第748話 ”告白”
店を出た僕とカレンさんは夜の街を歩く。話が長くなってしまったせいか先程よりも外は冷えていて、外を歩く人の姿も随分と減っていた。
「最近ちょっと寒くなったわよね」
「そ、そうだね……」
「? どうしたの、レイ君?」
「あ……いや……何でもないよ」
カレンさんの手袋に包まれた手を見つめながら歩いていた僕の様子に気付いて、彼女が振り返って声を掛けてきた。僕は慌てて彼女から視線を逸らして誤魔化す。
「(……意識してしまうと、こんなにドキドキしてしまうなんて……)」
今までだってカレンさんにこういう想いを抱かなかったわけじゃない。初対面の時だって綺麗な人だと思ったし、凛々しい態度の合間に時々見える女性らしさや彼女の弱さに胸が高鳴った。
それでも、エミリアの事があるし、貴族のお嬢様である彼女は自分と住む世界が違うと思ってなるべく意識しないように接していた。
……だけど、あんなことがあると……。
「(……エミリアになんて言えば……)」
ここ半年くらい関係性が変わっていないとはいえ、エミリアと自分は周囲から恋仲認定されている。
それはカレンさんも知ってるだろうし、エミリアだって飄々とした態度だけど、僕が他の女の子と仲良くしてるとジトっとした目で見つめられたりする。
今、こうしてカレンさんと手を繋いで歩いている場面を見られでもしたら……。
そう思いながらも僕は彼女の手を離そうと思わない。この雰囲気を自分から壊したく無いと思う反面、もっとこのまま手を繋いでいたい。彼女の傍に寄り添っていたい。
彼女を、誰にも渡したくない……。
……そんな人に言えない気持ちを抱えて、僕はカレンさんと夜の街を歩き続ける。
そして、彼女の家が近くなって別れが近くなった時……彼女は僕から手を離して前に出てそこで足を止める。
「……カレンさん?」
「――ねぇ、レイ君」
カレンさんは、僕の言葉を上書きするように声を重ねて振り向く。そして僕にとっては致命的で―――そして、僕の確信を突く質問をしてきた。
「――レイ君、私の事……好き?」
「――ッ!」
突然そんな事を言われて、僕は心臓が飛び出そうになる。
「……その……」
カレンさんに自分の気持ちを伝えても良いのだろうか?
彼女は貴族だし、彼女を慕う人は沢山いる。僕なんかではとても釣り合わない。そんな人相手に身分不相応な想いを抱いても良いのだろうか。何より、エミリアに対しての裏切りだ。
僕が俯いているとカレンさんはこちらに近付いてくる。そして僕の頬に手を当てて自分の方へ向ける。
外が寒いせいか、街灯で照らされたカレンさんの顔はほんの少し赤くだけ染まっていた。……きっと、僕はそれ以上に赤くなってるだろうけど。
「……ごめんなさい、そんな顔しないで。貴方にとって答え辛い質問だって分かってて聞いちゃった。でもね、はっきりとしておきたかったの……そうしないと私も諦め切れないから……」
「諦め……?」
彼女の言葉の一部に思わず反応を返してしまう。
「うん……レイ君、今、エミリアの事を考えてたでしょ?」
「……っ」
図星だ。僕はカレンさんとこうして向き合いながらエミリアの事を考えてしまっている。
「……素直な反応ね。あの子に嫉妬しちゃうわ……」
「嫉妬って……エミリアに?」
「……うん」
カレンさんは、数秒間瞳を閉じてから、再び目を開いて真剣な表情で頷く。
「――私はね、貴方の事が好きよ」「!」
カレンさんの言葉で心臓が跳びはねる。この瞬間だけエミリアへの感情を忘れそうになってしまうほどに、その一言は僕の胸の鼓動を早める。
「最初、私はあなたの事をそこまで特別な存在とは思わなかった。”勇者”って存在なら私の大事な後輩のサクラが居るし、陛下の命令もあって貴方の事はあくまで私の庇護対象として見てた。
貴方と一緒に旅を続けて、私にとって大事な存在にはなったけど、それでも今のような感情じゃなかったと思うの」
カレンさんは胸に手を当てて自分の気持ちを吐露する。
「貴方の事を意識するようになったのは、いつからでしょうね……。
私が落ち込んで泣きそうになっていた時……。自分の限界が近いのに強がって無理して戦おうとしたときに私を止めてくれた時……?
それとも、私を助けるためにずっと頑張ってくれた事……今思うと、心当たりがあり過ぎて分からないわね……。私はいつの間にかあなたに惹かれていた。……ふふ、私も普通の女の子だったって自覚しちゃったわ」
カレンさんはそう言いながら僕を見つめて笑う。
「だから、ね。私、決めたの……あなたをエミリアから奪ってあげる」
「!」
彼女はそう言うと僕に顔を近づけ――僕とカレンさんの唇が重なった。
そのまま僕達は目を閉じて、互いの手を握り合って、僕達は肩を寄せ合って、互いの熱を感じ合う。
トクン、トクン、心臓の音が響く。
お互いの鼓動の音が聞こえてしまうほどの距離で、僕はカレンさんと唇を重ね続けた。
どれぐらい、そうしていたのか分からなくなる頃、カレンさんは僕から離れる。その時に見えた表情は、目を伏せていたが、頬が真っ赤に染まっていた。
「……それじゃあね、レイ君。お休み――――私、頑張ってあなたを奪ってみせるからね……」
カレンさんはそう言いながら、僕から背を向けて自分の家の方角へと走って行ってしまう。
「……カレンさん……」
僕は暫くの間、呆然と立ち尽くす。
僕の頭はさっきの出来事を処理するだけで一杯だった。
「……あ」
そこで僕はふと気付く。カレンさんとキスをして、告白までされたのに……僕は彼女に返事が出来なかったのだ。
カレンさんは勇気を振り絞ってくれたというのに。僕の方が勇気を持てなかった。
「(……ごめんカレンさん)」
自分の不甲斐無さに嫌気が差す。それでも、今回の事を曖昧にすることは出来ない。そんな事をすれば、告白してくれたカレンさんに――そしてエミリアに対して不誠実だからだ。
「……よしっ」
僕は気合を入れ直して走り出したのだった……。
◆◆◆
貸し切った宿に戻った僕は、真っ先にエミリアの部屋に向かう。
そして、エミリアの部屋の扉の前に立って、軽くノックをすると同時に声を掛ける。
「――エミリア、話があるんだ」
僕が部屋の中に居るエミリアにそう声を掛けると、若干の間を挟んで中から返事があった。
「……レイ? 少し待ってください」
静かで落ち着いた女の子の声が聞こえて、すぐに足音が聞こえて扉が開かれる。当然、そこにはエミリアの姿があった。
「お帰りなさい、レイ。今日はサクラ達と冒険者ギルドで依頼を受けてたんですよね。久々の冒険者活動はどうでした?」
「うん、楽しかったよ……。ねぇ、エミリア、今から話せる?」
「……? 構いませんけど、どうしたんですか改まって……」
エミリアは首を傾げて僕を見る。……彼女と目線を合わせるのに少し罪悪感を感じてしまい、僕は目を逸らした。
「その……」
「……レイ、もしかして何かあったんですか?」
視線を逸らした僕に、エミリアが心配そうな声で尋ねてくる。その視線に耐えられず、思わず後ずさりしてしまいそうな衝動を抑えて、僕はなんとか彼女の目を見た。
エミリアは、普段のクールな彼女にしては珍しい不安そうな表情をしていた。
……彼女にそんな表情をさせてしまっているのは僕が原因だ。
「……エミリア、今から外で話したいことがあるんだ」
「……良いですよ」
エミリアは、僕のお願いに頷いてくれて部屋の中からこちらに踏み出す。
そして、僕達二人は宿の外に出てから、飛行魔法で宿の屋根の上まで飛んでそこで隣り合って座って話すことにした。
「……」「……」
だが、お互い、最初の一言が出てこない。エミリアは僕が何かを話すのを待っているのだろうが、僕は最初に何を言おうか迷って、ふと空を見上げる。
……綺麗な星空。地球とは違うけど、夜空は何処もこんなに綺麗なんだろうか……。
「……すぅ」
満点の空に輝く星空を見て、僅かに勇気が湧いた僕は深呼吸する。
そして、ひとかけらの勇気を手にして僕は言った。
「……エミリアに謝らないといけないことがある」
「……」
返事は無かった。だけど、僅かに息を呑む声が聞こえた。
僕が何を言うか、賢い彼女はもしかしたら想像が付いたのかもしれない。
だけど、それでも言わないといけない。
「……今日、僕はカレンさんに告白されて―――そして、キスをした」
「…………!」
エミリアの吐息が漏れて、そして彼女が肩が震えた。
……それだけで、彼女の気持ちが僕に流れ込んでくるような感覚に陥る。
「……そう、ですか……」
エミリアは震える声で小さくそう言った。
普段の彼女の声と比べて、その声はあまりにもか細くて……悲しさに満ちている声色に感じた。
「……ゴメン、僕はキミと付き合ってるのに、カレンさんの事を受け入れてしまった……」
「……」
「本音を言うと、カレンさんに好きと言われて僕は嬉しかった。……だけど、返事も返せなかった。……僕は、誰かを選ぶ勇気が無くて……」
「っ」
僕の独白に、エミリアは息を呑み……そして、次の瞬間、彼女は動いた。
――パシン。
何かが軽く叩かれると同時に、僕の頬に軽い衝撃が走った。
衝撃が走った方を振り向くと、そこにはエミリアの真剣な表情をして手先をピンと伸ばして手を振りかぶっていた。
どうやら、僕はエミリアにビンタをされてしまったらしい。
「エミリア……」
「……馬鹿、よく私の前でそんな事言えましたね……!」
「……ごめん」
「……ごめん、じゃないですよ。これは明確な浮気ですよ。私という超絶美少女な彼女が居ながら、他の女に靡くなんて……」
「ご、ごめん……」
「よりにもよって、私の友人のカレンに……!!」
「……本当に、ゴメン。言い訳しようがないと、自分でも分かってる……」
「しかも、女神様を無理矢理姉代わりにして、旅の途中で超絶かわいい妹を拾ってきて、挙句、竜の姿をした同級生をナンパするとか……!」
「(………ん?)」
「……しかも、最新だとノルンっていう外見年齢10歳、中身の1000歳の合法ロリにまで手を出して……!!」
……なんか、話の流れがおかしくなっているような。
「ちょっと待ってエミリア。……なんか、色々おかしい事言ってない?」
さっきまでの重い雰囲気はなんだったのか。浮気を問い詰められているのではなくて、今までの事を全部纏めて合わせてネタにされてるような気が。
「ここに来て誤魔化しとは、レイは反省の色が無いようですねっ!!」
「いや、誤魔化しって……。大体、姉さんやレベッカの事はともかく、ルナをナンパとかノルンに手を出したとか完全にただの誤解……」
「しかもセレナ姉に、”義弟くん”って呼ばせてるみたいですしっ!!」
「いや、呼ばせてないからっ!! あの人が勝手に呼んでるだけだしっ!!!」
思わず僕は無実を訴える。カレンさんの事はともかく、流石にここまで言われて反論しないわけにはいかないだろう。
だが、僕はそう言うと、突然冷静な声に戻ったエミリアが言った。
「レイ」「え?」
エミリアは真剣な表情に戻って僕の名前を呼ぶ。
そして、次の瞬間―――
――チュッ。
僕はエミリアにキスをされてしまった。しかし、僕が反応する前に、エミリアは素早く顔を動かして先程までの距離感に戻ってしまう。
「な……」
「……これで、おあいこ……かな。カレンとキスしておいて、私としないのは許せませんからね」
「いや、おあいこって……」
さっきまでの暗い雰囲気が嘘のように消えたエミリアは、少し照れくさそうに言う。先程までの重い雰囲気はいつの間にか霧散していた。
「……怒ってないの、エミリア?」
僕は恐る恐る彼女に質問をする。するとエミリアはいつも通りの態度に戻って、こう答えた。
「怒ってますよ。でも、彼女の気持ちは私も知ってましたからね」
「……知ってたんだ」
思えばエミリアは、カレンさんと時々僕をのけ者にして内緒話をしていたように思えた。その経緯で既に気付いていたのかもしれない。
だが、仮にそうであっても僕がカレンさんに靡いてしまった事実は変わらない。
「……でも、それでも僕は許される資格なんか……」
「……レイ。私も、改めて伝えないといけないことがあります」
「……え?」
エミリアの言葉に、僕は一瞬フリーズしてしまった。そして、彼女は真剣な声色で僕に向けてこう言ったのだ。
「私もあなたの事が好きです。……男性として」
「……!」
その言葉に、僕は素直に嬉しさを感じた。思えば、今までのエミリアはここまではっきり返事をしてくれてなかった気がする。
「……ああ、やっと言えましたね。しかし、カレンに先を越されてしまうとは……こればっかりは私の不覚です」
「え、エミリア?」
「……今回の事は、レイに責任はありませんし、私も責めるつもりはありません。素直に教えてくれましたし、許しますよ。だけど……」
エミリアはそう言って深呼吸する。
「……絶対、私は、あなたを離すつもりはありません。強引にでも私の方を振り向かせてみせます……覚悟しててくださいね」
エミリアはそう宣言する。その宣言は、僕に言ったものだったが、ここに居ないカレンさんへの宣戦布告のようにも思えた。
「……エミリア」
「……とりあえず宿に戻りましょう。誰かにこんな所見られたら、勘ぐられてしまいますから……」
「……うん」
一仕事終えたようなエミリアの態度に僕は素直に頷くしかなかった。そして、彼女の言う通り、宿の入り口に戻ろうと、屋根の下を覗きこんだ時―――
「あ」
「あ」
「……♪」
目をとろんとさせてウットリしていたレベッカが僕達を見ていた事に気付いた。
「れ、レベッカ!?」
「見てたんですかっ!?」
僕達二人は驚きの声をあげる。そして、レベッカは満足そうな表情で言った。
「レイ様、エミリア様………素敵でございました。参考にさせていただきます」
「いや、なんのだよっ!」
「何の参考にするつもりですかっ!!」
僕とエミリアは思わずツッコむ。
だが、レベッカは気にする事なく、恍惚の表情を浮かべるだけだった……。
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