第719話 撃退
これまでのあらすじ。レイ達は魔法都市エアリアルの『長老』に会うために、『頂の塔』へと訪れた。しかし、そこで僕達は罠に掛かってしまい足止めをされてしまう。その罠を仕掛けたのはウィンドの元の師匠のコーリンだった。
彼の言葉に翻弄されて僕達は追い込まれてしまうが、間一髪の状況で戦況を打開することに成功する。
しかし、目の前の男性―—コーリンはそれでもなお僕達の前に立ち塞がる。
「キミ達に、本物の魔法使いというものを見せてやろう――」
そう言いながら飛行魔法で浮かび上がり、仮面の笑顔を脱ぎ捨てた彼はこちらに杖を向けて睨みつけてくる。
「ウィンド君、キミに恨みはない。しかし、この魔法都市エアリアルを揺るがす存在を『長老』に会わせるつもりはない。……済まないが、キミ達はここで消えてもらう」
それは、弟子であるウィンドさんとの決別とも捉えられる言葉だった。
僕とカレンさんは目の前の男を敵だと認識し、剣を構える。
しかし、ウィンドさんは右腕を真っすぐ横に伸ばして、僕達に静止を促す様なポーズを取る。そして、彼女は目の前の男に言った。
「……コーリン先生、私達と戦うおつもりですか?」
「ああそうさ、ウィンド君。キミは私が教えた生徒の中でも最も優秀だったが……まさか、国を飛び出す様な愚か者だったとはね……」
「……私は国を出たことを後悔などしていません。私にとって仕えるべき存在はこの国には居なかった……それだけの話です」
「……どうやらキミへの指導の仕方を間違えてしまったようだ。生徒の間違いは教師が正さねばならないか……。
私がキミ達と倒した後、そこの彼らは兵隊に引き渡すとするが、キミは私の元で再教育してあげよう。何、安心したまえ。今度は私に逆らうことがないように、一から百まで全てを指導してあげよう」
「……お断りします。私は、もう籠の中の鳥では無いのですから」
ウィンドさんはそう言って、男の言葉を拒絶する。その行動に男は一瞬唖然とするが、すぐに高笑いを始める。
「ふっ……ふははははっ!! 国を出て大空に飛び立てるようになったと、そう言いたいわけだな。『籠の中の鳥』とは中々洒落た事を言う……!! だが、キミは再び籠の中に入ることになる。この国じゃない、私の監視下という名の籠にねっ!!!」
コーリンは高笑いを浮かべながら膨大な魔力を杖に集め始める。
「来るわよ、レイ君、ウィンド!!」
カレンさんが僕達二人に号令を送る。それと同時に、コーリンの杖から極大の魔力が迸る。
「さぁ魔法の極致、味わうと良い―――<乱れ散る爆炎の豪雨>」
コーリンは杖を僕達に向けると、彼の上空から無数の炎の包まれた岩の塊が無数に降り注いでくる。
「皆、避けて!!」
カレンさんは叫ぶ。同時に、彼女自身が後ろに後退、僕は前方の弾幕が薄い場所に、ウィンドさんは飛行魔法を発動させ安全地帯に逃げ込む。しかし、コーリンの魔法の規模は広く、この頂の塔内の様々な場所にまるで火山の大噴火のように炎に包まれた岩の塊が落ちていく。
「みんなっ!!」
塔の下の方には魔法で足止めされている仲間達が居る。今の彼女達は完全に無防備な状態だ。もし攻撃魔法が直撃してしまえば最悪死んでしまう。
僕とカレンさんは咄嗟に彼女達の元に駆けつけて聖剣の力で防御に回ろうとする。しかし、その前にコーリンが動いた。
「……おっと、流石に建物内は壊さないようにしないとね」
コーリンは少し冷静さを取り戻し、杖を持っていないもう片方の手で別の魔法を発動させる。
その瞬間、建物内に直撃仕掛けた自身の魔法ははじけ飛ぶ。よく見ると、建物内に薄い結界が張り巡らされていた。どうやら彼が建物内に張り巡らせた防御結界のようだ。
彼の結界によって周囲の机や本棚、それにその周辺で足止めされていた仲間達も結果的にノーダメージで済んだ。
「……僕達の仲間を守った?」
僕はそう呟くが、コーリンはこちらを一瞥して言った。
「私が護ろうとしたのは、この頂の塔にある書物だ。この国の知恵と技術の結晶を台無しにするわけにはいかない」
そう言って彼は再び杖をこちらに向ける。
「さて、ウィンド君はともかく、キミとそこの女は私の眼中にない。早々に退場してもらおうか」
「……っ!」
彼は僕に狙いを定めたようだ。杖にどんどん魔力が集まっていく。僕はそれを見極め……彼の杖が魔力の光で輝いた瞬間――
「上級雷撃――」「
彼の魔法の発動と同時に聖剣の能力を解放。剣から放たれるオーラを飛ばし、彼の使おうとした
「な、何っ!?」
自身の魔法を潰されたことで彼がここに来て僅かに動揺する。しかし、その動揺を見逃す僕達じゃない。
彼が動揺した瞬間、地面を強く蹴って大きく跳躍したカレンさんが、彼の真横から聖剣を振り上げて容赦なく斬り掛かる。
「
コーリンは咄嗟に防御魔法を展開。分厚い魔力の防壁を出現させ、カレンさんの重い一撃を完全に防御する。攻撃を防がれたカレンさんは驚きと共に、仕留めそこなったことで小さく舌打ちをする。
「……なるほど、彼女の仲間というだけある。どうやらその辺の地上の
コーリンは僕達から大きく距離を取り、結果、睨み合いになる。
「……コーリン先生、降参をしてください。貴方に勝ち目などありません」
ウィンドさんは彼にそう忠告する。だが、彼はウィンドさんは蔑んだ表情を浮かべて言う。
「言ってくれるじゃないか、ウィンド君……このエアリアルの四賢者の一人に向かってねぇ?」
「確かにあなたは魔法使いとして非常に優れた能力と、卓越した魔法の精密操作の技術を有している。ですが、今の攻防で実力が垣間見えました。
私のような実戦に精通している魔法使いや、彼らのように多彩な技能を併せ持つ戦士を同時に相手出来るほどの力量はあなたには無い。これ以上、大きな怪我を負わないうちに降参することをおススメします」
彼女はそう警告する。実際、コーリンの実力は今の攻防で確かに把握した。
カレンさんの攻撃を防ぐ防御魔法『障壁』。あの魔法は物理攻撃と魔力攻撃の両方を完全に遮断することが出来る非常に強力な防御だ。
さらに直前に見せた防御結界によって自身の<乱れ散る爆炎の豪雨>という魔法を防ぎきっている。その技量は間違いなく魔法使いとして申し分ない。
だが、彼の一挙手一投足は、彼の性格に反して素直過ぎる。
魔法を使おうとすれば魔力が集中し始め、何処に魔法を放とうとするか、そのタイミングすら事前に予測出来てしまう。簡単に言えば、彼の魔法にブラフが無い。
また、彼は飛行魔法さえあれば戦士の接近してこないと高を括り、近づかれた時の対抗手段を用意しているように見えなかった。それは先程、カレンさんの奇襲に咄嗟に障壁を使ったことで、それしかない事を自身の行動で露呈してしまっている。
恐らく、彼は近接戦闘に関しては素人同然だろう。
その点において、僕達の仲間であるエミリアは彼の魔力の総量には見劣りするが、実戦での経験が豊富で接近された際の対処法を心得ている。
もし、二人が一切の虚実の無い純粋な魔法勝負をした場合、間違いなくコーリンが勝利するだろうが、僕達三人と同時に戦って長く時間を稼げるのはエミリアの方だろう。つまり、彼の実戦での戦闘力は、エミリアよりも格下ということになる。
「……舐めないでくれたまえよ。誰が誰に魔法を教えたと思っている」
「……そうですか。降参するつもりはないのですね」
ウィンドさんは少し残念そうな表情を浮かべるが、すぐに気丈な表情に切り替えて彼を見据えて宣言する。
「魔法都市エアリアルが誇る四賢者の一人、コーリン・アロガンス。貴方に教えを頂いた元弟子として、貴方に対するせめてもの敬意を表して……ここからは、私が一人で貴方のお相手を致します」
「……なっ……!?」
ウィンドさんのその言葉に、彼は驚愕する。だが、驚いたのは彼だけではなく、僕やカレンさんも同じだ。
「……ウィンドさん、本気で一人で戦うつもりですか?」
「確かに貴女なら勝てないとは思わないけど、それでも強敵よ……?」
僕とカレンさんは彼女を心配して問いかける。だが、彼女はこちらに振り返り、僕達の問いに静かな笑みで答えた。そして、再び彼女は目の前の元師匠と視線を合わせる。
「……コーリン先生、返答は如何に……?」
ウィンドさんは最終勧告のようにコーリンに問う。それに対し、彼は少しの逡巡の後に答えた。
「……いいだろう。確かにキミの成長は喜ばしいことだが……やはり教え子が道を誤ったのなら、正すのが師の役目だ」
「その潔さには感服いたします。それでは――」
「――手加減はしない!!」
ウィンドさんが叫んだ瞬間――彼女の周囲に多数の魔力の光が浮かび上がり始める。そしてそれは次第に集まり、無数の光の球を形成していく。
同様に、コーリンの周囲に暴力な魔力の光が複数浮かび始める。その光は漆黒の闇を纏い、彼の周囲に闇の球をいくつも形成していく。
光と闇、しかし両者の魔法は奇妙にも似通っていた。そして―――――
「
「
二人の魔法は同時に放たれる。放たれた光と闇は中央でぶつかり、拮抗する。
「うおぉぉぉぉぉ!!」「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
両者一歩も引かない。二人は全力で魔力の制御をし続ける。
二人が放つ魔力の奔流は、僕が経験した中で最も激しく、まるで荒れ狂う濁流がぶつかり合うような光景だった。少しでも気を抜けば僕とカレンさんは魔力の濁流に飲み込まれて瞬く間に気を失ってしまうだろう。
「く……」「す、凄まじい魔力のぶつかり合いね……!!」
僕とカレンさんは魔力の波動に当てられない様に強く意識を保ってその場で踏ん張る。ただ見学している僕達ですらそれほどの威力を感じるのだ。
今、魔力をぶつけ合っている二人の魔力は一体どれほどのものになっているのか、想像も出来ない。
二人の魔法がさらに力を増す。双方の魔法の力が増せば増す程、周囲の揺れは激しくなっていく。
そして――遂に限界を迎えた。
二人の放った魔力は中央で激しくぶつかり合い、巨大な爆発を引き起こしたのだ。凄まじい閃光と爆発音と振動が塔内に響き渡る。
だがそれも長くは続かない。
最終的にその場に立っていた魔法使いは―――ウィンドさんだった。
「………はぁ……はぁ………先生、私の……勝ちです………」
息も絶え絶えで、今にも倒れてしまいそうなウィンドさんだったが、それでも間違いなく彼女は倒れることなくその場で両脚で立っていた。
一方、コーリンの方は――――
「ぐぅぅ……まさか、教え子に負けてしまうとは……ぐおっ……!!」
彼はまるで膝を突かないのがやっとという様子で、杖を地面に突き立てて何とか立っていた。
しかし、その杖も灰のように砕けてしまい、その身を支える物が無くなった彼の身体が無様にも地面に倒れ伏してしまう。
その体は全身が傷だらけで所々服も焦げており、満身創痍と言ったところだ。
「……ウィンドさん」「やったわね……!」
僕達はウィンドさんの勝利を喜び彼女の元に向かう。僕は今にも倒れそうな彼女の身体を後ろから支え、カレンさんは彼女にエールを送る。
「先生……これで、私はあなたに認めて貰えたでしょうか……?」
ウィンドさんは最後にそう言って彼に声を掛ける。その声を聞いたコーリンは、地面に倒れ伏しながらも、「くく……」と僅かに身を震わせて笑う。
「見事だよ、キミは確かに私を超えた……しかし、この命はやれないな……」
「……?」
コーリンの言葉に、ウィンドさんが困惑する。だが、次の瞬間に全てを理解することが出来た。
何と、コーリンの肉体が突然消え失せたのだ。一瞬、僕達は彼が何かの策を弄したのか警戒をしたのだが、ウィンドさんはすぐにそれを看破した。
「……流石先生、自分が負けることを想定して、この場から逃げおおせるだけの魔力は残していたのですね」
「それって、つまり……」
「ええ、要するに……彼は完全な敗北を認めて、この場から恥も外聞も捨てて逃げ出したということです」
ウィンドさんはそう言って、軽く笑みを浮かべた。こうして、ウィンドさんは、自らの師匠との戦いに勝利することが出来た。
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