第37話 地下一階

 僕たちは覚悟を決めてその扉を開くことにした。


 ―――ダンジョン地下1階


「……」

 扉を開けた先は今までより少し広い空洞となっていた。

 僕たちはおそるおそる歩く。今の所道は直線のままで分岐するような道は無い。


「見た目よりも全然明るいわね、どういう仕組みかしら?」

 ランタンを持ってきたのだが、こんな地下にも関わらず周りの地形が把握できる程度には明るい。

 しかしどこにも明かりらしいものもない。姉さんが言うようにどういう仕組みなのだろうか。


「地下にこんな空洞があるって、崩落とかしたりしないのかな」

 複数の大きな柱が通路に沿って規則的に配置されている。これだけ置かれていればこの階だけなら崩落はしないのだろうが、話で聞くかぎりは地下五階以上ある。支え切れるのだろうか。


「レベッカが考えるものとは全く未知の方法で作られている可能性がありますね」

「まさかそんな……」

 とも言えないか、ここは異世界だ。僕が来た地球とは違うのだ。


 少し歩いて、左に細長い通路があった。

 相変わらず直線にも道がある。


「分かれ道ですね、どうします」

 左の道はここに比べて狭い。もしモンスターと出会った場合4人戦闘は難しいだろう。

「少しお待ちください、レベッカが確認します」


 レベッカは左の通路を凝視する。

『千里眼』という視力を高める技能が存在する。

 弓使いの基本技能であり、弓使いであるレベッカも当然所持している。


「――左の通路は長くないようです。奥の小部屋に木の小箱らしいものがありますね」

「小箱……宝箱ですか!?」

 エミリアが喰い付くのだが、そもそもここは何人もの冒険者が既に通った場所だ。

 仮に宝箱としても既に取られて無くなっているのではないだろうか。


 その事をエミリアに言うのだが……。


「モンスターが無限に出現するのですから、宝箱も無限に手に入る可能性も…」

「エミリアさん、それは流石に都合がよすぎる考えじゃないかしら?」

「で、でも、気になります!」


 エミリアがぷくーっと顔を膨らませて拗ねる。かわいい。


「とはいえ、全員で行っても動きにくいしなぁ…」

 万一戦闘になっても思うように動けないだろう。却って邪魔になる可能性もある。


 あまりやりたくないけど、ここは……。

「わかった、僕が行ってくる」

「え!良いのですか?」

「うん、エミリア達はここで待ってて」


「レイくん?大丈夫?」

 姉さんが心配そうに声を掛けてくれる。

「大丈夫、いざとなればすぐに逃げてくるよ」

 この中で一番素早く動けるのは僕だ。何かあった時に対応もしやすい。


「それじゃあ、行こうか」


 僕は単独で左の部屋を進む。

 レベッカが言うように数十メートル進むと小さな小部屋があった。

 今の所特に何もない。これなら別に問題なかったかと思ったのだが―――


「っ!」

 一瞬何か音がした。

 嫌な予感がして素早くしゃがむ。すると頭上を何かが霞めて飛んで行った。


「い、今のは矢か‥?トラップって奴だろうか」

 今のはかなり危なかった。もしエミリアや姉さんなら直撃してたかもしれない。

 慎重に部屋に入っていくと、レベッカの言うとおり壁際に木の小さな小箱が置いてあった。


「罠の可能性は…」

 部屋の周りを確認する。壁の大体僕の頭くらいの高さの位置に穴が開いていた。

 さっきの矢はここから飛んできたのだろうか。


 僕は慎重に小箱を取ろうとするのだが…

「あれ、これ動かない。固定されてる?」

 どうも床にくっついて動かせないようだ。

 一応、中から何か飛び出してこないように顔をバックラーで庇って箱を開ける。


 中に入ってたのは、掌に収まるくらいの小さな球だった。

(あれ?ちゃんと中身が入ってる?)

 いくら罠があっても、こんな分かりやすい場所の宝箱を他の冒険者が見逃すとは思えない。

 まさか、本当にエミリアが言うように無限に入手できるのだろうか。


「宝珠? 綺麗だけど、中に何か書いてある」


 よく中を覗くと、この世界の言葉で『Ⅰ』と書いてあった。

 僕はそれを鞄に入れてゆっくりと後ろに下がる。そのまま警戒しながら通路を引き返した。


「おまたせ」

 戻ると3人がホッとした顔をした。

「レイ、大丈夫でしたか!?」

 エミリアが心配そうな顔をして僕の手を握った。

「うん、途中で矢が飛んできたときは驚いたけど何とかなったよ」

「え、だ、大丈夫だったのですか!?」「う、うん」

 想像よりかなり心配してたようだ。エミリアに握られた手が汗ばんでいた。


「レイくん、私たちも心配してたんだよー」

「無事にお帰りになられて、レベッカ安心しました…」

「うん、まぁ無事だよ、ただいま」

 やはり単独行動はあまり良くなさそうだ、心配させてしまう。


「ごめんなさい、私のせいでレイに無茶な事を…

 矢が飛んできたと言ってましたが、大丈夫ですか?怪我とか―――」

「ほ、本当に大丈夫…心配してくれてありがとう」

 ヤバい、エミリアが滅茶苦茶優しい。そんなに僕の事を想ってくれたのだろうか…。

 ずっと手を握られてると別の意味で大丈夫じゃなくなりそうだ。


「そ、それでね、さっきの宝箱に入ってたのだけど―――」

 といって僕は照れ隠しのつもりで鞄からさっきのアイテムを取り出そうとするのだが―――


「!? 皆さま、構えてください!敵襲です!」

「「「!!」」」

 レベッカの声で弛緩した空気に緊張が入る。


「……スライム、ね」と姉さん。

 いつの間にか僕たちの周囲にはスライム複数匹がにじり寄っていた。

「ほっ…こいつらなら動き遅いし、問題ないかな…」


 そういって僕は<初級炎魔法>ファイアで倒そうとするのだが―――


「待ってくださいまし!」

「え? どうしたの、レベッカ」

 またレベッカの焦った声で魔法を中断する。


「ええと、大声を上げてすみません…その、ここで炎魔法は…その、大丈夫でしょうか?」


 言われて気付く、本来洞窟のような密閉空間の中で火を扱うのは自殺行為に等しいのでは…?

 以前の廃鉱山でも水が浸かっていた場所以外では炎魔法の使用は避けていたはずだ。

(<点火>の魔法は仕方なかったけどね…)


「困りましたね。スライムの対処は炎魔法が鉄板なのですが……」

 スライムは体の内部にある核に当たらない限り物理攻撃は通用しない。

 加えてスライムの粘液は強酸や毒が混入していて皮膚に触れると大怪我を負う可能性がある。

 そう考えると厄介なモンスターかもしれない。


「じゃあ今回は私の力で浄化しましょうか」

「姉さん、それ結構力使うんじゃない? スライム相手に勿体ないような…」

 消耗避けるために節約も考えていくと対抗手段が余計少なくなる。


 そうしている間にスライムが寄ってくる。

「仕方ありません、これで行きましょう。<魔法の矢>マジックアロー

 エミリアは左手の指から魔法を放つ。核に直撃したスライムは蒸発して消えた。

<魔法の矢>は初歩魔法の中で唯一の攻撃魔法だ。消耗も少ない。


「わたくしは槍ですこし距離を取って戦いますね」

 レベッカは少し離れたところで周りのスライムを相手にするようだ。


<魔法の矢>マジックアロー

 僕も同じように魔法で倒していく。消費魔力消費MPは低いけど威力が低く狙いを付けるのに少しコツがいる。いくらか慣れてるから当てられるけど、初めて使う場合は当てるのが難しいと思う。


「それじゃあ私も、<魔法の矢>マジックアロー

 姉さんもエミリアのように魔法の矢を使用する。え、姉さんが攻撃魔法…?


 カキンッ!!ガキンッ!!!ガッ!ドンッ!


 姉さんの魔法の矢はスライムから大きく狙いが逸れて床に当たって反射し、

 それが更に壁と天井に反射し、その後背後から偶然スライムの核に当たって消滅した。


「ね、姉さん危ないって!」

「ご、ごめんねレイくん」

「い、今の<魔法の矢>…ものすごい威力だった気がしますね」


 僕たちが使う<魔法の矢>はせいぜいエアガン程度の威力なのだが、姉さんのはそれこそ銃弾並の威力があったように見える。それで狙いがガバガバなのでこっちが怖い。


「姉さん、魔法それなりに扱えるようになったんじゃ?」

「ええとね、回復魔法とかは大丈夫なんだけど……」


 少し前まで『封印の腕輪』で魔力を制限していたのだが、最近は無しで回復魔法は使えていた。

 どうやら攻撃魔法はまだ制御できないらしい。魔力に関してはエミリアを超えてずば抜けているのに本当に惜しい。


「皆さま、ご無事でしたか?」

 少し離れて戦っていたレベッカが戻ってきた。どうやら襲ってきた敵は全滅したようだ。


「姉さんは<魔法の矢>マジックアローはちょっと控えてね」

「はぁい…」

 しょんぼりした声で落ち込む姉さんだった。

 後ろから撃たれて死んだらシャレにならないから仕方ない。


 倒したスライムを確認するといくつか何か落ちていることに気付いた。


「これ……魔石?」


 エニーアウトの露店で見た魔石だった。ただしそれよりも輝きは大分鈍い。

「魔物を倒したら落とすとはこういうことですか。……見た感じ、ほぼ価値はありませんね」

「もし売った場合どれくらい?」

「そうですね、1個につき銅貨1~3枚くらいじゃないでしょうか」


 あまり価値は無いが、一応全部拾っておいた。


 それから直進して進むと次の扉の前が見えた。


「ん?階段じゃないんだ?」

 最初に思ったのはそれだ、まだ地下1階が続くのだろうか。


「レイくん、扉の前に何か居ない?」

 姉さんに言われて少し歩いて扉の周囲を確かめると…。


「あれって……」

「ええ…」

「……大きいスライム?」

 さっきよりも大きくて色が赤いスライムがいた。


 こちらが動きを観察してると赤いスライムはこちらに気付いたのだろうか。


 その場で、体を動かして何かをしようと―――


「ちょっ!これって…!」

「魔法!?」


<初級炎魔法>ファイア

「あ、あぶなっ!」

 突然目の前のスライムは魔法を発動した。

 何とか紙一重で僕は躱すが、それが炎魔法だったことで余計に恐怖が走った。


「スライムが魔法を使うなんて…」

「ひ、ひとまずダンジョン内で炎魔法を使っても大丈夫のようですが……」

 それだけは良い収穫だが、魔法を使うスライムなんて初めての経験だった。


「それならこっちも容赦しませんよ!<中級火炎魔法>ファイアストーム!」

 エミリアは赤いスライムに対して中級攻撃魔法を放つ。

「問題ないと分かった途端、そんな強い魔法使うの止めて!」

 まだ判断材料少ないからドキドキする!


 しかし、魔法が直撃したスライムは特に効いた様子は無かった。


「う、嘘? 私の魔法が効いてない?」とエミリアが驚くが、

 スライムは再び<初級炎魔法>ファイアをエミリアに放ってきた。


 僕はエミリアの前に出て

「危ない!<剣技・氷魔法>氷の刃!!」

 魔法剣で敵の炎魔法を相殺する。すると、こちらの氷魔法が少し届いたのか僅かに表面が凍った。


「あ、ありがとうございます。レイ」


「お二人とも左に避けてください、はあっ!」

 レベッカの声に反応して僕たちは左に避ける。するとレベッカの矢がスライムに2発飛んできた。


 一発は核に直撃したと思ったのだが、粘液に阻まれてあと一歩のところで届いていない!

 届かなかった矢はスライムの粘液で溶かされ下に落ちてしまった。


「くっ――すいません、威力が足りませんでした…!」

「いや、仕方ない、それよりも…」

 スライムが魔法の詠唱を始めている、しかも詠唱があるという事は…!


「もしかして中級以上の攻撃魔法!?」

「不味いです!こんなところで消耗してる場合では…」

 僕とエミリアは何とか止めようとするのだが、僕たちの後ろで姉さんの魔法が発動した。


<魔法妨害Lv1>ジャミング

 初使用であろう姉さんの魔法。敵の周囲にクロスした鎖が被さり対象に鎖が巻き付く。

 一時的に魔法を使用不可能にする魔法だ。効果時間は使用者の魔力と対象の抵抗力に依存する。

 ただし制限を掛けるのは魔法のみだ。動きまでは制限されていない。


「詠唱妨害の魔法よ。今の間に反撃して!」

 姉さんの今の魔法で赤いスライムは一時的に魔法を使えなくなったようだ。

 何度も詠唱を試みるが魔力が溜まりきらず発動できていない。


 魔法が使えないと分かったのか、今度はこちらに向かって動き出した。

 ただしスライムなため動きは緩慢だ。こちらも距離をとって後ろへ下がる。

「しかし、中級魔法でダメージを受けず、レベッカの矢すら届かないとなると…」


(……そう言えばさっき、魔法剣を使ったとき、効いていたような)


「エミリア、強い氷魔法を使って!」


「!! 分かりました!」

 エミリアは詠唱を開始する。氷魔法はそこまで慣れてないためエミリアは即時発動できない。


<初級氷魔法>アイス

 僕も時間稼ぎのために初級魔法を使用する。やはり少し固まりはするが、威力が足りてない。


「レベッカ、弓を構えて待機しててくれ!出来れば連発出来るように」

「分かりました!」


「お待たせしました!<中級凍結魔法>ダイアモンドダスト!!」

 エミリアの魔法が発動する。スライムの周囲の急速に冷やされて赤いスライムの動きが完全に止まる。


「レベッカ!」「はい!」

 構えてたレベッカから銀の矢が三射放たれる。

 凍り付いた赤いスライムは全てまともに受けてしまい完全に砕け散った。


「やっと倒したか」

「レイ、よく氷魔法が効くことに気付きましたね」

「さっき魔法剣を使った時に氷は効いてたみたいだったから…」


 おそらく炎無効、氷弱点、物理防御高めというボス格の敵だったのだろう。


 砕け散った赤いスライムから何かが落ちたようだ。

「これ……さっきと同じ魔石かな?」

 ただし先ほどよりいくらか大きくて綺麗な輝きをしている。

「これは結構良い感じですね。持って帰りましょうか」


 改めて扉を開けて入ろうとするのだが…

「あれ、私の力が弱いのかな?開かないのだけど…」

 姉さんが苦戦してるので、僕が開けようとするのだがやっぱり開かない。


「この台座は何でしょうか?」

 レベッカが扉の脇の壁に何かの台座を発見した。


「うーん、何かを置くのでしょうか…?」

 その台座の上に小さな丸いくぼみがあるようだった。


「あっ、もしかして…」

 僕は鞄からさっきの小箱から手に入った小さな球を取り出した。

「レイくん、それは?」

「さっきの宝箱に入ってたものなんだけど、すっかり忘れてたよ」


 僕はその球を台座のくぼみに置いた。すると――――


 ゴゴゴ……


「扉が開きましたね、なるほどこういう仕掛けですか」

「思ったより手ごわいダンジョンのようですね、みなさま気を付けて進みましょう」


 レベッカの言葉に頷いて僕たちは次の扉の先へ進んだ。

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