第285話 レイちゃん、保護者同伴で女湯に入る
部屋の扉を開けると、そこにはエミリア達が笑顔で立っていた。
「やっほー、レイ。カエデさんに聞きましたよ。お風呂入りたいんですよね?」
部屋に入るなりいきなりエミリアに連れ出される。カエデがエミリアの部屋に尋ねてきて、さっきのボクの痴態の話したらしい。その後にカエデはアリスちゃんに掴まって部屋に連行されたそうな。
「わたくし達がお供いたしますから、女性の方のお風呂に参りましょう」
そう言いながら、エミリアの隣で微笑んでいたレベッカがボクの手を取る。
「お姉ちゃんがしっかりエスコートとしてあげるから安心してね」
いつの間にか背後に回り込んでいた姉さんが、ボクの背中を押して部屋の外に出されてしまった。
「え、え、え?」
理解が追いつかないボクはそのまま三人に引っ張られ、一階のお風呂の入り口まで来てしまった。
「さ、入りましょうか」
エミリアはそう言いながら当たり前のように入っていくが、流石にボクが止めに入った。
「ま、待って……! 流石に、女の子の方に入るのは心の準備が……!!」
エミリアが入ろうとしたのは当然、女風呂の方である。いくら体が女の子になっていると言っても、精神は男のままだ。ましてや皆と一緒にお風呂を入るなんて……。
「大丈夫ですよ、他にお客さんが居ないことは事前に確認していますし」
「わたくしたちもちゃんとタオルを巻いてお風呂に入らせていただきますから」
「そういうこと、というわけで……♪」
ボクが戸惑っているうちに、三人がどんどん近づいてくる。
そして、とうとう逃げ場が無くなってしまった。
「うぅ……」
結局、抵抗できずにボクは三人と一緒に女風呂の脱衣所に入ってしまった。
幸い、エミリアが言った通り脱衣所には誰もいなかった。
「ほっ……」
ボクはひとまず安心して胸をなでおろす。
「そんなにガチガチにならなくても、今のレイだって女の子なんですから仮に誰かいても通報されたりはしませんよ」
「そ、そうなんだけど……」
それでもやっぱり女の子のお風呂に入るのは恥ずかしい。
「自分の身体だってあんまり見ないようにしてるんだから、その他の女の人が居たりしたら……」
想像して思わず顔を赤らめる。
「ふふ、それじゃあ早く服を脱ぎましょうか」
「え、ちょっ!?」
そう言ってボクの後ろに回った姉さんは、慣れた手つきでボクの上着を剥いでいく。
ボクは慌てて上着とスカートを押さえて、しゃがみ込む。
「レイ様……そんな体を小さくしてしまわれて衣服を脱がすことが出来ません。ほら、ばんざーいしてください♪」
レベッカが子供をあやすように語り掛けてくる。
「や、やだぁ……は、恥ずかしい……」
ボクは羞恥心に負けて両手を下げたまま固まって、そのまま涙目になってまう。
「れ、レイ、子供じゃないんですから……その顔、止めてくださいよ」
「だってえ……」
「だってえ、じゃないですよ……もう、本当にどうしましょう。こんなところで縮こまってたら人が来ちゃいますよ」
エミリアはボクが動こうとしないのに困り果てて、レベッカと姉さんに相談を始めた。
「どうします?」
「うーん、ちょっと強引にでも連れていくしかないわね……」
「それならベルフラウ様、わたくしにお任せください」
嫌な予感がする……。
レベッカはボクの前に来て膝立ちになると、ボクの顎に手を当ててくいっと持ち上げた。
そして、ボクの顔を見てニッコリと笑った。
「ふぇ……?」
ボクは状況が分からず、間の抜けた声を上げる。
すると、次の瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。
「むぐっ……」
キスされたのだ。それもレベッカに。
「ちょっ!?」
「れ、レベッカちゃん、大胆過ぎ……!!」
後ろでエミリアと姉さんが顔に手を当てて驚いている。
ボクは突然の出来事に頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
しばらくして、ようやくレベッカはボクから少し顔を離した。
ボクとレベッカはお互い見つめ合い、顔を真っ赤にしている。
「れ、レベッカ……一体何を……」
「申し訳ありません。今のレイ様は女性なので、普通の手段では通用しないと思いまして……」
レベッカはよく分からない事を言って、ボクの目を見つめながら、ボクだけに聞こえる魅惑的な声で言霊を発した。
『―――あなたは、今から、わたくしの虜です』
その瞬間、レベッカの眼が紅く輝き、ボクはそれに魅入られたかのように目が離せなくなった。
「(あれ……? なんだろう、これ……)」
頭の中に何かが入ってくるような感覚がする。そして、それが何なのかボクは理解していた。
これは、この魔法は……<魅了の魔眼>。
その事に気付いたところで、ボクの意識は途絶えた。
◆
「―――はっ!?」
次にボクが目覚めた時には、ボクは湯舟の中にいた。
「こ、ここは……お風呂場?」
周囲をサッと見渡すと、魔法で水を溜めて火の魔法で温い湯を沸かした半径五メートル程度のお風呂の中にいた。
中は石造りで作られており、夜景も見える露天風呂だった。
「あ、ようやく目覚めましたか」
不意に後ろから声を掛けられる。ボクが湯舟の中で振り返ると、そこにはタオルで胸元から下を隠しているエミリアが同じように湯舟に浸かっていた。
「……えっと、エミリア……?」
「エミリアですよ。さっきまでの事覚えてます?」
さっきまで……?
思い出そうとするが、頭がぼんやりとして思い出せない。
「ボク、どうしてたの?」
「レイがあんまり子供みたいに駄々をこねたのでレベッカが強引な手段を使ってここまで連れてきました」
「強引な手段?」
すると、そこにバスタオルを巻いたレベッカと姉さんがやってきた。そしてお風呂が熱いせいか、顔を赤らめたレベッカがボクの傍に屈んで湯舟に浸かり小さく頭を下げた。
「レイ様、申し訳ありません。魅了の魔眼を使用させていただきました」
「え、魅了……!?」
そこで思い出した。
最後の瞬間、レベッカにキスされて魔法を掛けられて意識を失ったことに。
<魅了の魔眼>は魔眼の魔法の一種だ。
<魔眼>とは、魔力によって引き起こされる通常の魔法とは別種の魔法で使い手が限定される。
魔眼には様々な種類があり、例えば相手を麻痺させる<麻痺の魔眼>
相手を喋れなくする<沈黙の魔眼>、石化させる<石化の魔眼>などがある。
レベッカが今回使用したのは<魅了の魔眼>で、
効果としては『特定の限られた相手のみ、意のままに操る』というものだ。
魅了の魔眼の発動条件は『使用者と対象が異性の関係であること』と『対象が使用者に好意を抱いてる』状態でないと発動しない。
この魔眼に掛かってしまえば簡単には抵抗できない。
だけど、今のボクは女性、レベッカも女性だ。本来であれば発動することは出来ないのだが……。
「今のレイ様は精神面はまだ完全に女性では無かったので、接吻という形で強引にわたくしを意識させるようにさせていただきました」
ボクはレベッカにキスされて、魅了の魔眼の条件を満たしたらしい。
「いきなりだったから驚いたけど、話を聞いてお姉ちゃんも納得したわ。……正直、ちょっと羨ましかったけど」
後半、姉さんは聞こえないように小さい声で言ったのだろうけど、
「姉さん、聴こえてる……」
「わ、忘れてっ!」
そんなに慌てて姉さん可愛い。
「そんなにキスが良かったんですか? 顔が真っ赤になってますよ」
エミリアがボクの頬に手を当ててくる。
ボクをからかっているのだろうが、エミリアも顔が赤くなっている。
「ち、違うよ……その、ちょっと驚いただけで……」
実際、レベッカを強く意識してしまったのは事実だ。
それでも思ったほど動揺してないのは、以前に経験したことがあったからか。
だけど、それ以外の理由に少し心当たりもあった。
「……でも、ちょっと変ですね。
こんな薄着状態の私達が近くにいてもあんまり動揺してないような……」
エミリアが怪訝な目でこちらを見つめる。
「……」
その言葉に対してボクが無言でいると、レベッカが答えた。
「女性の姿になった直後よりも更に徐々に女性らしく身体も変化しているようでした。……おそらくですが、精神の方も女性になってきているのかと思われます」
「う……!!」
薄々気付いてはいたのだ。以前よりも髪が伸びて胸が苦しくなっている。
でも問題はそれだけじゃなくて、以前に比べて女の子のみんなと触れ合っててもあまり動揺もしなくなってきていた。
精神の方まで女性化し始めてる気がする。
「ちょっと心配ねぇ、放っておくと本当に女の子になるんじゃ」
「あぅ……!」
それは困る! ボクは男なんだから。
「まぁ、それは後にしましょうか。ベルフラウ、任せてもいいですか?」
「まかせてー、レイくん。身体を洗いましょうねー」
「えっ!?」
ボクは姉さんに手を引っ張られて、湯舟を出た。
「レイ君、ほらこっちこっち」
「あ、ちょ、待って」
そのまま姉さんに手を掴まれて、洗い場に連れていかれる。
そこで姉さんに散々身体を弄ばれた後、ようやく解放された。
「はい、最後に身体をお湯で流して終わりでーす」
「よ、ようやく終わった……」
ボクは安堵のため息をつく。姉さんの手がボクの身体に触れるたびに異様な感覚に襲われて、その度に変な声を出しそうになってしまった。
「レイくんってば、そんな変な声を出すと何かおかしなことしてると思われちゃうじゃない」
「ご、ごめんなさい……うう、どうしてこんなことに……」
それもこれも、ウィンドさんがボクに変な薬を飲ませたせいだ。
「さ、また浴槽に行きましょ。他に人が来ると身が持たないでしょう?」
「そうする……」
しかし、ボク達が立ち上がろうとしたところで、入り口から声が聞こえてきた。
「ま、まずい、誰か来る!!」
「あら、本当ね……」
ボクと姉さんは慌てて端に移動する。
「仕方ない、こうなったら隠れるしか……」
「えぇ……? でも、今のレイくん女の子だし、別に見つかっても問題ないわよ」
「だ、だってぇ……」
それでも精神はまだ男のつもりなのだ。
もし、戻った時にどういう顔をすればいいのか分からない。
「大丈夫、レイ君は可愛いからきっとみんな許してくれるわ」
「そういう問題じゃなくて……」
そんな事を言ってると、風呂場の扉がガラッと開く音が聞こえた。
そこには……。
「あら、ベルフラウさん。入ってたのね、それに……」
入ってきたのは、カレンさんと元凶のウィンドさんの二人だった。
二人ともバスタオルに身を包んでいる。普段、カレンさんは鎧でその肢体をほとんど見せないが、バスタオル姿だととてもスタイルが美しいのが分かる。
カレンさん綺麗な青色の髪も、その美しさを引き立てていた。カレンさんは姉さんが浴槽の外にいることを確認し、そのあとボクに視線を移す。
「……」
「……」
そしてボクを見た瞬間、ピタッと動きが止まった。
「……れ、レイ君……何故ここに……?」
ボクの姿を見て、途端に顔を赤らめカレンさんは胸と下半身を隠すように手をやる。
「ち、違います!! これには深い訳があって!」
「ふ、深い訳って何よ!? いくら女の子になってるからって男の子が女の子のお風呂に入っちゃダメなんだから!!」
「そ、そうなんですけど……今はちょっと事情が違って……その、うぅ……!」
ボクが言葉に詰まっていると、ウィンドさんがこちらにやってきた。
「仕方ないでしょう。今、彼女は女性なのですから男性の方に入れませんし、私達の事は気にしないでくださいね。レイさん」
「あ、はい……どうも」
ウィンドさんはそのまま何事もなく、湯舟に入っていった。
カレンさんはそれを慌てて追いかける。
「いや、アンタももう少し動揺しなさいよっ!?」
「え? どうしてです?」
「そ、それは……だって、レイ君は男の子だし……その……」
カレンさんの恥ずかしそうな様子を見て少しドキドキしてきた。
「……この感情は、良かった。ボクはまだ男だった……」
「ちょっと、レイ君!? それってどういう意味っ!?」
ボクの言葉を聞いて、何故かカレンさんはますます怒った様子になった。
「と、とにかく、こっち見ちゃダメよ!!
もし私の方を見たらレイ君に聖剣……は持ってないけど、とにかく酷いんだから!!」
「き、気を付けます!!」
ボクは湯舟の方を見ないようにしながら、姉さんと一緒にエミリア達が居る場所まで戻った。
戻ると、ボク達の様子を見てたのか二人に声を掛けられた。
「お疲れ様です。カレンが入ってくるとは思いませんでしたね」
「ふふ、カレン様。あんなに困惑されて、とても愛らしくて素敵でございました……」
二人の言葉に同意だ。
カレンさんは普段は冷静沈着だけど、こういう時は本当に可愛く思える。というか、やっぱりカレンさんはちゃんとボクを男と認識しているんだね。少し安心した。
「さて、私はそろそろ出ますね。湯舟に長く浸かり過ぎていたので」
「それでは、わたくしも」
と、言って二人は立ち上がる。
その瞬間、ボクは咄嗟に横を向いて見ないようにする。
「??? どうしたんです?」
「え、いや……」
二人とも、さっきまではちゃんとバスタオルで身体を覆っていた。
だけど今はバスタオルを頭の上に乗せて、小さなタオルで大事な部分を隠していただけだ。
こうやって立ち上がる瞬間はその、色々と見えてしまいそうになる。
そう、見えてしまうのだ。
「………!!???」
「………はっ!?」
ボクが何故目を背けたのか思い当たった二人は、
すぐに湯舟に浸かりボクから背を向いて身体を隠した。
「……見ました?」
「……レイ様、正直に仰ってくださいまし」
「み、見てません! 全然、これっぽっちも!!」
ボクは必死になって否定する。
直視してしまうと身体が女でもまだ自分が男であるというのが自覚出来た。
いや、直視はしてないけど!!
「……今度、レイのを見せてくださいね。それでチャラにしてあげます」
「では、わたくしもそれで」
「ちょっ!? 二人とも何言ってるの!?」
ボクが抗議の声を上げると、
二人はボクの抗議を無視して今度はバスタオルを巻いて出て行った。
「(……とんでもないことになってしまった)」
「うふふ、乙女は色々複雑ねぇ」
それからボクは湯舟の中に口まで浸かってぶくぶくしていた。しばらくしてから姉さんに庇われた状態でボク達はこっそりと女風呂から出て行った。
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