第547話 学校18
午後からは、動きやすい服装に着替えて教室の外に出て授業を行う。
特別新生学部の子供達はそれぞれ違う目標がある。魔導の道を志す者、冒険者や騎士を目指す者、知識を得て研究者の道を志す探求者に、国王陛下に仕えるのを目標とする者などだ。
その為、通常の勉強以外は各自で必要な能力が違ってくる。
今回やる授業はその一つで、各自、剣か杖の授業のどちらかを選択する。
僕の担当の剣の方は主に戦闘訓練。
杖の方はエミリアが担当し主に魔法の訓練という形になる。
前者は冒険者や騎士を目指す子達が選択し、後者は魔法使いは勿論、魔道具に関わるものため、研究者の道を目指すのであれば必須科目になる。
とはいえ、この子達はまだ幼い。授業内容に関してもそこまで堅苦しいものではないので、子供達がその時学びたい授業を選べばいいという気楽なものだ。むしろ、両方選んで今の間に、自身の長所を知っておくのが大事だと思う。
ハイネリア先生はグラウンドの外に散った子供達を集めて言った。
「ということだから、剣を習いたい人はレイ先生、魔法を習いたい人はエミリア先生の元へ行ってくださいねー」
「はーい、せんせー」
元気よく返事をして、子供達は動き始める。
「(さて、誰が来るかな……殆どはエミリアの方に行くと思うんだけど)」
魔法の練習と比較して、剣の授業は体力を使うしハードだ。危険な事はさせるつもりないけど、どちらかと言えば男の子向きだ。
逆にエミリアの方は杖と銘打っているが、
魔法の練習に加えて魔道具の使い方なども授業で習う事になる。
そのため子供達はそっちに集まると予想していた。
だが、意外にも子供達の半数くらいはこっちに集まってきた。
「レイお兄様に優しく教わりたいので来ちゃいました♪」
「レイ先生、おねがいします」
「オレ、強くなりたいんだ、鍛えてくれよ!」
「……なんでボクまで」
「よろしくな、先生」
来てくれた子供達が合計五人。
以前、失踪事件で知り合いになったリリエルちゃんとコレットちゃん。
それにマーン男爵のご子息のフゥリ君とネィル君。最後にグラットという男の子だ。5人中、2人が女の子であり、残りは男の子である。
「(んー、意外な子達がこっちに来たな……)」
グラット君に関しては彼の事は少し聞いているため、こちらを選んだのは理解できる。しかしフゥリ君は分かるけどネィル君までこっちに来るとは予想できなかった。
でも一番意外だったのはリリエルちゃんとコレットちゃんだ。特にリリエルちゃんはどちらかと言えば魔法が得意だと思ってたのだけど……。
「(まぁ、僕としても教え甲斐はあるし嬉しいけどね)」
僕は、早速準備運動を始める。
「よし、じゃあさっそく始めようね。まずは怪我しないように軽く運動しようか」
「「「はいっ」」」
―――10分後。
「さて、準備運動が終わったところで、皆にはこれを渡すよ」
そう言いながら、僕は55センチくらいの長さの柔らかい木の棒を子供達に一本ずつ手渡す。持ち手の部分は布が巻かれており、先端も丸く削ってあるためこれで殴られても怪我する事は無い。
「この棒はね、木刀っていうんだ。それで、皆にはこれを素振りしてもらうよ」
「すぶり? レイ先生、それってどんな感じでやるの?」
フゥリ君に質問されて、僕は子供達に見本を見せてみる。
「こうやって振るんだよ」
ヒュンッと空気を裂く音がして、棒の先端がブレる。
「おおぉ」
「かっこいい……」
「こんな風に正面を姿勢を正した状態で剣を振るんだ。
最初はゆっくりやってみてね。剣を握るときは右手を上から被せるようにして、左手は支えるように添えるんだよ。そして剣先から指一本分の距離を離すと丁度いいから」
僕は見本を見せながら説明する。
このやり方は、僕に最初に剣を教えてくれた人から教わったやり方だ。
まさか、自分が人に教えることになるとは思わなかった。
「(……懐かしいなぁ)」
異世界に初めて来た時を思い出す。あの時は、本当に右も左も分からなくて、不安で一杯だった。姉さんやエミリアが傍に居てくれなかったらどうなっていたことか……。
「……って思い出に耽ってる場合じゃなかった。
この木刀は軽いからそこまで負担にならないとは思うけど、結構疲れると思うからまずは軽くやってみようか。危ないからちゃんと距離を取って、手からすっ飛んでいかないようにしっかり木刀を握りしめてね」
◆◆◆
それから三十分程、子供達は素振りを繰り返した。
男の子はやっぱりこういうのが好きなようで、皆、真剣に剣を振っている。
ネィル君だけはやる気が無さそうで、一度、すぐにバテて休憩を挟んでいたが、兄のフゥリ君の真剣な様子を見て、多少刺激を受けたのか黙々と再開し始めた。
「(あの騒動以降、ネィル君は随分大人しくなったなぁ……)」
ルウ君に何か手を出す様な事はしなくなったし、フゥリ君の言う事には素直に従うようになった。お父さんの真剣な謝罪を見たおかげだろう。
ただ、ネィル君は僕に苦手意識を持っているように感じた。
今回の授業で僕の方を選択したのもフゥリ君に無理やり連れられてきたのが理由のようだし、他のクラスメイトからもちょっと距離を置いてる印象がある。
「(時間が経てば解決するとは思うんだけどな……)」
一方、女の子はというと……。
「いったーい、もう無理ー!!」
リリエルちゃんは木刀をポイッっと地面に投げ出して、その場でごろんと転がり込む。女の子だというのにこの自由奔放さは和んでいいのか、それとも注意した方が良いんだろうか……。
「リリエルってば、まだ三十分しか経ってないよ?」
もう一人の女の子、コレットちゃんはリリエルちゃんを苦笑しながら嗜める。
「だってだって、お兄様はリリエル一人に構ってくれなくてつまんない~」
「先生に失礼だよ、そんな事を言ったら」
「うぅ、コレットは真面目過ぎ! コレットのお母様にそっくりなんだから!」
「お母さん似なのは嬉しいけど、でもリリエルが不真面目過ぎるのは駄目だよ。ほら、レイ先生こっち見てるよ」
「え、レイお兄様見てくれてるの? 嬉しい♪」
「ダメだ、この子……」
リリエルちゃんは相変わらずマイペースだな。だけど、サボリは良くないよね。
「リリエルちゃん」
「!?」
「あ、先生」
「こっち来て、こっち」
僕はちょいちょいと、手招きをして彼女を呼ぶ。
「はいっ♪」
嬉しそうな顔をして駆け寄ってくるリリエルちゃん。
元気いっぱいでとても可愛らしい。
「リリエルちゃん、ちゃんと授業やらなきゃダメだよ。
っていうか、リリエルちゃんはこっちの授業は向いてないような……。
今からでも……エミリア先生の方に行く?」
「むーっ」
頬を膨らませて、不満顔のリリエルちゃん。
「レイ先生が良いんですっ」
「そう言ってくれるのは僕も嬉しいけど、無理は良くないって。今はまだ基礎訓練だけど、これから剣術とか色々教えていくんだからね? 大丈夫そう?」
「ぶーっ」
うーん、またもや不満顔だ。この子をどう説得するか悩んでいると、見かねたコレットちゃんがこちらに歩いてきて彼女に言った。
「リリエル、先生を困らせちゃいけないよ」
「コレットまで……」
「ボクが言うのもどうかと思うけどリリエルは魔法の素質あると思うし、何より運動神経が絶望的なリリエルには無理だよ」
「そんなはっきり言わないでっ」
「事実だしね……ちょっと前にかけっこして遊んだ時に、メアリーよりも遅かったし……」
「ぐぬぬ……」
コレットちゃんの言葉に、言い返せないリリエルちゃん。
「仲良いとは思ってたけど、かけっこして遊ぶくらいだったんだね」
「うん、
僕の質問に、コレットちゃんは笑顔でそう答えてくれた。貴族のイメージだともっと上品な遊びとかしそうに思えたけどこの二人は見た目に反して違うようだ。
「むぅ……でも、エミリア先生の所に行ったらレイお兄様が構ってくれないし……」
「エミリアも結構優しいよ?」
「………アピールしないと他の女の子の所に行っちゃいそうだもん……」
「あー、確かにそんな感じしそう……」
「えぇっ!!?」
子供二人にそんなこと思われてたの!?
「冗談ですよ、レイお兄さん。リリエル、この人は優しいから、授業以外でもちゃんと構ってくれると思うよ」
「レイお兄様、ほんとう?」
リリエルちゃんが上目遣いで僕を見つめてくる。
やっばい、すっごいかわいい。思わず彼女の頭を撫でてしまう。
「……あぅ」
「あ、ごめん。コレットちゃんの言う通り、僕が忙しくない時なら構ってあげられるよ」
「本当!? じゃあ、リリエルのお婿さんになって!」
「リリエル、飛躍し過ぎ」
「えへへ、でもリリエル、レイお兄様のこと好きだもん♪」
「ふ、複雑……」
お婿さんって事は、僕がリリエル家に婿養子に行くと言う事か。
ま、まぁ子供の言う事だからね。深く考えないでおこう。
「じゃあリリエル、エミリアせんせーの所に行ってくる!」
「気を付けてねー」
「先生に失礼のないようにね」
リリエルちゃんは、元気よく走り去っていった。
僕とコレットちゃんはそれを見送る。
「リリエルちゃんはいつも元気だねー」
「うん、ちょっとわがままなのが玉に瑕ですけど、優しくて良い子ですよ」
「だけど、コレットちゃんはしっかり者だね。なんというか、三人の中では一番のお姉さんっぽく見えるよ」
「あ、ボク、少し前に誕生日を迎えまして……今は10歳になります。一応、最年長かな?」
「そうだったんだ、でももっと年上に見えるかも」
「レイお兄さんやエミリアさんに比べたらボクなんて全然子供ですよ。あ、ごめんなさい、先生って付け忘れちゃいました」
「気にしないで、それだけ気を許してくれてるって事だし。……まぁ、他の子達の前では先生呼びしてくれた方が助かるけどね」
「はい、分かりました、レイ先生。……あはは、なんか照れくさいですね」
「そうだね、僕もなんだかくすぐったい気分だよ」
お互い笑い合う。
「……ところでコレットちゃんはこっちで良かったの? さっき、チラッとリリエルちゃんに言ったと思うけど、こっちは結構練習キツイと思うよ。
「ボクは元々体動かすのが好きだから、こっちの方が良いんです。それに、レイお兄さんと一緒に話せるのはボクも嬉しいですから」
「そっか、ありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございます。
前の事件の時も……ボク達三人はレイお兄さんたちのお陰で命を救われました。
改めてお礼を言いたかったんです……ありがとうございます」
「そんなの気にしなくていいのに、でも、お礼は受け取っておくよ」
「どうもです。そろそろボクは練習の続きに行ってきますね」
コレットちゃんはぺこりと頭を下げた後、木刀を手に取り再び素振りを始めた。
「……」
しばらく、子供達の練習の風景と眺めていると一つ気付いたことがあった。
他の子達と比べてコレットちゃんだけ、動き方がしっかりしている。
なんというか明確な剣術の型を学んでいるように見えた。
「(しかも、動きがあの人にちょっと似ている……)」
今から半年ほど前に、【サイド】という街で出会った剣の達人。
粗削りながらも、その人の動きに近いのだ。
「もしかして、コレットちゃん経験者?」
「え?」
僕が背後から彼女に声を掛けると、コレットちゃんは手を止めてこちらを振り向く。
かなり汗を掻いていて、タオルで顔の汗を拭ってから返事をしてくれた。
「……あ、はい。実はお父さんから少しだけ……」
「そうなんだ、お父さんって何してるの?」
「今は王宮で働いてますが、お母さんと添い遂げる前は剣術の道場をやってたそうです。今でも、朝時々稽古してくれますよ」
「その歳で剣術を……凄いね……」
「……でも、あの時、自分の身も守れなかったので未熟です……」
コレットちゃんは弱気な事を言う。『あの時』とは失踪事件の時の事だろう。
「でも、今、こうしてコレットちゃんは無事でいるよ」
「……そうですね。次こそ、自分自身の力で―――」
コレットちゃんはそう一言呟いて、再び素振りを再開し始めた。
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