第750話 お姉ちゃんディフェンス
次の日の朝――
いつも通りベルフラウが用意した朝食が並べられたテーブルにレイ達は着席して食事を採り始める。しかし、いつもと違ってその雰囲気は重苦しかった。
「……」「……」「……」
明らかに不機嫌そうなエミリア。そのエミリアを見てビクビクして固まっているレイ。そして、レベッカはレイとエミリアの昨夜の密談を知っていた為、二人の様子がおかしい理由を察して敢えて言葉を掛けずに見守っていた。
だが、エミリアが不機嫌な本当の理由がレベッカ自身にあることに本人は全く気付いていない。
「……うう、なんか空気が重い……」
「何かあったわね……」
同じくテーブルを挟んで座っているルナやノルンは、彼女達の様子がおかしい事に薄々気が付いていた。そしてレイの姉のベルフラウはというと……。
「どうしたの、皆? 折角用意したスープと焼きたてのお魚が冷めちゃうわ。さ、早く食べましょ?」
ベルフラウは重苦しい空気を気にせずに、椅子に座り食事を始める。
「い、いただきます……」
「……」
「いただきまーす!」
「いただきます……」
レイは暗い表情のまま、エミリアは不機嫌な表情で食事を始める。食事中、誰も一言も発さない静かな空間が広がった。
普段明るい食卓というものは空気が重くなると、誰かがそれを改善しようとするものだ。この場において、それが出来るのはルナだった。
「あ、あのね、皆!」
ルナは特に案があるわけでもなかったが雰囲気を明るくするために、とりあえず明るい声を出してみる。
「き、昨日ね! エミリアさんとセレナさんに見せてもらった魔法を覚えたんだよっ、ほらっ!」
そう言ってルナは椅子を引いて立ち上がり、軽く魔法を発動する。すると彼女の周囲と身に纏う服が風に揺れ、次の瞬間、彼女の身体が少しだけ浮き上がった。
「え、飛行魔法!?」
予想していたものよりも高度な魔法を使ったルナに対して、落ち込んでいたレイは驚きを示す。レイだけではなく、エミリアやレベッカも「おお……!」と感嘆した声を出してルナを見つめていた。
「あ、サクライくん驚いてくれた!」
「そりゃ驚くよ……」
「ほ、本当に驚きました……」
レイとエミリアは浮き上がった彼女を見て開いた口が塞がらない。ルナの使用した<飛翔>の魔法は風属性の魔法でも高度なレベルの魔法だ。
レイやエミリアでもこの魔法を使いこなせるのにはかなりの時間を要した。それを一月無いくらいの期間で習得したルナの習得速度は常軌を逸している。
「ルナ様、いつからそれを?」
「二人に見せて貰ってからしばらく練習してたの。そしたら、少しだけ身体が浮くようになって……なんというか、不思議な感覚だねー」
そう言ってルナは更に浮き上がって天井ギリギリまで飛ぶと、その後ゆっくり降りて着地する。
「ルナちゃん凄いわ。お姉ちゃんでもその魔法まだ扱えないのに……」
「竜化の魔法が使えるから応用が利いたのかしら……大したものね……」
ベルフラウとノルンも感心したように言う。
「本当に凄いですよルナ、褒めてあげます」
「えへ、ありがと~エミリアちゃん……」
エミリアに褒められて嬉しそうなルナは再び席に戻る。エミリアは彼女の傍によって彼女の頭を撫でる。さっきまでの剣呑な雰囲気が吹き飛んでエミリアも笑顔になりつつあった。
「ふふ、エミリア様も少し機嫌を直されましたね……」
「……」
が、レベッカがそれを指摘すると、なんとも言えない表情に戻ってレベッカを見つめるのだった。
「エミリア様……なぜ先程からわたくしを睨んでらっしゃるのです……?」
「……別に」
「あの、エミリア様……」
レベッカは冷や汗を垂らしながらエミリアに尋ねる。しかし、エミリアは答えず視線を逸らして食事を再開し始めた。レベッカはしばらくそのまま彼女を見つめていたが……やがて彼女は小さくため息をついて視線を逸らした。
「(……わたくし、エミリア様に何かしてしまったのでしょうか……)」
心の中でレベッカは自身の行いを振り返るが、まさか自分がレイのベッドでスヤスヤと添い寝をしている現場を見られていたとは思わない。
……いやそれすら彼女にはそれすら日常の事だったので、エミリアの怒りを買うとは思わなかったのだろう。
だが、一方のエミリアも……。
「(……冷静に考えたら、レベッカはいつもあんな感じじゃないですか。私もちょっと過敏になり過ぎてたかもしれませんね……)」
と、彼女自身も自分の心の狭さに少し反省する。
というより、これはレベッカを平然と受け入れているレイが悪いのではないだろうか。エミリアはそう思い、軽くレイを睨みつける。
「う……」
「……」
軽く睨まれたレイは、しょんぼりとした表情で無言で頭を下げる。多分、彼はカレンの事でエミリアに対して申し訳なさを感じているだけだろう。ある意味、すれ違いである。
エミリアも、別に彼やレベッカに怒ってるわけではない。
ただ、昨日あんなことがあってカレンと競い合ってるのに、そこにすんなりとレベッカが入り込んできたことで頭の中が混乱しているのだ。
「(こういう時は、とりあえずルナの頭を撫でておきましょうか)」
エミリアはそう考えて、ルナの頭を撫でる。するとルナは「んん?」と声を出して首を傾げていた。レイが元居た世界では、アニマルセラピーという癒し療法があるらしい。こんな風に小動物と触れ合って傷付いた精神を癒すのだとか。多分、レイも昨日落ち込んで同じような事をしていたのだろう。
うん、そうに違いない。
間違ってもレベッカにNTRれたとか思ってはいない。
※レベッカはベッドに潜り込んで添い寝していただけで、レイは気付いてすらいません。
結局、食事を終えるまで、朝の食卓は微妙な空気が流れていた。しかし、その微妙な空気も食事が終わる頃には、いつもの雰囲気に戻っていた。
朝食を終えて、ベルフラウが食後の紅茶を用意していると――。
「あの、レイもレベッカもあまり気にしないでくださいね。ちょっと気が立ってただけなので……」
「……僕も昨日はごめん」
「わたくしも……申し訳ございません……?」
と、エミリアは二人に謝罪し、レイとレベッカとの関係も修復された。
しかし、その日のお昼―――
「こんにちはー」「!!」
カレンが宿に尋ねてきて、エミリアは警戒モードに突入する。
「あら、カレンさん。今日はお休みなの?」
「ええ、ベルフラウさん。今、レイ君居る? 買い物に付き合って貰おうかと思って」
「来た!」とエミリアは思った。買い物という体でレイをデートに誘うつもりだろう。そうはいかないとエミリアは走り出して、カレンに声を掛けようとするのだが……。
「レイ君は今、レベッカちゃんと買い出しの途中の筈よ」
・・・・・
「えっ」「えっ」
ベルフラウの爆弾発言に、エミリアとカレンは間を置いて同時に反応してしまう。
「どうしたの、二人とも?」
ベルフラウはにこやかな表情を崩さずに首を傾げる。その表情は、『二人の企みはお姉ちゃんにお見通しですよ』と言わんばかりのものだった。
「……え、エミリア、代わりに買い物に付き合ってくれる?」
「そ、そうですね……行きましょうか!!」
ベルフラウの笑顔の圧に負けた二人は、何故か恋のライバル同士で買い物に行くことになったとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます