第286話 大体緑の人が悪い

 姉さんとお風呂から出たボク達は、

 喉を潤してから近くの休憩室に集まっていた。

 理由はボクの身体の事を元凶緑の魔道士さんに問い詰めることだけど、一応今後の方針も話し合う。


「それで、ウィンドさん。ボクの身体はいつ戻るんですか?」

「………あと、三日くらいで戻る……といいですね」

 三日もこのままなのか……。ボクは思わず頭を抱えたくなる。


「そんなに落ち込まないで下さい。レイさんならきっとすぐに慣れますよ」

「いや、現在進行形で慣れ掛けてるから困るんですけど……」


 徐々に男性としての感情を消失しかけてしまっている。このまま放っておくと本当に精神が女の子になりかねない。そして、精神が女の子になったタイミングで体が男に戻るとかいう最悪な事になる。


「今『戻るといいですね』ってアンタ言ったわよね」


「……言いましたっけ?」


「言ったわよ。つまり、戻らない可能性もあるんじゃないの?」

 カレンさんの言葉を聞いて、ウィンドさんは顔を逸らす。


「……薬の効力が少々強かっただけですよ。

 徐々にホルモンのバランスが戻っていくはずです。……多分」


「最後の一言がなければ完璧だったんだけどね……」

 カレンさんが呆れたような声を出す。

 今の話だと、何かしら手を打たないと元に戻れない可能性がある。


「ウィンドさん、せめて何か元に戻る手段は無いでしょうか?」

 エミリアの質問に、ウィンドさんは少し頭を悩ませてから答える。


「そうですね……。レイさんが男性であることを強く意識させるような出来事があれば、すぐにでも戻れるかも……?」

「意識させること?」

「はい、私にはすぐには思いつきませんが」

 ウインドさんの解決策は曖昧だ。

 意識するといっても、今でもボクは自身が男であると思っている。今回だって男性であることを自覚してるから女湯に入るのを渋ったわけだし、別段意識しなくても……。


「―――あ」

 そこまで考えて、更に強く意識したことがあった。

 さっきレベッカに<魅了の魔眼>を掛けられた時の行為だ。


 要するに『キス』された時だ。

 あの時はすぐに意識を失ってしまったけど、レベッカに対する男性として強い好意をその瞬間だけ思い出していたと思う。


 ――とはいえ、また同じことをしてくれと言われても流石に言えない。


「うぅ……」

 思い付きはしたけど、そんな事を言えば嫌われてしまいかねない。 

 そんな思い悩むボクを心配してくれたのかカレンさんが優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。レイ君には私がついてるから」

「ありがとう……カレンお姉ちゃん」


 こういう時、優しくしてくれるカレンさんはとても素敵。

 ボクがカレンさんに寄りかかるとカレンさんに頭を撫でられる。


「ふふっ、レイ君甘えん坊ね」

「うー……」

 言われてみると、最近こんなのばっかだ。


「カレンさん……レイ君が女の子のままの方が嬉しいんじゃ……?」

「そ、そんな事ないですよ? ベルフラウさん」

 カレンさんが取り繕うように言った。


「レイ様も露骨にカレン様に懐くようになったような……」

「そ、そんなことないよ」


 ボクもレベッカに問われて似たような反応をしてしまう。……本音を言うと、今の身体になってカレンさんや周りに甘えることがかなり多くなったのは自覚してる。


 この身体だと他の人からの反応も良くて、買い物してもおまけが付いてきたリ、可愛い可愛い褒められて悪い気分では無い。


 だからこそ、このままだと危険なのだ。

 今の状況に馴染み過ぎると、いざ男に戻った時に大変なことになる。


 エミリアは、そんなボクの心情を察したのか――


「……本当に戻りたいです?」

「戻りたいよっ!!」

 カレンさんに甘えながらボクは言い返した。


「説得力が無いですが……まぁ、そこまで言うなら。

 ウィンドさん、女性になる薬を作れるなら、戻す薬だって作れるのでは?」


 エミリアはボクからウィンドさんの方に向き直り言った。


「……そういう考え方もありますね」

「あるんだ……」


 あっさり認めるウィンドさんに、ボクは呆れたような視線を送る。


「ただ、私が作った薬でレイさんが女性化したのは半分以上偶然なので、逆作用の薬を作ったところで本当に戻れるか正直怪しい。何度か実験したいところです」


 ……ボクを実験体にする気満々だった。


「まぁ性別に関しては命にかかわるものではないので大丈夫ですよ。それよりも勇者としての覚醒が促せた方がよっぽど大事です。些末なことと割り切ってください」


「諸悪の元凶が言う言葉じゃないですね」

 ウィンドさんの言葉にエミリアが呆れて言った。

 この人、色んな人に呆れられてるな。


「悪とは失礼な、私は善寄りですよ」

「どこがですかっ!?」

 人の身体弄って善人名乗るのは大概おかしい人だ。

 サイコパスとかマッドサイエンティストとかロクな人種じゃない。


「少なくとも悪いことはしてません」

 人の身体を弄るのは悪いことじゃないんだろうか。


「となると、あまり薬も期待できませんね……。だとするなら……」

 エミリアは、チラリとこちらを見た。


「???」

 ボクがエミリアと目を合わせると、エミリアはすぐに目線を逸らした。


「え、エミリア?」

「何でもないです。考え中です。黙っててください」

「う、うん」


 何か思い付いたのだろうか?

 すぐには言わないって事はエミリアもまだ考え中なのだろう。

 時間が経ってからまた訊いてみようと思う。

 

 ボク達ががどうやったら男に戻れるのかあれこれ頭を悩ませていると……。


「そんなことより、剣の方はどうなりましたか? レイさん」

 さっきまで居心地悪そうにしていたウィンドさんが突然話を振ってきた。


「無理矢理話を変えられた気がしますけど……。

 あの剣はちゃんと修理できそうですよ。ただ、想像よりもずっと凄い剣だったみたいで、カレンさんの所持する武器と同じく、元々は聖剣だったみたいです」


 その言葉に、カレンさんとウィンドさんが強く反応した。

「聖剣……」

「え、あれ聖剣だったの!?」

「みたいです。神合金っていう聖剣に使用されている未知の金属だとか」


「それは拾い物ね。頑張って龍王と戦った甲斐はあったわ」

 カレンさんも聖剣使いで、ボクが拾ったものとは別の聖剣を所持している。以前に使わせてもらったこともあるけど、あれはかなり強力な武器だった。


「しかし、レイさん。魔法石が完全に壊れていたようですが……」


「持ち合わせの魔石を加工すれば代用の魔法石を作れそうだったので、それを渡して修復を依頼してきました」


 そう言えば、修理費を聞いてくるのを忘れてた。

 払える金額だと良いんだけど。


「聖剣の修復が出来る鍛冶師ですか……王都に欲しい人材ですね」

 ウィンドさんが何か考え始めた。

 怪しいけど単純に人材を欲しがっているのだろう。多分。


「あ、やっぱり貴重なんですね。その人って」


「普通の鍛冶師では修復どころか存在すら知らないことの方が多いです。その鍛冶師、聖剣の修理が出来るという事は相応の知識があるのでしょう。……どうにか連れていけないものか」


 ウィンドさんは腕を組んで考え込んでしまった。そこまで必要とされているなら、是非とも会わせたいと思う。ただ、ジンガさんってそもそも人間嫌いだったから来てくれるかというと怪しい。


「……カレン、お願いしていいですか?」

 ウィンドさんはカレンさんに丸投げするつもりらしい。


「……あんまり期待しないでよね?

 ねぇ、レイ君。今度紹介してくれないかしら?」


「いいよ。明日また行くつもりだから」

 ボクが了承すると、カレンさんは頷いた後にウィンドさんに視線を移す。


「……私も会っていきたいところではあるのですが、

 王宮から呼ばれていまして、弟子のサクラと一度戻るつもりです」


「え、サクラちゃんもですか?」

「えぇ、以前から水面下で計画されていた『敵地襲撃作戦』の実行が決まったんです。その為に私達も招集されました」


 その発言に、周囲が少しザワついた。


「それって……」

「襲撃する相手は、当然魔王軍という事になります」

 つまり、いよいよ魔王軍にこちらから乗り込むという事だ。


「大変そうですね……」

 冷たい水を飲んで緊張を解しながらボク達は言葉を交わす。しかし、ウィンドさんは普段見られないようなニコニコした表情でボクに言った。


「他人ごとのように言ってますが、

 状況次第でレイさんにも参加してもらうかもしれませんよ」

「えっ」

 突然の話に思わず声が漏れる。


「本来の作戦に赴くメンバーではありませんから今のところレイさん達は作戦に組み込まれていませんけどね」

「そ、そうですよね……」

 いきなりとんでもない仕事任されるところだった。


「ウィンド様、その作戦概要とは?」

 レベッカが質問をした。


「一応、機密情報という事になっていますから詳細は話すことはできません。

 ただ、私とサクラの他、カレンもそのメンバーに含まれています」


「分かってるわ」

「カレンさんも?」

 カレンさんまで作戦に参加すると聞いてボクは少し動揺した。

 もしかしてもう一緒に旅を続けることは出来なくなるのだろうか。


「……レイさんが寂しそうな顔をしてますよ、カレン?」

「えっ、いや……その……」

 顔に出てしまっていたのをウィンドさんに指摘され、

 ボクは慌てて取り繕うように言葉を紡ぐ。


「カレンさん、行っちゃうの……?」

「……大丈夫よ。招集は王宮内部、レイ君達と目的地は一緒。だから私はレイ君達と行動を共にするつもり」


「本当?」

 ボクが上目遣いに聞くと、カレンさんは優しく微笑んでくれた。


「ええ、嘘はつかないわ」

 カレンさんの言葉に安心する。

 

「さて、では私はこれで失礼します。私とサクラは明日には出発します。

 そうそう、無事、聖剣を入手出来たなら私に会いに来てくださいね。その時に力を貸しますから」


「了解です」

「では」

 ウィンドさんが立ち上がり、部屋を出て行った。

 ボクはその後ろ姿を見ながら、首を傾げる。


「ウィンドさんが力を貸すなんて珍しいですね」


 エミリアの言葉にボクは同意するように大きく首を振る。ウィンドさんは基本的に自分から積極的に協力を申し出るタイプの人じゃないように見える。


「……それだけレイ君を重要視してるってことよ、アイツは」

「……」

 勇者としてって意味なんだろうな……。

 自分が力になれるのは嬉しいけど、期待に応えられるかどうか不安。


「さぁ、今日はもう休みなさい。明日は忙しいんだから」

「……うん」

 カレンさんに促されて、ボク達は部屋に戻った。

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