第733話 『長老』
【視点:ウィンド】
「……………え?」
その『長老』の姿を見て、私は目の前の光景がすぐに理解できなかった。
――……どうした、そのように呆けて。この儂の姿に驚いたか?
頭の中に響く声の枯れた年寄りの声。しかし、目の前に存在するはずの『長老』は一切の身動きを取らない。
「あ、あなたが……長老……様……なのですか?」
――如何にも。儂の名前は、【グウィード・ヴィズ・ラスティオーネ】だ。
その名前には確かに憶えがあった。
王都イディアルシークの王立図書館に保管されていた古い文献、【大賢者の遺産】にその名前は記されていた。
『在りし日の英雄』グウィード・ヴィズ・ラスティオーネ。彼は、神の知恵である『魔法の真理』を極めるために、仲間達と共に冒険し、そしてこの地、魔法都市エアリアルを作ったとされる。
彼の研究は魔法の歴史において大きな意味を持ち、今、伝えられている大半の魔法は彼らの研究成果によるものだと言われている。
特に極大魔法をはじめとする自然干渉魔法はを開発したのは彼であり、魔法の祖とも言うべき存在である。殆どの研究者は彼の後追いと言っても良い。
本来、失伝魔法とされた魔法が彼の手によっていくつも再現され、彼の功績は計り知れないものだ。
だが、それが目の前の存在とは到底結びつかない。何故なら……。
「……申し訳ありませんが、あなたがそのグウィード・ヴィズ・ラスティオーネとはとても信じられません」
―――ふむ、何故か申してみよ。
「……それは、貴方が……」
私は目の前の……目の前に設置された大型の魔道具を指差す。その魔道具はガラス張りになっており、内部に謎の液体が満たされており、そこに何かが浮かんでいた。
「……貴方が、人間の姿をしていないからです」
その『何か』とは、剝き出しになった人間の臓器と、人間の数倍の大きさがあろうかという巨大な剝き出しの『脳』だった。
――……くくく、随分とはっきりと言ってくれるではないか。ジーニアス家の才女よ。
「!!」
『脳』から発せられる声に私は思わず後ずさり、警戒の構えを取る。しかし、グウィード・ヴィズ・ラスティオーネを名乗る存在は液体の中でプカプカと揺れるだけだ。
おそらく、彼は自由に動くことは出来ないのだろう。
――警戒せずとも良い。お主のいう通りよ、既に儂は人間ではない。この魔法都市を創造してから既に600年余り……儂の身体はとっくに朽ちて滅んでいる。
――……いや、儂だけではない。儂の大切な仲間たちも同じだ。
「仲間……ですか?」
――そうだ。儂や仲間には、このエアリアルの地に眠る同胞を守る義務があった。
このエアリアルを創ったは良いが、我らの子孫や集まってきた凡人共ではこのエアリアルの都市を維持するだけの力を持たぬ。
――ならば、儂と仲間達は、肉体という枷を捨てて、頭脳だけを維持できる施設を用意すればいい。
「……それが、今の貴方の姿ということですか」
――その通り。この『脳』はグウィード・ヴィズ・ラスティオーネだけではない。グウィード・ヴィズ・ラスティオーネという主人格と仲間達の『脳』を統合し一つの人工的に作り出した人格よ。
「……つまり、貴方はやはり――」
――お主のいう通り、儂は【グウィード・ヴィズ・ラスティオーネ】そのものではない。
――あくまで『彼』と『彼ら』の知識を統合した存在―――【アーティフィシャル・アニマ】よ。
「……そう、でしたか」
私は拳をギュッと握りしめ、『長老』……いや、『アーティフィシャル・アニマ』に問います。
「聞きたいことがあります。今から25年ほど前、私の母は刺客に襲われました」
――ふむ、儂のデータベースにもその記録が保存されている。
「その時、私の母は父によって庇われ大事に至りませんでした。しかし、代わりに父が重傷を負ってしまいました」
――そのような出来事があったことは記録に残されている。
「……その刺客を放ったのは当時の『四賢者の誰か』だと調べが付いています。一体、誰がこのような命令を下したのでしょうか」
――ふむ……。
「お答えください、『アーティフィシャル・アニマ』!」
――否、ありもしない事象に答えなど存在せぬ。
「……え?」
予想外の返答に私は思わず困惑する。
「……どういうことですか!? 貴方は先ほど記憶や記録の統合をしていると仰ったではないですか!?」
――あくまで儂が管理するのはこの国の歴史とこの国の人間の情報のみだ。
「……は?」
――つまり、その刺客を送った黒幕はこの国の人間ではないということだ。
「……馬鹿な。父の懐刀のライオールの話では―――」
――儂の予想だが、その刺客は何らかの洗脳を受けておる。手を出したのはこの国の人間ではないし、四賢者もそのような事はしていないはずだ。
――いくらお主の母が『素質無し』と判定された落ちこぼれであっても、わざわざ刺客を放って殺す様な真似はせん。
「……」
―――クレス・ジーニアスの懐刀のライオールは、エアリアルの民では無い。そやつでは、刺客が洗脳されていることまでは看破出来なかったのだろう。
「な……」
――だが、その刺客が何処から来た何者なのかは推測可能だ。
かつてこの国に敵対していた旧王国の残党……奴らの名前までは情報に無いが、そいつらがエアリアルの人間の一人を洗脳し、刺客としてお主の母を亡き者にしようとしたのだろう。理由はこの国に対しての宣戦布告だと予想するが……。
「……そんな、ことが……」
――だが、その宣戦布告はお主の父であるクレス・ジーニアスによって防がれた。お主の父から得た情報によって、四賢者たちは敵の討伐に赴き、敵の組織をほぼ壊滅寸前まで追い込んだ。
「……では、私がこの国に失望して出て行ったのは……ただの私の勘違い……?」
――そうとも言えん。民衆に不満が出るほど、この国の差別意識が肥大化してしまっている。実際、お主は母が刺客に襲われる以前に、母が『素質無し』と判断されて冷遇を受けていたことに不満があったのだろう。
――それもグウィード・ヴィズ・ラスティオーネが真理の追究のみを求めて他を蔑ろにしてしまった結果だ。儂の元人格がこの事を知れば、さぞ頭を抱えて後悔するだろうよ。
「……」
――……もし仮に、四賢者が黒幕だった時、お主はどうするつもりだったのだ?
「……復讐を……母を襲った相手に……」
――だが、復讐相手は既におらん。お主はすぐに国を出たから何も知らなかったのだな。父のクレスからは何も聞かなかったのか?
「……ここに帰る時は、決まって父はいつも家を空けていて……母は何も……」
――お主の母は、事件のショックで記憶障害を起こしていた。当時の記憶は今も戻っておらんのだろう。クレスは多忙だが、それ以上に何も事情を伝えなかったお主と顔を合わせるのが辛かったのだろうな。ライオールも口止めされていたのだろう。
「……そうですか」
――……これで、お主が個人的に知りたかった話は終わりか。
「……はい」
私はこの時、自身の勘違いで国を飛び出し、母と父を捨てた事を酷く後悔していました。
あの時、『コーリン・アロガンス』は、母を暗殺したことを頑なに否定してたのは、真実を隠していたわけではなくそれが事実だったということだ。私は、なんという親不孝者なのか……。
――……ならば、次にクレスに会った時に素直に謝罪すれば良い。それで少しは後悔も晴れよう。
「……そうですね、それしか、ないのかもしれません」
――儂はもう人間ではない。だが、そのように思い悩み、家族と衝突することを少々羨ましく感じる。
「……」
――お主の謝罪は、儂が預かろう。これから先も儂に聞きたいことがあればいつでも聞きに来るがいい。
「……はい」
――……どうやらここまでのようだ。お主の弟子は儂の愛弟子を下してこちらに向かっているようだ。
「……あの子達が」
振り向くと、とても急いだ様子の弟子たちと四賢者の内の三人が、階段を上ってこちらに向かってきていた。
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