第544話 学校15

「殺せ!!」

 追い詰められたマーン男爵は後先考えず、私兵である護衛の者達に命ずる。

 しかし、その声に対して、カレンさんは全く動じていなかった。


「……レイ君達、後は頼んで良い?」

 背中越しにカレンさんが言った。僕は何も言わずにカレンさんの前に出て剣を構える。

 それを見て、マーン男爵が歪んだ表情で笑う。


「ははは、ワタクシの用心棒相手にどうやって切り抜けたかは知らないが、この人数差で勝てると思っているのか!?」

「……」


 僕は静かに構えたまま、ゆっくりと間合いを詰めていく。


 男爵の護衛の数は十五人。

 しかも、部屋の外にはまだ他にも沢山居たように思う。

 夕方に現れた刺客たちも、彼らの経歴を辿ったところ元冒険者やガードだった。となれば、その外見の屈強さも見掛け倒しじゃないのだろう。普通に考えたら割と絶望的な状況だ。


 対して、こっちの戦力は僕とエミリアの二人だけ。

 数だけ考えれば、なるほど確かに男爵の言う通りである。


 なのだけど、カレンさんは言った。


「……呆れたわ、マーン男爵。性格だけじゃなくて、人を見る目も腐ってるのね」

「なにぃ?」


「あなたの雇った用心棒たちが、何故彼を仕留めきれなかったのか分からないのかしら。今ならまだ間に合うわよ、その護衛達を下がらせなさい。……彼が本気になったら、全員、死ぬわよ?」


 カレンさんは男爵にそう言い放つ。


「(カレンさん、なんで敵を煽るかな……?)」 

 別に殺したりなんかするつもりないんだけど、カレンさんのその脅しに効果があったのか、護衛達は今のカレンさんの言葉を聞いて少し怯んだようだ。


 だが、マーン男爵には通用しなかったようだ。

 カレンさんの言葉がハッタリと判断したのだろう。


「ふん、何を言っているんだ。こんな小僧一人、いくらでも料理出来るわ!」

「いや、私を忘れないでください」


 蚊帳の外扱いされていたエミリアが突っ込む。

 しかし、マーン男爵はエミリアの言葉を無視して叫ぶ。


「やれぇええええええ!!」

 マーン男爵の叫びと同時に右手を上げる。

 男爵の言葉と共に、屈強な護衛達が僕に向かってくる。


「……はぁ」

 僕は一呼吸してから、迫りくる敵達を睨み付ける。そして―――


「――恨むなら、あなたの雇い主を恨んで下さいね」

 僕は最初にそう前置きして、襲い掛かってきた最初の二人の攻撃を剣で受け止める。

 そして、そこから先は一瞬だった。


「はぁっ!!!」

 気合い一閃、僕は彼らの攻撃を力づくで押し返し、彼らが仰け反って無防備になったところで、剣を横に薙ぎ払う。すると護衛二人の皮鎧の腹部が一文字に切り裂かれて、そこから血が迸る。


「……っ!?」

「な……っ!?」


 突然の出来事に、二人とも自分の身に何が起きたのか理解出来ていない。

 だが、途端に力が入らなくなり、彼らは膝を崩してそのまま床に倒れ、床が深紅に染まっていく。その二人が倒れたのを確認して、僕は奥の敵に追撃に移る。


 僕は敢えてマーン男爵の方に向かって行く。

 護衛達は慌ててマーン男爵を庇おうとするが、それが狙いだ。


 走りながら僕は剣を右手に持ち替えて、左手を前に突き出す。


<中級爆風魔法>ブラスト!」

 僕の左手から、全てを吹き飛ばす爆風が放たれる。マーン男爵を庇っていた護衛達は、護衛対象の男爵もろとも吹き飛んで壁に叩きつけられる。


「ぐはっ!?」

「うおっっ!!!」

 叩きつけられた彼らはそのまま意識を失い、その場で倒れる。しかし、マーン男爵はデブ……じゃなくて、そのふくよかな肉体のお陰で、衝撃を吸収して無事のようだ。


「なんだ、無事だったか……」

 そのまま一緒に気絶してくれてたら色々楽だったんだけど……。

 マーン男爵は自身の背中を摩りながら起き上がり、周囲で倒れている護衛達に一喝する。


「馬鹿者、ワタクシを巻き込んでどうする、無能共!!」

 そう叫びながら、倒れている護衛の一人を足蹴りして、他の護衛達に叫ぶ。


「くっ、奴を殺せ! 出来れければ貴様ら全員処刑してやるからな!!」

「……っ!」


 護衛達は、その言葉に明らかに反感を持っていたが、それでも雇い主の命令には逆らえないようで、武器を構え直す。だけど、実力の差は歴然だ。


「遅いですよっ」

 僕は瞬時に敵の懐に飛び込んで、手加減しながら剣を振る。一人、また一人と、彼らの武器を弾き飛ばし、峰打ちを食らわせていく。焦った男爵は叫ぶ。


「おい、待機している奴も全員出て来い、こいつらを袋にしろ!!」

 男爵が叫ぶと、部屋の外で待機してた別の男達が武器を構えて部屋に入ってくる。


 僕は敢えて挑発する。


「……いくらでも呼んでください。でも、マーン男爵、もし僕達がこの人達を全員倒したら、僕や子供達に謝罪して、二度と手出ししないと約束してくださいね」


「ふんっ、そんな事、貴様らを殺してしまえば問題ないだろうが!」


「なるほど、それが答えですか。……後悔しないでくださいね、マーン男爵」


 僕は、少しだけ彼に殺意を向けて睨む。


「ひぃ!!」

 僕の本気の威圧を受けて、彼は情けない声を上げる。

 そして、彼は腰から崩れて、這いずるように部屋から逃げ出そうとするが―――


<火球>ファイアボール

 様子を見ていたエミリアの炎魔法が男爵の尻に向かって放たれる。手加減したのか、男爵が火だるまになることは無かったけど、男爵の尻が炎上して男爵は悲鳴を上げながら床を転げ回る。


「あちぃいい!! 助けてくれぇえええ!!」

「逃げないでくださいよ、あなたが始めた戦いでしょう?」


 エミリアは呆れながら更に魔法を繰り出す。

 男爵が逃げようとした入り口に再び火球が飛んでいき炎上し始める。


「これで逃げられませんよ。レイ、こいつ死んでも問題ないですよね?」

「いや、問題大ありだよっ!」


 僕はエミリアの言動に突っ込む。正直、マーン男爵の事はどうでもいいけど、残された子供達が可哀想過ぎる。


 だけど、エミリアの言う通り、マーン男爵に逃げられても困るのだ。彼はこの後反省して、僕達に二度と手を出さないと約束してもらわないといけない。


「エミリア、男爵を見張ってて。部屋の中の相手は僕がどうにかする」

「えー」

「えーじゃないよ!」

 そう言いながら僕は向かってくる護衛達の攻撃を受け止め、返しの刃で一撃で護衛達の武器を破壊する。そして、無防備になったところで、峰うちで頭を殴りつけて昏倒させる。


「分かりましたよー。でも、増援が来たら私がどうにかしますからね」

「そっちは任せるよ。だけど殺さないようにね」

「はいはい」

 エミリアは僕の言葉に適当に頷いて、各々が戦いを始めた。



 ―――二分後。



「こ、こんな……馬鹿な……!」

 マーン男爵は、部屋の隅で震えあがっていた。


 僕に向かってきた彼の護衛達は全て、僕の剣で斬り倒されるか殴られて昏倒させられ床に伏しており、騒ぎを聞きつけてやってきた増援はエミリアの炎魔法によって、こんがり焼かれていた。


 部屋の中は護衛達から噴き出た出血と、腹を殴って気絶した時の吐しゃ物などによって地獄絵図になり、焼けた肉の匂いが充満している。死屍累々とはまさに今のような状況を指すのだろう。


「ひ、ひぃー!! 助けてくれぇぇ!!!」

 男爵は自分も殺されると思って、その場で土下座をする。

 僕はマーン男爵の懇願の言葉を無視して剣を収める。


 僕はエミリアの方に向き直って言った。


「エミリア、加減は?」 

「一応、死んではいないはずですよ。レイの方は?」

「気絶した人は大丈夫。剣で斬った人達も急所は外してるからすぐに治療すれば命に別状はない。……後は」


 僕とエミリアは、土下座をするマーン男爵に視線を落とす。


「あ、悪夢だ……こんなことが……わ、ワタクシの私兵たちが、こんな平民如きに……!!!」


 マーン男爵は土下座しながらも未だにそんな事を言っている。僕とエミリアが呆れていると、後ろに下がって様子を見ていたカレンさんが前に出て彼に歩み寄る。


 そして、呆れた様子で男爵に声を掛けた。


「あなた、貴族のクセに、レイ君の事、未だに気付かないのかしら?」


「……そ、それは一体、どういう意味だ……?」


「……呆れた、本当に分からないのね。……彼はね、数ヶ月前、魔王ナイアーラを討伐し、この国を救った勇者よ」


「ゆ、ゆうしゃ……?」


「そうよ。彼を知らないなんて、貴族失格じゃないのかしら? 何故、彼が学校の先生をやってるかまでは分からなくても仕方ないけど、彼を敵に回すなんて愚かにも程があるわ。彼はこの王都の中で誰よりも強いのよ。それこそ、騎士団長クラスの人間でさえ、歯が立たないくらいに」


「……そ、そんな……!」

 僕は、カレンさんの言葉を肯定するように、

 剣を抜いて土下座するマーン男爵に剣を向ける。


「……まだ、やりますか?」

「……ひっ! わ、分かりました、もうあなた方には手を出さないのでどうかお許しを!!」


 そして、ようやくマーン男爵は観念した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る