第732話 不穏な空気
【視点:レイ】
クロードとの戦いを終えた後、クロードは物凄く不満そうな顔で言う。
「……じゃあ元の場所に戻るよ。せいぜい振り落とされないようにね」
「あ、はい……お願いします……」
「僕が負けるなんて……他の四賢者にどう説明すればいいんだよ……」
……この人、端正な見た目の割に案外ネチネチしてるな……。
僕はそう思いながら顔には出さずに彼に従って動く。そして、彼が呪文を唱えると目の前の景色が消えていき、【頂の塔―全知の間―】へとワープした。
「あ、レイさん!」
「無事だったのね!」
すると、サクラちゃんとカレンさんが僕を出迎えてくれた。どうやら、彼女達の方が先に戦いを終えていたらしい。
「良かった……二人とも元気そうで」
「えへへ、当然ですよ~。わたしが負けるわけないじゃないですかぁ~♪」
「……まぁ私の方は割とギリギリだったけどね」
サクラちゃんはご機嫌な表情で答え、カレンさんは若干疲れた表情ながら苦笑する。
「レイさんはどうでした?」
「いや、なんとかギリギリ合格を貰えたよ」と僕は答える。だが、隣でムスッとした顔で聞いていたクロードは「よく言うよ」と不満そうな声を上げる。
ふと視線を逸らすと、綺麗な女性仰向けになって意識を失っている男性の傍にしゃがんで回復魔法を使用していた。
女性の方はミント・ブリリアント、男性の方はグラハム・アーネストと名乗ってた気がする。
「この人達はどうしたの?」
僕は二人にそう質問するとカレンさんが若干気まずそうにそちらに視線を向けながら答えた。
「ああー、ちょっと私がやりぎちゃってね」
「どういうこと?」
「要するに、カレン先輩がグラハムって男の人をコテンパンにボコって意識が戻らないからミントさんにお世話してもらってるんです」
「コテンパン……」
「い、いや、相手が強すぎたからそれくらいしないとダメだったのよ!」
「(カレンさんでも苦戦する相手だったのか……)」
それほどの相手なら無傷で戦いを終わらせるのは難しかったのだろう。
僕も
……と、僕達が話していると、クロードがグラハムという男性の傍に歩み寄って驚いた表情をする。
「まさか、彼まで負けてしまうとは……。ミント、もしかしてキミも……?」
「鬼ごっこで、負けちゃった、わ」
真面目なの表情で質問するクロード。
しかし、ミントは本気だか何だか分からない口調でそう答える。
「……鬼ごっこが何の比喩か分からないが、僕達全員負けてしまったということか……」
クロードは複雑そうな表情でそう呟く。そんな彼を見て、ミントは静かに諭すように彼に言った。
「落ち込まないで、クロード……あなたは、相手が、悪かったと思うの……。頑張ったのは知ってるし、『長老』も、叱ったりしないと思う……わ」
「キミ、もしかして見てたのか!?」
「……私は、こういう覗き見は得意、だから……」
ミントは、どこか得意げな表情でそう言った。
「……う」
うつ伏せになっていたグラハムが呻くと、意識が戻ったのか上半身を起こす。すると、クロードとミントが彼の身体を支える。
「こ、ここは……」
「グラハム……」
「……お前達、そうか。俺は負けて意識を失っていたのか……」
グラハムはため息を付いて、二人に身体を支えて貰って立ち上がる。そしてカレンさんの方を見た。
「……見事だ、カレン・ルミナリア……あのような戦いで俺の魔法を打ち破るとは……」
「全く、随分と苦闘させられたわ……命があるだけ感謝なさい。それと、そこの女性……ミントさんにもお礼を言うのよ。傷付いたアンタを介抱したのは彼女なんだから」
「そうか……お前にも世話になった」
「気に、しないで……」
ミントは、どこか心配そうな表情でそう答える。クロードはグラハムに言った。
「グラハム局長……貴方が負けるなんて信じられない。一体、何故負けたんだ……?」
「……言い訳はせん。俺が未熟だったというだけの話だ」
グラハムは、悔しさを嚙み殺すような表情でそう言った。
「……局長?」
今、グラハムの事をクロードは局長と呼んだ。
僕が口にすると、カレンさんが僕の方を向いて小さく話す。
「レイ君も気付いた? そう、彼が『アスタロ』って人の父親らしいのよ」
「え、そうだったの?」
この人がグラン陛下の仰っていた魔法都市管理局長?
リカルドさんが知り合ったエアリアルの知人は彼の息子ということだ。
「むー、二人とも、何の話をしてるのかわかりませーん!」
サクラちゃんは会議の時の話を忘れているようだ。僕は端的に彼女に説明をする。
「へー……そんな話、してましたっけ?」
「……ダメね、これは」
「……ダメだね」
僕とカレンさんは二人揃って呆れてしまった。
「……お前達、あの馬鹿息子の事を知ってるのか?」
「少し……ね。残念ながら行方は分からないわ。冒険者になったんじゃないかって話だけど……」
「そうか……いや、だが……。冒険者のデータを収集した限り、息子の名前は……」
カレンさんの話を聞いて、グラハムは暗い表情を浮かべた。
「……と、忘れてたわ、レイ君!」
カレンさんは突然、慌てたように言った。
「え?」
「ウィンドの姿が無いのよ。てっきり私達を待ってると思ってたのに……!」
「言われてみれば……確かに、ウィンドさんいないね……」
僕達が彼女の行方を捜し始めると、クロードは呆れた表情で言った。
「……キミ達は『長老』に会うためにここに来たのだろう? なら、彼女が行く場所は決まっているだろう」
「……あ」
「……正直、彼女を単独で『長老』の元へ向かわせるのは僕達も不安だ」
「……彼女、この国に、不満を持っていたみたい、だものね」
クロードの言葉にミントという女性も同意する。グラハムという男性も無言で頷いた。
「……ちょっと待って、それどういう意味?」
カレンさんは二人の言葉に怪訝な表情を浮かべて質問する。すると、グラハムはカレンさんに言った。
「……彼女がこの国を出た理由。聞いた事はあるか?」
「……いえ、込み入った事情がありそうだから敢えて触れなかったわ」
「……そうか」
グラハムは目を瞑って黙り込んでしまう。
彼が黙ると、クロードやミントも顔を伏せて沈んだ表情をする。
「……どういうこと? 三人は、ウィンドさんの事情を知っているんですか?」
僕も気になって質問すると、クロードは顔を上げて迷った表情をする。
「……僕たちも詳しい話は知らないが……」
「……どうも彼女……というより、彼女のお母さん……この国で命を狙われたそうなの、よね」
「師匠、そんなことあったの?」
クロードとミントの言葉を聞いて、サクラさんは目を丸くして驚く。
「……ああ。キミ達は、ファストゲートの国王の命令でここに来たんだろうが、彼女はまた別の目的があるんじゃないかと僕達は疑っているんだ」
「……グラン陛下の命令以外に、真の目的があるって事ですか?」
「……おそらく、な」
僕の質問に、グラハムが答える。
「誰にも知られたくない事情があるから、彼女は一人で、『長老』の元へ、向かったのだと思う、のよね」
「……ミントのいう通りだね。キミ達を待てばいいのにここに来て単独行動をする意味がない。……あるいは、僕達がキミ達に掛かり切りだからこそ、そのタイミングを狙った可能性もある」
クロードは難しい表情をして、『長老』が待っていると思われる頭上を顔を向けて言った。
「タイミングを狙った?」
「……僕ら四賢者が傍にいると都合が悪いってことさ。……つまり……」
「……『長老』に対して、何かしら敵対行動をとる可能性がある……」
「……そういうこと、ね」
……なんか、どんどん雲行きが怪しくなってきた。僕は頭を掻きながら思った。どうやら、一筋縄ではいかないようだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます