第151話 蠱惑の植物

 体調を崩したレベッカと姉さんだけ先に脱出させ、

 残った僕達は女の子の行方の捜索と、匂いの元凶を探す。


 ――数分後

「レイ、こっちです!!」

 エミリアに呼ばれて向かうと、そこは一番奥のテーブルだった。


「ここから酷い匂いがします」

「分かった!!」


 僕は大きなテーブルをひっくり返す。

 置かれたままの食器も一緒にひっくり返り大きな音が鳴ってしまうが、

 今はそんな事を気にしてる場合じゃない。


「あった!!」

 テーブルの下には、地下に続くハッチがあった。

 おそらく匂いの元はこの先だ。僕達は急いで地下に降りる。

 まず僕が先に降りて行き、続いてエミリアが入っていく。


 下に降りるほど匂いが強まっていき、

 それは甘い匂いどころかもはや悪臭のレベルだった。

 そして、最下層まで降りた先には……。


 最下層は元々物置になっていたのだろうが、

 何も置かれてない半径10メートルほどのスペースだった。

 そこはおびただしいほどの植物のツルや茎や花などが茂っている。


 周囲はランプで明かりを灯しているのだろう。

 薄暗いものの何とか見通すことが出来た。


「――女の子!?」

 僕達が探していた女の子が、地下の花畑の中心で蹲って泣いていた。


「あ……お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 僕達に気付いて、その子は泣きながら立ち上がる。


「良かった、無事で……」

 僕はその子に近付き、抱きしめる。


「お兄ちゃん、苦しいよ……」

「あっ、ごめん」

 慌てて離すと、その子はまだ目に涙を浮かべ――――


『―――やっぱり来てくれたんだね、お兄ちゃん♪』

 その声はさっきの幼い無垢な声と少し変わっていて――



「―――え?」


 その瞬間、女の子の周りの植物が急速に伸び始めて僕を縛り上げた。


「―――ぐっ!?」

 突然の出来事に反応出来ず、僕はそのまま動けなくなってしまう。

 エミリアが助けようと駆け寄ってくるが――


『ダメだよ、お姉ちゃん』

「きゃぁああ!?」

 僕を助けようとしたエミリアも同じように拘束されてしまう。


「こ、これは―――!?」

 僕とエミリアは必死に束縛を解こうとするが、力が入らない。


「―――人間じゃ、ない……!?」

 さっきまで泣いていた女の子は妖艶な笑みを浮かべ、

 その姿が少しずつ変わっていく―――


 そして、その正体は―――


「―――ラフレシア?」

 昔テレビで見たことのある。

 世界一大きな花を連想させる姿だった。

 その頭はラフレシアのような大きな花びらになっていて、

 そこからは大量の花粉が漏れ出ている。

 そしてその身体は植物のように緑色でツルが体に巻き付いていた。


「こ、こいつは<アルラウネ>……と呼ばれる魔物です……!

 大人の人間の女に化けて、妖艶さで男を惑わし捕食する魔物なんですが……!!」


 エミリアが震えた声で説明する。

 それに気を良くした<アルラウネ>は楽しそうに語る。


『へぇ~よく知ってるね♪

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも可愛くて私の好みだよ。

 たっぷり可愛がって吸収してあげるからそれまで楽しんでね♪』

 そう言って、ラフレシアの姿になった女の子は僕の顔を舐めてくる。


「や、やめろっ!!」

『可愛い♪……さっきお姉ちゃんが言ったのは当たってるよ。

 本当はそうやって人間を誘い込むんだけどねぇ。でもお兄ちゃん達は女の子ばっかりだったし、今回は子供の姿の方が都合が良さそうだったんだ。

 大正解だったね♪』


「……お前の目的は何だ?どうしてこんな事を……!!」

 僕の問いかけに、その少女は可愛らしい笑みを浮かべて言った。


『こんなことってどっち?

 こうやってお兄ちゃんとお姉ちゃんを襲ったこと?

 ―――それとも、上の盗賊共を皆殺しにしたこと?』


「――っ!!」

 僕は怒りを露わにする。


『もう、折角可愛いんだからそんなに怒っちゃダメだよ♪』


 ダメだ、このままだと二人とも殺されてしまう。

 それにさっきから花の匂いが酷い、このままだと意識を失ってしまう。


「―――っ!レイ!<火球・改>ファイアボール!!」

 エミリアが何とかはみ出ていた指から魔法を繰り出すが、<アルラウネ>は自分に直撃する前に、周囲の植物を操って壁を作り防いでしまう。


『無駄だよ、お姉ちゃん♪

 植物だから炎が有効だと思った?残念!!』

 楽しげに笑う少女の声が響く。


「くそっ!!この!!」

 僕はなんとかしようと手足を動かすが、全く動く気配が無い。


『うふふ、必死で抵抗してるみたいだけど、もう諦めちゃいなよぉ』

「――っく!!」


 まだだ、何か出来るはず―――!!


「(そうだ、魔法を使えば―――)」

 しかし、エミリアと違って僕は完全に手をロックされてしまっている。

 だけど魔法は指先からじゃなくても放てるはずだ!


「いや―――いける!!<魔法の大砲>マジックキャノン!!!」

 僕は手の先ではなく、腕の先に魔力を集め、一気に放つイメージで魔法を発動した。

 光の粒子が収束していき、巨大な砲弾となって飛んで行く。


『!?』

 それと同時に僕を縛り付けていた植物も引き千切られ、

 魔力の砲弾は<アルラウネ>に直撃し、壁に吹き飛ばされる。


「やったか!?」

「やりますね!!すいませんが、こっちもお願いします!!」

「分かった!!」

 倒せたかは分からないけど、その前に剣でエミリアの拘束を解く。


 拘束が解けたエミリアは体を動かして体の状態を確認する。

「助かりました、それであの魔物は―――」


『――危なかったぁ。

 もう少しでお兄ちゃんを食べられたのになぁ……』


「なっ!?」

 土煙の中から現れたのは、無傷の女の子だった。


「そんな、直撃したのに……」

 咄嗟で完璧では無かったとはいえ、

 <魔力の大砲>の威力は上級魔法並の筈だ。

 それを無傷で防ぐだなんて……!!


『可愛らしい未熟な冒険者だと思ってたんだけど、

 ――お兄ちゃんたち、強いんだね。私にこれを使わせるなんてね』


 魔物の言う『これ』とは、体に巻き付けた植物の根っこだった。

 さっきの<火球>で使った植物の壁とは比べ物にならない分厚さで、それを何重にもして自分に巻き付け、魔法の衝撃と壁の直撃を防ぎきったのだ。


『でも、力を使っちゃうと、流石に私もお腹空いちゃう。

 お兄ちゃんとお姉ちゃんを吸収して回復しなくちゃね……♪』


 そう言って、女の子は両手で自分の身体を抱きかかえる。

 すると、僕達を囲むように複数の魔法陣が展開される。


「魔法!?」

「レイ、気を付けてください!!」


 エミリアが叫んだ瞬間、

 魔法陣から触手のような物が飛び出してきて、

 そのままエミリアに絡みつく。


「ああっ!!……くぅ!!」

『あはは!捕まえた!』


 エミリアはそのまま空中に持ち上げられていく。

 そして、まるで獲物を捕食するかのように、

 エミリアの体に巻き付きながら、<アルラウネ>まで移動する。


「――っ!」

 まずい!このままじゃ食べられてしまう!!


『いった、だっき、まーす♪』

「させない!!」

 僕は触手を<龍殺しの剣>で切り裂いて切断し、エミリアを救い出す。エミリアはそのまま床に転がり落ちるが、なんとか拘束から逃れることが出来たようだ。


『―――うそっ!!

 私の手足があんな簡単に斬り飛ばされるなんて!!!』


 今の攻撃は<アルラウネ>にとって自信があったようだけど、

 防がれて動揺しているようだ。そして、その隙を見逃す僕達じゃない。


「油断し過ぎですよっ!!<炎の魔弾>ブレイズ・キャノン!!」


 エミリアの複合炎魔法が<アルラウネ>に目掛けて飛んでいく。<魔力の大砲>マジックキャノンのような物理的な破壊力と炎属性を纏った強力な魔弾だ。直撃すれば<アルラウネ>ごと体を貫通するだろう。


『甘いよ!!』

 植物を操り、盾にして防ごうとするが、

 エミリアの放った魔弾はその防御を貫き、<アルラウネ>を吹き飛ばす。


『あっ……熱い、私の身体が……!!』

 エミリアの攻撃魔法が直撃して、大きなダメージを負っている。

 植物は焼け焦げ、<アルラウネ>自身も至る所に火が燃え移っている。


 今だ!!

「はぁああああ!!!」

 僕は剣に魔力を込めて全力で、

 <アルラウネ>に目掛けて剣をふりおろ―――


『助けて!!お兄ちゃん!!!』

「―――っ!!!」


 魔物は悲痛な声で叫ぶ。

 その瞬間、僕は攻撃を躊躇してしまった。


『アハ……♪隙ありだよっ!!』

「くっ!!」

 しまった……!!

 <アルラウネ>の周囲の植物が一斉に僕目掛けて襲い掛かってくる。


 ―――しかし、僕にその植物が届くことは無かった。


『あ、あれ、何で私の言うことを聞かないの!?』


「――ふう、危機一髪だったね、レイくん」

 その声は……!!

 後ろを振り向くと、僕達を追いかけてきた姉さんが居た。


『あ、貴女は!?この廃屋を出て行ったはずじゃ!?

 それに、何で植物が私の言うことを聞かないの!?』


「えっと、魔物さん?

 あなたの<植物操作>は私の<植物操作>で上書きさせてもらったわ。

 これで、今の貴女はもう周囲の植物を操れないわよ」


『なっ!?そんな、あり得ない!!

 何でただの人間が私と同じ……いえ、私以上の力を持ってるの!?』


 魔物は信じられないという表情で叫ぶ。

 それに対して、姉さんの方は落ち着いた様子で話す。


「何でって、それは……まぁ私女神だし?元だけどね」


『嘘……そんな、こんなことあるわけない!!

 それに、植物が操れなくても、私には魔法が――――!!』


 それでも尚、<アルラウネ>は僕達を攻撃しようとするが―――


 それはまた別の人物によってかき消されてしまう。


「――世界よ、私の言葉に応じよ――<重圧>グラビティ

 <アルラウネ>は突然体が重くなり、その場から一切動きが取れなくなる。


『な、なにこれ、体が……動かない!!』


 僕達は姉さんの背後を見ると、

 体調が悪そうなレベッカが魔法を唱えていた。


「良かった……間に合いましたね」

 今も顔色が悪そうだけど、何とかレベッカは戦えるようだ。


「姉さん、レベッカ!助かったよ!!」

「レベッカ、平気ですか!?」

「大丈夫です、少し外に出て楽になりました。

 心配おかけしましたね」


 そう言いながらも、

 レベッカは重力魔法を<アルラウネ>に掛け続ける。

 既に<アルラウネ>はこの魔法に抗える体力が無いようだ。


「さぁレイくん!!」

「レイ、今度は惑わされちゃいけませんよ!!」

「レイ様!!」


 僕は三人の叱咤激励を受け、<龍殺しの剣>を振り上げ―――


『ま、待って……た、助けておにい―――』

「――<火炎斬>!!!」


 ――振り下ろすと同時に炎の斬撃を放ち、<アルラウネ>を切り裂いた。

 そして、魔物は激しい炎に包まれ、そのまま消えていった。


 ◆


 その後、<アルラウネ>を倒した僕達は、

 姉さんの<空間転移>により廃屋から脱出することが出来た。

 既に夜は暗くなっており、急いで馬車で目的地の村に向かったが、

 着いた頃はもう深夜だった。


 次の日、今回の事を村の村長さんに話したが、

 昨日会ったような女の子はこの村には存在しておらず、

 初めから僕達を騙すためのでっち上げだった。


 盗賊に廃屋が占拠されていたのは事実だったが

 既に盗賊が居なくなったことに驚きつつ安堵していた。


「今回の敵は強敵だったね……」

 まさか女の子に化けて襲ってくる魔物がいるとは……。


「私もすっかり騙されましたよ。

 あの手の魔物はハニートラップで引っ掛けてくるとばかり」


 ハニートラップとは少し違うけど、

 僕もあの声と姿で一度攻撃を躊躇してしまった。


「うん、今度は注意しないとね……」

「そうだねー、油断大敵だよっ!」


 確かに今回は僕のミスだ。

 姉さんの言う通り、もっと警戒しておくべきだった。

 それに、魔物なのに攻撃を躊躇してしまうとは……。


「でも、こうして無事でしたし、何よりでございます。

 例の盗賊、山賊達の事は残念でございました……」


「うん、そうだね……」

「まぁ、それは仕方ないですよ……割り切りましょう」


 ちょっとした寄り道で大変なことになったが、

 無事生還したことに僕達は安堵し、また旅を再開することにした。

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