第141話 善悪

「……剣に化けた魔物だって?」


「そう、私達はその剣を売り捌く商人を捕まえるために追っかけてます」


 最初は僕が説明していたのだが、

 エミリアの方が上手く纏めて説明してくれて助かった。


「あ、あの剣が魔物だったなんて……」

 レニーさんは信じられないような顔をしていた。


「俺はその剣を見てないが、少なくとも魔物の気配は無かった」

 ライルさんはレニーさんをフォローするように言った。


「あの剣は正体を現すまで気配が分からないんですよ」


「へぇ、そういう事も分かるんだな」

 ライルは感心したように言った。


「分かるというか、数回戦ったことがあるので……」


「そうなのか?見かけによらず強いんだな、アンタたちは」


「それで、話を戻すのですが、

 その商人はどこに行ったか分かりませんか?」


「南の方角……としか言えないわね。

 直接会ったと思われる村長さんなら知ってるかもしれないけど……」


 村長さんか……もしかしたら何か危害を加えられた可能性も……。


「レイくん、その村長さんに会ってみましょう」


「そうですね。

 怪しい商人がこの村に剣を売りつけていった可能性がありますし」


「もしそうであれば、その村長様が心配です」

 レベッカとエミリアの意見が一致した。


「確かにそうだね。

 ライルさん、レニーさん、ありがとうございます!ちょっと行ってきます!」


「ああ、気をつけてな!」

 僕は二人にお礼を言って、村の奥へと向かった。


 ◆


「ここが村長さんの家かな?」

 僕達が向かった場所は村の少し外れにある他の民家より少し大きな家だった。

 おそらくここが村長さんの家だろう。


「村長さんは居るんだろうか?」


 僕達は扉をノックして返答を待った。

 しかし、返事は無く扉が開くことも無かった。


「……留守、なのでしょうか?」

 それからもう一度ノックをしてたが、やはり誰も出てこなかった。


「……仕方ない、出直そうか」

 僕達はそう言って引き返そうと、背を向けた。しかし――


 ――カタン


「……え?」

 村長の家の中から何か音が聞こえた気がした。


「レイくん?どうかしたの?」

 音が聞こえて固まった僕に気付いて姉さんが僕の隣に戻ってきた。


「いや、今中から物音みたいなのがしたんだけど……」

「本当?私には何も聞こえなかったよ?」

「でも、確かに……」

 僕がそう言った瞬間、再び家の方からガタッという大きな音がした。

「……」

「……今、確かに音が……」


 三人は困惑してるが、僕は少し嫌な予感がした。

 僕はゆっくりと扉を開くと……何の抵抗も無く扉は開いてしまった。

 鍵は閉まっていないようだ。


「………」

 家の中は昼間を過ぎているというのにカーテンが閉まったままだった。

 明かりもついてなく、薄暗い状態だった。


「これって……」

「うん、なんかヤバそうな感じだね」


 僕の言葉に姉さんが同意する。

 僕は警戒しながら部屋の奥へと進む。

 すると、部屋の中心辺りで何かが落ちている事に気づいた。


「………何だろう、これ?」

 それは一見よくある魔石のように見えたのだが……。

 どこか不気味で禍々しいオーラのようなものを感じる事が出来た。


「それ、どう見ても普通の石じゃないよね」

「はい、それに何か邪悪な気配を感じます」


 ……何でこんな気味の悪いものが?

 僕はそう思って拾い上げた、その瞬間――


『―――あ、あ、あ』「ッ!?」


 突如として、不気味な声が響いた。

 僕達は驚いて周りを見渡す。少なくともこの部屋には誰も居ない。


 しかし、声は奥の方から聞こえた。


「……居間の方でしょうか?」

「……うん、でも」

 今の声、人の声だとは思うが、明らかに様子がおかしい……。

 僕は拾った魔石を鞄にしまう。


「……嫌な予感がする。姉さん達はここに居て、僕が様子を見てくる」


 そう言って僕は今の方に慎重に歩いて行った。

 そして、部屋の突き当りまで来ると、そこには――


「……なんだ、これは?」

 異様な光景が広がっていた。


 まず最初に目についたのは床一面に描かれた魔法陣のような模様。

 そしてその中心には、昨日出会った老人が苦しそうに呻いていた。


『た、たすけて……』

 魔法陣の中心にいる老人はこちらに助けを求めるように手を伸ばす。

 その手は昨日見た時に比べて枯れ木のように細くなっており、

 頬も骸骨のように窪んでいた。


「――っ!だ、大丈夫ですか!?」

 僕は咄嗟にその老人の元に駆け寄ろうとするのだが、

 その魔法陣の中に入ろうした瞬間に、


「―――ぐっ!?」

 一気に自分から力が抜けていった。

 一瞬意識を失いかけて、膝から崩れていった。


(……な、なんだ、これ……力が全然入らない)

 まるで自分の体が自分のものでは無いような感覚に襲われる。


『ああああああ!!!!!』

 突然老人は悲鳴を上げて苦しみ出した。

 周囲に黒い靄のようなものが浮かび上がり老人の体に纏わりつく。


 すると、その靄はまるでヒルのように老人の体に張り付き、

 その場所の肉が溶け始めた。


 それだけじゃない。

 靄の一部は魔法陣に入りかかっていた僕の右足に張り付いて、


「や、やめろ……うわぁぁぁぁ!!」


 そのまま僕の足はまるで硫酸を掛けられたように溶けていき、

 その激痛で僕は絶叫した。


 次の瞬間――


「――レイ!」

 僕は誰かに手を後ろに引っ張られ、

 後ろにひっくり返り魔法陣から逃れることが出来た。


「レイ、大丈夫ですか!?」

 僕の手を引っ張ってくれたのはエミリアだったようだ。

 他の二人も部屋に入ってきて、その部屋の様子に驚愕した。


「こ、これは一体?」

「……ぼ、僕は良いから、あのお爺さんを……!」

 痛む足を抑えながらもう片方の手で魔法陣の真ん中のお爺さんを指さす。

 既にお爺さんは体の半分近くが溶解しかかっていた。


「!?」

 レベッカは魔法陣に入ろうとするが咄嗟にそれを止める。


「は、入っちゃダメだ!僕みたいに体を溶かされる!!」

「――っ!な、ならどうすれば!?」


 しかし、姉さんは元凶は魔法陣だと気付き、詠唱を始めた。


<解除>ディスペル!!」

 姉さんの解除魔法が発動し、周囲の魔法陣の光が消えその効果を止めた。

 しかし、魔法陣を止めたは良いが老人の体はそのままだ。


「ね、姉さん、回復魔法を使ってあげて!」「うん!」

 姉さんは活動を止めた魔法陣の中に入り、老人に回復魔法を掛け始めた。


<完全回復>フルリカバリー

 老人の体が回復魔法で光り始める。

 しかし、あれほどの状態だ。治り切るかどうか……。


「レイ、貴方も足が溶けかかってますよ!?だ、大丈夫ですか!?」

 エミリアに言われて僕は自分の足の様子を見た。

 すると、右太腿の辺りまで服ごと皮膚が溶けており、血が流れ出ていた。


「くそっ、これじゃ歩けない……」


 僕はそう言って痛みに耐えながらも何とか立ち上がった。

 しかし、歩くたびにその激痛が走り、

 とてもじゃないけどまともに歩けそうもない。


「レイ、無理に立ち上がらないで!」

「レイ様、こちらに!」


 左右からエミリアとレベッカが僕を支えてくれて、

 僕を近くにあった椅子まで支えてくれて、僕はそこに座った。


「レイ……今治しますからね……!」


 二人は僕の足に手を当てて魔法を使った。

 二人が使っているのは<応急処置>ファーストエイドという基礎的な回復魔法だ。


 ただ、二人は不慣れなためあまり回復力は無い。

 それでも少しだけ痛みが緩和して、僕は苦痛から逃れることが出来た。


「あ、ありがとう二人とも。もう大丈夫だよ」

 僕がそう言うと、二人は安心したのか大きく息を吐いた。


「……それより、今のはなんだったんだ?

 いきなり力が抜けたと思ったらあんな事に……?」

 僕がそう聞くと、姉さんは首を横に振って否定した。


「分からない!それにおかしいわ、この人の体、全然回復しないの!?」

「な、何で……!?」

 魔法陣が止まって効果は切れている筈なのに……!?


 そんな話をしている間にも老人はどんどん体が弱っていき、

 もはやうめき声もあげることなくぐったりしている。


「……ま、まさか!?」

 僕は椅子から立ち上がりまだ痛む足を無視して引き摺って歩き出した。


「れ、レイ、まだ怪我が!?」


「多分、さっきの魔石が理由だよ、あれを破壊すれば――!」


 そうして僕は落ちていた鞄の中から、

 先ほどの魔石を取り出して、それを剣で破壊した。


 すると、その瞬間に老人に纏わりついていた黒い影のような物が霧散していき、老人の顔色が見る見るうちに良くなっていった。同時に、老人の周囲の魔法陣が完全に消え失せた。どうやらあの魔石の魔力を媒介にして魔法を発動していたようだ。


 姉さんの回復魔法がようやく効果を発揮したのだろう。

 あちこち溶解しかかっていた体の肉が復元し始めた。


「……た、助かったんですかね?」

 レベッカの言葉に姉さんは大きく肩を落とした。

 しかし回復魔法は使い続けている。


「……えぇ、多分……。でもまだ危険だから暫くは魔法を掛け続けるわ」

 どうやら僕の怪我の回復は少し後になりそうだ。

 そこで玄関から足音が聞こえて、部屋に別の人が入ってきた。


「――こ、これは一体!?」

「あ、あんたら、何があったんだ!?」

 入ってきた人はさっきのガードのライルさんとレニーさんだった。

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