第545話 学校16
「も、申し訳ありませんでしたーーーー!!!」
あれから、カレンさんに散々説教された男爵は、今は見事な土下座をしながら床に額を擦りつけながら謝っている。先程まで護衛と用心棒に囲まれて偉そうにしていたというのに、まるで人が変わってしまったかのように態度を変えてきた。
「私どもが悪うございました! ですから、命だけはお助けください!」
そう言って、必死になって懇願してくる。さっきまでの威勢の良さは何だったんだろうか。僕は呆れながら、その光景を眺める。
カレンさんは腕を組んで、土下座するマーン男爵を睨み付けながら言った。
「……マーン男爵、謝って済むとでも思ってるのかしら?」
「も、もちろん、ただとは言いません。ワタクシが稼いだ売上の総資産の二割、いや三割を献上致します。ですので……なにとぞ、命だけは………!
あ、それと、国王陛下には今回の件は内密にお願いいたしますっっ!!」
「……三割って」
「提示した資産の割合と、要望の図太さが見合ってませんね……」
僕とエミリアはドン引きする。この広い豪邸を見るかぎり三割でも相当な資産には違いないのだろうけど、自身の命の保証と、犯した罪の清算の為に支払う代価としては安すぎる。
マーン男爵は、どうにか財力で今回の件をもみ消そうとしているようだ。
本当に反省しているのだろうか?
「……レイ君、協力しといてなんだけど、やっぱり陛下に裁いてもらった方がいいんじゃ……?」
「ヒッッ!? お、お許しください!!」
カレンさんの言葉を聞いて、再び怯えだすマーン男爵。彼女の言う事も一理あるかもしれないけど、元々それ以外の手段を模索する為にここまで来たのだ。
僕は溜息を吐きながらマーンさんに言った。
「その前に、今回の件で色々訊きたいことがあるのですが……」
「も、もちろんです、ワタクシが話せることなら何でも仰ってください!」
マーン男爵は頭を上げてから、今度は僕に媚びるような態度を取る。
さっきまで、僕を平民と言って見下してたのになぁ……。
「なら、まず僕を襲った理由を―――」
と、僕が尋ねようとすると、エミリアに背中をツンツンと指で突かれる。
「レイ、理由を訊く前に、倒れてる護衛達をどうかした方がいいかと、割と重症なので長く放置すると多分死にますよ」
「……分かった」
僕は、部屋の隅で気絶している護衛達を見て、それからエミリアに視線を移す。
「エミリア、回復薬持ってきてる?」
「いくつかありますよ。カレン、薬を渡しますから貴女も手伝ってください」
「……死んでもらっても寝覚めが悪いし仕方ないわね。………マーン男爵、そこから絶対に一歩も動かないようにね」
「は、はいっ!!!!」
マーン男爵は無駄に良い返事をする。
カレンさんはエミリアから回復薬を受け取ると、二人で気絶した護衛達の治療を始めた。僕もマーン男爵が何か仕出かさないか警戒しつつ、回復魔法を使ってマーン男爵の周辺に倒れている護衛達の治療を行う。そして、ある程度治療が済んだところで手を止めて、マーン男爵の事情を聴くことにした。
「……それで、マーンさん」「はいっ!!」
無駄に返事が良いなこの人。
「何故、僕を襲ってきたんですか?」
「……実は、息子のネィルから、『担任の新人講師が平民の癖に偉そうだから、パパなんとかしてよー』と泣きつかれまして……。子供がかわいくて仕方ないワタクシとしては、どうしても無下に出来ず……つい」
「……息子さんのせいにするなんて、最低の父親ですね」
「うぐっ……!」
僕はつい思ったことをそのまま口に出す。ネィル君が本当に言ったかどうかは別として、これが理由でやったとしたら倫理観も何も無い。こちらは彼の行いに説教しただけなのに……。
そこで、僕はふと思った。
彼はネィル君達がイジメを行ったことを知っているのだろうか?
ネィル君もちゃんとその事を自分の父親に言ったかも怪しい。
「あの、ネィル君からきちんと話を聞いたんですか?
僕は、彼と兄のフゥリ君が一人の男の子をイジメてたのを注意しただけです。
多少厳しい事は言いましたが、それくらいは普通じゃないんですか」
僕のその言葉に、媚びるような笑いを浮かべていたマーン男爵の顔が、一気に険しくなる。
「イジメ……うちの息子達が!?」
「……まさか、本当に聞いてなかったんですか?」
「え、ええ……」
呆れた。だけど、これはネィル君が意図的に隠したのだろう。父親に怒られると思ったのか、それとも僕を貶めるために理由は言わない方が都合がいいと思ったのか。
「ルウ君という子なんですが、その子の父親が貴方に借金してるらしく、返済が遅れているという理由で、ルウ君を痛めつけてたんですよ。実際に暴力を振ってたのは兄のフゥリ君の方でしたが、ネィル君は彼を焚きつけて暴力を振わせてたんです」
「……な、なにぃ!?」
マーン男爵は驚愕の声を上げる。
そして、部屋の入り口に向かって大きく叫ぶ。
「おい、誰か居ないか!!!
誰でもいいから、ネィルをここに連れて来い!!!」
「……」
しかし、誰もすぐにこちらにやってこない。さっきまでドンパチやっていたせいで使用人やメイドたちが怖がって近寄らないのだ。だが、業を煮やしたマーン男爵は、部屋の外まで歩いて大声で叫ぶ。
「早くせんかっ! 言う事聞かんと、貴様らはクビだっ!!!
さっさとあのバカ息子を捕まえて、ワタクシの元へ引っ張って来い!!」
マーン男爵の怒号で、ようやく何人かのメイドがただ事ではないと気付いて、慌てて廊下を走って行く。
しばらくすると何人かのメイドがネィルくんを何処かの部屋から無理矢理引っ張ってきた。どうやら彼は隠れていたようで、逃げられないようにネィル君は縄でグルグル巻きにされていた。
「な、なんなんだっ、お前ら!!
高貴なボクにこんな真似をしやがって!! パパに言ってクビにしてやるぞ!!」
ネィル君はメイドさん達に向かって大声で叫ぶ。
しかし、メイドさん達も必死なのか、彼に向かって叫び返す。
「そのお父様の命令でございますっ!!」
「いいから、ネィル様、大人しく言う事を聞いてください!!」
「うわあああっ、離せぇ!!」
ネィル君は暴れるが、メイド達は強引に引きずってこちらへ連れてくる。
そして、メイドたちによってネィル君は僕達の足元に転がされる。
「ご主人様、ネィル様を連れて参りました!!」
「で、ですのでご容赦を……!」
メイドたちは男爵の顔色を窺いながら、その場から立ち去って行った。
一方、メイドたちにグルグル巻きにされたネィル君は―――
「く、くそ……アイツら一体何なんだよ、メイドのクセに……!!」
彼は悪態を吐きながら、なんとか縄を振りほどき立ちあがる。
そして、たまたま僕と視線が合う。
「―――な、お、お前は……!!」
「……久しぶりだね、ネィル君……」
僕が声を掛けると、ネィル君の顔は見る見るうちに真っ青になっていく。
「な、何でここに……? っていうか、なんで屋敷がこんなに荒れてるんだよっ!!」
「それは……」
僕がネィル君の質問に答えようとしたところで、マーン男爵がズンズンと大きな足音を立てて僕の横を通り過ぎる。
僕の横を通り過ぎた時のマーン男爵の顔は今まで以上に不機嫌だった。そして、ネィル君の傍まで歩み寄ると、彼の頭の上に左手をポンと置いて無言になる。
「……パパ?」
目の前の父親を不思議そうに見上げるネィル君だったが、次の瞬間―――
「―――この、アホ息子があああああああああ!!!!!!!」
「うわぁっ!?」
突然の父親の怒鳴り声と共に、頭を掴まれて床に押し付けられるネィル君。
「お前という奴は……! 何という事をしでかしてくれたんだっ!!」
「痛い痛いっ! は、放してよ、パパ!!」
「うるさいっ! 今すぐ、この方に謝罪しろ!! 土下座だっ、土下座!!」
「嫌だよ、なんでボクが謝らないといけないのさっ!!」
「何故、ちゃんとパパに正直に事情を説明しなかった!?
誰がお前たちに取り立てをしろと言った、誰が嫌がらせをしろと頼んだ!?
いいから、パパと一緒に謝罪するのだ、この、アホ息子がっ!!!!」
突然、父親から物凄い剣幕で怒られたネィル君。最初はポカンとしていたが、事の重大さに今更気付いたのか、それとも、父親があまりにも怖かったのか。
「う、う、……うぇ~~~~~んん!!!!!!!」
まだ幼いネィル君は、泣き出してしまった。
「うわ、泣いちゃいましたね……」
「普段よっぽど甘やかされてたのね……」
「あ、あのマーンさん、流石にそれはちょっと怒り過ぎでは……?」
流石にネィル君が可哀想と思い始めた僕は、マーンさんに声を掛ける。しかしマーン男爵はこちらを振り向いて、その場でもう一度土下座をして、僕達に大声で言った。
「勇者殿、申し訳ない!! 今、この場で、このアホ息子に教育をしますので今しばらくお待ちください!!! 必ず、必ず謝罪させますのでっ!!!」
「は、はぁ……」
この人なりに息子に思う事があったのだろう。
その言葉には、今まで以上に有無を言わさない迫力があった。
「レイ……今は、そっとしておきましょう」
「そうね……少し時間が掛かりそうだし、私達は部屋を出ていましょうか」
「……そうだね」
僕とは二人に促されて、これ以上何も言わずに見守ることにした。
◆◆◆
―――それから30分後。
「ご、ごめんなさい、レイ先生………!!!」
「ワタクシの早とちりでとんでもない事をしてしまいましたっ!!
本当に、本当に申し訳ございません!!! ワタクシの全財産もこの屋敷も全て差し上げますから、なにとぞ、なにとぞお許しをおおおおおおお!!!」
僕達が待機していた別の客間に入ってくるなり、親子ともどもジャンピング土下座して、頭を床に擦りつけて謝罪する。
ネィル君はさっきよりも反省した様子だった。マーン男爵も今回の件に責任を感じたのか、最初の謝罪に比べて遥かに心が籠っているように思える。その証拠というべきか、代価がさっきよりもずっとグレードアップしている。
「……私でも流石に、ちょっと不憫になってきましたね」
「……うーん、もうちょっと厳しく説教してやろうかと思ったんだけど」
エミリアとカレンさんも、彼らが本気で謝罪をしていることを感じ取って、怒気を収めつつあるようだ。しかし、マーン男爵の今までの行いを思うと、同情を引こうとしているのではないか?
僕達は薄々そんな事を考えていた。
しかし、次の男爵の言葉でその考えを改めることになる。
「許して頂けないのであれば、せめて息子だけでも……!!!!
ワタクシはどんなバツも受け入れます、勇者様の剣で首を撥ねられても構いません……!!」
「………!!」」
さっきまでの男爵の言葉とはまるで思えない。
流石に、僕達三人はその発言に驚いて、しばし言葉を失った。
「ちょ、パパ!?」
「お前は黙ってろ、バカ息子め!!」
マーン男爵は止めようとしたネィル君をぶん殴る。
「ぐえっ!!!」
殴られたネィル君は、床に倒れて殴られた頬を抑えてながら起き上がる。マーン男爵は、子供のその様子をジッと見つめてから、僕の方を向いて立ちあがり、深々と頭を下げる。
「……勇者殿、どうか、お願いします………!!」
その真剣な表情で流石の僕もマーン男爵の覚悟が伝わった。
「(……救いようのない人だと思ってたけど……)」
ネィル君がこうなってしまったのにも、彼なりの責任感や後悔があるんだろう。それを分かった上で、自分だけが罰を受けて済むならと、子供だけは助けようとする。
……貴族としては最低だけど、この人も人の『親』なんだな。
「……レイ君、どうする?」
カレンさんは、僕の背中に手を置いて僕に静かに問う。
「(ここまで言われたら、流石にね……)」
僕は表情を緩めて息を吐く。
元々、マーン男爵やネィル君をどうにかするつもりなんかない。ここに来た目的だって、マーン男爵の悪行は全部お見通しだと言って、それを理由にちょっと脅してから和解するつもりでいたのだ。
だけど、ここまで真剣に謝ってくれるのであれば、もうその必要もない。
「……その気持ち、十分に伝わりました。
僕も、二人の事をこれ以上責めるつもりはありませんよ。
だから、頭を上げてください、マーンさん」
「ゆ、勇者殿……!」
「それに、ネィル君の事も僕はそんなに怒ってません。命を狙われたことは少し腹立たしいですけど、さっきの戦いで少し気が収まりましたし……」
僕は、今も倒れているマーン男爵の護衛達に視線を移す。彼らに治療は施しているため命に別状はないが、僕も怒りの感情のせいでやり過ぎてしまった気がする。
「あ、ありがとうございます、勇者殿!!」
「……レイ先生!!」
僕がそう言うと、二人は嬉しそうに顔を上げる。
「でも、こんなこと二度としないでください。……ネィル君も、友達をイジメるなんて先生許さないからな。ルウ君に会ったらきちんと謝罪するんだよ」
「う、うん……! わかった……!!」
「マーンさんも、息子さんの教育はちゃんとしましょう。
いくらなんでも、今回みたいな事は二度としてはいけませんからね?
今日の家庭訪問で学んだこと、反省して活かしてください」
自分で言っておいてなんだけど、とんでもない家庭訪問だったよ。
先生って本当に大変なんだな……。
「……わかりました、勇者殿……。この度は、本当に申し訳ない。……そうだ、せめてもの謝罪として、ワタクシがありったけの支援を致しましょう。これからはワタクシを頼っていただければ、何でも用意させていただきますよ……!!」
マーン男爵は、改心したせいか今までの濁った目と比べて、やたらキラキラとした目で言った。良い事ではあるんだけど、ちょっとだけ気持ち悪かった。
「あ、ありがとうございます……」
その豹変ぶりに僕はドン引きしていたが、カレンさんは「いいんじゃないかしら」という感じで特に気にしていない様子だった。
だけど、エミリアは僕と同じ気持ちだったようで……。
「……何か、身震いが……」
エミリアは自身の身体を抱いて身を震わせて、そんな事を言っていた。
◆◆◆
その後、僕達三人は、二人から一生分の謝罪の言葉を聞き続けて、流石に聞き飽きてきた頃に、彼の護衛達が目を醒まし、今度は彼らの謝罪を聞く羽目になった。
後日、ネィル君は、ルウ君に僕達の目の前でしっかり謝罪をした。ルウ君は、まるで別人になったかのようなネィル君を奇異の目で見ていたが本気だと分かり、謝罪を受け入れた。
マーン男爵の言っていた支援も嘘偽りなく、魔法学校の敷地内で建てられていた小さな別館が彼の財力によって新築されて、そこが特別新生学部専用の宿舎となった。
こうして、ネィル君とマーン男爵の起こした騒動は終わりを迎えた。
結局は親と子のコミュニケーション不足が招いた事だったので、今後はネィル君が素直になってくれればいいのだが……それは本人次第だろう。
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