第919話 役割

 不死身の化け物相手に対抗手段が見いだせないレイ達。


 しかし、彼らはその化け物が外部的要因によって超強化されたのではないかと推測する。


 それを前提でレイ達は作戦を立てるのだが……。


「不確定情報も多いけど、ここまでの敵の情報を纏めるよ」


 僕は皆にそう告げてから作戦立案の説明を始める。


 ①今回戦う魔物の正体は合成生物(キマイラ)と呼ばれる魔王軍の生物兵器。


 ②魔軍将の一人によって製造されたものの、使い物にならずに放置されていたが、魔王軍が壊滅した際に脱走してしまった。


 ③元々強力な魔物だったが、魔王の魂を複数を取り込んでいるせいで本来よりも数倍パワーが上がっている。


 ④何度倒しても復活しその能力は肉片レベルまで分解しても元通りに復活する。


 ⑤取り込んだ魂の分だけ復活する能力を得ていると思われる(推測なため不確定な要素)。


 ⑥見た目がグロデスクで気味の悪い奇声を発するため、近くに居るだけでもこちらは相当精神衛生上厳しい戦いとなる。


 ⑦基本的に攻撃が通り辛く再生能力もあるため仕留めるなら圧倒的な火力が必須になる。


 ⑧動きそのものはそこまで早くないが飛行能力を持っているため機動力が高い。


 ⑨仮に化け物をこの山から出してしまうと、そこに甚大な被害が出る可能性が非常に高い。


 ……これらの理由で、あの魔物を放置するわけにはいかない。


「何か気付いたことがあるなら皆に聞いておきたいんだけど」


 僕がそう報告を終えると、腕を組んで黙って話を聞いていた仲間達の数人が手をあげる。


「じゃあ、まずはレベッカ」


「はい」


 僕に指名されてレベッカが挙手していた手を下げて言った。


「わたくし、何度かあの魔物に弓矢で射撃を試みておりましたが、わたくしの矢の攻撃では致命傷を与えることは出来ませんでした。

 おそらく攻撃範囲の狭い攻撃はすぐに再生されてしまうので足止めにしかならないと思われます。ですが……誘導性能がある遠距離攻撃であればそれなりに有効かと思われます」


「誘導性能のある遠距離攻撃?」


「例えば、わたくしがある程度操作できる<重圧>グラビティを付与した矢の一撃などでございます。

 ある程度の破壊力があることが前提でございますが、敵の注意を引きつつ、死角から攻撃することで再生が他の攻撃と比べて遅く感じました」


「……なるほど、死角からの攻撃か」


 一撃で完膚なきまでに仕留めるしか手段がないと考えていた僕にとって、これは有力な情報だった。


「じゃあ、次はアカメ」


「ん……。私の攻撃が全体的に通りが悪かった。おそらく私が使う闇の魔法にあの化け物は耐性がある」


「闇の魔法か……アカメが単独で抑えていた時にも何度か使ってたよね?」


「うん、闇の炎ダークファイア……漆黒の渦ブラックホール……混沌たる闇の呪縛ブラッドカース……どれも効果が殆ど無くて、アイツ自身も使ってくる」


 闇の炎は威力の高い中級火炎魔法。


 漆黒の渦は黒い球体を発生させて全てを吸い込む魔法。


 混沌たる闇の呪縛は広範囲に魔力ダメージを与える攻撃魔法だ。


 最後の魔法は身体の組織が魔力で構成されている魔物には特効効果があるらしいのだが……。


「アカメの攻撃手段は他にある?」


「武器を用いた近接攻撃くらいだけど、私の使ってる武器は王都で買った代用の剣……正直火力が足りない……お兄ちゃんやカレンが使うような聖剣でもないとあまり効果的じゃないと思う」


 そう言いながらアカメは自身のショートソードを取り出す。アカメの本来の武器は魔王との戦いで失っており、それ以降彼女は王都で買いそろえた武器を使っている。


 王都の武器はジンガさんが作成した武器もいくつか用意されているため性能は高いのだが、聖剣やオリハルコン級の武器に比べると性能は大きく劣る。


「他属性の魔法は?」


「中級程度なら一通り……だけど、ルナやエミリアほどの威力が無い。ただスピードを活かした陽動くらいなら出来る」


「……分かった。じゃあ次は……姉さん」


「はいはーい。私とノルンちゃんが結界を作って化け物を閉じ込めて、そこでレイくんとカレンさんが用いる火力で延々と攻撃するってのは?」


「多分、僕とカレンさんが全力で攻撃したら結界ごと壊れるよ」

「間違いないわね……」


 僕の姉さんへの回答にカレンさんが同意する。彼女の結界の強度は一級品だが、それでもあの魔物の攻撃を防ぐためにかなりの力を込めることになる。そうなれば二人の負担も大きいし、その上で僕達が攻撃すれば長くはもたないだろう。


「……結界を作って閉じ込めるよりはアイツ自身を束縛した方が効率が良いでしょうね」


 ノルンは挙手はしてなかったが、姉さんの提案を受けてそう意見する。


「案はある?」


「私も行動を阻害する魔法が使える。邪悪な存在に対する封印術だから通用すると思うわ。ベルフラウも束縛魔法は得意でしょ?」


「得意だけど……あの魔物に通じるかちょっと怪しいわね……本来の力があれば分からなかったけど」


 ならノルンは束縛やサポート系の魔法を主軸に、姉さんは結界魔法や防御魔法、それに回復魔法で後方支援をしてもらう方が良さそうだ。


「ルナは何か意見ある?」

「ふぇっ?」


 大人しく聞きに徹していたルナに質問を投げかけてみたのだが、ルナは突然指名されたことで慌てたように言った。


「え、えっととくには……」


「そっか……」


「……ただ、エミリアちゃんが居ればもっと楽に戦えたかもーって思ってたり……」


「あー……確かに……」


 エミリアは高火力の攻撃魔法を安定して連発できるし、速度に特化したけん制攻撃も使用できた。

 一撃の火力を得意とする僕やカレンさんより、平均火力が高く連発も可能なエミリアが居れば攻撃役を増えて楽に戦えたかもしれない。


「まぁエミリアはここには居ないし……」


「その役目はルナちゃんに任せるしかないわね。エミリアちゃんの魔法の弟子だもん、期待してるわよ?」


 カレンさんがウィンクしながらルナにそう告げる。


「じゃあある程度意見も出た事だし、全員の役割を考えよう。僕とカレンさんは前衛で魔物を抑えながら隙を見つけて一撃必殺の技を叩き込むよ」


「責任重大ね……」


「ただ、あの攻撃を正面から受け止める自信は無いから皆にサポートしてもらう必要はありそう」


「……戦いにおいて気にしてる場合でないのは分かるのだけど、アイツの攻撃って臓物をこっちに振り回したりしてくるから、近距離だと迂闊に近づくの怖いわね……」


 カレンさんの言う通り、あの化け物は肉片をこっちに向けて滅茶苦茶に振り回してきたりする。

 想像すれば吐き気を催す光景だ。血とか汚物がいっぱい飛び散る可能性もあるので出来れば一生近付きたくない。


 僕とカレンさんが想像して軽い吐き気を感じていると、ノルンが言った。


「状態異常対策をした方が良いかもしれないわね。付着する血に何らかの病原体や毒が付与されていてもおかしくないわ」


「それならお姉ちゃんが事前に全員に予防魔法を掛けておいてあげるわ。数回くらいなら凌げるはずよ。勿防御魔法や回復魔法は私が一任にするから他の人は全員攻撃に参加してくれるとありがたいかも」


 姉さんの防御魔法は魔王軍幹部の攻撃すら防ぐほど強力なので安心できる。これで僕とカレンさんが攻撃に集中できるのは大きいだろう。


 ただ、僕達に攻撃が集中してしまうとそれでも簡単に崩されてしまう可能性がある。僕達が攻めに転じることが出来るように、魔物を翻弄するための役割が必要だ。


 その役割に最も適しているのは……。


「レベッカ、アカメ。二人は速度と得意の遠距離攻撃を活かしてアイツを翻弄してほしい。二人が気を引いてアイツに隙が出来れば、そのタイミングで僕とカレンさんが一気に仕留めに掛かるよ」


 僕が二人にそうお願いすると、アカメもレベッカちゃんも首を縦に小さく振って頷いた。


「それで、最後にルナの役割だけど……」

「あ、うん! 頑張る!!」


 ルナは、えいえいおー!みたいなポーズを取って気合十分な様子を見せてくれる。


 勿論彼女がやる気になってくれるのは嬉しいのだけど、彼女は積極的に戦闘に参加してもらう以外にもっと重要な役割があると僕は考えているのだ。


「レベッカ達のように攻撃の支援も頼みたいところだけど、ルナのメインの役割は戦況の俯瞰だよ」


「戦況の……俯瞰……?」


「そう、俯瞰。ドラゴンの状態で上空から戦場全体を見渡して状況を把握してほしいんだ。

 僕やカレンさんは前線に出る関係上視野が狭くなりがちだし、アカメやレベッカは気を引くためにピンチに陥る状況も考えられる。その場合、ルナが上空を飛び回って助けてくれれば保険になる」


 ルナの攻撃力を活かす手もあるのだが、この中で最も機動力に優れる彼女は味方がピンチになった時に真価を発揮する。狙われた仲間を助けるために上空から攻撃魔法で魔物をけん制し、その隙に仲間を自身の背に乗せて安全な場所に避難させるのだ。


 上空に敵が居た場合も上手く逃げに徹して貰えるので、戦場の状況が分かりやすい立ち位置になる。


 懸念があるとするならルナ自身の経験の乏しさだが、今のルナは魔王との戦いからかなりの戦闘経験を積んでおり、今ではエミリアから魔法の師事も受けている。今の彼女なら安心して任せられるはずだ。


「纏めると、僕とカレンさんは主軸のアタッカー。レベッカとアカメはけん制攻撃と遊撃。姉さんとノルンは後方支援。そしてルナは上空からの俯瞰と緊急時の対応、状況によっては僕達に指示をお願い。

 もし状況が不利になりそうだと判断したら、撤退も視野にいれよう。アイツを野放しにするのは避けたいけど、僕達が全滅しなければ状況は立て直せる。撤退の判断は僕か……僕に余裕が無ければ姉さんかルナに任せようかな……と、こんな感じだけど何か意見ある?」


「無いわね」


「うん、それでいいと思う」


 カレンさんとアカメが僕の作戦に同意する。皆も異論はないようで頷いてくれる。


 唯一、ルナだけは自身の役割に納得いかないようで不安そうに呟いた。


「……なんか私、あまり役割が無いような……もしかして頼りにされてないのかな……」


 彼女はそんな事を言う。

 しかし、その言葉に僕達は顔を見合わせて苦笑する。


「どうしたの?私何か変な事言った?」


 ルナは少しムッと怒ったように言う。


「いやいや、正直むしろルナの役割は一番大事だよ」


「そうね。ルナちゃんは私たちが自分の役割に集中する為に必須だと思う」


「……同意」


 僕の言葉にカレンさんとアカメが同意する。


「そ、そうなの?」

「ええ。普段だとその役割はレイ君が主に担ってるからね」

「サクライくんが?」


 カレンさんの言葉にルナがキョトンとした顔で僕を見つめる。僕は小さく頷いて、「任せたよ、ルナ」と彼女に向けて言って微笑んだ。


「あ、は……はい!頑張る……!」


 ルナも嬉しそうに笑って敬礼で答えてくれたのだった。


 そして、そのタイミングで山頂の方から例の化け物の声が響き渡る。


「……どうやら、こっちを挑発してるみたいだね」


「私たち、とーってもあの化け物に好かれているみたいね。ふふっ」


 カレンさんは冗談を交じらせて言った。……全然笑えない。


「さて、気休めかもしれないけど話し合いも終えた事だし僕達も山頂に行こう。第二ラウンドだね」


 僕のその言葉に全員顔を見合わせて頷いてくれる。再度覚悟を決めて僕達は山頂に向けて進んで行くのだった。

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