第142話 忘れるという事、忘れたくない想い
事態が落ち着いてからライルさんとレニーさんに事の詳細を話した。
村長さんの怪我は既に回復し、僕も足は元通りになっている。
しかし、かなりのダメージを負っていたため意識が戻らず、
今は寝室に寝かせている。
「――なるほど、家にそんな魔法陣が……」
「信じられないわ、昨日まで元気そうだったのに……」
二人は複雑な表情をしていた。
「――それで、村長は無事なのか?」
「うん、今はまだ眠ってるけど、時間が経てば起きると思うよ」
回復魔法が間に合ったとはいえ、
瀕死の重傷だ。すぐには起き上がらないだろう。
僕は足だけで済んだから良かったものの、
下手をすると冒険者に復帰できなくなったかもしれない。
そう考えるとゾッとする。本当に運がよかった……。
「……それで、何でこの家にそんなおっかない魔法陣があったんだ?」
「それは私達にも分かりませんが……」
僕はさっき砕いた魔石を拾い上げた。
「……その石は?」
「魔石……だと思うんですが」
僕の拾い上げた石は、
魔石と呼ぶには随分黒ずんでいてボロボロになっていた。
長年土の中に埋まっていて、腐ってしまったかのような感じだ。
「魔石に込められた魔力が完全に消え失せていますね。それに……」
エミリアは一旦言葉を切ってから続けた。
「この魔石、魔物のような禍々しい気配も感じました」
「エミリア様、もしかしてそれは――」
これもあの黒い剣と同じようなものだったという事か。
こうなった原因もこの魔石にあったことは間違いなさそうだ。
「……とりあえず、この事はギルドに報告しておくべきかな」
「はい、そうですね」
しかし、この村にはギルドは無い。報告しようにも難しいだろう。
「あ、それなら大丈夫です。
私が<通信魔法>で近くのギルドに連絡を入れます」
そう言ってくれたのは、ガードのレニーさんだった。
レニーさんは耳にしたピアスを外して、
手のひらに置いて魔法を唱え始めた。
「――レニーです。聞こえますか、村で事件が起きました。詳細は――」
レニーさんはその手の平を耳に当てながら話し始めた。
どうやらそのピアスは通信魔法の魔道具らしく、
離れた場所にいる人と連絡を取ることが出来るらしい。
便利な物があるものだなぁと思いつつ、僕は先ほどの魔石を見つめた。
「……」
何故こんなものがここに……? そもそも誰が作ったのか。
どうして魔石に魔物の気配が封じ込められていたのか……。
疑問は尽きないが、考えても答えが出るわけじゃない。
「村長さんに訊かないと分からないね……」
僕達はそう結論を出して、立ち上がった。
「じゃあ、僕達はそろそろ帰ります。色々ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。村のガードとして村長を救ってくれて感謝するよ。
ギルドへの連絡はレニーがしておくからアンタらは宿で休んでてくれ。
もし村長の意識が戻ったからこっちから迎えに行くよ」
「はい、お願いします」
そう言ってライルさんに頭を下げてから部屋を出た。
◆
二十一日――
「村長が目を覚ました、アンタたちに話があるそうだ」
僕達は今朝に、ライルさんから村長に呼ばれていることを伝えられた。
そして、そのまま村長さんに会いに行った。
「――おお、あなた方でしたか。此度は大変お世話になりましたな」
村長さんはまだベッドに伏せてはいたが、
昨日と比べて随分顔色が良くなったみたいだ。
「いえ、それよりもお体は平気ですか?まだ辛いなら話は後でも……」
「大丈夫じゃ、それに何故あんなことになったのか、
私には説明する責任があるでしょうしな」
村長さんは肩を支えられながらベッドから上半身だけを起こした。
「そういうことなら、説明をお願いしてもいいですか?」
「では、あれは一週間前の話です……」
そう言って村長さんは話し始めた。
あの夜の出来事を……。
「あの日の夜、突然旅の商人を名乗るものが私の家にやってきました」
『商人』と聞くと思い浮かぶのは僕達が追っていた商人だ。
「その商人はどのような風貌でしたか?」
「背中に沢山の武器と、不気味な仮面を付けた怪しい人物でした」
その日、その商人は村長にこう言ったらしい。
『貴方の哀しみを癒して差し上げましょう』と。
「実は去年、私は妻を亡くしておりましてな。
私より二十歳は若く美人で器量が良くしっかり者の出来た妻でした」
「…………」
「妻は少し前まで元気だったのですが、
突然病魔に侵されてすぐに亡くなってしまいました。
――恥ずかしながら、私は今でもまだ悲しみから立ち直れておらず、妻に似た女性を見るとつい声をかけてしまう癖まで出来てしまい、先日もそちらの美しい女性に声を掛けてしまいました。年甲斐もなく申し訳ない」
最初にこの街に来た時に僕達に声を掛けてきたのは、
姉さんが奥さんに似ていたからだったのか。
姉さんは村長の言葉に優しく微笑んだ。
村長はその笑顔を見て、少し申し訳なさそうに頭を下げて言った。
「――と、余計な話でしたな。
その商人の言葉はすぐに私の妻の事を言っているのだと気付きました」
その後、商人は昨日僕が砕いた魔石を取り出してこう言ったそうだ。
『この魔石をお使いなさい。この魔石を媒介に魔法陣を描き、
愛する人を思い浮かべて魔法を唱えれば、愛する人は蘇るでしょう』
同時に、魔法を使用すれば貴方は死ぬかもしれないと言われたが、
村長はそれでも魔法を使うことを躊躇しなかったようだ。
「私が死んでもいいと思ったのです。
最愛の人を生き返らせることができるなら……。
ですが……まさかこのようなことになるとは思いませんでした」
そう言って、村長は悔しそうな表情を浮かべた。
「その商人は、何処へ行ったんですか?」
「分かりませぬ。
家を出てからその商人を見たものはレニーさん以外居ませんでした。
彼女の話ではあの商人が南へ歩き出したことだけ覚えていたようです。
――あなた方には本当にご迷惑をお掛けてしまいましたな。
……これを機会にすっぱりと妻の事を忘れるべきかもしれませぬ」
村長は僕達に向かって深々と頭を下げた。
「……」
僕は何も言えなかった。
「これを……持って行って下され」
僕達は枕元にあった村長さんにアクセサリーのロケットを渡された。
「……これは?」
ロケットの蓋を開けると、
若いころと思われる村長と女性の姿が映った写真が込められていた。
その女性は姉さんとそっくりとは言わないまでも、
綺麗で穏やかの雰囲気を漂わせる女性だった。
「それは昔の妻の写真です。……思い出を断ち切るためにも、
持っていってください。邪魔なら捨てて貰っても構いません」
「……そんな」
いくら忘れるためとはいえ、大切な思い出なのに……。
僕はどうしたらいいのか分からなかった。
だけど、その時、僕の隣にいた姉さんが小さく呟くように言った。
「……忘れる必要なんてありませんよ」
「えっ?」
「村長さん、忘れる必要なんてありません。
だって、貴方の奥様は今も貴方を見守っているのですから―――」
その言葉を言った瞬間、姉さんと周囲が光り輝いた。
そして、その光と共に姉さんの隣にうっすらと誰かの姿が映った。
「あ、おお……これは………!?」
村長さんはその光景に驚愕し、そしてその目を一点に向けた。
そこには――
「――――イレーヌ」
村長さんは誰かの名前を呼んだ。
その視線の先には、先ほどの写真に写っていた女性の姿があった。
『――もう、貴方はずっと昔から寂しがり屋なのですね』
村長さんは体の不調などお構いなしにベッドから飛び出し、
イレーヌと呼んだ女性の元へ歩いて強く抱きしめた。
「ああ、すまなかった……。
私はお前の事がずっと忘れられずに、このような過ちを……!!」
『――あなたが無事で居てくれて本当に良かった』
二人は涙を流しながら抱擁を交わし続けた。
しかし、その女性の輪郭が少しずつ薄くなっていく。
「――イレーヌ、お前は……」
『最期にね、もう一度貴方と話をしたくて、
そこに居る女性は私の姿が見えていたようだからお願いしたの』
イレーヌと呼ばれた女性は、
光り輝いている姉さんに視線を交わしお互いに微笑んだ。
『ありがとう、女神様。
貴女様のお陰で最期に私の愛する人と言葉を交わすことが出来ました』
「……会えたのは貴方がずっと彼の傍で見守っていたからよ。
私は手助けしただけ」
姉さんのその言葉を聞いたイレーヌさんは、
深く礼をして、そして空に浮かんだ。
「―――イレーヌ!!!……逝って、しまうのか」
『――悲しまないで、もうきっと姿は見せれないけど、
私はずっと貴方の傍に居ますから―――』
そして、その輪郭が完全に消えて見えなくなる寸前、
イレーヌさんは最後に言った。
『―――愛しているわ、あなた』
そして、イレーヌさんは消えていった。
「――ああ、私もだ。いつまでも、お前だけを」
その後、僕達が村長さんの家を出る頃には既に日が落ちかけていた。
◆
二十一日目――
次の日、村長さんはというと、
奥さんとの最期の再会を果たしたことですっかり気力を取り戻した。
「イレーヌとの思い出を忘れようと思っておりましたが、
私は一生彼女の事を忘れずにいようと思います」
村長さんはそう言った。
「ええ、それが良いです」
「村長様、イレーヌ様の思い出を大切にしてくださいませ」
「きっと今もイレーヌさんが見守っていると思います。
だから変な奴に騙されちゃいけませんよ」
村長さんの僕達の言葉に深くうなずいた。
そして姉さんに視線を合わして言った。
「貴女には本当に感謝しております。
ベルフラウさんと仰いましたか、
貴女のおかげでイレーヌと会うことが出来ました」
「いえ、私はただお手伝いをしただけですよ」
「しかし、貴女様は一体――いえ……余計な詮索でしたな。
もし、あの商人を追うのでしたら気を付けてください。
あなた方の旅の無事を祈っております」
◆
僕達は村長さんやガードの二人に見送られて村を出た。
ロケットはやはり村長さんが手放さず、
思い出の品として大事に取っておくことを決めたようだ。
僕達は怪しい商人を追うために馬車で村から更に南西に進み始めた。
レニーさんが言うには、
『村長を騙した商人は南の方へ向かったのだと思う。
この村から見て南西の大陸を繋ぐ橋へ向かってる可能性が高いわ』
と言っていた。
以前のアムトさんの『黒剣』それに今回の『闇の魔石』
どちらも非常に危険なものだ。商人の本当の目的は分からないが、
僕達はそれを阻止するために旅を続ける。
きっと、その商人と出会った時、今回の旅の終焉を迎えるのだろう。
「――しかし、村長さん随分奮発しましたね」
馬車の中でエミリアは言った。
「うん、ここまでしなくても良かったのに……」
僕は馬車の隅に置いた白い大きな袋を見た。
僕達が村を出る時、村長さんに今回の件の謝罪とお礼という事で金貨と保存食をたんまり貰ったのだ。最初は断ったのだが、受け取ってくれないとイレーヌに怒られてしまうと言われて受け取ることにした。
「でも、良いじゃないですか。
これだけあれば当分の食料には困らないでしょう?」
「まあ、そうだね」
僕は袋に入った大量の食糧とその中の金貨袋を見てため息をついた。
村長さんはこんな大金渡さなくてもいいのに……。
総額はなんと金貨三十枚もある。
村の稼ぎが良いのかもしれないけど、
通りすがりの冒険者に渡す金額としては破格だ。
「それにしても今回は姉さんが大活躍だったね」
僕は手綱を握る姉さんの方を振り返って言った。
姉さんのおかげで村長さんと知り合えて、
魔法陣から村長さんを救うことが出来た。それだけじゃなくて、村長さんの最愛の妻であるイレーヌさんと村長さんが最後に再会まで出来たのだ。村長さんからしたら、姉さんはまさに女神だろう。
「それにしても、ベルフラウ様。
あれはどういった魔法だったのですか?」
レベッカは御者の姉さんの方を見て疑問を言った。
それを聞いた姉さんはチラッとこちらを見て微笑んだ後に、
「ふふふ、内緒♪」
といって前を向いて再び馬車を走らせた。
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