第546話 学校17

 ネィル君のイジメ騒動から三週間後―――


 僕達は相変わらず、特別新生学部の子供達に先生として接していた。

 今は魔法の座学の授業で、エミリアが子供達に教えている。


「――魔法というものは、何も荒唐無稽のトンデモ能力などではありません。人間の元々持つエネルギーを効率よく引き出すための手段であり、そこには先代の大魔道士が開拓した理論が存在します」


 エミリアは黒板の前で、チョークを手に取り、図解しながら説明する。


「皆さんは、魔法についてどういうイメージを持っているでしょうか?

 火を出したり、水を操ったり、風を起こしたり、雷を呼び寄せたりと様々あると思います。しかし、今、例に出したものに共通するものが一つあります。それが何なのか分かりますか? ネィル」


「えっ? えーっと…………」

 ネィル君は突然当てられて戸惑いながら考える。


「……分からないです」


「正解は、全て自然現象であるという事です。あなた達は、【初歩魔法】の基礎を一通り学び実践した。ですが、それらはあくまで自身のマナを具現化するというものに留まっている。

 つまり、自分の意志でコントロールしているだけです。しかしここから学ぶ【自然干渉魔法】は別次元の難易度となります。それは、自然の摂理に―――」


 エミリアはそう話しながら、黒板に図式を描いていく。


「……」

 ハイネリア先生は、そのエミリアの授業内容を黙って見守っている。

 初めてエミリアが授業の講師を務めた時は、緊張し過ぎてまともな授業にならないくらいだったが、ハイネリア先生の熱心な教えにより今は臆することなく教卓の前に立つことが出来るようになった。


「(流石エミリア、授業のレベルが全然違うな……)」

 僕が代理でやってた時は、魔法の基礎しか教えられなかったけど、魔法の研究に熱心なエミリアは豊富な魔法の知識量により、子供達にとって十分以上の授業内容が可能だった。


 ――キーン、コーン、カーン、コーン。


 校舎の外から鐘の音が鳴り響く。授業の終わりを報せる音だ。


「―――今日はここまでのようですね。それでは、私の授業を終わります」

 エミリアは、子供達に軽く頭を下げて、近くに置かれていた自分のとんがり帽子を手に取ってから教室を出ていく。子供達も一斉に立ち上がり、各々片付けを始める。


 ◆◆◆


 ―――お昼休みにて。


 僕達三人の先生は職員室に戻り、三人で一つの机を囲んで昼食を摂っていた。僕とエミリアは、姉さんに作ってもらったお弁当。ハイネリア先生は自作のお弁当だ。


 ちなみに弁当の中身は、サンドイッチやポテトサラダなど簡単に食べられるものばかりだが、それでも姉さんの手作りである事に違いはない。作ってもらった卵焼きを食べていると、ハイネリア先生が機嫌良さそうに話しかけてきた。


「二人とも、随分と授業に慣れてきましたねぇ」


「あはは、はい、何とか……」


「最初はどうなるかと思いましたけど、まぁ私からすれば楽勝ですね」


 エミリアは得意げに語る。

 調子に乗ってんな、この子。ちょっとだけ釘刺してやろうか……。


 僕はそう思い、わざと意地悪な言い方でエミリアに問いかける。


「……最初の方、意味不明な言動で子供達を困惑させていたエミリア先生。今のセリフ、ちゃんと聴こえなかったので、もう一回言ってもらえます?」


「うぐぅ……!?」


 エミリアが、痛いところを突かれたような表情を浮かべた。

 が、エミリアは僕に張り合うように言い返してきた。


「……そういうレイ先生は、窓から飛び降りて子供達の前でハイネリア先生に説教されたりしてましたよね。それに、前に授業参観があった時、レイ先生が子供達に親密に接し過ぎて、保護者の人達に変に思われてたじゃないですか。……やっぱりロリコンなのでは?」


「なっ……そんなことない!!!」

 僕は思わず声を荒げた。


「ほら、すぐムキになる所が怪しいんですよ」


「む、むぅ~! エミリアの方がすぐムキになるじゃないか!」


「私は、ありのまま自分で居るだけですよ。レイこそ、最近は妙に冷静ぶってますけど、本当は寂しがり屋の泣き虫なのは昔から変わってないでしょう。勇者だとか英雄だとか言われてるからって恰好付けすぎですよっ」


「な、泣き虫……!? い、言わせておけば……!!」


 僕とエミリアが言い合っていると、

 さっきまでご機嫌そうだったハイネリア先生は「はぁ~」と溜息を吐く。


「……前言撤回、二人ともぜんっぜん、子供ですね」


「僕はもう大人ですっ!」

「私はもう大人ですよっ!」


 僕とエミリアの台詞が無駄にハモってしまった。


「……」

「……」

 僕達は互いに睨み合う。


「……まあまあ、落ち着いて下さい」


 ハイネリア先生が仲裁に入る。


「でも、二人は同じような年頃ですよね。

 最初会った時、二人は仲睦まじい関係で恋仲のようにも見えましたが……」


「あ、えっと……」

 僕はちょっと顔を赤らめる。

 やっぱり僕とエミリアはそんな関係に見えちゃうんだな……。


「――ですが、どちらかと言えば兄妹ですね。

 喧嘩するほど仲が良いと言いますし、微笑ましいですわ」


 ……あれ?


「……あの、ハイネリア先生。その、今の僕達は?」

「仲の良い兄妹ですね」


 即答された。


「(おかしいな、一応、僕達付き合ってるはずなんだけど……)」


 僕は何となくエミリアの方を見る。

 エミリアは、僕と違って特に顔を赤らめてたりしてなかった。


「何か?」「……何でもない」


 自分だけ意識してたのが馬鹿みたいだったので、そのまま食事を再開した。

 すると、エミリアが口を開く。


「……ところでハイネリア先生、私とレイだとどっちが年上だと思います?」


「え? 同い年では無いんですか?」


「違いますよ」


「……そうですねぇ、レイさんの方がしっかりしてるように見えるので、レイさんの方が年上ですか?」


「何言ってるんですかハイネリア先生、逆ですよね?」

「……っておい」


 落ち込んでいた僕の気持ちが、エミリアの今の一言で一気に素に戻った。


「いやいやいや、どうみても僕の方がしっかりしてるでしょ?」


 というか、ハイネリア先生の予想通り僕の方が一つ上だ。


「いやいや、ハイネリア先生、私の方が年上に見えませんか? 胸もレイより大きいですし、美人ですし、レイなんて子供みたいな顔してますよね」


「地味に傷つくこと言うの止めて!! 

 っていうか、エミリアは女の子なんだから胸大きいの当たり前でしょ!?」


「貧乳女性を敵に回すの止めてください、レベッカが泣きますよ」


「ふざけろ、レベッカは小さいから良いんだよっ!!!!」


「そこでマジギレするんですか……」


 僕が真剣に怒ってると、ハイネリア先生がボソッと言う。


「……まぁ、レイさんは童顔ですよね」


「ハイネリア先生、冷静に言われると逃げ道無くなるんですけど……」


「ふふん、ハイネリア先生から見て、私の方が良い女に見えるって事ですよ。残念でしたね、レイ」


「人を勝手に女の子にするな」


「女装させたらほぼ女の子ですよね」


「それ、カレンさんにも言われたから……」


 なんなの、僕と親しい女の子は皆、男の子に女装させる趣味でもあるの?

 もし子供達にまで『せんせーかわいいー、わたしのお洋服着てみない~?』とか無邪気な表情で言われたら死にたくなるんだけど。


「で、結局、どっちが年上なんですか?」

「僕です」

「私ですが」


「……えっと、じゃあ二人とも同い年ですね」


「「……」」


 エミリアとは一度しっかり話し合う必要がありそうだ。

 その後、僕とエミリアの喧嘩じゃれあいは昼休みが終わるまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る