動させる。


<風の刃>ウインドカッター!」

 風の刃は迫ってくる幻覚のウサギに直撃して切り裂いた。


「よし、当たった」

 そして、切り裂いた幻覚のウサギはバタリと倒れてその正体を現す。

 ウサギの正体は斧を持ったゴブリンだった。 


「うわ……折角かわいいウサギさんだったのに……」

「なるほど、つまり魔物も幻覚によって別の姿に見えてしまうんですね」

「嫌な仕掛けねぇ」

 僕達がそんな感想を抱いている間に、後続のウサギの群れが追い付いてきた。


「こいつらもやっぱ魔物だよね?」

「遠慮しなくていいですよ、一気に倒しましょう」


「じゃあ、<火球>ファイアボール!」

<風の刃>ウインドカッター!」

<氷の槍>アイスランス!」


 僕は火を、サクラちゃんは風を、エミリアは氷の魔法を撃ち出した。それらの魔法は全て命中してウサギの姿をしたゴブリン達を撃破していく。


 僕達は通路(見た目は荒野のど真ん中)を進みつつ、出現するウサギの群れ(中身は魔物)を片っ端から魔法で撃ち落としていった。


 しかし、その途中でレベッカがぽつりと呟いた。


「……魔物の正体は分かっているのですが、かわいいウサギさんを攻撃するのは……その、少し……」


「あはは……気持ち、ちょっとだけ分かります。レベッカさん……」


「ふふふ、女の子なら仕方ないかな」


 レベッカの言葉に、サクラちゃんと姉さんが同意を示す。

 僕は魔物だと割り切って攻撃してたのだけど、女の子達は精神ダメージを受けていたようだ。

 しかし、エミリアだけは平然と攻撃を続けている。


<火球>ファイアボール……<氷の槍>アイスランス……<初級雷魔法>ライトニング……!!」


 彼女は次々と魔法を放っていくのだが、表情に変化は無い。

 普段通りの無表情のまま淡々と敵を倒している。


「エミリアは平気そうだね」

 前方で魔法を連射してるエミリアに声を掛けると、

 エミリアは振り向きもせず魔法を連発しながら言った。


「だって、こいつら魔物ですし。

 仮に元々の姿がウサギだとしても、こうやって襲ってきているなら私達の敵です。

 レイも姿で油断していると足元を掬われますよ」


「……う、確かに」

 エミリアの言葉に、認識を改めた僕達は罪悪感を胸にしまって魔物を殲滅した。

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