第749話 舞台裏

 屋根の上でエミリアとレイの密会が終わった直後の話。


 エミリアはレイ達と一緒に宿に戻った後、エミリアだけこっそり抜け出して再び屋根の上に登ってとある人物に連絡を取っていた。


 瞑想に集中を終え、エミリアが杖を構えるとエミリアの口元と耳元に手の平サイズの魔法陣が展開されてクルクルと回り出す。


「――通信魔法、映像魔法……同時展開……音声と映像を連動して接続……。念の為、周囲に聞かれない様に音声最小化……と、これでいいかな……」


 魔法を発動すると、エミリアは周囲に音声が漏れないように調整を行う。


「あー、あー……音声のテスト中……。エミリアです、届いてますか?」


 音声がしっかり届いているか確認した後、エミリアは通信先の相手に自身の声を伝える。


『……聴こえるわよ、エミリア』


 すると通信先から凛々しい女性の声が聞こえてくる。エミリアは彼女の声を聞くと、小さくため息を付いて呟いた。


「……やってくれましたね、カレン」

『……』


 通信の相手は、先程レイに告白したカレンだった。


 レイと話していた時よりもトーンを下げたエミリアの声。その声を聞いてカレンは何故彼女が自分を連絡を寄越してきたのか把握する。


 だが、彼女はわざとしらばっくれるように明るい声で言った。


『何よ急に、私、何かしたかしら?』


「分かって言ってるでしょう。よくも私の彼氏にちょっかいを掛けてくれましたね……見損ないましたよ」


『……あら、貴女が隙だらけなのが悪いんでしょう』


 すると通信先のカレンの声が先程と違い、若干の嘲りの籠ったモノへと変わった。その声に、エミリアは気の利いた言葉の一つでも返してやろうかと思案するのだが……。


「……くくっ」『……ふふ』


 しかし、互いに被った声に、思わず二人は吹き出してしまった。


「……くくっ、あはは……」『ふっ……ふふ……』


 そのまま数秒程笑いあった後、二人は冷静になったのか再び話し始める。


「カレン、今の言葉はそれっぽかったですよ」


『そう? いかにも不倫相手の女がしそうなセリフだったかしら』


「ええ、レイを騙して、私から寝取ってやろうという悪役令嬢感が十分に出てましたよ。カレン、素質があるんじゃないですか?」


『ね、寝取り……そこまで言ったつもりはないわよ。というか不健全過ぎるわ……と、そろそろ良いかしら』


「ええ、そうですね」


『これで―――』


「―――お互い、対等の関係になった」


『……ええ、そうね』


 エミリアがそう言うと、通信先のカレンも同意を示す。先程までの変な雰囲気は消え去り、ピリピリとした緊張感が漂い始めた。


「お互い、これで彼に自分の気持ちをぶつけました。レイもこれで私と貴女を今まで意識する様になるでしょう。ここからが本当の意味でライバルですね」


『ええ、ありがとう。これでようやく私も舞台に上がることが出来たわ。ここからは貴女に遠慮しない。全力で彼を奪いに行くわ』


「良い度胸ですよ。私は一度手にした宝物は絶対に手放さない主義です。そう簡単に奪えると思わない事です」


『ふふっ、怖いわねぇ……』


 二人はそう言うと再び笑う。そして、ひとしきり笑い終わった後、今度はカレンから話し始めた。


『……彼の様子はどうだった?』


「まぁ貴女の予想通りだと思いますよ。かなり落ち込んでました」


『……そう。貴女はともかく、彼は割り切れないわよね……。素直な優しい子だし……私とエミリアの気持ちの両挟みになって責任を感じちゃったのね……あとでどうにかフォローしてあげないと……』


「私が歪んでるみたいな言い方止めて下さいよ。そもそも、『お互い、気持ちを伝えてイーブンで戦おう……』って提案したのは貴女でしょう、カレン」


『そうだけどぉ……』


 エミリアの言葉に、カレンはバツが悪そうに返事をする。その声を聞いてエミリアは小さくため息を吐いた。


「フォローに関しては、大丈夫だと思いますよ。今、レベッカが彼に付いてますから……」


『え、レベッカちゃんが?』


「私とレイの話のやり取りを聞かれちゃったみたいで……。今、落ち込んだレイを彼女が癒していると思います。レイも、レベッカには弱気な面を見せたがらないし、いつまでも落ち込んでいないと思います」


『そう……レベッカちゃんが……うーん……』


 エミリアの言葉を聞いて、カレンは悩み始める。


『今更なんだけど……あの子は、レイ君の事をどう思ってるの……?

 普通なら心は成熟しきってない年頃だとは思うのだけど、レベッカちゃんはそういうわけじゃないでしょ?』


「あー、……まぁ……」


 カレンの質問に、エミリアも少し困った顔をする。そして、少しだけ考えた後……エミリアはハッキリとこう言った。


「レベッカはレイの事が大好きですよ。しかも、滅茶苦茶慕ってますし……」


『……やっぱりそうなのね……』


「……っていうか、下手すると私達よりもリードしてる気がします……。

 あの子、『レイの妹』ってポジションにずっと居座ってますが、機会があれば私達に一切遠慮せずにレイにアプローチ掛けようとしてますし……。

 レイが覚えているかどうかは知りませんが、結構前に『わたくしの故郷に行けば複数の女性と婚姻を結べるので一緒に来ませんか』的な事を言っていましたし、私達もろとも引き込む気満々なような……」


『な……! あの子、まだ十三でしょっ!? 随分とおませさんね……』


「いや、おませさんってレベルじゃないと思います……」


 エミリアはそう言って再びため息を付く。


『だけど、真っ向から彼女レベッカとレイを取り合う気は起きないんですよね。あの子も私にとって親友です。

 多分、彼女は私と貴女のどっちかがレイとそういう関係になったとしても、笑顔で祝福してくれるでしょうし……優しいあの子は、今まで通りに接してくれると思います」


『……それは私も同意ね。色んな意味であの子を敵に回すのは考えられない。魔王や貴女と敵対した方がまだ気が楽ね』


「私と魔王を同列に置かないでください……」


『ベルフラウさんも居るしねぇ……私、あの人には頭上がらないのよ……以前にレイ君絡みで色々言われたことあるし……』


「ベルフラウは別に良いんじゃないですか。どっちかというと姉ポジションを死守してる感じですし。私達の敵にはならないと思いますよ。レイにとって完全に別枠の扱いだろうし」


『別枠って何よ』


「”特別”って事です。レイにとっての『家族』……恋愛対象を超えて、一緒に居るのが当たり前の存在なんですよ。まぁ、レベッカも半分その領域に突っ込んでますけど……」


『あー、……なるほど。確かに恋愛対象っていうよりも、もう家族目線よね。それこそ姉やお母さん代わりっていうか』


「貴女も少し前まではレイにそう思われてた疑惑ありますけどね」


『……まぁ、居心地よかったけどね………。……サクラが帰ってきたみたい。そろそろ、切るわね……』


「そうですね」


『……ひとまず、明日からはよろしくね。今まで以上にレイ君にアプローチ掛けるつもりだから』


「見掛けたらとりあえず邪魔しますね」


『言うと思ったわよ……ま、それはお互い様ね……。でも、私達同士で喧嘩はなしよ、貴女とはずっと友人で居たいんだから』


「それは私もですけど……では」


『ええ、また』


「レイを渡しませんからね」


『それはこっちのセリフよ』


 そうして通信魔法を切るエミリア。切った後、エミリアは背伸びをすると空を見上げて呟く。



「……私ってば、バカですね……」


 わざわざ自分でライバルを助けることをしてしまうなんて……。何もしなければ、きっとレイは私から離れることも無いだろうに……。


 エミリアはそんな事を思いながらも、すぐに頭を切り替える。


「(……とりあえず、今夜はレイの部屋に押しかけてみましょうかね)」


 イーブンとは言ったけど、同じ宿に住んでいるという強みは最大限に生かすつもりだ。まだ落ち込んでいたらとりあえず色仕掛けでも仕掛けて反応を伺ってみましょう。


 私もそっち系の覚悟はまだ固まってないけど、もしレイは私に手を出してくれるような事があればその時は―――


「(………)」


 その時の事を想像して真っ赤になったエミリアは首をブンブン横に振って煩悩を振り払う。そして、ひとまず自分の部屋に戻ってからお風呂で自身の身体を清めることにした。


 ―――そして皆が寝静まった時間になってエミリアは動き出す。


「そーっと……」


 深夜に彼の姉のベルフラウやレベッカに気付かれない様に、廊下を歩いてレイの部屋の扉の前に立つ。


 彼の部屋の扉に鍵が掛かっていることを確認すると、エミリアは手に魔力を込めて扉を軽く押す。すると、カチャリと音がして扉が開いた。


「(……ふふ、この宿に泊まってる間に鍵の構造はしっかり把握しておきました)」


 魔力による鍵の開錠、本来は対策されているのだが、長い間住んでいたお陰でエミリアはその辺の事は把握済みだった。


 エミリアは抜き足差し足でレイの部屋に入った後、再び扉の鍵を閉めるとレイのベッドの前に立つ。


「(さぁて、レイはどんな反応してくれるでしょうか……)」


 そんな風にわくわくしながら、レイの寝ているベッドの布団を捲ると……。


「すぅ……すぅ……」


「すやぁ………」


 そこには安らかな表情で眠るレイと……その彼の腕を抱き枕にして眠るレベッカの姿があった。


「………」


 予想もしなかった事態にエミリアは絶句し――その日、レベッカに先を越されたエミリアは、部屋に逃げ帰って不貞寝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る