第751話 秘策

「まさか、レベッカちゃんに出し抜かれていたとはね……」


「私も気付きませんでした……はぁ」


 エミリアとカレンの二人は、ため息をつきながら商店街を目指して街道を歩いていた。


「それにしても都合が良すぎないかしら。私がデートに誘うタイミングで出掛けているなんて……エミリア、貴女の仕込み?」


「違いますよ。十中八九、ベルフラウの仕業だと思います……」


 エミリアは考えながらカレンにそう答える。よくよく考えると、食事を終えてからベルフラウは二人に何か頼んでた事を思い出した。おそらく、あの時に買い出しでも頼んだのだろう。


「ただ運が悪かっただけってことか……残念ね。告白したタイミングで一気に押し切ろうと思ってたんだけど……」


「今朝、ちょっとトラブルがあって遅れましたが、私も同じこと考えていました……」


 二人は残念そうにため息をつく。


「まぁいいわ、今度もう一回デートに誘おうかしらね」


「その前に私が彼を誘うつもりですが……なんというか、ベルフラウに私達の魂胆が読まれてる気がするんですよね……。

 今日、カレンがデートに誘いに来た時のベルフラウの顔見ましたか? 私には、『女神様(お姉ちゃん)にはお見通しよ♪』と言わんばかりな表情に見えたのですが……」


「ええ……勘弁してよ……。あの人を敵に回すのだけは勘弁したいのだけど……」


「レイの事を一番理解してる人ですからね……。彼女、私達とレイが恋仲になるのは容認してくれている思ってたんですが……この様子だと簡単には認めてくれないかも……」


「ライバルは貴女だけだと思ってたのに……」


「……しかもレベッカもここに来て積極的な感じがしますし……」


 二人はため息をついた。まさか、このタイミングで二人が立ちはだかるとは思っていなかったのだ。


 ――一方、ベルフラウはというと……。


「~~♪」


 ベルフラウは鼻歌を歌いながら、貸し切りの宿の中庭に出て洗濯物を干していた。もはや姉を通り越してお母さんである。


「渡さない~~私の大事な人~~♪ 素直になれないけど~~いつもあの男の子のことばかり考えて~♪」


「……ベルフラウ、それ何の歌?」


 彼女の洗濯物干しの手伝いをしていたノルンはジト目で質問する。


「うふふ、主人公が意中の男の子にラブソングを送る女の子の歌でね。主人公はちょっと拗らせた女の子で、素直になれずに大好きな男の子に辛く当たっちゃったりする気難しい子なのよ♪」


「その話の主人公……なんかエミリアに似てない?」


「私が考えた歌なの♪」


「……何それ……」


 ベルフラウの説明を聞いてノルンはため息をつくが、彼女はそんな事お構いなしに洗濯物を干す手を休めずに歌を口ずさむ。


「胸が苦しくて~倒れても~♪ 夢の中でも私を支えてくれる~♪ あなたが~私を変えてくれた~♪ 私よりも年下なのに~私はそんなあなたに惹かれてしまったの~~♪」


 さっきとはまた曲調と内容が違う歌いだしたベルフラウ。


「……さっきと主題変わってない?」


「二番よ♪ 今度は、年下の男の子にキュンと来ちゃった大人の女性が、その子と一緒に過ごしたいと思うようになって、ふとした時に『ああ、私はこの子に惹かれていたんだ……』って気付くのよ♪」


「ちょっと……その主人公って……」


「誰かしらね♪」


 ベルフラウは笑顔でノルンに言うと、今度は洗濯物を干す手を休めて何かを思い出すように空を見上げた。


「(カレンに当てはまりそうな歌詞ね……)」


 ノルンはそう思い、先程慌てて出ていったエミリアとカレンの事を考えるのだった。



 ◆◆◆



 同時刻、レイとレベッカの二人は――


 レイとレベッカはベルフラウに頼まれて、今晩の夕食の材料を商店街に買いに来ていた。


【視点:レイ】


「レイ様、買い出しも終わりましたので、少し休憩しましょうか」


「そうだね、何処かで休もうか」


 商店街を歩き回って、色々なお店で買い物をして回った二人は、買い出しで購入した食材や香辛料を入れた袋を近くのベンチに降ろす。


 その後、すぐ傍の屋台で、果実の入ったドリンクと、焼いたお肉をパン生地で挟んだサンドイッチを購入してベンチに戻る。そして、二人で仲良く横にベンチに腰掛けてドリンクを飲んで一息つく。


「……ふぅ」

「ぷはぁ……」


 二人揃って息を吐く。味わったことのないさっぱりとした果物の甘味に僅かな酸味が加わって非常に飲みやすかった。ここまで歩きっぱなしだったので水分補給で一気に体力が戻ってくる。


「このドリンク、飲みやすいね……」


「最近、王都で流行のドリンクというお話でございます。なんでも、南国で採れた果物を加工して、喉越しのいいドリンクを作ったのだとか」


「南国か……まだまだ世界は広いね……」


「このお肉をパンで挟んだ料理もその国独自の文化なのだとか……」


 パンにお肉といえばハンバーガーだが、こちらの世界ではハンバーガー文化はまだ浸透していない。せいぜいがホットサンドやフレンチトーストくらいだ。


 サンドイッチを口に頬張ると、程よくソースや肉汁を吸った柔らかいお肉が口一杯に広がる。ソースも辛すぎず、いい塩梅で肉の旨味を引き立てていた。


「これ、美味しいな……」


「手軽に食べられる割に、満足感を感じる一品でございますね」


「商店街を歩き回ってる時に気付いたけど、他にも見慣れない屋台とかあったよね」


「ここ最近、他国からやってきた商人達が店を構え始めたことで、飲食店や露店が増えているとか……。それに連動するかのように冒険者ギルドも活気づいているようですね」


「やっぱり、陛下が戦力を招集しはじめたのが理由かな」


「魔王討伐の為に国王陛下が腕に覚えのある戦士たちを各国から招集したことで、それに便乗した商人たちが集まっているようですね。

 おかげさまで護衛の仕事も以前よりも格段に増えており、冒険者ギルドは大繁盛という話です」


「活気づいてるのは良い事だと思うけど……」


 その理由が魔物との戦争が近いことが理由なのは喜んでいい事ではない。戦力が必要ということは、それだけこの国で血が流れるかもしれないということでもある。


 僕達のような冒険者や武芸者たちはともかく元々住んでる人達からすると、急に戦争なんて言われて受け入れれるのだろうか。


「ともあれ、こうして一つの目的の為に大勢の人間が協力し合うというのは感慨深いものでございます。魔法都市の方々の協力を得ることも出来ましたし、あとは十分な戦力が整い次第、魔導船で一気に敵の本拠地を叩いて攻め落とせれば、わたくし達の勝利でございます」


「その為に、今、王宮の兵士達も厳しい訓練に励んでるし、兵器としての魔道具の開発も急ピッチで進めてるみたい。魔法都市エアリアル人達が協力してくれているお陰でペースも段違いに上がり始めてるみたいだよ」


「魔導船に関してはどうなっているのでしょうか?」


「陛下の話によると、グラハムさんが一旦エアリアルに帰国して調整を急がせてるみたいだね。残ったクロードさんとミントさんは、王宮の魔道具開発部門のアザレアさんと協力してエアリアルの魔法技術の結晶である新兵器の開発に着手しているっぽいよ」


「ふむ……新兵器とは……?」


「詳しい事は分からないけど、僕が使うような聖剣の技術のスケールアップ版ってだけ聞いた」


 僕は腰に下げた蒼い星聖剣ブルースフィアに視線を移す。

 聖剣は使用者の魔力などを集束させて広範囲を攻撃することが可能だ。それのスケールアップ版ということは、より広範囲の敵に対して使用するマップ兵器的な物なのだろう。


「(そういえば、カシムさんは……)」


 昨日の話だと、おそらくカシムさんは魔法都市エアリアルに帰国するつもりだ。お父さんのグラハムさんは今忙しそうだけど、無事に会えるだろうか……。


 あるいは、戦争を終えてから帰国するのかもしれないけど……。


 僕達はそんな話をしながら手に持ったサンドイッチを頬張る。味が濃い食べ物だけど、一緒に買ったのど越しの良い果物ドリンクと一緒に味わうと、ちょうどいい味わいになる。


「(また食べたいな……これ……)」


 王都の高級レストランで食べるような食事と比べるものではないけど、こういうジャンクフード的な食べ物はこの世界で滅多に食べられるものじゃない。


 今は色々悩み事があるけど、悩みが無くなったら姉さん達も呼んで一緒にお腹いっぱい食べに来たいものだ。


「……コホン、話は変わるのですが、レイ様」

「???」


 隣に座るレベッカはわざとらしく咳払いをしてこちらを見る。


「……エミリア様とカレン様の事でございますが、気持ちは落ち着かれましたでしょうか……」

「……」


 レベッカにそう問われて、僕は残っていたサンドイッチを一気食いし、ドリンクで流し込む。そして食べ物を胃に詰め込んだ所で僕は返事をする。


「……少しは……」


 カレンさんとエミリア。

 二人の女性に想いを伝えられて今は困惑よりも嬉しさが勝っている。


 だけど昨日は突然の事で彼女達の気持ちをくみ取ることが出来ず、頭の中はずっとグルグルと色々な考えが回って、気が付けば夜も深けていて、そんな時にレベッカが相談に乗ってくれたのだ。


「レイ様は、どうなさるおつもりなのですか?」

「……わかんない」


 正直な気持ちを述べる。僕自身、彼女達二人にずっと惹かれてた。


 そんな彼女達と自身の感情が重なってた事はこれ以上無いくらい嬉しい事だったのだが、二人同時となると感情に整理が今でも付かない。


 エミリアと既に付き合っていたのに、カレンさんに気持ちが動いてしまっていた事はずっと心に罪悪感として残っていた。だけど、エミリアはそれを許してくれた。そして、改めて僕に好きと言ってくれたのだ。


 僕が今まで密かに抱いていた暗い感情を彼女は簡単に振り払ってくれた。だが代わりに僕は二人の女性の内、どちらか一人を選ばないといけない。それはどちらかの気持ちを切り捨てると同義だ。


 そんな事、僕に出来るのだろうか……。

 どちらかを選んだとして、選ばなかった方の気持ちはどうなるのか……。

 残された方は、僕を許してくれるのだろうか……。


「……」

 答えは出ない。僕の二人への想いの感情は完全に拮抗していた。


 すると、僕を隣で見守っていたレベッカは、すぅと息を吐いて言った。


「レイ様、そこまで思い悩むのであれば、この不肖レベッカ、策がございます」


「策……?」


「ええ、エミリア様もカレン様も悩ませる事の無い、秘策でございます」


 レベッカは自分に任せろと言わんばかりに頼もしい言葉を述べる。その策は確かに僕にとって縋りたくなる魅力的な提案に思える。


 だが、その言葉を聞いて僕はもしや?という予感を覚えた。


「……レイ様、全てが終わった後、わたくしの故郷に来て下さいまし」


「(……やっぱり!)」


 僕は自身の考えが的中したことを確信する。


「わたくしの故郷で婚姻を行えば、エミリア様、カレン様、……そして、わたくしやベルフラウ様と同時に、関係を結ぶことが可能でございます」


「―――っ!!」


 つまり、レベッカの提案とは――


「わたくしと婚姻を結んでくださいませ、レイ様」


 ……というものだった。

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