第378話 非常用地下通路

 長い長い梯子を降りると、ようやく地下に辿り着く。

 僕と団長は、残り数メートルの所で梯子から降りてそのまま地下に飛び降りる。


 着地と同時に着地音が響き渡る。

 その音で先に降りていた女の子達が気付いてこちらに向かってくる。


 周囲は思ったほど暗くはなく、石造りのダンジョンのような壁になっている。

 壁には、火を灯すための松明が設置してあるようで、どうやらエミリアが先に火を灯してくれていたようだ。おかげで視界は良好と言えた。

 

 埃っぽくはあるが、地下が崩落する様子も無さそうだ。

 これなら無事に進むことが出来るだろう。


「遅くなったな」

「お待たせ、みんな。……あれ、サクラちゃんは?」


 僕達は待っていたのは、

 姉さん、エミリア、レベッカ、カレンさんの4人だった。


「ああ、サクラなら……」

 カレンさんが言い掛けると、こっちにスタタタッと走ってくる足音が聞こえた。


「お待たせしましたー。あ、団長さんにレイさんも来ましたね」


「サクラちゃん、何処行ってたの?」


「ちょっと斥候せっこう的な事をやってきました。道は崩れたりはして無さそうです。魔物は多少入り込んでましたけど、まぁ大丈夫かなって」


「分かった。じゃあ行こう」

 僕達は、地下道を進み始めた。

 長年使われてなかっただけあって僕達が歩くと足跡が付く程度には埃が溜まっていた。ここは下水も兼ねているのか、水路が流れており、おそらく水の出口から魔物が入り込んだのだろう。


「ぐぎゃああああ!!」

 青い身体の魚人のサハギン達が水路から顔を出してこちらに襲い掛かってくる。

 下水から這い上がってきただけあって、匂いが酷かった。


「わ、こっちに寄らないで!」

 姉さんは近寄ってきた魔物を物理用の杖でぶん殴って昏倒させる。


「姉さん、後ろに下がって、魔法でなんとかするよ」

 姉さんに指示を出し、後ろに下がってもらう。


 この手の魔物は、炎や雷の魔法にとことん弱い。

 僕も蒼い星ブルースフィアを汚したくないので魔法を使用して戦う。


<中級火炎魔法>ファイアストーム

 僕達は魔物に火を放って、近づかずに魔物達を掃討する。

 この後に、他の人達も通るはずなので念入りに魔物を数を減らしておく。


 そして、戦闘が終了し、エミリアは一言、こう言った。


「魔物は弱いから別に障害にはならないんですが……」

 エミリアは杖から放っていた火を消して杖を仕舞いながら言葉にする。


「先に進むほど、何というか……嫌な感じがします」


「嫌な感じ……とは?」

 同じく戦闘を終えたレベッカは槍を消してエミリアに向き合う。エミリアの言葉に疑問を感じたレベッカは、彼女の発した言葉が気になり質問した。


「血の匂い……というより、死臭、ですかね。どうも、瘴気のようなものが漂ってる気がします」


「それは、誰かがここで魔物にでも殺されたかも、ということでしょうか?」


「んー……、それは断言できませんが……」

 エミリアは少し困ったような顔をする。


「ふむ、確かに……。

 魔物の匂い以外にも何か鼻に付く嫌な匂いを感じますね。

 これがエミリア様の言っていた匂いでしょうか」


 レベッカもエミリアの言葉に頷く。

 この二人がそう感じるというなら信憑性は高いだろう。


 僕は隣を歩く姉さんに声を掛ける。


「姉さんは何か感じる?」

「………」

 姉さんは、僕の言葉に反応せず無言で歩いている。


「姉さん?」

 僕はもう一度呼び掛ける。

 不思議に思い、姉さんの顔を見ると……。


「って、姉さん。なんで目を瞑って歩いてるの!?」

「……え? ……ああ、レイくんかぁ」

 姉さんは、僕に声を掛けられていたのにようやく気付いたのか、目を開けてこちらを向いた。


「どうしたの、姉さん? ……もしかして、気分悪い? 水飲む?」

 僕は鞄に入れてあった水筒を出そうとするのだが、姉さんに止められる。


「大丈夫、そういうわけじゃないんだ」

 姉さんは疲れた表情で笑う。


「疲れたらおんぶでもしようか?」


「大丈夫……だけど、レイくん。今は私の手を握って歩いてくれる?

 あと、何でもいいから私に話しかけてくれると嬉しい」


「……? いいけど」


 姉さんの不思議な要望に戸惑いながらも、

 僕は言われた通り手を繋いで歩くことにした。


「レイくんの手は温かいなぁ」

「そうかなぁ?」

「うん、そうだよ。……ありがとう」


 何に対してのお礼なのか分からなかったが、

 姉さんが元気になったので良しとした。


 ◆


 早足で歩きながら三十分程経過したころ―――


「ええと、それでね―――」

 僕は姉さんに言われた通り、姉さんと手を繋ぎながら話し続けた。

 どうでもいい話とか、ネタが尽きないように会話を続ける。


 姉さんは頷きながら僕の話を聴いていたのだけど、少し様子が変だ。時々、後ろを振り返ったり、目線が違う方を向いたりしている。何か気配でもするのだろうか?


「(でも、心眼を使っても何も感じないなぁ……)」

 水路から魔物らしい反応は時々あるけど、それ以外は僕達の気配しかない。


 確かに、何が起こっても不思議な場所じゃないし、

 今は緊急を要する事態だから、姉さんが気を張ってしまう気持ちも分かる。

 

 だけど今の姉さんは挙動不審な様子。

 少し様子を伺って、それでもまだおかしいなら聞いてみよう。


 僕達は、明かりをを灯して、途中の魔物を討伐しながら進んでいく。

 出口には近づいているようで通路の様子が変わってきている。


 小部屋がちらほら見えるようになった。

 中は埃が溜まっており、用事が無ければ中に入る気がしなかった。

 だけど、一人だけ扉を見るたびに部屋を調べる女の子が居た。


 サクラちゃんだ。


「お宝、無さそうですねー」

 ガッカリした様子で部屋を扉を閉める。

 どうやら、目的のものは見つからなかったようだ。


「流石にそういうのは無いでしょ」

 ガッカリした様子のサクラちゃんに、僕は声を掛ける。


「でも、こういう場所に何か凄いアイテムとかあったりしませんか?」

「分かるけど……」

 普段なら僕もエミリアも調べるかもだけど今はそんな場合じゃない。 


 そして、更に十分ほど歩き続ける。

 今度は牢屋のような場所がいくつも左右に見えてきた。

 当然だが、中に囚人などはいない。


 ただ、風化した何かが床に砂のようになっていた。

 中には人骨か何だか分からない骨も転がっている。


「うわ……」

「牢獄として使われてたのでしょうか?」

 僕達は顔を顰めながら、その場を足早に通り過ぎる。


 そして、あと少しという所で―――


「ここは……」

「……」


 先行して歩いていたカレンさんが足を止める。

 そして、団長も渋々足を止める。


 このまま真っすぐに進めば、おそらく出口だ。

 だけど、二人が足を止めたのは、その手前にあった鉄の扉だった。


「おい、副団長、何故足を止める」

 団長は、理由は分からないけど、急かそうとしているように思えた。


「いえ……何故か気になっちゃって……」

 カレンさんは何か胸騒ぎがしたようだ。

 実は、僕達も言い様のない漠然とした不安を感じていた。


 どうしても気になったのか、

 カレンさんは、鉄の扉を開いて中に入ろうとする。


 酷く重い扉で、錆びていたから簡単には開かなかった。

 だけど見た目によらず力のあるカレンさんはその扉を力づくで動かす。


 力づくで開いたのが理由かは分からないけど、

 扉はそのまま床に乱暴な音を立てて倒れてしまった。


「おいおい……」

「ごめんなさい、ちょっとだけ調べさせて……」

 カレンさんは扉の先を歩いていく。


 僕達もそれに続いて、近くにあったランプに魔法で火を灯す。

 最後に、団長はため息を吐きながら部屋に入る。


 そこには、椅子や机、本棚などが置かれていた。

 それ以外にも、錆びたメスや手術器具、他にも机に殴り書きが書かれている。

 ここに誰かが住んでいたのだろうか。


「れ、レイ……あれ、見てください」

「……牢屋?」

 エミリアが指さす方、部屋の奥だ。

 そこには、この部屋から続く扉があり窓が敷かれている。その中には、血で錆びたような処刑道具や、得体の知れない骨などが大量に転がっていた。


「な、なんですか、先輩、ここ……」

「なんていうか、まるで処刑場ね……」

 サクラちゃんの怯えた声に、カレンさんが冷静に答える。中にはギロチンのような道具もある。彼女の言う通り、処刑の為に使われていた部屋だったのだろうか。


 中には、魔物と思われる皮と人間の骨で作ったような標本なども置かれていた。とはいえ、かなり昔に作られたらしく、ボロボロで殆ど原型が無くなってしまっているのはある意味幸いだ。


 腐臭はしないものの、得体の知れない匂いが漂っている。これがエミリアが感じていた『死臭』の正体なのだろう。


「エミリア様が感じた瘴気というのはここが理由でしょうね」

 レベッカは、周囲を痛ましそうな表情で観察しながら言った。


「姉さん、もしかして……」

「うん……私も、ちょっと気付いてた」

 姉さんの様子が途中でおかしかったのは、これが原因だったのか。


「おい、お前ら、あんまり見るもんじゃねえぞ。気分が悪くなるだけだ」

 団長は、反吐が出るような表情で冷たく言った。


「あんた……じゃなくて団長、何か知ってるの?」

 カレンさんは、彼の態度に違和感を覚え、まるで責めるように詰め寄って質問した。 


「いや、俺も詳しく知ってる訳じゃない」

 団長は頭を掻きながら、カレンさんから離れる。


 団長は、「仕方ないな」と言いながら本棚の近くに移動する。

 そして、彼は本棚の中から一冊を手に取り、本に付いた埃を払う。


 団長は本を広げて、目を細めながら言った。


「日記か、……今から百年以上昔の話だ」

「そんな昔の……?」


 僕達は、団長の傍に集まる。


「……やめとけ、見ない方が良いぞ」

「団長、そんな事言われたらかえって気になりますよ」

 サクラちゃんは、団長の言葉に抗議する様に言った。


「……後で後悔しても知らねえぞ。

 仕方ねえ、じゃあ読むぞ。……ええと、これは走り書きだな」


 団長は、日記に書いてる内容を、声に出して読み始めた。

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