第543話 学校14

 マーン家の屋敷に入ると、話で聞いていた通り屋敷の中は多数のメイドと護衛が居た。メイド達は僕達を見るなりずっと頭を下げており、護衛の者達はこちらを遠巻きに睨んでいるように見えた。


 なんとなくだが、僕達は歓迎されてない、そのように感じた。しかし案内の者は、そのような態度を見せずに僕達を案内して、屋敷の応接間へと通された。


「こちらでお待ち下さい」

「ええ、ありがとう」

 応接間には高級そうなソファとテーブルが置かれており、 僕達は、そこでしばらく待つことになった。カレンさんだけ座って、僕達は後ろで控えてる状態だ。


「フゥリとハイネリア先生を置いてきて良かったのですか、レイ」

「うん、今回は連れてこない方が良いかなって思って」


 本当の所、マーン男爵の息子のフゥリ君が居た方が話が交渉はしやすいかもしれない。だけど今回に関しては彼が居ない方が都合が良いので、今回はハイネリア先生にフゥリ君を任せている。


 カレンさんはすぅーっと小さく息を吐いて周囲を見渡す。

 伯爵令嬢として振る舞っているせいなのか、彼女は落ち着かない様子だった。


「……流石に、客間まで見張る不届きな輩はいないみたいね」

 カレンさんはポツリと言葉を漏らした。僕達は、彼女の意図を察して小声で話す。


「入ってからずっと警戒されてますね……」


「確かに……途中、僕の顔を見た人が驚いてたよ。もしかしたら、僕の事に気付いてるのかもしれない」


「それは、『勇者』としてですか、それとも『厄介者』として?」

「さぁね……聞いてみないと分からないけど……」


 護衛の敵意を向けた目線を考えるとおそらく後者だろう。そして僕が今こうして無事で居ることが分かれば、マーン男爵が僕に放った刺客は失敗したことに気付く。


 すると、エミリアは疑問を口にする。


「レイはどうしてそこまで狙われているんですかね?」

「分かんないよ、僕は子供同士の揉め事に口を挟んだだけなんだから」


 まさかそんな理由で命を狙われる羽目になるとは夢にも思わない。

 勇者だから魔王軍に狙われてた時の方がまだ理解が出来るというものだ。


 そして、それから10分程経過し―――


「……遅いわね、マーン男爵」

 カレンさんは、自身の長い透き通る髪を弄りながら言った。


「……普通、自分より爵位が上の貴族を待たせるものですか?」

 エミリアはあからさまに不機嫌に言う。


「エミリア……気持ちは分かるけど、落ち着いて。

 もしかしたら何か準備をしてるのかもしれないしし、今は静かに待とうよ」


「……すみません、ちょっとイライラしてきたもので」


 エミリアは、手持無沙汰になったのか杖を取り出して手で弄び始めた。


「そうね、レイくんの言う通り、何か準備をしているのだと思うわ」

 カレンさんはちょっと呆れたように言った。


「例えば、歓迎の準備とかね」

「……どうみても、私達歓迎されてませんよね」


 カレンさんの言葉に、エミリアは失笑する。

 しかし、カレンさんはそんなエミリアに静かに答える。


「『歓迎』ってね、正反対の意味で使われることもあるのよ。

 マーン男爵からすると、自分よりも爵位の高い貴族が深夜に突然訪ねてきた。嫌な相手だが、立場上追い返すわけにもいかない。で、付け加えると、そんな人物が『既に刺客を放ったはずの対象と一緒に乗り込んできた』……という今の状況を考えると、何をしようとしてるか分からない?」


 カレンさんはフフッと笑う。

 しかし、口元だけでその目はまるで笑っていない。

 その笑いに、僕はカレンさんが何が言いたいのか気付いた。


「つまり、マーン男爵は、今……」


「まぁ、あくまで可能性の一つよ。

 万一そんなことがあったら、レイ君、エミリア、私をしっかり守ってね?」


 カレンさんの言葉に、僕達は力強く頷く。


「当然」

「まぁ私達に掛かれば楽勝ですね」


 僕達は、お互いの拳をコツンとぶつけ合った。


 ◆


 さらに15分が経過し、ようやく応接間の扉が開いた。

 そこから、一人の男性が入ってくる。歳は40代前半くらいだろうか、いかにもな横髭を蓄えたふとましい男性が部屋に入ってきた。


 しかも、彼一人では無い。

 彼の後ろに、何人も体格の良い護衛の男達を後ろに控えさせて現れた。マーン男爵は手もみしながら、媚びるような笑顔を作って僕達の前のソファーに座る。


「いやぁ、お待たせして申し訳ありません。ワタクシ、マーン家の当主を務めております、フォン・オーガスター・マーンと申します。以後お見知りおきを……フレイド家のお嬢様」


 彼は、カレンさんには笑顔で自己紹介をして、

 すぐに後ろの僕達に視線を逸らして見下すような視線を向ける。


「むっ……」

「……エミリア、ダメだよ」

 あからさまな侮蔑の視線を向けられて、エミリアが怒りそうになったので、僕が彼女の手を握って静止する。


「おや、何か?」

「いえ、何でもありません」


 僕はマーン男爵の怪訝な視線を受けて笑顔で受け流す。心なしか、マーン男爵以外の視線がキツい。それに、男爵の手が動くと護衛の男達の肩がピクリと反応している。何かしらの指示を受けているのだろう。タイミングを待っているように思える。


「(カレンさんの予想ドンピシャかもしれないな……)」


 よくよく見ると護衛の男達は、両手を後ろに回して何かを隠している。

 おそらく剣刀類の類だ。何かあった時の備えだろう。


「お久しぶりですわ、マーン男爵。カレン・フレイド・ルミナリアと申します。お父様との商談の際に何度か顔を合わせた覚えがありますが、こうしてお話するのは初めてですね。突然の来訪、申し訳なく思いますわ。ご予定の方は大丈夫でしょうか?」


 カレンさんは、優雅に挨拶をする。

 それに対して、男爵は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。


「……これは、ご丁寧にありがとうございます。ですが、カレン様。貴女のような高貴な身分のお方が我が家に来るなど、何か御用があったのでしょうか?」


「ええ、今日はお父様の話とは別件ですわ。マーン男爵、先日、王都の魔法学校で特別新生学部という新しい学科が設立されましたのはご存知でしょうか?」


 カレンさんはあくまで優雅に話す。

 しかし、マーン男爵は一瞬肩が震えて、「チッ」という舌打ちをした気がした。が、すぐに表情を切り替え、先程と同じように媚びるような表情で作り笑いを浮かべる。


「……えぇ、知ってますとも!

 何せ、ワタクシの可愛い息子たち二人を通わせて頂いておりますからねぇ」


「それなら良かったですわ。今日は、その学校の件でお話があって来たのです」


「……と、言うと?」


「ええ、私の後ろに控えている二人……。

 実は彼らは私の知り合いで、今は特別新生学部の講師として働いているのですが、なんでも、彼……サクライ・レイ君は、子供達の帰宅を見送った後、暴漢に襲われたそうなのです。マーン男爵、どう思われますか?」


「……それはそれは、怖い思いをされたでしょうね」


 マーン男爵は白々しく笑う。

 カレンさんはその不快な笑みを無視して、続きを話す。


「ええ、そしてその現場には、マーン男爵のご子息の方も一緒だったそうです。そこまでなら、彼が教え子を命懸けで守ったという、素晴らしい教師の姿なのですが……」


「……ほ、ほう?」


「問題はその後なんです。その暴漢達はこう言ったそうなのです、『我々は、フゥリ君の父上に逆らう愚か者を制裁しろと命令されている』……と。

 確認しますが、あなたはフゥリ・オーガスター・マーン君の父親で間違いありませんか? もしそうならば、どうして、ご子息の学園の教師を襲う必要があるのでしょうか?」


 カレンさんは、あくまでもにこやかな笑みを崩さない。ずっと優雅で美しい表情を保っている。しかし、その彼女の言葉は男爵に反論を許さない威圧感があった。


「い、いやぁ……そんなこと、ワタクシにはさっぱりですな。第一、その暴漢達が何を言っているのか分かりませんし、ワタクシに恨みを持つどこぞの平民が嘘を付いているだけでは?」


「あなたがそう言うと思い、ご子息のフゥリ君からも事情を聴きました。

 フゥリ君は『あいつらは、父上の雇った用心棒で間違いない』と言っています。流石、マーン男爵のご子息様ですわ、男爵に似て記憶力がおありですわね」


 カレンさんは、皮肉を交えて優雅に微笑む。


 だが、マーン男爵は、「ぐ……フゥリの奴め、余計な事を……!!」と、小さく言いながら顔を酷く歪ませて、歯ぎしりをする。

 

 当然、カレンさんにその言葉は聴こえている。

 しかしあえて聴こえないフリをして、カレンさんは言った。


「おや、どうされましたか、顔色が悪いようですが?」

「……っ、い、いえ……なんでもございませんよ、フレイド家のお嬢様」


 マーン男爵は、ハンカチを取り出して脂ぎった自身の顔を拭く。

 しかし、その表情は笑顔を保てておらず、カレンさんを敵のように睨んでいる。

 カレンさんはそんな男爵の様子を一切気にせずに言葉を続ける。


「さて、不思議な話ではありませんか。

 何故あなたの用心棒は、ご子息の恩師を手に掛けようとしたのでしょうか?

 マーン男爵殿、納得のいく説明をして頂けますか?」


「いやぁ……ワタクシには皆目見当もつきませんなぁ……。

 それに、こう言っては何ですが、ウチの息子はワタクシに比べて頭が足りておらず、記憶違いという事もあるでしょう。ああ、そうだ。きっとフゥリは思い違いをしているに違いありません、父親としてしっかり指導してやらねば、ははは」


「………っ!」

 子供を理由にして誤魔化そうとしているマーン男爵の態度に、僕が怒りを堪えきれずに、一歩前に足を踏み出しそうになる。


 しかし、エミリアが僕の手を握ってそれを制止しようとする。


「……レイ」

「……ごめん」

 エミリアに手を握られて僕はすぐに正気に戻る。

 今度はさっきと逆に、僕がエミリアに止められた格好だ。


 しかし、マーン男爵と腹の探り合いを続けるカレンさんは僕達と違って表情を崩さない。


「なるほど、子供の勘違いですか。それはあり得るかもしれませんわね」

「ええ、そうでしょうとも! 流石、フレイド家のお嬢様、話が分かりますな!!」


 マーン男爵は、カレンさんの言葉に気を良くしたのか豪快に笑う。しかし、カレンさんの次の言葉で、その開いた口が固まってしまう。


「――ですが、残念ながら、既にその暴漢共は王宮で引き渡し済です。当然、王宮の兵士たちの尋問で彼らの身元は割れていて、あなたが放った刺客だと白状していますわ」


「……は?」


「私達もその場に立ち会ってからここに来たのです。

 マーン男爵、彼らにも嫌われていたようですね。思いの外、あっさり口を割ってくれて助かりました。お陰で、こうやって日を跨がずにあなたを追い詰めることが出来ました」


「な、なにを馬鹿なことを!! 証拠はあるのかね!? こんなもの、どうにでも作れるだろうが!!」


「ご子息のフゥリ君の言葉も、『マーン男爵の命令』と口を割っていますし、彼らの証言とも合致しますよ。私の所属する自由騎士団の調査によってウラも取れていますわ」


「ぐ、ぐぬぅ……!!」


「この情報、もし国王陛下に報告したらどうなるんでしょうね?」


 カレンさんは、あくまでも優雅な笑みを崩さずに話す。

 対して、マーン男爵は額から汗を流し、焦燥しきっている様子だった。

 だが、男爵はおかしな質問をした。


「ぐ……ま、まだ国王陛下には伝わっていないのだな?」


「……? ええ、まだ伝えてませんわ。もし、あなたが王都から追放されようものなら、あなたの子供達が不憫でなりませんもの。だから、こうして交渉に―――」


 と、カレンさんが話してる最中に、マーン男爵は突然立ち上がる。

 そして、マーン男爵は言った。


「お前達、こいつらを始末しろ!!」

「……っ!」


 僕はその言葉に、全身の血が沸騰するかのような感覚を覚える。

 隣のエミリアも杖を構えて臨戦態勢に入る。


 しかし、カレンさんはそれでも僕達にすぐ指示を出さない。あくまで話し合いで解決するつもりのようで、カレンさんはマーン男爵の発言を理解した上で怒った様に振る舞い抗議する。


「マーン男爵、あなたは自分の立場を分かってらっしゃらないのかしら!?」


「うるさい、お前達が死ねば、その情報は全て消える!

 王宮の兵士など所詮は平民共の集まりよ、金さえ握らせればもみ消せるだろうよ! 

 おい、貴様ら早くしろ、このフレイド家の娘もろとも殺すんだ!!」


「……」

 カレンさんは、マーン男爵の無様な姿に、大きなため息をつく。


「……残念です、あなたとは話し合いにならないみたい……」


 カレンさんはその場から立ちあがる。

 それが合図とばかりに、男爵の護衛達が武器を取り出す。


 そして、「殺せ!!」とマーン男爵は命令を下した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る