第747話 "アスタロ・アーネスト"

【視点:レイ】


 外は寒かったので、僕達は近くの喫茶店に入りカレンさんの話を聞くことになった。

 適当に注文を終えた僕達は少し待ってから、ウェイトレスさんが注文した飲み物とケーキを持ってきた所で話を再開する。


「で、カレンさん」

「”アスタロ”ってだーれ?」


 ミーシャちゃんとアリスちゃんが揃って首を傾げてカレンさんに質問する。


「分かってる、あなた達が知ってるわけないもの。端的に説明するわ。

 簡単に言えば今回、私に依頼したのはアスタロっていう青年のお父さんで、アスタロは故郷が嫌になって家出して放浪してたらしくてね。彼は、自身の正体を隠すために偽名を使って『カシム』という名前で冒険者として活動してたの。

 さっき、私と彼が話していたのは、彼が”アスタロ”なのかどうかの確認と、お父さんの伝言を彼に伝えていたのよ」


 ……カシムさんが、まさかのアスタロさんだったなんて。


 ”アスタロ”は魔法都市の四賢者、グラハム局長の一人息子の名前だ。


 彼は今、行方不明扱いとなっていて、彼の父であるグラハム・アーネストさんが彼の行方を捜すためにカレンさんに依頼したらしい。


 確かに、今日の帰りにカシムさんから直接聞いた話と、以前にリカルドさんから語られたアスタロさんの話は被る部分がある。とはいえ、流石にノーヒントで共通点を見出すのは困難で分かるはずもない。


「どうして、カシムさんがアストラさんだと分かったんですか?」


 僕は最初に思った疑問をカレンさんにぶつける。


「”アスタロ”が冒険者に強い関心を示していたのは、以前リカルドさんから聞いていたからそれをヒントに調べていたのよ。でも、冒険者ギルドのデータベースにアクセスしたとき、【アストロ・アーネスト】なんて名前は何処にも無かったの。

 だけど、私が事前に彼のお父さんのグラハムから数年前の彼の写し絵を貰ってて、それをギルド長に渡して照合してもらった結果、彼の容姿に該当する人物がたった一人だけ見つかったの」


「それが、カシムさんだったというわけです?」

「ええ、そうよ」


 サクラちゃんの質問にカレンさんは頷く。


「とはいえ、もし冒険者になっていなかったら彼の行方を調べる術は無かったと思うわ。だけど、彼の偽名……『カシム』のフルネームを聞いてピンときたの」


「カシムさんの偽名の名前ですか……? 何かヒントでもあったんですか?」


「ええ、正確には彼のファミリーネームの方だけど。彼、【カシム・リスタート】という偽名を使ってギルドに登録してたのよ。何かピンと来ないかしら?」


 カレンさんにそう言われて、僕達は考える。そして、すぐに答えに辿りついた。


「あ、そうか。リスタートって……『再開』って意味じゃなかった?」

「そうなんですか?」


 僕の言葉にサクラちゃんがクエスチョンマークを浮かべて反応する。


「レイ君の言う通り、リスタートは、再開、再始動を意味する言葉よ。

 彼は、故郷を飛び出して、第二の人生を再始動するという意味を込めて、偽名に【restart】という単語を使ったのね。

 きっと、もう故郷のエアリアルに帰るつもりは無かったのでしょう……。だから、家名も自分の名前も使うのは止めたかった……。そういう事だと思うわ」


 カレンさんはそう言って寂しそうに微笑んだ。


「でも、彼とあなた達が知り合いなのは意外だったわ。いつから交流があったの?」


 そう質問されて、アリスちゃんはお皿の上に乗っていたシュークリームを頬袋に詰めてモグモグさせてから答える。


「んーと、アリス達は今日初めて会ったんだけどね?」


「アリス、食べながら話すのは行儀悪いよ……。あの、ボク達はレイさんに紹介されて、今回一緒に依頼を受けることにしたんです」


 ミーシャちゃんがアリスちゃんの代わりに答えると、皆の視線が僕に向く。


「レイ君はいつから彼と知り合いだったの?」


「二年くらい前かな。ここじゃなくてゼロエンド大陸のゼロタウンで知り合ったんだ」


「そんな前からなのね……。なるほど、あの場所なら冒険者登録の条件が緩いから、彼にとって隠れ蓑として都合が良かったんでしょう」


 ゼロエンド大陸にあるゼロタウンは冒険者ギルド発祥の地であり、冒険者の数もこのファストゲート大陸よりも在籍数が多い。


 元々冒険者という職業は、モンスターを討伐する為に設立された仕事であるが、不幸があって職を失った村人や、訳ありの人物が身分を隠して冒険者になるケースも多く、ゼロタウンはその受け皿としても機能していた。


 実際、僕も【転生者】という、傍から見たら身元不明の怪しい人物でしかないため、冒険者になるのは都合が良かった。


「……でも偽名まで使うなんて……そこまでして身分を隠す必要があったのかな?」


「それよ。私もそれが気になって尋ねたのだけどね。

 彼は自身が魔法都市エアリアル出身であることが周囲に広まると、彼のお父さんにすぐに所在がバレて連れ戻されることを恐れて、敢えて名前を偽っていたらしいの。さっきの意思表明も理由だろうけど、本来の理由はそっちだと思うわ。

 グラハムは魔法都市において中核を担う人物で、彼の力を以ってすれば地上の情報を得るのも難しくは無かったのよ。魔法都市は地上に比べて遥かに魔法技術が進んでるからね。知ってる? 記録魔法や映像魔法は、元は魔法都市エアリアルから流出した魔法技術なのよ」


 他の魔法と比較して、明らかに利便性があると思ってたけど、あの国の魔法だったのか……。


「カシムさん、そんなにあの国に居るのが嫌だったんだね……」


 サクラちゃんは複雑な表情を浮かべて言った。


「えありある……だっけ、アリスたちも会議で名前を聞いたけど、そんなイヤな場所なの?」


「そうねぇ……人によって理想郷かもしれない。だけど、魔法の才能の無い人間にとっては住みづらい場所でしょうね……」


 ……カシムさん。確かに、自分にとっては居心地の悪い場所って言ってた……。


「あの国は10歳になると魔力の検査を受ける義務があって、そこで魔法の素質を調べられるんだけど、彼はあまり良い評価を受けなかったみたいね。魔法力の高い人間が絶対的な権力を持つ宗教色の強い国だから、彼のように国を飛び出す人は今までも少なからず居たんじゃないかしら」


 カレンさんはそう推測する。


「それで先輩は彼に伝言を伝えたんですよね。何を言ったんですか?」


「”すまなかった、アスタロ。お前がこの国に不満を抱えていると知っていてお前に辛く当たってしまった。許してくれとは言わない。ただ、俺はいつでもお前の帰りを待っている。”」


「それだけですか?」


「ええ、それだけ。流石に無理矢理連れ戻せとは言ってこなかったわ。この言葉を聞いて、彼は私に礼を言ってくれたわ」


 カレンさんはそう語って、テーブルに置かれた紅茶のカップを右手で持ち上げ、口に運ぶ。


「……それで、アスタロさんはなんて言ってました?」


「……どうやら、彼も故郷を飛び出したことに負い目を感じてたみたいでね。私がこの話をすると彼は黙って話を聞いてくれてたわ……。伝えてくれて感謝しますって。彼がどう結論を出すかは分からないけど、私の役割はこれで終わりかしら、ね」


 そう言ってカレンさんはカップに注がれた紅茶を飲み干して席を立った。


「……カシムさんが」


「彼、帰り際に貴方に伝言を残して言ってたわよ。”ありがとう、キミのお陰で勇気が持てた”って……レイ君、彼と何か話したの?」


「……そうですか」


 僕は目を瞑って彼が語った言葉を思い出す。……カシムさん、帰る事を決めたんですね……。


「……もしかしたら、強く拒絶されてしまうかもって思ったんだけど。思いの外、彼は素直に聞き入れてくれたのよね。もしかして、レイ君のお陰だったりする?」


「……依頼の帰りに、少し彼の身の上話を聞いたんです。その時に、ちょっと……」


「……そ」


 カレンさんは何かを察したのか、それ以上その件に関して言及してこなかった。


「さ、私はそろそろ帰るわね。ここの支払いは私が済ませておくから、あなた達はゆっくりしてて」


 そう言ってカレンさんは歩き出す。


「カレンさん!」

 僕は咄嗟に呼び止める。カレンさんは足を止めて僕の方を振り向く。


「どうしたの、レイ君?」

「あ、えっと……」


 思わず呼び止めてしまった……。

 特に用事があったわけじゃないんだけど……。


 僕が何も言わずにモタモタしていると、サクラちゃんが「んふふー♪」と変な笑いを浮かべながら言った。


「『もう暗いから、家まで送るよ』って、言いたいんですよね。レイさん?」


「えっ」


「あら、そうなの?」


「……あっ、いや……その……」


「そ。じゃあ、お願いしようかしら?」


 そう言ってカレンさんは僕の所まで戻ってきてくれる。僕がサクラちゃんを睨むと笑顔で受け流されてしまった。


「じゃ、じゃあカレンさん、送ります」


「ありがと、じゃあエスコートお願いね。勇者様……♪」


 そう言いながら、カレンさんは僕の手を取る。その手の温かさにドキッとしながら、僕は彼女の手を引いて喫茶店を出るのだった。

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